黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第1部:鮮血の王冠

第9話:血塗られた戴冠式

 ヴォルテクス・ハイドラの討伐は、ロゼノアの英雄譚として王都を駆け巡った。
 聖女の力で兵士たちを救い、自ら剣を取って戦うその姿。
 国民の間に「ロゼノア様こそ真の光」という熱狂的な信仰が生まれた瞬間だった。

 一方、体調不良を訴えて宮廷に引きこもったエルネストへの評価は地に落ちた。
 私は、自室の窓から王都を見下ろしていた。

(全て、計画通りね)

 そして今日、魔獣討伐の功績を讃える叙勲式が、王宮の謁見の間で開かれる。
 それは、私の勝利を確定させるための儀式だ。

 謁見の間には、王国中の貴族たちが集まっていた。
 玉座には、病を押して出席した国王が座っている。その隣に、王妃。王の顔色は優れないが、威厳を保とうと、背筋を伸ばしている。

 銀の髪を長く伸ばし、さらに妖艶さを増した、美しいアルカディアスと共に、玉座の前に進み出た。

「ヴォルテクス・ハイドラの討伐における、ロゼノア・デ・ローゼン公爵令嬢の活躍、誠に見事であった」
 国王が、厳かに口を開く。
「その勇気と慈悲、そして知識は、この国の真の光に他ならない」

 国王は、美しい薔薇の彫金細工が施された冠を掲げた。その中央には、聖女の証とされる巨大な宝石『王国の涙』が輝いている。

「この『王国の涙』を以て、ロゼノア・デ・ローゼンを王国の正式な聖女とする」

 冠が、私の頭上にそっと置かれた。ずしりとした、重み。
 ワァァァッ……!
 周囲から、割れんばかりの拍手が起こる。

(これで、聖女の座は正式に私のものとなった)
 私は優雅にスカートをつまみ、深く一礼した。

「さあ、この喜ばしい出来事を祝い、皆で祝杯をあげよう!」
 国王の号令により、謁見の間に歓声が沸き起こった。

 ――その少し前。
 給仕室は、祝宴の準備に追われるメイドや使用人でごった返していた。

「急げ! もうすぐ乾杯だ」
「エルネスト殿下から献上された『ヴィンテージワイン』はどこだ? 陛下と王妃殿下のグラスへ注ぐのだぞ!」

 厳重な監視の下、毒味役の官吏が、ボトルの封を開け、銀の杯に注いで口に運ぶ。

 緊張が走る数秒間。
 ――全員の意識が毒味役に集中した、そのわずかな隙。

 国王と王妃のグラスのそばに控えていた一人の給仕の男が、音もなく動いた。
 その横顔は、いつもアルカディアスの背後に影のように控えている従僕によく似た男だった
 彼は通り過ぎざまに、指の間に隠し持った小さな布で、グラスの内側をサッと拭き上げた。
 誰も見ていない。全員が、毒味役に注目している。

「……うむ。異常なし。素晴らしい芳醇な香りだ」
 毒味役が安堵の声を上げた時、給仕の男はすでに直立不動の姿勢に戻っていた。
 完璧な手際だった。

 ――謁見の間。
 国王と王妃の手元に、先ほどのグラスが運ばれ、なみなみとぶどう酒が注がれた。

「エルネストからの献上酒か。……ふん、臆病者の罪滅ぼしだな」
 国王は鼻を鳴らしたが、機嫌よく盃を掲げた。

「未来を担う若きふたりに、祝福を――!」

 国王が声を張り上げる。貴族たちが一斉にグラスを掲げる。
 そして、飲み干した。

「――っ」

 パリーンッ……!!

 乾いた音が響いた。国王の手から、グラスが滑り落ち割れた音だ。

「ぐっ……な、何が……」
 国王陛下が、喉を掻きむしりながら玉座から転げ落ちた。
「陛下!?」
 側近が駆け寄る。
 直後、隣の王妃も悲鳴を上げた。
「あ……ああ……ぐっ、熱い……!」
 王妃が口から血を吐き、倒れ伏す。

 謁見の間が、たちまち恐慌状態に陥った。
「早く、宮廷医を!」 「国王陛下が!」  「毒味役は何をしていた!?」

 宮廷医が駆けつけ、二人の脈を診る。
 だが、その手は震えていた。
 ゆっくりと首を横に振る。

「……手遅れです。……脈が、ございません」

 静寂。
 あまりにも呆気ない、国の頂点の死。

(毒だなんて……)
 私は驚愕の表情を作りながら、冷静に状況を観察していた。
 これは原作ゲームにもなく、私の計画でもない。誰がやったの?

 宮廷医は、床にこぼれたワインを調べたが、首を傾げた。
「ワインからは反応が出ない……? いや、グラスだ! グラスの縁から猛毒の反応が!」

 謁見の間が、再び騒然となった。

「グラスに毒だと!?」
「エルネスト殿下が用意させたグラスか!?」
「いや、グラスを運んだのは……」

 混乱の中、ある貴族が叫んだ。その貴族はアルカディアスの息のかかった男だった。

「このワインを贈り、祝杯を提案したのはエルネスト殿下だ! 殿下が手引きした者が、グラスに細工をしたに違いない!」
「そうだ! 自分の失態を隠し、王位を奪うために!」

 疑惑は、不在のエルネストへと、雪崩のように傾いていく。
 毒味を突破するという周到さが、逆に「計画的犯行」という印象を強めたのだ。

「……許せない」
 アルカディアスが、震える声で呟いた。
 彼は剣を抜き、高らかに叫んだ。

「逆賊エルネストを捕らえよ!! 父上と母上の仇だ!!」

 騎士たちが一斉に「はっ!」と応え、エルネストの部屋へと雪崩れ込んでいく。

 謁見の間は、悲しみと混乱、そして怒りに包まれていた。
 私は、アルカディアスの傍に寄り添った。
「アルカディアス様……」
 私は彼の手を取る。
「なんてお可哀想に……。まさか実の兄君が、こんな非道なことを……」

 アルカディアスは俯いていた。肩が小刻みに震えている。悲しみに、耐えているのだろうか。

「ロゼノア……」
「はい。わたくしはここにおります」
「これは……。君への贈り物だ」

 アルカディアスが顔を上げた。
 私と視線が絡む。

 その瞬間、私は息を呑んだ。

 彼は――、笑っていた。
 口元は悲痛に歪められているが、その金色の瞳だけが、冷たく、くらい歓喜に満ちていたのだ。
 まるで「褒めてくれ」と言わんばかりの、無邪気で残酷な笑み。

(……アルカディアス?)

 彼は私の耳元に顔を近づけて、甘く囁くように言った。
「これでエルネストはもう君に手を出せない。邪魔者は皆、いなくなった。君は私だけのものだ――」
 アルカディアスは私の手を強く握り締めた。痛いほどに。


 その夜。
 私は、自室で一人窓の外を眺めていた。
 月が、不気味なほど明るく輝いている。

(……まさかあの従順な犬が、飼い主の命令もなく噛みつくなんてね)

 だが、結果としては悪くない。
 非道な国王と王妃は消え、エルネストは失脚し、アルカディアスが即位する。
 私は王妃。
 全ての手間が省けた。

(毒は、苦しいのよねぇ……よく知ってるわ)
 私は、喉元をさすった。前世の記憶がふっと蘇った。

 口角が、ゆっくりと上がる。
 鏡に映った自分を見る。聖女の仮面を被った、稀代の悪女。
「よくやったわ、アルカディアス。……いい子ね」

 ――ノックの音が静寂を破った。

「ロゼノア様。王宮魔術師シルヴィアです」
「入りなさい」
 入ってきたシルヴィアは、数冊の古書を抱えていた。

「夜分に失礼いたします。以前ご所望だった『王国の歴史』と『儀式に関する文献』をお持ちしました。……城内が混乱しておりますので、お届けが遅れました」
「ありがとう、シルヴィア。ご苦労様」

 シルヴィアは机の上に本の山を置いた。
 その時、山の中から一冊の本が、私の手元に滑り落ちてきた。

 ――ドサッ。
 重く、湿った音。

 それは、異質な一冊だった。
 光を吸い込むような艶消しの黒革。だが、そこに浮き彫りにされた「黒薔薇」だけが、まるで血に濡れているかのような、妖しい艶を放っていた。

「あら? これは……随分と趣味の良い装丁ね」
 私が指差すと、シルヴィアは不思議そうに首をかしげた。
「え……? 変ね、こんな本、書庫から選んだ覚えは……」
 シルヴィアは不審そうにその黒い本を手に取り、パラパラとめくった。

「それにこれ、乱丁本らんちょうぼんかしら? 中身が全て白紙のようですね」
「白紙?」
「はい。ただの古いノートのようですが……他の本の間に混ざっていたのかもしれません。捨てておきますか?」

 その時、廊下から慌ただしい足音が響き、兵士が扉越しに声を張り上げた。

「シルヴィア様! 至急、魔術師団へお戻りください! 西の砦の結界準備に不備が!」
「チッ……忙しい時に。わかった、すぐ行くわ!」
 シルヴィアは私に一礼すると、その黒い本を机の端に置いたまま、慌てて部屋を飛び出していった。

 再び、静寂が戻る。
 私は、置き去りにされた黒い本に視線を落とした。
 まるで、私を呼んでいるかのような存在感。
(……白紙、と言ったわね)
 私は、黒薔薇の浮き彫りに指先を這わせた。
 ゾクリと、指先から冷たい何かが流れ込んでくる感覚。

 ゆっくりと表紙を開く。
「…………?」
 白紙などではない。
 そこには、血のような真紅のインクで、びっしりと文字が記されていた。
 天才魔術師シルヴィアにも読めず、私にだけ読める文字。あるいは、この本が持ち主を選んだのか。

『黒薔薇の刻印――真の支配者たるものに現れる。……失われし命を繋ぎ止める、禁断の術……』

 ページをめくる指が止まる。
 
『蘇りし者は、生の痛みを忘れ、魂のかせを外される……』

『……彼らは術者を唯一の絶対者と認識し、尽きることのない渇望と忠誠を捧げることになるだろう……』

(黒薔薇の刻印……? いったい何のことかしら……)

 私はその本を閉じ、誰にも見つからないよう、机の引き出しの最下段へしまい込み、鍵をかけた。

 窓の外では、赤い月が輝いている。
 邪魔者は消え、舞台は綺麗に片付いた。

「さあ、始めましょうか。――ここからは、私だけの独壇場よ」
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