黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第2部:黒薔薇の刻印

第20話:忍び寄る凶刃

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 その日の午後、私は王宮の応接室で、一人の貴族と対面していた。
 彼の名はゲルハルト伯爵。
 古くからの貴族だが、アルカディアスの即位に難色を示していた「反国王派」の一人だ。

 そんな彼が突然、面会を求めてきた。「恭順きょうじゅんの証として献上品を捧げたい」というのだ。
「……王妃陛下。本日は、お時間をいただき感謝いたします」
 ゲルハルト伯爵は、緊張した面持ちで深々と頭を下げた。

 ふと、私は無意識に視線を動かしていた。
 いつもの「定位置」――私の斜め後ろへ。

(……ああ、そうだったわ。今日はいないんだった)

 そこに、あの凛々しい黒髪の騎士の姿はない。
 王都の外れにある演習場で不祥事が起き、その収拾のためにユリウスは王宮を離れていた。

(つまらないわね……。早く帰ってこないかしら)
 私は小さくため息をついた。
 代わりに二人の近衛騎士が壁際に控えてくれている。だが、彼に会えないのは退屈で寂しかった。

 目の前のゲルハルト伯爵はどこか落ち着かない様子だった。
「顔色が優れませんね、伯爵」
「い、いえ……少々、緊張しておりまして……」

 伯爵の額には脂汗が滲んでいる。王妃との単独謁見となれば、これくらい萎縮するのも無理はないだろう。
 マリエも席を外しており、部屋には私と伯爵、そして護衛の騎士たちだけになった。

 伯爵がおもむろに、持参した豪奢ごうしゃな小箱を開ける。
「こちらが……我が領土で採れた最高級のエメラルドを使った首飾りでございます」
「まあ……!」
 差し出されたのは、目の覚めるような大粒のエメラルドのネックレスだった。
 だが、私がそれに手を伸ばそうとした、その時だ。

 カッ!!

 うつむいていた伯爵が、弾かれたように顔を上げた。
 その瞳孔は限界まで開ききり、白目は血走っている。
「……殺せ……魔女を……殺せぇぇぇッ!!」
「っ!?」
 伯爵が懐から短剣を引き抜いた。
 刀身が毒々しい紫色に濡れている。呪毒を塗った暗殺用の刃だ。

 彼は獣のような咆哮ほうこうを上げ、テーブルを乗り越えて私に襲いかかってきた。
 突然の凶行。

「王妃陛下をお守りしろッ!!」
 近衛騎士たちが叫び、抜剣するよりも早く体当たりを敢行する。
 だが、伯爵の動きは異常だった。火事場の馬鹿力のような速度で、騎士のタックルを紙一重でかわし、私へと肉薄する。

「きゃっ!?」
 私はとっさに身をひねった。
 刃は空を切り、私はバランスを崩して床へ倒れ込む。
「死ね! あの方のために死ねぇぇッ!!」
 伯爵が私の上に馬乗りになり、紫色の刃を振り上げる。
 切っ先が、私の心臓を狙って――。
「貴様ッ! 何をする!!」
「取り押さえろ!!」

 ドカッ!!
 刃が振り下ろされる寸前、追いついた騎士たちが伯爵を背後から羽交い締めにして引き剥がし、床へとねじ伏せた。

「離せ! 殺すんだ! あの方が待っているんだぁぁ!!」
「静かにしろ! この暴漢め!」
 伯爵は涎を垂らしながら暴れるが、屈強な騎士二人掛かりでは身動きも取れない。完全に制圧されていた。

 私は荒い息を吐きながら、震える体で身を起こす。
(殺されるところだった……)

 その時。
 騒ぎを聞きつけたのか、廊下側の扉が開かれた。

「……何事だ」
 現れたのは、ちょうど視察から戻ったばかりのアルカディアスだった。
 彼は部屋の惨状――倒れた私と、騎士に取り押さえられている伯爵――を一瞥いちべつすると、瞬時に状況を理解したようだ。

「陛下! ゲルハルト伯爵がご乱心で、王妃様に刃を……!」
 騎士の一人が報告する。
 アルカディアスは無表情のまま、ゆらりと伯爵へ歩み寄った。
「……離せ」
「は?」
「そいつから手を離せと言っている」
 騎士たちは戸惑った。
「し、しかし陛下、こやつは暗殺者です! 危険です!」 
 そう訴えるが、王は続けて命じた。
「聞こえないのか? 下がれ」
 氷のような命令に、騎士たちは青ざめながらパッと身を引いた。

 自由になった伯爵が、目の前に落ちていた短剣を拾おうと手を伸ばす。
 ――ドスッ!!
 鈍く、重たい音が響いた。
「が、……ッ!?」
 伯爵の動きがピタリと止まる。
 彼の胸の真ん中――心臓の位置に、アルカディアスの剣が深々と突き刺さっていた。

「……汚らわしい」
 アルカディアスは無慈悲に剣を引き抜いた。
 伯爵は声もなく崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。一撃必殺の即死。速すぎて抜剣さえ見えなかった。
「え……?」
 私は目を丸くした。
 取り押さえられ、無力化されていた相手を、彼は躊躇ためらいもなく殺したのだ。

「……全員、下がれ。掃除は後でいい」
 アルカディアスの低い声に、騎士たちは敬礼し、慌ただしく退出していった。
 扉が閉まり、部屋には死体と私たちだけが残される。

「ロゼノア」
 彼は血振るいをして剣を納めると、すぐに私を抱き起こした。
 先ほどの冷酷さが嘘のように、その手は優しく震えている。
「……怪我はないか?」
「ええ、平気よ。……でも、どうして殺したの? 捕らえて尋問することもできたのに」
「俺の女に刃を向けた時点で、生かしておく価値はない」

 アルカディアスは伯爵の死体を冷ややかに見下ろした。
 そして、返り血のついた手で、愛おしそうに私の頬を包み込む。
 鉄錆のような血の臭いが鼻腔をくすぐる。

「お前を傷つけるものは、世界の全てだろうと殺す。例外はない」
「……アルカディアス」
「愛している、ロゼノア。お前の敵は、俺が全て排除してやるからな……」
 彼はうっとりとした表情で、私の頬についた自分の血を親指で拭った。
 その狂気じみた愛情表現に、私は背筋がゾクッとした。

 彼はふっと口元をゆがめ、ニヤリと笑った。
「それに……待てよ。ちょうどいい」
「え?」
「仲間が増えるな、ロゼノア」
 王の狂気をはらんだ瞳が、私を射抜く。
 私は息を呑んだ。彼は、この暗殺者を「手駒」にするつもりだ。

「さあ、蘇生させろ。……死人に口なし、とは限らないからな」
「……はい、陛下」
 私は戸惑いながらも、伯爵の死体の前に膝をつき、その胸に左手をかざした。
 意識を集中させ、刻印に魔力を流し込む。

 ドクン……。
 左腕の黒薔薇の刻印が熱を持ち脈打つと、赤黒い禍々まがまがしい光が死体を包み込む。
 心臓を貫いた傷が塞がり、停止していた鼓動が強制的に再起動させられる。

 やがて、伯爵がガバリと起き、目を見開いた。
「……あ……うぅ……」
 蘇った瞳は白く濁り、虚ろだ。
 私は、まだ恐怖が残る声で問いかけた。

「答えなさい、ゲルハルト。誰の命令で私を襲ったの?」
 伯爵の口が、パクパクと動く。
「……あかい……かみの……」
 その言葉に、私とアルカディアスは顔を見合わせた。

「赤い髪? 名前は?」
「……しら……ない……。ただ……まっかな、かみの……」
「男なの? それとも女?」
「……わから……ない……。かおは、みえない……ただ、かみだけが……あかく……」
「どこで会ったの?」
「……ゆめ……あのかたが、ゆめで……めいじた……」

 夢の中で命じられた?
 それは単なる買収ではない。強力な魔力による「精神支配」や「洗脳」の類だ。

「……正体不明か」
 アルカディアスが険しい顔で呟く。
 以前、ベルンシュタイン侯爵がパレードで暗殺を企てた時も、似たような証言があった。

「この国に、そんな術を使う者がいるの……?」
「分からん。だが、狙いは明らかにロゼノアだ」
 アルカディアスは警戒心を露わにし、私を強く抱き寄せた。
「まだ他にも、反対派の者を操って刺客を送ってくるかもしれない。その前に手を打っておかねばな――」
 私は無言で、彼の服をぎゅっと掴んだ。

 見えない闇の中で、「赤い髪」という不気味な色だけが、脳裏に焼き付いて離れなかった。







――第2部 完――





第2部を読んでくださり、ありがとうございます!
次回、新章『第3部:紺闇の魔王の檻~ノクスフェル帝国編』がスタートします。

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