黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第3部:紺闇の魔王の檻

第25話:淫らな宴

 その翌日、私は魔王の「所有物」として、ノクスフェル帝国の貴族たちが集まる宴へと、引きずり出されることになった。
 あてがわれた衣装は、王国の貴族が見れば卒倒するような代物だった。

「……趣味が悪いわね」

 鏡に映る自分の姿に、私は冷ややかなため息を落とす。
 ノクスフェルの踊り子が着るという、極薄の黒いシルクのドレス。
 背中は腰のくびれまで大胆に切り取られ、胸元も谷間がはっきりと見えるほど深い切り込みが入っている。さらには、歩くたびに、スリットから太ももが露わになり、見る者の視線を否応なく誘う衣装だ。

 そして何より屈辱的なのは、首に嵌められた、細い黒革の首輪チョーカー
 中央には、ノクスフェル皇家の紋章である「氷狼」が刻まれたサファイアが輝いている。
 誰が見ても、私が皇帝の「飼い犬ペット」であるとわかる装飾だった。

「よく似合っているぞ、ロゼノア」

 背後から、低い声が鼓膜を震わせる。
 サイラスだ。右目には眼帯をつけている。
 正装に身を包んだ彼は、私の裸同然の背中を、その冷たい指でツーッとなぞり上げた。

「っ……」
「美しい。その白い肌に、黒いシルクがよく映える。……今すぐこの場で引き裂いてしまいたいくらいにな」

 彼は私のうなじに噛み付くような口づけをすると、満足げに目を細めた。
 
「行くぞ。私の美しい戦利品を、愚かな貴族どもに見せつけてやらねばな」


 *

 宮殿の大広間は、むせ返るような熱気と欲望に満ちていた。
 シャンデリアが輝く中、集まった帝国の貴族たちが、一斉に玉座へと視線を向ける。

 その玉座には、皇帝サイラスが座り――そしてその膝の上には、私が座らされていた。

(……屈辱だわ。これ以上ないほどに)

 隣に椅子を用意されるのではなく、抱き枕のように膝に乗せられ、腰を抱かれているのだ。
 貴族たちの視線が、私の肌にねっとりと絡みつく。

(ここには赤い髪の男なんていないようね……サイラスは違うし。では、誰が――)

「おい、見ろよ……あれが王国の聖女か」
「なんとふしだらな衣装だ。だが……そそるな」
「ああ……あの太もも、一度でいいから触れてみたいものだ」

 男たちの目が、私の胸の谷間や、スリットから覗く足に釘付けになっている。
 ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
 彼らの眼球が、服の上から私を舐め回しているようで、虫唾むしずが走る。

 だが、私は表情を凍らせ、人形のようにただ前を見据えていた。ここで恥じらって身を縮こませれば、サイラスの思う壺だ。
 私はローゼンハイム王国の王妃。たとえどんな辱めを受けようと、心まで売り渡した覚えはない。

 その時。
 凛とした、しかし棘のある女の声が響いた。

「――陛下。これは一体、何の余興ですか?」

 人垣が割れ、一人の女性が進み出てくる。
 燃えるような――赤い髪を高く結い上げ、氷の結晶を模した豪華なドレスを纏った冷ややかな美女。
 その吊り上がった翡翠の瞳は、射殺さんばかりの視線で、私を睨みつけていた。

(赤い髪――まさか、彼女が?)

「ノーチェか」

 サイラスは私を抱く腕を緩めることなく、つまらなそうに彼女を一瞥いちべつした。
 彼女こそが、ノクスフェル帝国皇后、ノーチェだ。
 名門貴族出身で、プライドの塊のような女性。

「陛下。いくら戦利品とはいえ、そのような卑しい女を膝に乗せ、公式の宴に出席されるなど……帝国の品位に関わります」

 ノーチェは扇子で口元を隠しながら、私を汚いものでも見るように見下みくだした。

「王国の聖女だか何だか知りませんが、所詮は魔力タンクでしょう? そのような女は、地下牢がお似合いですわ」

 その言葉を聞いた瞬間、私はサイラスの手を押し退け、するりと膝から降りた。
 床に立つと、スリットから白い脚が惜しげもなく露わになり、周囲の男たちが一斉にざわついた。
 
 私はノーチェに向き直ると、ドレスの裾をつまみ、優雅に膝を折った。
 王宮で培った、一分の隙もない優雅で完璧なカーテシー。その所作は、この場にいる誰よりも気高かった。

「……ご挨拶が遅れましたわ、皇后陛下」

 顔を上げた私は、王妃としての微笑みを浮かべる。
 その堂々たる姿に、ノーチェがたじろいだ。

「なっ……!?」

「卑しい女で申し訳ございません。ですが、私の意思でここにいるわけではないのです。皇帝陛下がどうしても離してくださらないものですから」

 慇懃無礼いんぎんぶれいに告げた、その直後だった。

「きゃっ!?」

 グイッ! と強い力で腕を引かれた。
 よろめいた私の体は、再びサイラスの腕の中へと強引に引き戻される。
 私が逃げないよう、彼は私の腰に太い腕を回し、自分の太ももに強く押し付けた。

「ああっ……」
 その衝撃でドレスが乱れ、胸元が大きく波打つ。
 周囲の貴族たちが、「おお……」と物欲しげな吐息を漏らした。中には、興奮を隠せず前かがみになる者までいる。

「勝手に降りるな。……お前の定位置はここだと言ったはずだ、ロゼノア」
 サイラスは不機嫌そうに唸ると、わざとらしくノーチェに見せつけるように、私の顎を掴んだ。

「ねえ、サイラス様? 皇后陛下がこう仰っていますし、私を地下牢へ戻してくださらない?」

 私が小首を傾げると、サイラスの瞳が愉快そうに細められた。
 彼は私の意図を汲み取り、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。

「却下だ。……お前を他の男の目に触れさせるのも業腹ごうはらだが、地下の暗がりに隠しておくには惜しい美しさだからな」

 サイラスは手元のワイングラスをあおると、そのまま強引に私の唇を塞いだ。

「んっ……!?」

 衆人環視の中での口づけ。
 それだけではない。口移しで、芳醇ほうじゅんな赤ワインが私の口内へと流し込まれる。

「ん……く、ぅ……っ」

 喉が鳴る。飲み込みきれなかったワインが、私の顎から首筋、そして露わになった胸の谷間へと赤い筋を描いて滴り落ちた。
 白い肌を伝う赤の、なんと鮮烈で淫らなことか。

 サイラスは唇を離すと、その滴る雫を、濡れた舌で卑猥ひわいに舐め取った。

「っ……!」

 会場が色めき立った。
 あまりにも背徳的で、濃密な情事を見せつけられ、貴族たちは言葉を失っていた。男たちは羨望と劣情の眼差しを向け、女たちは扇子で顔を覆いながらも、その隙間から覗いている。

「あ、あぁ……なんて、破廉恥な……ッ!」

 ノーチェがわなわなと震え、扇子を握りしめる。
 だが、サイラスは彼女になど目もくれず、熱を帯びた瞳で私だけを見つめていた。

「見ろ、ノーチェ。この女は魔力タンクなどではない。……極上の、私の『聖女』だ。お前など、足元にも及ばない」

 ノーチェは屈辱に顔を歪め、唇を噛み切りながら、涙目でその場を駆け去っていった。

(勝った……)

 私は心の中で小さく息を吐く。
 けれど、これは諸刃の剣だ。
 サイラスの腕に力がこもる。彼は逃げ出した皇后のことなど記憶の彼方に追いやり、興奮した様子で私の耳元に囁いた。

「いい気迫だ。……その誇り高い顔が、快楽で崩れるところを、今夜もたっぷりと見たくなった」

 宴はまだ始まったばかり。
 周囲の男たちの粘つくような視線と、魔王の寵愛という名の檻。
 その中で私は、あくまで気高く、そして淫らな聖女を演じ続けるしかなかった。
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