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前編・決断
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「……なぎく……雛菊……」
どこからか透き通ったような声が聞こえてくる。
この声には覚えがある。
「雛菊!」
目を開けると、僕の彼女の花咲 凛音(はなさき りんね)が立っていた。
僕は軽く伸びをして起き上がる。
「おはよう……今何時?」
「もう一時だよ!あとちょっとで昼休み終わるよ!」
そう言いながらも凛音は全く急ぐ素振りをせず、僕の隣に座ってきた。
「えへへ、まだ十五分あるもんね」
凛音は僕の顔を見ると、にっこりと微笑んだ。
彼女の額には汗が滲んでいた。
おそらく、僕を見つけるのに大分歩き回ったのだろう。
僕が今いる中庭には大木が立っているので、日陰には困らない。
周りにを見渡すが、誰かがいる気配はない。
流石に夏にもなると外は暑いのか、昼休みはエアコンが完備されている教室で過ごす人が多い。
しかしながらこの場所は結構涼しいので、僕は昼休みによくここへ来る。
「よしっ!」
凛音が二つに縛られた赤髪を揺らして立ち上がった。
「戻ろっか?雛菊!」
凛音はそう言って僕の手を引いてきた。
「そうだね」
僕は凛音の手を握り、歩き出す。
その瞬間は凛音の声以外が何も聞こえなかった。
まるで、世界の果てに二人きりでいるような、そんな感じがした。
「ねえねえ、雛菊!五・六時限目は球技大会の練習だよ!楽しみだねっ!」
「そうかな?僕は運動があんまり得意じゃないから」
教室に戻る途中も凛音と他愛のない話をする。
凛音といるときは心が落ち着くし、幸せだ。
でも、何かが足りないと思ってしまう自分がいる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
曲がり角を曲がったところで誰かにぶつかってしまった。
青髪の少女だ。
青髪の少女はうずくまっている。
「……すみません」
僕はそう言って走り出した。
「ちょっと!」
凛音の声が聞こえた気がしたが、僕は止まることなく走り続ける。
絶対に心配をしてはいけないと思った。
彼女は心配されることをひどく嫌う。
すぐに立ち去らなければいけないと思った。
彼女は僕のことを嫌いだと言った。
僕は教室を通り過ぎ、その先にある保健室に向かった。
スマホを取り出し、凛音に「体調が悪いから保健室にいると先生に伝えてくれ」とメールをした。
保健室には誰もいなかった。
僕は一番奥にあるベッドの上に横になった。
「……葉月……どうすればいいんだろうね?教えてよ……どうしたらまた、昔みたいに笑って過ごせるのかな?」
ベッドの上で横になっていると眠気が襲ってくる。
考えることを放棄した僕は、襲ってくる眠気に身を任せることにした。
「雛菊、もう五時だよ。いい加減に起きなよ」
「んん」
どこか耳馴染みのある声で僕は目を覚ます。
目を開けると、椅子に少女が座っていた。
白衣を着ていて、絹のようにたおやかな茶髪を三つ編みにしている。
見た目だけ見ると僕と同じくらいの歳に見えるが、少女とは思えないような大人びた雰囲気を醸し出している。
「おはよう、雛菊」
「……おはよう、彩姉」
この人は、僕の従姉弟の桜坂 彩音(さくらざか あやね)さんだ。
僕は彩姉と呼んでいる。
今は25歳で、この学校の養護教諭をやっている。
「……ねえ、雛菊。知ってる?葉月ちゃん、床に手をついたときに捻挫しちゃったんだって」
「……」
「球技大会楽しみにしてたんだって……」
球技大会は一週間後だ。
捻挫なら一週間で治るなんてことは無理だろう。
「ふふっ、悩んでるね?私に相談してみたらどうだい?」
そう言って彩姉は微笑みかけてきた。
言えば何かが変わるのか?
相談すれば何かが変わるのか?
答えは簡単だ。
何も変わらない。
「……相談なんて……意味ないよ」
彩姉は僕の言葉を聞いて、キョトンとした。
そしてまた、僕に微笑みかけてくる。
彩姉が僕に微笑みかけてくる。
そういう時は決まって彩姉が僕を叱るときだった。
「うーん、残念ながら意味はあるんだよ。だから話してみないかい?」
「……どんな意味?」
「君が楽になる。ただそれだけだよ」
即答だった。
思えば僕はいつも彩姉に助けられてきた。
おそらく今回も助けられるだろう。
「そうだね……相談してもいいかな?」
僕がそう訊ねると、彩姉は破顔した。
「ふふっ、頼ってくれるなんて嬉しいな」
そして僕は洗いざらい話した。
あの日の誓いのこと、彼女がいること、そのせいで葉月と話さなくなったこと。
そして、どこか物足りなさを感じていること。
「彩姉……僕はどうすればいいのかな?」
僕が相談し終わると彩姉は顎に手を当て、何かを考え始めた。
「……この場合はね、君がどうしたいのかを考えるんだ。」
「僕がどうしたいのか?」
「選択肢は二つある。このまま彼女さんと幸せに過ごすか、葉月ちゃんとの約束を果たすか……この二択だ。」
僕には選べない。
付き合い始めたばかりなら選べたかもしれない。
でも、僕にとっての凛音の存在は大きくなりすぎた。
もう凛音と別れることなんて考えられない。
「ふふっ、迷ってるね?そんな君には一つだけ情報をあげよう。葉月ちゃんはね、廊下で誰かとぶつかったせいで怪我したんだって」
誰かとぶつかった……そんなの……。
「僕しかいないじゃないか!」
僕は急いで立ち上がり、保健室を出ようとした。
「待ちなさい!」
ドアノブに手をかけたところで彩姉に呼び止められた。
「葉月ちゃんはもうすぐここに来るよ。私はもう帰るから……戸締り、お願いね?」
そう言うと彩姉は保健室から出ていってしまった。
僕はどうすればいい?
大切な恋人の凛音を選ぶ?
大切な幼馴染の葉月を選ぶ?
そのとき、あの日のことがフラッシュバックした。
「私たちが大人になったら、私をお嫁さんにしてくれる?」
あの日、たしかに僕は誓ったんだ。
何があってもこの子の笑顔を守ると、この子を悲しませたりなんてしないと。
四葉雛菊、君の答えは決まった?
僕は自分に問いを投げかける。
「決まったよ、僕は……」
どこからか透き通ったような声が聞こえてくる。
この声には覚えがある。
「雛菊!」
目を開けると、僕の彼女の花咲 凛音(はなさき りんね)が立っていた。
僕は軽く伸びをして起き上がる。
「おはよう……今何時?」
「もう一時だよ!あとちょっとで昼休み終わるよ!」
そう言いながらも凛音は全く急ぐ素振りをせず、僕の隣に座ってきた。
「えへへ、まだ十五分あるもんね」
凛音は僕の顔を見ると、にっこりと微笑んだ。
彼女の額には汗が滲んでいた。
おそらく、僕を見つけるのに大分歩き回ったのだろう。
僕が今いる中庭には大木が立っているので、日陰には困らない。
周りにを見渡すが、誰かがいる気配はない。
流石に夏にもなると外は暑いのか、昼休みはエアコンが完備されている教室で過ごす人が多い。
しかしながらこの場所は結構涼しいので、僕は昼休みによくここへ来る。
「よしっ!」
凛音が二つに縛られた赤髪を揺らして立ち上がった。
「戻ろっか?雛菊!」
凛音はそう言って僕の手を引いてきた。
「そうだね」
僕は凛音の手を握り、歩き出す。
その瞬間は凛音の声以外が何も聞こえなかった。
まるで、世界の果てに二人きりでいるような、そんな感じがした。
「ねえねえ、雛菊!五・六時限目は球技大会の練習だよ!楽しみだねっ!」
「そうかな?僕は運動があんまり得意じゃないから」
教室に戻る途中も凛音と他愛のない話をする。
凛音といるときは心が落ち着くし、幸せだ。
でも、何かが足りないと思ってしまう自分がいる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
曲がり角を曲がったところで誰かにぶつかってしまった。
青髪の少女だ。
青髪の少女はうずくまっている。
「……すみません」
僕はそう言って走り出した。
「ちょっと!」
凛音の声が聞こえた気がしたが、僕は止まることなく走り続ける。
絶対に心配をしてはいけないと思った。
彼女は心配されることをひどく嫌う。
すぐに立ち去らなければいけないと思った。
彼女は僕のことを嫌いだと言った。
僕は教室を通り過ぎ、その先にある保健室に向かった。
スマホを取り出し、凛音に「体調が悪いから保健室にいると先生に伝えてくれ」とメールをした。
保健室には誰もいなかった。
僕は一番奥にあるベッドの上に横になった。
「……葉月……どうすればいいんだろうね?教えてよ……どうしたらまた、昔みたいに笑って過ごせるのかな?」
ベッドの上で横になっていると眠気が襲ってくる。
考えることを放棄した僕は、襲ってくる眠気に身を任せることにした。
「雛菊、もう五時だよ。いい加減に起きなよ」
「んん」
どこか耳馴染みのある声で僕は目を覚ます。
目を開けると、椅子に少女が座っていた。
白衣を着ていて、絹のようにたおやかな茶髪を三つ編みにしている。
見た目だけ見ると僕と同じくらいの歳に見えるが、少女とは思えないような大人びた雰囲気を醸し出している。
「おはよう、雛菊」
「……おはよう、彩姉」
この人は、僕の従姉弟の桜坂 彩音(さくらざか あやね)さんだ。
僕は彩姉と呼んでいる。
今は25歳で、この学校の養護教諭をやっている。
「……ねえ、雛菊。知ってる?葉月ちゃん、床に手をついたときに捻挫しちゃったんだって」
「……」
「球技大会楽しみにしてたんだって……」
球技大会は一週間後だ。
捻挫なら一週間で治るなんてことは無理だろう。
「ふふっ、悩んでるね?私に相談してみたらどうだい?」
そう言って彩姉は微笑みかけてきた。
言えば何かが変わるのか?
相談すれば何かが変わるのか?
答えは簡単だ。
何も変わらない。
「……相談なんて……意味ないよ」
彩姉は僕の言葉を聞いて、キョトンとした。
そしてまた、僕に微笑みかけてくる。
彩姉が僕に微笑みかけてくる。
そういう時は決まって彩姉が僕を叱るときだった。
「うーん、残念ながら意味はあるんだよ。だから話してみないかい?」
「……どんな意味?」
「君が楽になる。ただそれだけだよ」
即答だった。
思えば僕はいつも彩姉に助けられてきた。
おそらく今回も助けられるだろう。
「そうだね……相談してもいいかな?」
僕がそう訊ねると、彩姉は破顔した。
「ふふっ、頼ってくれるなんて嬉しいな」
そして僕は洗いざらい話した。
あの日の誓いのこと、彼女がいること、そのせいで葉月と話さなくなったこと。
そして、どこか物足りなさを感じていること。
「彩姉……僕はどうすればいいのかな?」
僕が相談し終わると彩姉は顎に手を当て、何かを考え始めた。
「……この場合はね、君がどうしたいのかを考えるんだ。」
「僕がどうしたいのか?」
「選択肢は二つある。このまま彼女さんと幸せに過ごすか、葉月ちゃんとの約束を果たすか……この二択だ。」
僕には選べない。
付き合い始めたばかりなら選べたかもしれない。
でも、僕にとっての凛音の存在は大きくなりすぎた。
もう凛音と別れることなんて考えられない。
「ふふっ、迷ってるね?そんな君には一つだけ情報をあげよう。葉月ちゃんはね、廊下で誰かとぶつかったせいで怪我したんだって」
誰かとぶつかった……そんなの……。
「僕しかいないじゃないか!」
僕は急いで立ち上がり、保健室を出ようとした。
「待ちなさい!」
ドアノブに手をかけたところで彩姉に呼び止められた。
「葉月ちゃんはもうすぐここに来るよ。私はもう帰るから……戸締り、お願いね?」
そう言うと彩姉は保健室から出ていってしまった。
僕はどうすればいい?
大切な恋人の凛音を選ぶ?
大切な幼馴染の葉月を選ぶ?
そのとき、あの日のことがフラッシュバックした。
「私たちが大人になったら、私をお嫁さんにしてくれる?」
あの日、たしかに僕は誓ったんだ。
何があってもこの子の笑顔を守ると、この子を悲しませたりなんてしないと。
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僕は自分に問いを投げかける。
「決まったよ、僕は……」
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