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第4章
①
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イェロームの一件から二週間が経ち。俺は相変わらずあの離宮にいた。
目の前には寝台で眠る殿下。俺は側の椅子に腰かけている。
「本当に無茶をしましたね」
俺は殿下の前髪を撫でる。美しい金髪は触り心地もいい。
いつも俺を見つめる美しい青の双眸は瞼に隠れて見えない。指先で瞼を撫でた。笑みがこぼれてしまう。
(イェロームはおとがめなし――とはいかなかったが、まぁあれでいい)
理由があったとはいえ、王族に切りかかったようなものだ。
よくて免職、悪くて処刑という状況だった。
しかし、殿下はイェロームに情状酌量の余地を与えた。結果、辺境への左遷という処罰に。
殿下の意見が全面的に採用された形だった。
(明日、辺境に行くそうだが、俺は会いにいけないな……)
見送りに行きたかったが、俺にはその資格がない。……俺がイェロームを暴走させてしまったのだから。
「辺境騎士団の団長とは知り合いだし、手厚く扱うように手紙でも送るか……」
これがきっと、俺にできる最大限の償いだ。
「……」
俺は、眠る殿下を見つめた。
イェロームの処罰が決まったあと、殿下は高熱を出した。
医者いわく、疲労と風邪ということだ。あの日、びしょ濡れになったのが一番の原因だと。
昨夜ようやく熱は平常に戻り、今の殿下は穏やかな寝顔をしている。
……心からよかったと思っている。
「――さて、これからどうするか」
今の俺は自由だ。
殿下は俺に謝り、もう離宮にいる必要はないと言った。
けど、俺はすぐに離れなかった。一度殿下としっかり話をしたかったのだ。
(殿下の回答しだいで、俺は――)
考え込んでいたとき、殿下が瞼を開けた。青の瞳が周囲をきょろきょろと見渡す。
「……ラードルフ、さん?」
俺を見た殿下が、驚いたような声をあげた。
「なんで」
起き上がろうとする殿下を制する。横になるように言って、俺は殿下の顔を覗き込んだ。
「ここにいる必要はないって、言いましたよね」
「確かにそうです。だが、出て行けとは言われていませんから」
出ていけと言われていたら、俺は出ていった。
「あのお言葉では、ここにいるのも出ていくのも自由のように聞こえましたので」
わざとらしく丁寧に話すと、殿下は何度か瞬きをして――笑った。
「あなたはそういう人でしたね」
殿下の包帯に包まれた手が、俺の手に触れた。
「だから、俺はあなたが好きなんです。……大好きでした」
「行動と言葉が一致していませんが」
「――え?」
今の殿下の言葉は、過去形だった。しかし、俺の手をつかむ殿下の手は――すがっている。
「この手はすがっている。言葉こそ偽っていても、結局あなたは正直だ」
「……それはっ」
「本当は終わらせるつもりなんてないでしょうに」
殿下の目が泳いだ。……図星だ。
「俺は殿下が終わらせたいのなら、関係を終わらせるつもりでしたよ」
「……はい」
「ですが、この手の動きからして、あなたはまだ俺に執着しています」
俺の言葉に殿下が手を引っ込めようとした。その手をつかんで、俺は握りしめる。
「――あなたが終わらせたいのなら、終わらせるつもりです。つまり、逆もある」
「え、えっと」
「あなたが俺を欲するのなら、もう少しくらい側にいてもいい」
顔をまっすぐに向けることができず、そむけてしまった。
こんな三十代男のツンケンした態度の、どこに需要があるのか。頭の片隅で、そんなことを思う。
「ラードルフさん?」
「今の殿下を一人にしておくのは危ういですからね。落ち着くまで側にいましょう」
心なしか早口だった。
顔が熱い。ちらりと殿下を見つめると、瞳から涙がこぼれていた。
「……どうして泣くのですか」
「だって俺、あなたをたくさん傷つけたのに」
確かに殿下のせいでたくさん傷ついた。苦しんだ。つらかった。
でも、悪いことばかりではなかった。
――逃げてばかりだった俺が、過去に向き合えたのは殿下のおかげだ。
「それはそうです。けど、あなたの行動があったから、俺は今、過去と決別できた。あの忌々しい過去を乗り越えることができた」
もちろん、完全に乗り越えることができたとは言えない。
だが、大切な一歩を踏み出したのだ。
「側にいるのは、お礼にすぎません。そして、俺自身は一番弟子の成長を側で見ていたくなっただけだ」
最後にはもう、敬語が取れていた。
これ以上話すと、ボロが出てしまいそうだから、口を閉ざそう。
唇を結ぶと、殿下が本格的に泣き出してしまった。
「おれ、ぜんぶどうでもよかった。……あなたがいないなら、死んでしまおうと思っていたんです」
「……はい」
「ずっとずっと、死にたかった。なのに今、生きててよかったって思っています。おれ、すごく単純だ」
泣きじゃくる殿下は、俺の記憶にある幼い殿下のままだった。
手を伸ばして、殿下の身体を抱きしめる。
「俺はあなたの成長を見ていたい。……これから、人として立派になっていくあなたの姿を」
俺の心からの言葉に殿下が笑った。あふれた涙をぬぐいながら、殿下は嬉しそうに笑っていた。
目の前には寝台で眠る殿下。俺は側の椅子に腰かけている。
「本当に無茶をしましたね」
俺は殿下の前髪を撫でる。美しい金髪は触り心地もいい。
いつも俺を見つめる美しい青の双眸は瞼に隠れて見えない。指先で瞼を撫でた。笑みがこぼれてしまう。
(イェロームはおとがめなし――とはいかなかったが、まぁあれでいい)
理由があったとはいえ、王族に切りかかったようなものだ。
よくて免職、悪くて処刑という状況だった。
しかし、殿下はイェロームに情状酌量の余地を与えた。結果、辺境への左遷という処罰に。
殿下の意見が全面的に採用された形だった。
(明日、辺境に行くそうだが、俺は会いにいけないな……)
見送りに行きたかったが、俺にはその資格がない。……俺がイェロームを暴走させてしまったのだから。
「辺境騎士団の団長とは知り合いだし、手厚く扱うように手紙でも送るか……」
これがきっと、俺にできる最大限の償いだ。
「……」
俺は、眠る殿下を見つめた。
イェロームの処罰が決まったあと、殿下は高熱を出した。
医者いわく、疲労と風邪ということだ。あの日、びしょ濡れになったのが一番の原因だと。
昨夜ようやく熱は平常に戻り、今の殿下は穏やかな寝顔をしている。
……心からよかったと思っている。
「――さて、これからどうするか」
今の俺は自由だ。
殿下は俺に謝り、もう離宮にいる必要はないと言った。
けど、俺はすぐに離れなかった。一度殿下としっかり話をしたかったのだ。
(殿下の回答しだいで、俺は――)
考え込んでいたとき、殿下が瞼を開けた。青の瞳が周囲をきょろきょろと見渡す。
「……ラードルフ、さん?」
俺を見た殿下が、驚いたような声をあげた。
「なんで」
起き上がろうとする殿下を制する。横になるように言って、俺は殿下の顔を覗き込んだ。
「ここにいる必要はないって、言いましたよね」
「確かにそうです。だが、出て行けとは言われていませんから」
出ていけと言われていたら、俺は出ていった。
「あのお言葉では、ここにいるのも出ていくのも自由のように聞こえましたので」
わざとらしく丁寧に話すと、殿下は何度か瞬きをして――笑った。
「あなたはそういう人でしたね」
殿下の包帯に包まれた手が、俺の手に触れた。
「だから、俺はあなたが好きなんです。……大好きでした」
「行動と言葉が一致していませんが」
「――え?」
今の殿下の言葉は、過去形だった。しかし、俺の手をつかむ殿下の手は――すがっている。
「この手はすがっている。言葉こそ偽っていても、結局あなたは正直だ」
「……それはっ」
「本当は終わらせるつもりなんてないでしょうに」
殿下の目が泳いだ。……図星だ。
「俺は殿下が終わらせたいのなら、関係を終わらせるつもりでしたよ」
「……はい」
「ですが、この手の動きからして、あなたはまだ俺に執着しています」
俺の言葉に殿下が手を引っ込めようとした。その手をつかんで、俺は握りしめる。
「――あなたが終わらせたいのなら、終わらせるつもりです。つまり、逆もある」
「え、えっと」
「あなたが俺を欲するのなら、もう少しくらい側にいてもいい」
顔をまっすぐに向けることができず、そむけてしまった。
こんな三十代男のツンケンした態度の、どこに需要があるのか。頭の片隅で、そんなことを思う。
「ラードルフさん?」
「今の殿下を一人にしておくのは危ういですからね。落ち着くまで側にいましょう」
心なしか早口だった。
顔が熱い。ちらりと殿下を見つめると、瞳から涙がこぼれていた。
「……どうして泣くのですか」
「だって俺、あなたをたくさん傷つけたのに」
確かに殿下のせいでたくさん傷ついた。苦しんだ。つらかった。
でも、悪いことばかりではなかった。
――逃げてばかりだった俺が、過去に向き合えたのは殿下のおかげだ。
「それはそうです。けど、あなたの行動があったから、俺は今、過去と決別できた。あの忌々しい過去を乗り越えることができた」
もちろん、完全に乗り越えることができたとは言えない。
だが、大切な一歩を踏み出したのだ。
「側にいるのは、お礼にすぎません。そして、俺自身は一番弟子の成長を側で見ていたくなっただけだ」
最後にはもう、敬語が取れていた。
これ以上話すと、ボロが出てしまいそうだから、口を閉ざそう。
唇を結ぶと、殿下が本格的に泣き出してしまった。
「おれ、ぜんぶどうでもよかった。……あなたがいないなら、死んでしまおうと思っていたんです」
「……はい」
「ずっとずっと、死にたかった。なのに今、生きててよかったって思っています。おれ、すごく単純だ」
泣きじゃくる殿下は、俺の記憶にある幼い殿下のままだった。
手を伸ばして、殿下の身体を抱きしめる。
「俺はあなたの成長を見ていたい。……これから、人として立派になっていくあなたの姿を」
俺の心からの言葉に殿下が笑った。あふれた涙をぬぐいながら、殿下は嬉しそうに笑っていた。
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