黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第3部:紺闇の魔王の檻

第21話:迫りくる帝国

「……んっ、ぁ……?」
 小鳥の囀りで目を覚ますと、腰のあたりに這いずるような熱を感じた。
 いつの間にか、着ていたはずの薄いネグリジェは足元に追いやられ、シーツの中の私は一糸まとわぬ姿にされている。
 背後から伸びてきた逞しい腕が、き出しになった乳房を無遠慮に鷲掴みにする。

「んぁっ……、あ、アルカディアス……っ!?」

 驚いて声を上げると、首筋に熱い吐息がかかった。
 昨夜の情事でまだ敏感になっている肌が、彼の大きな手の中で甘く疼いた。
 私が身じろぎして振り返ると、そこには信じられない光景があった。

 「狂王」としての恐ろしい覇気はどこへやら。
 今のアルカディアスは、まるで飼い主にかまってもらいたくて仕方がない大型犬そのものだ。私を見上げ、その金色の瞳をウルウルと潤ませているのだ。

「……ダメかい? ロゼノア」

(えええーっ、久々に来たわコレ……!)

 彼は時折、こうして幼児返りしたかのような「甘えん坊モード」に入ることがある。
 昨夜あれほど私を荒々しく貪った男と同一人物だなんて、誰が信じるだろうか。

 私はアルカディアスの頭をポンと軽く叩き、抱き寄せてなだめる。
「はいはい、いい子ね。一緒におねんねしましょう」
 抱きしめた銀髪が美しい。そう思った途端。

「――んんッ!?」
 アルカディアスは私の豊かな双丘の間に顔を埋めると、先端を舌先でねっとりと愛撫し始めた。

「んグッ……ぁ、だめっ……!!」
 彼のたかぶりは既に私の太腿に硬く押し当てられている。

(もう何回すれば気が済むのよ! この超絶倫ヤンデレ男――!!)
 思わず叫びそうになった、その時だった。

 ドンドンドンッ!!
 静寂を切り裂くように、寝室の扉が激しく叩かれた。

「……チッ」

 アルカディアスは不機嫌に舌打ちをし、名残惜しそうに唇を離した。
 乱れたガウンを羽織るその背中は、先ほどまでの熱情が嘘のように冷ややかで、鋭い殺気を帯びている。

「何だ、騒々しい。いったい何が――」

 彼が言い終えないうちに、扉の向こうで侍従が叫んだ。その声は恐怖で裏返っていた。

「陛下! 一大事でございます! 今、北方辺境伯から急使が到着し、ノクスフェル帝国が大軍で攻め込んできたとのことです!」

 甘い空気が、一瞬で凍りついた。

「な、何だと……!」

 アルカディアスの顔色が変わり、金色の瞳が剣のように細められた。
 ノクスフェル帝国。北の大国だが、長らく不可侵条約を結んでいたはずだ。

「兵を集めよ。急使に詳細を報告させる。重臣たちを会議室へ呼べ。シルヴィアとユリウスもだ――!」

 王としての冷徹な指示が飛ぶ。
 私は毛布を胸元まで引き上げ、露わになった肌を隠しながら、この展開に戦慄していた。心臓が落ち着かない。

(嘘でしょう……?)

 原作ゲーム『聖女と薔薇の騎士』では、隣国など名前程度しか登場せず、ましてや戦争などというイベントは存在しなかった。
 これは、乙女ゲームの予定調和な世界ではない。
 血と死が蔓延はびこる、残酷な現実が始まろうとしているのだ。

(シナリオが……完全に崩壊している)

 アルカディアスが振り返った。すでに彼は私を愛する「男」の顔ではなく、国をべる「王」の顔をしていた。

「陛下、わたくしも――!」
 私は思わず身を乗り出した。
「ああ、ロゼノア。大丈夫、辺境伯の軍は強い。心配するな」
 彼は私を安心させるように優しく肩を抱いた。だが、その瞳の奥には、隠しきれない警戒心が宿っていた。

「ノクスフェルとはな……。あの国の若き新皇帝、サイラス。……何をしでかすか分からん男だ」

 サイラス。
 聞いたことのない名前。
 私の背筋に、氷のような冷たい予感が走った。
 迫りくるのは軍隊だけではない。もっと恐ろしい「何か」が、私たちの楽園を壊そうとしている気がしてならなかった。

(まさか……例の赤い髪の……?)

 アルカディアスが部屋を出て行くと、私はすぐに身支度を整えるためベルを鳴らした。
 すぐに侍女のマリエが青ざめた顔で入ってくる。
 彼女の手は震え、私の長い髪を結い上げるのに難儀していた。

「……落ち着いて、マリエ」
「も、申し訳ございません、ロゼノア様……。でも、まさかあの『死の帝国』が攻めてくるなんて……」
「死の帝国?」

 聞き慣れない二つ名に、私は眉をひそめた。

「はい……。ノクスフェル帝国の新皇帝、サイラスという男は……人間ではないという噂で」

 マリエは声を潜め、おびえるように続けた。

「皇帝は、逆らう者の魂を抜き取り、氷の像に変えてしまうとか。右目には悪魔が宿っていて、その目を見た者は二度と生きて帰れない……そんな『化け物』だと言われています」

(……悪魔の右目)

 ただの迷信かもしれない。けれど、胸の騒ぎが収まらない。
 ゲームの知識が通用しない今、その「噂」こそが真実の一端である可能性が高い。

 私はマリエに命じ、衣装部屋の封印された一角から「戦場いくさばの正装」を取り出させた。
 それはこの国に代々伝わる王妃用の漆黒の軍装だ。

 スリムな黒い革のパンツに足を通し、ロングブーツを履き上げた。
 絹のシャツの上から、魔力を帯びた黒革のベルトを締め上げる。これは物理的な刃だけでなく、呪いをも弾く古い守りの力が編み込まれている。
 そして、額には「銀のサークレット」を装着する。
 一見すれば美しい髪飾りだが、その冷たい輝きは精神への干渉を遮断する、対魔術用の防壁シールドだ。噂に聞く「魔眼」へのささやかな対抗策。

 鏡に映った自分は、もはや守られるだけの聖女ではない。
 冷たい銀と黒革に身を包んだ、一人の「女兵士」としての姿だった。
「行きましょう」
 私はマリエを伴い、足早に廊下を進んだ。

 石造りの廊下は冷え冷えとしており、衛兵たちの慌ただしい足音が響いている。
 会議室へ向かう角を曲がったところで、私は一人の騎士と鉢合わせた。

「――ロゼノア様」

 短く揃えた黒髪に、怜悧な黒い瞳。
 近衛騎士団長、ユリウスだった。
 彼は一瞬、言葉を失ったように私を凝視した。普段のドレス姿とは違う、黒革の軍装。彼の視線が無意識に私の胸元や腰のくびれに吸い寄せられ、慌てて逸らされる。

「ユリウス。……状況は?」
 私が問うと、彼は苦渋に満ちた顔で答えた。
「……かなり悪いです。国境の砦が、わずか半刻で落ちました」
「半刻ですって!?」
 私は息を呑んだ。北の砦は、堅牢で知られている。大軍で攻めたとしても、数日は持ちこたえるはずだ。

「生存者の報告によれば……魔法です。それも、見たこともない大規模な」
 ユリウスの声が低くなる。
「敵は、影のように現れ、一瞬で兵士たちを無力化したと。……普通の軍隊ではありません」

 魔法――。
 背筋に恐ろしい戦慄が走った。

「ロゼノア様、お戻りください。ここから先は、血の匂いが濃すぎる」
 ユリウスが私の行く手を遮るように一歩前に出る。
 だが、私はその瞳を真っ直ぐに見据えた。

「ユリウス。あなたは私が、守られるだけの女に見えて?」
「……!」
「私は聖女よ。傷ついた兵を癒やし、この国を守る義務がある。……そして何より、アルカディアスやあなたが命懸けで戦っている時に、私だけ安穏あんのんとしているわけにはいかないの」

 私の言葉に、ユリウスは数秒沈黙し――やがて、諦めたように深く息を吐いた。
 そして、騎士の礼を取り、道を空ける。

「……貴女という人は。分かりました、お供します。ですが、私のそばを離れないでください」
「ええ、頼りにしているわ」

 私はユリウスを伴い、会議室の扉の前へと立った。
 中からは、怒号のような議論と、アルカディアスの冷徹な声が聞こえてくる。

 私は大きく息を吸い込み、その扉を押し開けた。
 重い扉が開く音と共に、室内の視線が一斉に私に集まる。
 円卓の上座、地図を広げていたアルカディアスが、驚きに目を見開いた。

「ロゼノア……! 待っていろと言ったはずだ」
「ごめんなさい、陛下」

 私は優雅に微笑み、かつての悪役令嬢のように傲然ごうぜんと胸を張って歩み寄った。

「ですが、相手は『化け物』なのでしょう? ならば、こちらも『聖女』の手札を切るべきですわ」

 平和な遊戯ゲームは終わった。
 ここからは、私たちの命を賭けた、本当の闘いが始まるのだ。
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