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第4章
兄弟 2
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完全な挑発だった。なのに、亜玲はなにも言わない。開いた助手席側の扉。ただ、その前で立ち尽くす亜玲。
……見ていられなかったと思ったのは、どうしてなのか。
「……亜玲」
俺が亜玲を呼べば、亜玲はそっと視線を逸らした。それは、確かな拒絶。
あそこまで俺を求めていた亜玲は、いないのだろうか。
(違う。そうじゃない。……亜玲は、戸惑っているんだ)
それを悟った。亜玲はどうすればいいかがわからず、戸惑っている。奏輔のこと。俺のこと。いろいろと、頭の中でめちゃくちゃになっているんだ。
俺には兄弟はいない。だから、亜玲と奏輔の間にあるなにかはわからない。でも、少なくとも、俺にはわかる。
――この場合、悪いのは奏輔のほうなのだと。
「な、亜玲。……身を引けよ」
奏輔が突き放すように、そう言う。亜玲はなにも言い返さずに、唇をぎゅっと結んだ。
……もう、本当に見ていられなかった。
「俺、帰るわ」
端的にそう告げて、助手席側の扉から降りる。その後、亜玲の手首を掴んで、引っ張っていった。
「……祈」
「このままだと、風邪引くぞ。お前、どれだけの間濡れてたんだよ」
ふわっとしていた亜玲の髪は、今は水を吸ってべとっとしている。そんな髪の毛を、手を伸ばしてくしゃくしゃに撫でた。
「なんで……」
亜玲が戸惑ったような声を上げる。なんでかなんて、答えは一つじゃないか。
「俺も、奏輔が嫌い……っていうか、苦手だから」
亜玲を引っ張っていく。ここから亜玲のアパートまでは、かなり距離がある。……どちらかと言えば、俺のアパートのほうが近いだろうか。
「このまま放っておけないからさ。……だから、亜玲。とりあえず、俺の部屋に来い」
その目を見つめて、はっきりとそう告げる。亜玲は、目を真ん丸にしていた。ちょっと、間抜け面にも見える。
「……いいの?」
「ああ、いいよ。……お前が風邪を引いたら、ある意味俺の所為だし」
視線を逸らして、そう告げる。奏輔が挑発したりしたとはいえ、雨に濡らせた責任は俺にもある。
(……っていうか、奏輔の目的は、なんだったんだ?)
ふと、そう思ってしまった。奏輔は亜玲に俺といること。場所まで教えていた。見せつけたいとか、そういうわけでもなさそうだった。車に鍵をかけていたわけでも、ないし。
必死に考えても、答えなんて出ない。奏輔の考えが、ちっともわからない。
そんなことを思いつつ歩いていると、不意に手を引かれた。そのままぎゅっと抱きしめられて、驚いて振り返る。
「……祈」
亜玲が、縋るように俺の名前を呼んでいた。ぎゅうぎゅうと抱きしめているのに、その手は震えている。
びっしょりと濡れた服に触れている所為で、俺も濡れてしまう。
「ねぇ、俺、どうすればいいと思う?」
弱々しい声でそう問いかけられて、なんとも返せなかった。
どうすればいい。それに対して、上手い回答が思いつかない。ただ、唯一わかるのは。
「……知らないよ」
プイっと顔を背けて、素っ気なくそう告げた。
「大体、亜玲の未来は亜玲が決めろ。進む道も、亜玲のものだ」
亜玲の将来とか、決めることとか。そういうのは俺が決めることじゃないっていうことだけ。
「俺のこと、奏輔に渡したかったら、渡せ。……俺は、亜玲のことを責めない」
「い、のり」
「俺のことをあきらめたかったら、さっさとあきらめろ。……そういう優柔不断な態度を取られるのが、一番いやだ」
そうだ。優柔不断で、グチグチ言って。そういう女々しいのは、亜玲には似合わない。
こいつはもっと強引で、強欲で。悪魔みたいな男だから。
「俺が欲しいんだったら、必死に足掻けばいいじゃんか」
亜玲のほうに視線を向けて、俺は笑ってそう言う。……正直、奏輔よりも亜玲のほうがずっとマシだし。
「……俺は、兄貴には勝てない、のに」
「それがなんだっていうんだよ」
本当、こいつは奏輔のことになるとネガティブ思考だな、なんて。
そう思いつつ、亜玲の腕を振り払って奴に向き直る。そして、その頬を両手で挟んだ。
……見ていられなかったと思ったのは、どうしてなのか。
「……亜玲」
俺が亜玲を呼べば、亜玲はそっと視線を逸らした。それは、確かな拒絶。
あそこまで俺を求めていた亜玲は、いないのだろうか。
(違う。そうじゃない。……亜玲は、戸惑っているんだ)
それを悟った。亜玲はどうすればいいかがわからず、戸惑っている。奏輔のこと。俺のこと。いろいろと、頭の中でめちゃくちゃになっているんだ。
俺には兄弟はいない。だから、亜玲と奏輔の間にあるなにかはわからない。でも、少なくとも、俺にはわかる。
――この場合、悪いのは奏輔のほうなのだと。
「な、亜玲。……身を引けよ」
奏輔が突き放すように、そう言う。亜玲はなにも言い返さずに、唇をぎゅっと結んだ。
……もう、本当に見ていられなかった。
「俺、帰るわ」
端的にそう告げて、助手席側の扉から降りる。その後、亜玲の手首を掴んで、引っ張っていった。
「……祈」
「このままだと、風邪引くぞ。お前、どれだけの間濡れてたんだよ」
ふわっとしていた亜玲の髪は、今は水を吸ってべとっとしている。そんな髪の毛を、手を伸ばしてくしゃくしゃに撫でた。
「なんで……」
亜玲が戸惑ったような声を上げる。なんでかなんて、答えは一つじゃないか。
「俺も、奏輔が嫌い……っていうか、苦手だから」
亜玲を引っ張っていく。ここから亜玲のアパートまでは、かなり距離がある。……どちらかと言えば、俺のアパートのほうが近いだろうか。
「このまま放っておけないからさ。……だから、亜玲。とりあえず、俺の部屋に来い」
その目を見つめて、はっきりとそう告げる。亜玲は、目を真ん丸にしていた。ちょっと、間抜け面にも見える。
「……いいの?」
「ああ、いいよ。……お前が風邪を引いたら、ある意味俺の所為だし」
視線を逸らして、そう告げる。奏輔が挑発したりしたとはいえ、雨に濡らせた責任は俺にもある。
(……っていうか、奏輔の目的は、なんだったんだ?)
ふと、そう思ってしまった。奏輔は亜玲に俺といること。場所まで教えていた。見せつけたいとか、そういうわけでもなさそうだった。車に鍵をかけていたわけでも、ないし。
必死に考えても、答えなんて出ない。奏輔の考えが、ちっともわからない。
そんなことを思いつつ歩いていると、不意に手を引かれた。そのままぎゅっと抱きしめられて、驚いて振り返る。
「……祈」
亜玲が、縋るように俺の名前を呼んでいた。ぎゅうぎゅうと抱きしめているのに、その手は震えている。
びっしょりと濡れた服に触れている所為で、俺も濡れてしまう。
「ねぇ、俺、どうすればいいと思う?」
弱々しい声でそう問いかけられて、なんとも返せなかった。
どうすればいい。それに対して、上手い回答が思いつかない。ただ、唯一わかるのは。
「……知らないよ」
プイっと顔を背けて、素っ気なくそう告げた。
「大体、亜玲の未来は亜玲が決めろ。進む道も、亜玲のものだ」
亜玲の将来とか、決めることとか。そういうのは俺が決めることじゃないっていうことだけ。
「俺のこと、奏輔に渡したかったら、渡せ。……俺は、亜玲のことを責めない」
「い、のり」
「俺のことをあきらめたかったら、さっさとあきらめろ。……そういう優柔不断な態度を取られるのが、一番いやだ」
そうだ。優柔不断で、グチグチ言って。そういう女々しいのは、亜玲には似合わない。
こいつはもっと強引で、強欲で。悪魔みたいな男だから。
「俺が欲しいんだったら、必死に足掻けばいいじゃんか」
亜玲のほうに視線を向けて、俺は笑ってそう言う。……正直、奏輔よりも亜玲のほうがずっとマシだし。
「……俺は、兄貴には勝てない、のに」
「それがなんだっていうんだよ」
本当、こいつは奏輔のことになるとネガティブ思考だな、なんて。
そう思いつつ、亜玲の腕を振り払って奴に向き直る。そして、その頬を両手で挟んだ。
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