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第3章
⑦
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「ラードルフさん」
聞いたこともないような低い声で俺を呼んだ殿下が、大股で近づいてくる。
全身びしょ濡れなこともあり、部屋の絨毯が濡れ、色を変えていく。
「途中で引き返してきて、正解でした。……まさか、こんな野良犬が入っているなんて」
殿下の青い双眸がイェロームを見据える。
イェロームの視線がせわしなく動く。まさか、見つかるとは思わなかったのか。
「ここにきてしまった以上、生きて帰すことはできない」
「っ!」
「でも、全部覚悟の上でしょう」
大きく息を吐いた殿下が、俺とイェロームの間に割り込んだ。無理やり引き離す。
「あなたの気持ちは、よくわかります。俺も一緒ですから」
イェロームの胸をとんと押し、殿下が笑った。
「――けど、邪魔ですよね。危険人物は排除しなくちゃ」
「っ、随分なことを言ってくれますね、ヴィクトール殿下」
「えぇ、まぁ」
にこりと笑った殿下に、イェロームがどんな感情を抱いたのかはわからない。
やつは剣のグリップを握り、剣を引き抜いた。切っ先を殿下の喉元に突き付ける。
「イェローム!」
「殿下のほうが、目に余る行動をしていますよ。俺は彼を救いに来たんですから」
刃が殿下の喉元の皮膚を軽く切った。
赤い血が殿下の白い肌に流れていく。視線を奪われるほどに映える光景だった。
「くだらない。あなたと俺のやっていることは、まったく一緒でしょう」
「……な、にを」
「俺もあなたも、ラードルフさんの優しさにつけ込んでいるだけだ。同族だって言ってるんですよ」
殿下の手が剣をつかんだ。手のひらが切れ、とめどなく血がにじみ出る。手首を伝い、血がぽたぽたと絨毯を汚した。
「自分のことを棚に上げて、まったくくだらない」
「……殿下、もう」
「言っておきますけど、俺は本気ですよ。お前みたいな中途半端な気持ちじゃない」
青の双眸が細くなる。イェロームをじっと見る殿下の瞳には憎しみがこもっている。
いや、憎しみだけじゃない。怒りに苦しみ――同情。様々な感情が混ざり合っている。
「俺は自分の行為が間違っていることくらい、理解していますよ。理解したうえで、やっているんです」
とめどなく血が流れ、絨毯に落ちていく。
殿下は表情一つ動かさない。あれは相当痛いだろうに。
「自分の欲望に忠実に行動して――破滅するんです。それが俺の望みだ」
耳に届いた言葉を疑った。
「最後に彼と一緒にいたかっただけ。……それだけ」
目の前の殿下の身体が震えている。
その光景を見てしまうと、我慢できなかった。
――咄嗟に、殿下の背中を抱きしめていた。
(この人は、まだまだ幼い。小さな背中にたくさんの重圧を押し付けられて、辛かったよな)
そりゃあ、あの頃の思い出を大切にするわけだ。
(人間とは醜い生き物だ。自分の昔の行動など忘れて、殿下にすり寄ったんだろう)
殿下は真面目で、気づいたらがんじがらめになっていたんだと思う。
ずっと一人ぼっちで、苦しかったんだろう。どうして俺は気づかなかったんだろうか。
「……殿下」
俺の呼びかけに殿下はなにも言わなかった。
しかし、続きを紡いだ。
「すみませんでした」
「……ラードルフさん」
「殿下はあの頃の俺を大切にしていた。……俺が大嫌いでたまらない、あの頃の俺を」
イェロームの一件があってから、王都での生活は忘れたいことだった。思い出すのも嫌だった。
「もう、全部やめましょう。――おしまいです」
顔をあげて、イェロームを見つめる。揺れる双眸に、笑いかけた。
「全部終わらせよう。こんな――戯れは」
イェロームの手から力が抜けた。グリップを手放して、その場に崩れ落ちる。
あの頃から俺たちは時を止めてしまっていた。
だからこそ。
「――新しく、やり直せばいいんですよ」
今から新しく、やり直せばいい。
あの頃のことを、『過去』に昇華して。
窓の外では鳥が鳴いている。先ほどまでの雷雨が嘘のように晴れ渡っていた。
聞いたこともないような低い声で俺を呼んだ殿下が、大股で近づいてくる。
全身びしょ濡れなこともあり、部屋の絨毯が濡れ、色を変えていく。
「途中で引き返してきて、正解でした。……まさか、こんな野良犬が入っているなんて」
殿下の青い双眸がイェロームを見据える。
イェロームの視線がせわしなく動く。まさか、見つかるとは思わなかったのか。
「ここにきてしまった以上、生きて帰すことはできない」
「っ!」
「でも、全部覚悟の上でしょう」
大きく息を吐いた殿下が、俺とイェロームの間に割り込んだ。無理やり引き離す。
「あなたの気持ちは、よくわかります。俺も一緒ですから」
イェロームの胸をとんと押し、殿下が笑った。
「――けど、邪魔ですよね。危険人物は排除しなくちゃ」
「っ、随分なことを言ってくれますね、ヴィクトール殿下」
「えぇ、まぁ」
にこりと笑った殿下に、イェロームがどんな感情を抱いたのかはわからない。
やつは剣のグリップを握り、剣を引き抜いた。切っ先を殿下の喉元に突き付ける。
「イェローム!」
「殿下のほうが、目に余る行動をしていますよ。俺は彼を救いに来たんですから」
刃が殿下の喉元の皮膚を軽く切った。
赤い血が殿下の白い肌に流れていく。視線を奪われるほどに映える光景だった。
「くだらない。あなたと俺のやっていることは、まったく一緒でしょう」
「……な、にを」
「俺もあなたも、ラードルフさんの優しさにつけ込んでいるだけだ。同族だって言ってるんですよ」
殿下の手が剣をつかんだ。手のひらが切れ、とめどなく血がにじみ出る。手首を伝い、血がぽたぽたと絨毯を汚した。
「自分のことを棚に上げて、まったくくだらない」
「……殿下、もう」
「言っておきますけど、俺は本気ですよ。お前みたいな中途半端な気持ちじゃない」
青の双眸が細くなる。イェロームをじっと見る殿下の瞳には憎しみがこもっている。
いや、憎しみだけじゃない。怒りに苦しみ――同情。様々な感情が混ざり合っている。
「俺は自分の行為が間違っていることくらい、理解していますよ。理解したうえで、やっているんです」
とめどなく血が流れ、絨毯に落ちていく。
殿下は表情一つ動かさない。あれは相当痛いだろうに。
「自分の欲望に忠実に行動して――破滅するんです。それが俺の望みだ」
耳に届いた言葉を疑った。
「最後に彼と一緒にいたかっただけ。……それだけ」
目の前の殿下の身体が震えている。
その光景を見てしまうと、我慢できなかった。
――咄嗟に、殿下の背中を抱きしめていた。
(この人は、まだまだ幼い。小さな背中にたくさんの重圧を押し付けられて、辛かったよな)
そりゃあ、あの頃の思い出を大切にするわけだ。
(人間とは醜い生き物だ。自分の昔の行動など忘れて、殿下にすり寄ったんだろう)
殿下は真面目で、気づいたらがんじがらめになっていたんだと思う。
ずっと一人ぼっちで、苦しかったんだろう。どうして俺は気づかなかったんだろうか。
「……殿下」
俺の呼びかけに殿下はなにも言わなかった。
しかし、続きを紡いだ。
「すみませんでした」
「……ラードルフさん」
「殿下はあの頃の俺を大切にしていた。……俺が大嫌いでたまらない、あの頃の俺を」
イェロームの一件があってから、王都での生活は忘れたいことだった。思い出すのも嫌だった。
「もう、全部やめましょう。――おしまいです」
顔をあげて、イェロームを見つめる。揺れる双眸に、笑いかけた。
「全部終わらせよう。こんな――戯れは」
イェロームの手から力が抜けた。グリップを手放して、その場に崩れ落ちる。
あの頃から俺たちは時を止めてしまっていた。
だからこそ。
「――新しく、やり直せばいいんですよ」
今から新しく、やり直せばいい。
あの頃のことを、『過去』に昇華して。
窓の外では鳥が鳴いている。先ほどまでの雷雨が嘘のように晴れ渡っていた。
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