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第4章
上月 奏輔 3
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「本当、祈って俺のこと嫌いすぎ」
奏輔はなに一つとして反省していないようだった。ただ楽しそうに笑って、俺を見つめてくる。
その目が恐ろしくて、まっすぐに見つめていられない。視線を逸らせば、奏輔が声を上げて笑う。
「ちょっとは俺にも優しくしてくれてもいいのに」
「……優しくする義理もないだろ」
素っ気なく言葉を投げ捨てれば、奏輔は反省した素振りもなくまた笑った。
かと思えば、その手が俺の腰に回されたのがわかった。必死に振り払おうにも、狭い車内である。無理に等しい。
「……もういい。お前と話すことはない。俺は帰るから」
さすがにしびれを切らして、俺は車の扉を開けようと手を伸ばした。なのに、それさえもいとも簡単に阻まれてしまって。
しかも、奏輔が俺のほうに身を乗り出してくる。
「帰ってもいいよ。けど、この大雨の中、帰るのは……無理じゃない?」
にんまりと笑った奏輔の言葉に、口をつぐむ。どんどん激しくなる雨。フロントガラスをたたいて、たたいて。
この中を走って帰ったら、風邪を引くのは確実だった。
「大人しくしてたら、後で送ってあげるから」
「……なにが、目的なんだよ」
この男の目的がわからない。じっと睨みつけていれば、奏輔は俺と距離を詰めてくる。そして、助手席のシートを倒して、俺の上に覆いかぶさってきた。
「は?」
咄嗟に口から出たのは、可愛くない声だった。目を見開けば、奏輔が俺の身体を撫でまわす。
……こいつ、正気なのか?
「亜玲から奪いたいんだよ。……俺、亜玲のこと好きじゃないし」
……なんだ、こいつ。
心の中ではそう呟けるのに、口には出ない。手をまとめられて、押さえつけられる。……奏輔との体格差は明確で、振りほどけない。
「本当、大人しくしててよ。……亜玲より、気持ちよくさせてあげる」
「……ふ、ざけるな」
本当になんなんだ、この兄弟は……!
人のことをなんだと思っているのか。そう吐き捨てようとしたのに、奏輔に唇を重ねられて、言葉にならない。
「祈、俺に身をゆだねるんだよ」
そんなの絶対にごめんだ。
そう言いたいのに、どうしてか喉から漏れるのは呼吸の音だけ。……人間って、本当に怖いと声なんて出ないんだって、知った。
「そう、いい子」
奏輔の手が、俺の身体を撫でまわす。なんていうか、身体の奥底が熱を持つような触れ方だった。
亜玲とは全然違う触れ方だとも、思う。
「ねぇ、亜玲とはどういう風にシた? 真似してあげよっか」
「……や、めろ」
「やめろなんて言わないでよ。……亜玲を受け入れて、俺を受け入れないなんて、あり得ないんだから」
こいつの世界ではそれが普通なのかもしれない。が、俺の世界では、考えでは、そうじゃない。
「……そう、すけ」
「うん、そう。今、祈を抱こうとしているのは、亜玲じゃない。……その兄の、俺だよ」
どうしてそんなことを言うのかはわからない。ただ、奏輔の態度も、触れ方も。なにもかもが怖くて、喉がつっかえて。
視界が潤んで、首をゆるゆると横に振ることしか出来なかった。
「怯えた顔が最高に可愛い。……もっと、泣かせたいかも」
舌舐めずりをした奏輔の姿が、涙かなにかで歪んでいく。背中には冷や汗が伝って、身体の奥底は熱いのに表面上は冷たいというちぐはぐな状態だった。
(嫌だ……。奏輔は、本当に受け付けない……!)
亜玲以上に、奏輔が嫌いだった。だからなのか、俺は奏輔を受け入れたくなかった。
思いきり睨みつけて、奏輔から逃れる方法を考える。今は、とにかく時間稼ぎだ。そうすれば、どうにかなるかもしれない。
「……そ、うすけ」
「うん」
「お前、本当の……」
お前の本当の目的は、なんなんだ?
そう問いかけようとした。でも、出来なかった。勢いよく助手席の扉が開いたから。……驚いてそちらに視線を向ける。
「あぁ、遅かったね。もうちょっと遅かったら、本当に襲っちゃうところだったよ」
「……兄貴」
けらけらと笑った奏輔が、俺の上から退く。瞬間、身体を抱き起された。
「……亜玲」
「祈、大丈夫だった?」
そこには、亜玲がいた。
奏輔はなに一つとして反省していないようだった。ただ楽しそうに笑って、俺を見つめてくる。
その目が恐ろしくて、まっすぐに見つめていられない。視線を逸らせば、奏輔が声を上げて笑う。
「ちょっとは俺にも優しくしてくれてもいいのに」
「……優しくする義理もないだろ」
素っ気なく言葉を投げ捨てれば、奏輔は反省した素振りもなくまた笑った。
かと思えば、その手が俺の腰に回されたのがわかった。必死に振り払おうにも、狭い車内である。無理に等しい。
「……もういい。お前と話すことはない。俺は帰るから」
さすがにしびれを切らして、俺は車の扉を開けようと手を伸ばした。なのに、それさえもいとも簡単に阻まれてしまって。
しかも、奏輔が俺のほうに身を乗り出してくる。
「帰ってもいいよ。けど、この大雨の中、帰るのは……無理じゃない?」
にんまりと笑った奏輔の言葉に、口をつぐむ。どんどん激しくなる雨。フロントガラスをたたいて、たたいて。
この中を走って帰ったら、風邪を引くのは確実だった。
「大人しくしてたら、後で送ってあげるから」
「……なにが、目的なんだよ」
この男の目的がわからない。じっと睨みつけていれば、奏輔は俺と距離を詰めてくる。そして、助手席のシートを倒して、俺の上に覆いかぶさってきた。
「は?」
咄嗟に口から出たのは、可愛くない声だった。目を見開けば、奏輔が俺の身体を撫でまわす。
……こいつ、正気なのか?
「亜玲から奪いたいんだよ。……俺、亜玲のこと好きじゃないし」
……なんだ、こいつ。
心の中ではそう呟けるのに、口には出ない。手をまとめられて、押さえつけられる。……奏輔との体格差は明確で、振りほどけない。
「本当、大人しくしててよ。……亜玲より、気持ちよくさせてあげる」
「……ふ、ざけるな」
本当になんなんだ、この兄弟は……!
人のことをなんだと思っているのか。そう吐き捨てようとしたのに、奏輔に唇を重ねられて、言葉にならない。
「祈、俺に身をゆだねるんだよ」
そんなの絶対にごめんだ。
そう言いたいのに、どうしてか喉から漏れるのは呼吸の音だけ。……人間って、本当に怖いと声なんて出ないんだって、知った。
「そう、いい子」
奏輔の手が、俺の身体を撫でまわす。なんていうか、身体の奥底が熱を持つような触れ方だった。
亜玲とは全然違う触れ方だとも、思う。
「ねぇ、亜玲とはどういう風にシた? 真似してあげよっか」
「……や、めろ」
「やめろなんて言わないでよ。……亜玲を受け入れて、俺を受け入れないなんて、あり得ないんだから」
こいつの世界ではそれが普通なのかもしれない。が、俺の世界では、考えでは、そうじゃない。
「……そう、すけ」
「うん、そう。今、祈を抱こうとしているのは、亜玲じゃない。……その兄の、俺だよ」
どうしてそんなことを言うのかはわからない。ただ、奏輔の態度も、触れ方も。なにもかもが怖くて、喉がつっかえて。
視界が潤んで、首をゆるゆると横に振ることしか出来なかった。
「怯えた顔が最高に可愛い。……もっと、泣かせたいかも」
舌舐めずりをした奏輔の姿が、涙かなにかで歪んでいく。背中には冷や汗が伝って、身体の奥底は熱いのに表面上は冷たいというちぐはぐな状態だった。
(嫌だ……。奏輔は、本当に受け付けない……!)
亜玲以上に、奏輔が嫌いだった。だからなのか、俺は奏輔を受け入れたくなかった。
思いきり睨みつけて、奏輔から逃れる方法を考える。今は、とにかく時間稼ぎだ。そうすれば、どうにかなるかもしれない。
「……そ、うすけ」
「うん」
「お前、本当の……」
お前の本当の目的は、なんなんだ?
そう問いかけようとした。でも、出来なかった。勢いよく助手席の扉が開いたから。……驚いてそちらに視線を向ける。
「あぁ、遅かったね。もうちょっと遅かったら、本当に襲っちゃうところだったよ」
「……兄貴」
けらけらと笑った奏輔が、俺の上から退く。瞬間、身体を抱き起された。
「……亜玲」
「祈、大丈夫だった?」
そこには、亜玲がいた。
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