黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第2部:黒薔薇の刻印

第19話:侍女と怪物

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 王妃としての公務に追われる日々。
 それに加えて、傷ついたり戦死した兵士たち、病や事故に遭った人々を聖女の力で癒し、手遅れな者は黒薔薇の刻印で蘇生する。救いを求める声は後を絶たず、私は息つく暇もない日々を送っていた。
 ふと、書類の手を止めて窓の外、北の空を見上げた。

 「聖女」……そういえば、あの「元・正ヒロイン」はどうしているだろうか。
 王宮の北の塔に幽閉して以来、忙殺されて記憶の隅に追いやられていたが、放置し続けるのは危険だ。
 リリアーナ・リリエール。あの女は雑草のようにしぶとい。いつか隙を見て、私を陥れようとするかもしれない。

 侍女のマリエが入ってきた。
「ロゼノア様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、マリエ」

 マリエがティーカップを置き、私の顔を覗き込んだ。
「ロゼノア様、何かお悩みですか? 眉間にシワが寄っております」
「……よくわかるわね。リリアーナのことよ」
「リリアーナ……あの偽聖女ですね」
 マリエの顔が、わずかに歪む。
 普段の無表情が一瞬崩れ、底知れぬ暗い感情が覗いた。

「ええ。このままにしておくわけにはいかないと思うのだけれど」
「それでしたら――」
 マリエがおずおずと、しかし食い気味に言った。

「どうか、私にお任せいただけませんか」
「あなたに?」
「はい。ロゼノア様のお手煩わせをするわけにはいきません。……害虫駆除は、使用人の仕事ですから」

 マリエが深々と頭を下げる。
 彼女の目には、私への忠誠心と――サディスティックな期待の色が宿っていた。
 マリエなら、適任かもしれない。

「そうね。リリアーナのことは、あなたに任せます」
「ありがとうございます!」
「私は忙しくて、あんなのに構っていられないから」
「ご安心ください。必ず、ロゼノア様のお役に立ってみせます」

 マリエは、パアッと花が咲いたように嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が、どこか不穏だったけれど。

 
 *

 その夜。
 マリエは王宮の北の塔へと向かった。
 石造りの螺旋階段を登り、最上階の重い扉を開ける。
 部屋の中は、簡素な石牢――のはずだった。

「……あら?」
 マリエは目をぱちくりとさせた。

 冷たい石床の上には分厚い絨毯じゅうたん。あつらえたような天蓋付きのベッドには、フリルをあしらったクッション。
 魔法石を使用したストーブまで完備され、部屋はポカポカと暖かい。
 そして、その中央にあるフカフカの安楽椅子に、リリアーナが優雅に揺られていた。
 血色のいい顔色。プラチナピンクの髪はツヤツヤと輝いている。

「リリアーナ様、ごきげんよう」
 マリエが入っていく。

 リリアーナは読みかけの恋愛小説を閉じ、不機嫌そうに眉を寄せた。
「食事ならそこに置いておいてって言ってるでしょ! ……あら、いつもと違う顔ね」

 全く精気を失っていない。むしろ、以前より健康そうだ。
 マリエの顔に、どす黒い笑みが湧き上がる。
(ああ……やり甲斐がありそうですこと)

「――アンタ、ロゼノアのメイドじゃないの! 何しに来たのよ!」
 リリアーナが毒づく。その目には、まだ憎悪の炎が燃えていた。

「私はメイドではありません」
 マリエが静かに、しかし冷徹に告げる。
「ロゼノア王妃様付きの侍女です。そして、あなたの処遇は、私に一任されました」

「はあ? ふざけないでよ。あの女は悪魔よ……私こそが本当の聖女なのに!」
 リリアーナが立ち上がり、ヒステリックに叫ぶ。
「あの女が全てを奪ったのよ。私の地位も、信頼も、王妃の座までも! あんな偽物がいつまでも――」

 シュッ。
 マリエが懐から取り出したむちが唸りを上げた。

「きゃっ!」
「ロゼノア様を侮辱した舌は、まだ動きますか?」
 マリエの声は穏やかだった。まるで天気を話題にするかのように。

「何よ……アンタ……」
 マリエが一歩近づく。その指先が、リリアーナの頬をゆっくりとなぞる。優しく、そっと。
「……今、素敵な道具を作らせているんです。串刺しになるのと、八つ裂きにされるのと、熱いのと、どれがいいですかぁ?」

 だが、リリアーナはひるまない。
「その程度で私が屈すると思って! あの女こそ悪魔よ! 男たちをたぶらかし、国を乗っ取った悪女よ!」

 ビシッ!
 鞭がリリアーナの柔肌を打つ。

「痛ぁっ……!」
「ロゼノア様を侮辱するなと言っているのがわからないのですか」

 腕が赤く裂ける。だが次の瞬間、リリアーナの肌が淡く発光し、傷が塞がっていった。
 聖女としての自己治癒能力だ。微々たるものだが、一応魔力があるらしい。

「ふん、無駄よ。わたしにそんな暴力、効かないんだから!」
 勝ち誇るリリアーナ。
 だが、マリエは絶望するどころか、目をキラキラと輝かせた。
「素晴らしい……! 壊しても壊しても直るなんて……なんて素敵なおもちゃなのかしら」
 マリエの恍惚とした表情に、初めてリリアーナが引いた。

 その時、扉が開いて見張りの兵士二人が入ってきた。
「おい、何をしている!」
「何ですか、あなた方は――」

 マリエが振り返る瞬間、腕を後ろに捻られ、動きを封じられた。
「痛っ……!」
「あはは! メイドごときが生意気なのよ!」
 リリアーナが高笑いする。
「その女、好きにしていいわよ。私の部屋に勝手に押し入った不届き者だもの」

 見張りの兵士たちは、いやらしい笑みを浮かべていた。
 リリアーナの色仕掛けか、あるいは聖女の力か。彼らはすっかり懐柔されていたのだ。
 一人がマリエを羽交い締めにし、もう一人がスカートに手を伸ばす。

「残念だったわね。私に手を出そうなんて、百年早いのよ――」
 リリアーナが勝利を確信した、その瞬間だった。

 ドゴッ! バキッ!
 鈍い音が二回、ほぼ同時に響いた。

 マリエを羽交い締めにしていた兵士が泡を吹いて崩れ落ち、スカートを掴んだ兵士は呻き声を上げて壁まで吹っ飛んだ。

「……え?」
 リリアーナが口をポカンと開ける。

 あまりにも見事な早業はやわざ
 マリエは一瞬で、背後の兵士の鳩尾みぞおちに肘鉄を喰らわせ、前の兵士には的確な急所蹴りをお見舞いしたのだ。
 淀みない動作。無駄のない一撃。それは熟練の暗殺者のごとき動きだった。
 マリエは乱れたエプロンをパンパンと払い、冷ややかに兵士を見下ろした。
「ロゼノア様の侍女たるもの、この程度の護身術はたしなみです」

 ヒュー、と口笛が聞こえた。
 マリエが臨戦態勢のまま振り返ると、入り口の影に一人の騎士が立っていた。
 近衛騎士団長、ユリウス・ノヴァ。

「ユリウス様……なぜここに」
「ロゼノア様に、マリエ殿を守るようにと言われてな」
 ユリウスは、珍しく声を上げて笑っていた。

「くくっ……『守れ』と言われたが、その必要はなかったみたいだな。見事だ」

(ユリウス様が笑っている! あの鉄仮面が!)
 マリエの胸が高鳴る。
 これはスクープだ。あとでロゼノア様に報告しなくては。

「ありがとうございます。……ロゼノア様も、いつもユリウス様のことを気にかけてらっしゃいますよ」
「え……」
 ユリウスの笑みが止まり、不意打ちを食らったように目が泳いだ。

「そ、そうなのか……? いや、そんなはずは……」
「本当ですとも。『ユリウスは無理をしていないかしら』と、いつも心配されております」

(まあ、耳まで赤くなって……)

 ユリウスは咳払いを一つすると、手際よく気絶した兵士二人を縄で縛り上げた。
「こいつらは俺が処分しておく。……マリエ殿、あとは頼んだぞ」
「はい、お任せください」
 ユリウスは兵士二人を引きずりながら、どこか足取り軽く去っていった。

「ちょっと! 誰なのよ今のカッコいい人! 私の騎士様!?」
「……あなた、ご自分の立場わかっていませんね」

 二人きりになった室内で、マリエは冷酷に告げる。
「さて……誰に助けを求めても無駄ですよ」
「う……」
「あなたに体罰は通用しない。わかりました。では、特別なものをご用意しましょう」
「何を……?」
「選ばせてあげます。飢えた狼と、人と、どちらがいいですか?」
 マリエの声は、これ以上なく楽しそうだった。

「な、何を言って……!」
「さあ、お選びください」
「そんなの、どちらも嫌に決まってるでしょう……!」
 リリアーナが悲鳴を上げる。
「では、私が選びますね。……楽しみにしていてください」


 *

 次の晩。
 リリアーナの部屋に、一人の男が放り込まれた。
 粗末な服、泥と油にまみれた髪。その目だけがぎらつき、飢えた獣のようにリリアーナを見下ろしていた。
 舌舐めずりをしながら、近づいてくる。

「昨日のお返しですよ。自業自得ですね」
 マリエは部屋の隅で手を組み、うっとりと二人を見つめていた。
「──気に入りましたか?」

 男は口の端を吊り上げ、唇を舐めた。興奮して荒い息を吐いている。その仕草は理性を失った獣そのもの。
 リリアーナが肩をすくめ、後ずさる。
「こ、こんな……卑しい男を……」

「狼では、食い荒らされて美しくないので」
 マリエが歌うように言う。
「あなたは男性がお好きなようですから、人間にして差し上げました。ロゼノア様を侮辱した方はね――どんな男に見下ろされるかを、選ぶ権利などありませんのよ」

「ひっ……!」
「ああ、素敵……」
 男が襲いかかる。リリアーナの悲鳴が響き渡る。
 マリエはその光景を、極上の演劇でも見るようにワクワクしながら眺めていた。
 さあ、絶望なさい。ロゼノア様に逆らったことを悔いなさい。

 ――そして、ものの数分後。

 男は事切れたように床で高いびきをかいて眠っていた。
 そして、リリアーナは。
 誰かに貢がせた絹のドレスを身にまといながらも、タバコ (どこで手に入れたのか)をふかし、不満げに男を見下ろしていた。

「……ハズレね」
「は?」
 マリエが目を丸くする。

「アンタ、人選ミスよ。この男、全然ダメ。下手くそだし、臭いし、スタミナもない」
「……」
「次はもっとマシなのを連れてきなさいよ。それとも、私が兵士を調教した方が早いかしら?」

 リリアーナはふん、と鼻を鳴らし、再び安楽椅子に座って小説を開いた。
 その姿には、悲壮感のかけらもない。むしろ、貫禄すら漂っている。

(こ、この女……!)

 マリエは愕然とした。
 拷問も、暴力も、陵辱すらも、この女には「日常の些事」でしかないのか。
 鋼鉄のメンタル。いや、ただのバカなのかもしれない。

 マリエは大きなため息をつき、肩を落として塔を後にした。
 ロゼノア様。申し訳ありません。
 どうやら北の塔には、とんでもない怪物が住み着いてしまったようです。
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