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第三十二話【すりこみ】前
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口には出したことはないが、力也は冬真とこういう関係になって今までにないぐらい落ち着いた日々を送っていた。むろん落ち着いているというのは精神的な面の話だ。
とはいえ、自身の感情の変化、特に苦痛に鈍くなっていることに気づいていない力也では傍からみても気づかないほどの差なのだが。
絶対、自分だけをみるようにと強制するDom相手とは違い冬真はよそ見をしていると思えばそちらを一緒に見る。力也がなにに興味を持ったのか、純粋に気にするだけだ。
常に顔色を窺っていなければいけないのと違い、自主的に反応をみるだけのほうがずっと気が楽なのは当たり前だろう。それでも、Subからするとなかなか難しいものだった。
いつも通りスマホのアラームが鳴る前に、目が覚めた力也は両手を組み背伸びをすると、修二と二人暮らしするのをきっかけに翔壱から棚と一緒に譲られた大きなベッドから降りた。
中古とは言え高級志向の翔壱が気に入って使っていたベッドは、ホテル並みのもので気持ちがよく体の疲れもすぐにとれる。
(冬真が起きたくないとか帰りたくないとかいうわけだよな)
むろん、それだけ目的じゃないと冬真は口に出しているのだが、向こうの家に行ったときは逆に寝たくないと騒ぐ所為で寝心地もあると力也は思っていた。
朝食を用意していると不意に、スマホが震えた。画面を開けば、冬真からのメッセージの着信を告げていた。
“おはよう”というハリネズミのスタンプに笑い、最近買ってみたオウムのスタンプで“おはよう”と返す。“仕事だよね”と続けて送れば、“無様にやられてくる!”と返ってきた。
(そういえば殺される役だって言ってたっけ)
顔も映らないだろうチョイ役ですぐに死ぬって昨日の電話口で言っていたのを思い出し、そのあんまりな言い方に笑う。
“頑張って”と打とうとしてちょっと違うかと書き直す。“放送楽しみに…”はもっとダメだと思い力也は考え込んだ。
別にその二つを返しても冬真が怒ることはないだろうが、もっといい言葉があるのではないかと言葉を探していると今度はスマホが通話の着信を告げた。
「え、た、孝仁さん!?」
「そうだよ。どうしたの?」
いつもと違い挨拶をすっ飛ばし、慌てた様子で力也の声に孝仁は驚いたように笑い返し尋ねた。
「あ、もしかして冬真君とイチャイチャしてたとこだった?」
「ち、違います。すみません、ちょっと考え事してて…」
「考え事?」
「はい、冬真のL●NEの返信に…」
「なーんだやっぱり冬真君関係じゃん」
はぐらかせばいいのに素直に答えてしまった力也へ、上機嫌に笑い返すと孝仁は話を切り替えた。
「ところで、今日仕事は?」
「今日は入ってないっすよ」
「なら、ちょっと来てよ。背景役一人こられなくなっちゃって」
「はい、ありがとうございます!」
仲がいい孝仁や将人や翔壱はこうしてたまに呼んでくれることがある。中でも孝仁が一番多く、いないならいなくても問題ないような時でも力也へと声をかけることがある。
それをありがたいと素直に受け取っている力也は知らないが、実のところそれをありがたがっているのはむしろ現場だったりもする。お気に入りがいるときと、いないときでは孝仁の機嫌の差が大きい所為だ。
通話を終えると、先ほどまで打っていた内容を消し“仕事はいった”と冬真へと返し、力也は作りかけの朝食を冷蔵庫へとしまい、服を着替え部屋を出た。
途中手に入れたエネルギードリンクを飲みながら、スタジオへと向かう。入り口の警備員に挨拶しながら身分証明書を出し中へと入り指定された階にいく。
指定された階についた力也は、まずは孝仁に挨拶しようと控室を探した。
「ここか」
トントンとノックをして名前を呼べば“はーい、どうぞ”と返ってきた。ドアを開けようとした時、力也の耳になにかが聞こえとっさに声のしたほうへと向かった。
「あれ?力也君?」
一方返事をしたのに、なかなか中に入ってこない力也に不思議に想い孝仁はドアを開け廊下に顔を出しその姿を探しキョロキョロとした。
「おっかしいな、どこ行っちゃったんだろう」
仕事の電話でもあったのだろうかと首を傾げていると、少しして廊下の向こうから力也が顔を出した。
「力也く…」
呼びかけた孝仁はその手が小さな手を引いているのを見た。力也に歩調を合わせてもらいながら、その大きな手をぎゅっとしっかりと掴んでいるのは小学生ぐらいの男の子だった。
「孝仁さん、すみません」
子供独特のふくれっ面をした子供へと“もう大丈夫だから”と返した力也は、孝仁の前へとその子供を連れてきた。
「その子どうしたの?」
「迷っちゃったみたいで」
「迷ってたわけじゃない」
「そうだったね。孝仁さんに挨拶しようとしてたんだよね」
明らかに力也に助けてもらったのに、生意気な態度をとるその様子に孝仁の中でその子への評価が下がる。
「今日共演する子役の弥生くんだよね」
「はい、よろしくお願いします」
同じ事務所の孝仁がそう確認すると、力也に対する時とは違い緊張した面持ちでそう挨拶をすると頭を下げた。
「よろしく」
「共演ってことは俺が呼ばれたのと同じですか?」
「うん、力也君とも少しだけ絡むよ」
「お兄さん、俳優だったの?」
「詳しくいうとスタントマンだよ。今日は空きがでたっていうから」
裏方とでも思っていたのか、驚いた様子で弥生に問い返され力也はそう返した。直接顔をみるのは初めてだが、子役の弥生というと確か朝ドラにでて名前が売れてきた子だ。
「絡むって俺、今日背景じゃないんすか?」
「背景だけど、背景だけじゃないっていうか。くわしくいうと、弥生くんにチラシを渡す役が力也君で、それをもらった弥生くんは僕とお母さん役の人が話しているのをみつけて走ってくるってシーン」
来てほしいと言われただけで詳しい内容を聞いてはいなかった力也は、確認するようにうなづきながら聞くと、気になるところを聞き返した。
「それってなんのチラシなんですか?」
「覚えてないけど、後々でてくることもないし大したことないチラシだと思うよ」
「じゃあ、俺はバイトとかっすね」
「うん、セリフも“はい”だけだから」
「わかりました。よろしくね、弥生君」
弥生は身長差を確認しながらそう言った力也に、小さな声で“よろしくお願いします。力也さん”と答え改めてその顔をじっと見た。
(うん?)
じっと見つめるその視線に、力也がなにか引っかかりを感じた時、弥生の名を呼ぶ声が聞こえマネージャーが走ってきた。
「弥生くん!よかったどこにいったのかと!…孝仁さん!?」
慌てたマネージャーは孝仁と力也のほうをみて驚きさらに慌てて挨拶をすると、弥生を連れて控室に戻っていった。
「びっくりだったね」
「はい…あの、弥生君って何歳ですか?」
「確か10歳だったと思うよ」
「そうなんですね。しっかりしてるっすね」
「え?」
一人でもちゃんと挨拶をしにくることを褒めた力也へ、孝仁は不思議そうな顔をした。
赤ちゃんからずっとこの業界で生きてきた孝仁からすれば、あのぐらいできて当たり前なのだが、力也からするとそうでもないのだろうか。ましてや、弥生は迷っているところを力也に連れてきてもらっていたのに。
そうは思うが、気にするほどのことではないと思いなおす。
「それより力也君も支度してきたら?」
「はい、じゃあまた後で」
そういわれ、孝仁に見送られながら力也はエキストラ用の控室へ向かった。
とはいえ、自身の感情の変化、特に苦痛に鈍くなっていることに気づいていない力也では傍からみても気づかないほどの差なのだが。
絶対、自分だけをみるようにと強制するDom相手とは違い冬真はよそ見をしていると思えばそちらを一緒に見る。力也がなにに興味を持ったのか、純粋に気にするだけだ。
常に顔色を窺っていなければいけないのと違い、自主的に反応をみるだけのほうがずっと気が楽なのは当たり前だろう。それでも、Subからするとなかなか難しいものだった。
いつも通りスマホのアラームが鳴る前に、目が覚めた力也は両手を組み背伸びをすると、修二と二人暮らしするのをきっかけに翔壱から棚と一緒に譲られた大きなベッドから降りた。
中古とは言え高級志向の翔壱が気に入って使っていたベッドは、ホテル並みのもので気持ちがよく体の疲れもすぐにとれる。
(冬真が起きたくないとか帰りたくないとかいうわけだよな)
むろん、それだけ目的じゃないと冬真は口に出しているのだが、向こうの家に行ったときは逆に寝たくないと騒ぐ所為で寝心地もあると力也は思っていた。
朝食を用意していると不意に、スマホが震えた。画面を開けば、冬真からのメッセージの着信を告げていた。
“おはよう”というハリネズミのスタンプに笑い、最近買ってみたオウムのスタンプで“おはよう”と返す。“仕事だよね”と続けて送れば、“無様にやられてくる!”と返ってきた。
(そういえば殺される役だって言ってたっけ)
顔も映らないだろうチョイ役ですぐに死ぬって昨日の電話口で言っていたのを思い出し、そのあんまりな言い方に笑う。
“頑張って”と打とうとしてちょっと違うかと書き直す。“放送楽しみに…”はもっとダメだと思い力也は考え込んだ。
別にその二つを返しても冬真が怒ることはないだろうが、もっといい言葉があるのではないかと言葉を探していると今度はスマホが通話の着信を告げた。
「え、た、孝仁さん!?」
「そうだよ。どうしたの?」
いつもと違い挨拶をすっ飛ばし、慌てた様子で力也の声に孝仁は驚いたように笑い返し尋ねた。
「あ、もしかして冬真君とイチャイチャしてたとこだった?」
「ち、違います。すみません、ちょっと考え事してて…」
「考え事?」
「はい、冬真のL●NEの返信に…」
「なーんだやっぱり冬真君関係じゃん」
はぐらかせばいいのに素直に答えてしまった力也へ、上機嫌に笑い返すと孝仁は話を切り替えた。
「ところで、今日仕事は?」
「今日は入ってないっすよ」
「なら、ちょっと来てよ。背景役一人こられなくなっちゃって」
「はい、ありがとうございます!」
仲がいい孝仁や将人や翔壱はこうしてたまに呼んでくれることがある。中でも孝仁が一番多く、いないならいなくても問題ないような時でも力也へと声をかけることがある。
それをありがたいと素直に受け取っている力也は知らないが、実のところそれをありがたがっているのはむしろ現場だったりもする。お気に入りがいるときと、いないときでは孝仁の機嫌の差が大きい所為だ。
通話を終えると、先ほどまで打っていた内容を消し“仕事はいった”と冬真へと返し、力也は作りかけの朝食を冷蔵庫へとしまい、服を着替え部屋を出た。
途中手に入れたエネルギードリンクを飲みながら、スタジオへと向かう。入り口の警備員に挨拶しながら身分証明書を出し中へと入り指定された階にいく。
指定された階についた力也は、まずは孝仁に挨拶しようと控室を探した。
「ここか」
トントンとノックをして名前を呼べば“はーい、どうぞ”と返ってきた。ドアを開けようとした時、力也の耳になにかが聞こえとっさに声のしたほうへと向かった。
「あれ?力也君?」
一方返事をしたのに、なかなか中に入ってこない力也に不思議に想い孝仁はドアを開け廊下に顔を出しその姿を探しキョロキョロとした。
「おっかしいな、どこ行っちゃったんだろう」
仕事の電話でもあったのだろうかと首を傾げていると、少しして廊下の向こうから力也が顔を出した。
「力也く…」
呼びかけた孝仁はその手が小さな手を引いているのを見た。力也に歩調を合わせてもらいながら、その大きな手をぎゅっとしっかりと掴んでいるのは小学生ぐらいの男の子だった。
「孝仁さん、すみません」
子供独特のふくれっ面をした子供へと“もう大丈夫だから”と返した力也は、孝仁の前へとその子供を連れてきた。
「その子どうしたの?」
「迷っちゃったみたいで」
「迷ってたわけじゃない」
「そうだったね。孝仁さんに挨拶しようとしてたんだよね」
明らかに力也に助けてもらったのに、生意気な態度をとるその様子に孝仁の中でその子への評価が下がる。
「今日共演する子役の弥生くんだよね」
「はい、よろしくお願いします」
同じ事務所の孝仁がそう確認すると、力也に対する時とは違い緊張した面持ちでそう挨拶をすると頭を下げた。
「よろしく」
「共演ってことは俺が呼ばれたのと同じですか?」
「うん、力也君とも少しだけ絡むよ」
「お兄さん、俳優だったの?」
「詳しくいうとスタントマンだよ。今日は空きがでたっていうから」
裏方とでも思っていたのか、驚いた様子で弥生に問い返され力也はそう返した。直接顔をみるのは初めてだが、子役の弥生というと確か朝ドラにでて名前が売れてきた子だ。
「絡むって俺、今日背景じゃないんすか?」
「背景だけど、背景だけじゃないっていうか。くわしくいうと、弥生くんにチラシを渡す役が力也君で、それをもらった弥生くんは僕とお母さん役の人が話しているのをみつけて走ってくるってシーン」
来てほしいと言われただけで詳しい内容を聞いてはいなかった力也は、確認するようにうなづきながら聞くと、気になるところを聞き返した。
「それってなんのチラシなんですか?」
「覚えてないけど、後々でてくることもないし大したことないチラシだと思うよ」
「じゃあ、俺はバイトとかっすね」
「うん、セリフも“はい”だけだから」
「わかりました。よろしくね、弥生君」
弥生は身長差を確認しながらそう言った力也に、小さな声で“よろしくお願いします。力也さん”と答え改めてその顔をじっと見た。
(うん?)
じっと見つめるその視線に、力也がなにか引っかかりを感じた時、弥生の名を呼ぶ声が聞こえマネージャーが走ってきた。
「弥生くん!よかったどこにいったのかと!…孝仁さん!?」
慌てたマネージャーは孝仁と力也のほうをみて驚きさらに慌てて挨拶をすると、弥生を連れて控室に戻っていった。
「びっくりだったね」
「はい…あの、弥生君って何歳ですか?」
「確か10歳だったと思うよ」
「そうなんですね。しっかりしてるっすね」
「え?」
一人でもちゃんと挨拶をしにくることを褒めた力也へ、孝仁は不思議そうな顔をした。
赤ちゃんからずっとこの業界で生きてきた孝仁からすれば、あのぐらいできて当たり前なのだが、力也からするとそうでもないのだろうか。ましてや、弥生は迷っているところを力也に連れてきてもらっていたのに。
そうは思うが、気にするほどのことではないと思いなおす。
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