エキゾチックアニマル【本編完結】

霧京

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第七十四話【使用してはならないコマンド】中

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 料理教室も無事終わり、大量のコロッケをタッパーに詰めていると不意に店の戸がドンドンと叩かれた。
 関係ない人が間違えて入ってこないように、しっかりと閉めてある戸を誰かがノックする。

「誰だ」

 自然に周りに生徒達が集まるなか、力也がそう声を張り上げれば、次の瞬間弾むような声が返ってきた。

「力也さん! 自分ですよ有利です」

 その声と内容に、力也達だけでなく有利を知っている皆がため息を吐き肩の力を抜いた。

「港」
「有利! 先に連絡入れてからにしろよ! ってか俺が言っておいた時間よりずっと早いじゃねぇか!」

 呆れたように戸の向こうを指さし、通路を開けた力也の様子に、怒りながらも港は走り寄るように扉に近寄った。

「早く港に会いたかったし、コロッケも楽しみだったから」
「嘘つけ! 力也さん達を見に来たんだろ!」
「やだな、港は俺の事を信じられない?」
「信じられるか!」

 せっかくの言いくるめ方法が、鋭い切り返しで一刀両断された。確かに有利のいうこともわかるが、説得力がまったくないのはこういう事だろう。

「力也さん、勝手口から逃げて」
「逃げるって」
「アイツは俺がくいとめるから」

 どうやら港のパートナーだとわかったものの、繰り返される不穏な会話に、事情を知らない生徒達が首を傾げる。

「大げさだな」
「ダメなんです! 有利、力也さんのファンになってるから!」
「港それって焼き餅だよね! 大丈夫だよ力也さんのファンだけど、安心して愛しているのは港だから!」
「有利は黙ってろ! 力也さん、焼き餅とかじゃなくて、アイツ気持ち悪いから!」
「ひど~い港」

自分のご主人様に対してずいぶんな言い草だが、言われた有利も気にしていないのかおかしそうに笑っている。

「グレアとコマンド使わないんだから大丈夫だろ」

 いつまでもこんな風に争っている訳にもいかず、港をどかし引き戸を開ければニコニコと満面の笑みを浮かべた有利がそこにいた。

「お邪魔します! これ差し入れです」
「あら、ありがとう」

 上機嫌に片手に持ったお菓子を差し出す様子に、老婦人がでてきて嬉しそうに受け取る。

「いつも港がお世話になってます。皆さんでどうぞ」
「いえ、いえ、こちらこそ。あら、あらおいしそう」

 その人の良さそうな様子に、老夫妻は安心したのか微笑み、お菓子をテーブルへ広げる。

「いまお茶出すからね」
「お構いなく」
「詐欺師」

 舌打ちをする港に、ぴったりと寄り添う有利は端からみれば優しいパートナーに見えるだろう。

「ごちそうさま」

 嬉しそうにSub達にお礼を言われ有利の笑みが深くなる。明らかに嬉しそうな様子に、港は力をこめその足を踏んだ。

「いって!」
「俺も食べる」

 港は痛がる有利をそのままに、お菓子を食べるテーブルへ急いだ。お菓子のそばに集まる仲間達の中に入り楽しそうにする港の様子に、優しい笑みを浮かべ、有利はマコのそばに来た。

「もう撮影は終わったんですか?」
「終わったよ」
「それって今確認できます?」
「うん、ちょっと待ってね」

 映像を確認したいという有利の言葉に、マコはビデオカメラを渡した。ネット配信するので今のうちに確認しておきたいのだろうと思いつつ、見せれば有利は食い入るようにその映像を確かめ始めた。

「フリフリ港可愛い! 力也さんかっこいい! これってコピーもらえますよね!」

 興奮した有利に決定事項のように言われ、マコはつい流されるままに頷いた。言われなくとも、ここにいるSubのパートナーに言われれば映像は渡すつもりでいたが、予想以上の熱意だった。

(あ、これダメなタイプだ)

 コピーはここに送って欲しいと言われ、連絡先を交換したマコは、今更ながらに港が怒っていた理由に予想がついた。
 力也の事を気に入っているみたいだが、先に冬真に確認をとった方がいいかもしれない。

「りっくん、とうくんって今日なにしてる?」
「今日ですか? なんかのエキストラがあるってい言ってた気がします」
「ちょっと見て欲しいのがあるんだけど」
「じゃあ、都合どうか聞いてみますね」

 そういうと力也は冬真のL●NEを開いた。

 その日、エキストラの仕事を終えた冬真は、ある一件のビルの一階にある喫茶店に来ていた。コーヒーを前に向かい合うのは力也の借金の相手の桐生だ。

「タバコやめてください」
「ああ? なんでだよ」
「匂い移るだろ。力也に嗅がせたくないんで」
「ッハハハ、その理由で俺がやめると思ってんのか?」

 桐生はおかしそうに笑うと、わざとタバコの煙を冬真に吹きかけた。冬真は吹きかけられた煙に、ゴホッとむせると近くにあったメニュー表で煙を仰ぎ返した。
 早く用事を済ませてしまおうと、イライラするのを抑え桐生を睨む。

「あれはどういうことですか?」
「あれってなんのことだよ」
「借用書です」
「別に、十分金が取れたから返しただけだ。なんだわざわざお礼を言いに来たのか」

 確かに力也は既に元値を返したのに、ずっと利子が終わらず返し続けていた状態だ。それでも、力也はヤクザからすればまだまだ搾り取れる相手だろう。
 事実、返して貰った力也でさえ、まだ残っていた筈だと首を傾げた。

「茶化さないでください。まさか、力也の父親が見つかったなんて事は・・・・・・」
「ねぇよ」

 力也の父親が見つかったことで、そちらから金を取ることにしたのかと思えば、やはりそれはないらしい。

「じゃあ、なんで」
「必要ねぇと思ったからだ。てめぇがいるんだそれで十分だろ」

 その台詞で桐生の真意がわかった冬真は、不機嫌な表情のまま息を吐いた。

「知り合いのSubが死ぬのも壊れるのも目覚め悪いだろ」
「お礼は言いませんよ」
「テメェの礼はいらねぇよ。もらえるなら力也の方がいい」
「力也からはお礼言われてんだろ」
「お礼ってのは言葉だけじゃないだろ」

 意味ありげな笑い方を返す桐生を睨むと、不意に冬真のスマホが震えた。チラリと見ると、映し出された名前に顔がほころぶ。

「力也からか?」
「用があるみたいなんで帰ります。では」

 わかりやすく立ち上がると振り向きもせずに、喫茶店を出る冬真の背中に、桐生は笑みを浮かべた。

「惜しかったな」

 苦笑混じりに呟く言葉を聞いた者は誰もいなかった。

 今から行くとメッセージを貰った力也は、料理教室の終わりと共に店を出た。

「力也さん、じゃあまた」
「ああ、またな」
「力也さん!マコさん! 配信楽しみにしてるんで!」
「いくぞ!」

 しつこく寄ってくる有利に苦笑を浮かべ対応していると、港がその手を無理矢理引っ張った。

(若いな)

 何故かそんなことを思った。確かに年齢的には二人は年下に違いないが、自分よりも前にクレイムをして強い絆で結ばれているのに。
 頼りないとかそんなことはない、ただ手を貸したいと思う。何故かDomの有利さえ、幼く見える。

「りっくん、とうくんから返事来た?」

 二人だけでなく年上のマコにさえもそう思うときがある。自分がなにかできるわけでもないのに、どこかで感じる。

「はい、映像見せてくれるなら、ミキの店に行こうって」
「さすが、とうくん。それなら一石二鳥だね」
「ってことで、いまから行ってもいいか?」
「はい! 大歓迎です」
「結衣も、ミキのお店大好きだもんね」
「はい」

 楽しそうな三人の様子を見ながら、力也は了解とメッセージを返した。
 
 沢山作ったコロッケをタッパーにいれ、ほんのりいい匂いを漂わせながら四人は食堂をでるとミキの店に向かった。

「傑さんは今日もお仕事ですか?」
「そうそう、朝からバタバタしてたよ」
「バタバタ」

 およそ似合わなそうな擬音に思わず繰り返してしまうが、あんな完璧な人でもやはり慌てることがあるのだろう。

「でも、結衣の料理楽しみにしてたから、きっとすぐ帰ってくると思うよ」
「暖かいうちに食べてもらえるといいな」
「はい」

 はにかむ結衣の姿に微笑み返し、その髪を何気なく撫でる。

「そうだ。せっかくだからちょっと寄り道していいです?」
「寄り道?」

 ミキの店に向かい、雑談をしながら歩いていると、繁華街の近くで不意にミキがそう尋ねてきた。

「そう、この辺にフルーツサンド屋さんができたって聞いて一度行ってみたかったんで!」
「あ、もしかしてそれって今話題の?」
「そうです。フルーツサンドならうちでも絶対人気出るし、これは参考にするしかないって!」
「でも、そう言うのって、オーナーと行った方がいいんじゃ?」

 なにもわからない自分たちと行くよりも、プロの目の方がわかることも多いだろう。

「ダメなんです僕たちじゃ・・・・・・お願いします力也さんが頼りなんです」
「さては、りっくんの食欲狙いでしょ」
「え?」
「甘い物食べまくるのって結構、飽きるし、太っちゃうし。その点りっくんなら沢山食べれるし」

 ズバッと言い当てられ、ミキは恥ずかしそうに頷いた。参考にするなら、確かにその方がいいとは思うが、それでは沢山食べることも、買うこともできない。

「飽きるって、フルーツサンドだし、普通に2~3個ぐらいは食べれるだろ?」
「無理! それに、彰と一緒だとぜったい偵察だってばれます!」
「普通にデート装えば?」
「それが難しいんです! お金は出すのでお願いします」

 デートだと言えば、浮かれるだろうと思っていたのだが、そうは行かないらしい。とにかく、沢山買ってみたいと言うミキに押され、力也達はフルーツサンド屋に向かった。

「本当にお金いいんですか?」
「自分で食べる分は自分で買うよ」

 人目を引くだろう男性四人が来て、一瞬驚いた店の人だったが、色とりどりのフルーツサンドに目を輝かせる力也の姿に、すぐに対応してくれた。

「俺もブログのネタになるし」
「どれもおいしそうでしたね」

 四人がかりで全種類買ってきた四人は、大きな袋を持ち早足で、ミキの店へと向かい歩く。

「見つけた。結衣」
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