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第3部:紺闇の魔王の檻
第27話:愛の湯浴みと氷の墓
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翌朝、目を覚ますや否や、私はサイラスによって強引に抱き上げられ、城の奥深くにある湯殿へと連れ込まれていた。
そこは、城の中とは思えないほど野趣あふれる、巨大な岩造りの温泉だった。
ごつごつとした自然石をそのまま活かした壁面と、足裏に心地よい熱を伝える切り石の床。天井は高く、湯気で白く霞んでいる。
その中央には、二十人は一度に入れそうなほど巨大な湯船が、並々と湯を湛えていた。
地下深く、大地の底から湧き出ている天然の温泉なのだろう。ほのかに硫黄の香りと、湿った岩の匂いが入り混じる。
湯面からはもうもうと白い湯気が立ち上り、壁に嵌め込まれた魔石ランプの暖かな光を拡散させて、夢の中のように幻想的な空間を作り出していた。
熱く、湿った、皇帝のためだけの贅沢な癒やしの空間だった。
「陛下、自分で歩けますわ……」
「断る。昨夜は私のために無理をさせた。……今は指一本動かさなくていい。全て私がやってやる」
サイラスは上機嫌だった。
昨晩、私の体温と魔力を吸い尽くして眠ったおかげか、その肌は艶めき、左目の氷のような青い瞳もどこか熱っぽく潤んで、獲物を狙う獣の色をしている。
彼は躊躇なく服を脱ぎ捨てるが、右目の魔眼は眼帯で塞がれたままだ。そして、ねっとりした視線を絡めながら、私のドレスをゆっくりと剥ぎ取った。まるで焦らすように。
「まずは、その美しい体を清めてやらねばな」
サイラスは私のたわわな胸を凝視しながら、息が荒くなる。
私を洗い場にある寝椅子に座らせると、彼はたっぷりと泡立てたスポンジを手に取った。
温かい泡が、私の首筋から鎖骨、そして胸元へと滑る。
だが突然、スポンジを放り捨て、直接手で私の体を洗い始めた。
「駄目だ、我慢できない――」
泡のぬめりを利用して、わざとゆっくりと、肌に吸い付くように撫で回してくる。
「あ……っ!」
「どうした? まだ胸を洗っているだけだぞ」
彼はニヤリと笑うと、泡にまみれた指で、敏感になっている胸の尖りをコリコリと摘み上げた。
さらに掌で包み込み、むにゅりと形を変えるほど揉みしだきながら、円を描くように洗う。
「んっ、ぁ……! そんな、洗い方……っ」
「汚れているからな。昨夜、私が吸い付いた跡がまだ残っている」
執拗に胸を責められた後、彼の手は下へと滑り落ちる。
くびれをなぞり、お臍を指先でくすぐり、そして――。
「……ここもだ。なんだ、もう濡れているではないか」
彼は私の膝を割り、泡だらけの指を秘所へ侵入させた。
「ひぁっ!? やっ、ぁ……! ん、んんっ!」
彼の冷たい指が、私の内部をあられもなく掻き回す。
洗われているというより、指で犯されている。
「くくっ、いい吸い付きだ。……洗っているだけで、こんなに淫らな声を出して」
「ダメ……また、汚れちゃう――」
「そうしたら、また洗ってやる」
全身をくまなく彼の手で開発され、私はお湯に浸かる前から、すっかりのぼせたようになってしまった。
私の喘ぎ声が浴室に響き、サイラスはさらに興奮する。
「へ、陛下。寒いから、湯船に入りましょう」
私が逃げ場を探して提案する。
「そうだな。よいしょっ」
「――!?」
抱き抱えられ、彼の顔が私の胸に密着する。
「あ……っ」
「お前は本当に敏感だな。もっと声を出せ」
「あ……んっ……ダメっ……やッ!」
「お前は不思議だな……いくら吸い取っても魔力が尽きない」
ようやく広い湯船へと足を踏み入れる。
温かいお湯が、強張った体を解きほぐしてくれる……はずだった。
「……ふぅ」
私が安堵の息を吐いた瞬間、抱えるサイラスの「硬くて冷たい熱」が、お尻に押し当てられる。
「……っ!?」
「駄目だ。……洗っている最中から、我慢の限界だった」
サイラスの低い声が震えている。
彼は私の腰を掴むと、自分の方へと引き寄せた。
「お前が悪いんだぞ、ロゼノア。泡にまみれて、そんなにいやらしく濡れた目で私を見るから……ッ」
「あっ、待っ……!」
「待たない。お前の体はもう、こんなに準備万端じゃないか」
水中。お湯の抵抗と、浮力が混ざり合い、陸上とは違う濃密な感覚が襲う。
「あぁ……ッ!!」
入ってきた。
サイラスの冷たくて硬い楔が、熱いお湯の中で私の最奥を押し広げていく。
浮力のせいか、いつもより深く、重く入ってくる気がする。
「はぁ……ッ! 最高だ。お湯の熱さと、お前の体の熱さが……私を溶かしていくようだ」
サイラスが私のうなじに噛み付きながら、腰を動かし始めた。
バシャ、バシャ……という水音。
「あ、っ! いや……っ!」
「嫌なのか? やめて欲しいのか?」
後ろから両手で胸を鷲掴みにされる。
「はあ、はあ……お前は最高だ……」
「そうだ、その顔だ。……このまま溺れるまで愛してやる」
激しく波打つ湯面。
逃げ場のない湯船の中で、私は魔王の激しい求愛を受け止め、絶頂へと追いやられた。
*
甘美で激しい情事を終え、私はサイラスから「黒曜石の指輪」を与えられた。
「これを着けていれば、城内のどこへ行こうと構わない。私の加護がお前を守る」
サイラスは満足げに私の髪に口づけ、名残惜しそうに政務へと向かった。
私は一人、火照った体で回廊に残される。
指にはめられた黒い指輪を見つめ、私は小さく息を吐いた。
(……なんて激しい「朝風呂」だったのかしら)
まだ足に力が入らない。
けれど、そのおかげで体には彼の莫大な魔力が充填されている。
私は気を取り直し、城の探索へと向かった。
だが、その行く手を遮るように、冷ややかな声が響いた。
「……随分とご満悦ね、聖女様」
皇后ノーチェ。
彼女の翡翠の目は嫉妬と憎悪で血走り、歪んだ笑みを浮かべていた。
「お前のような『魔力タンク』の女は、どうせすぐに捨てられるのよ! 換えはいくらでもいるの」
「……ふっ。わざわざそんな事を言いに来たの? 随分とお暇なのですね」
ノーチェは、わなわなと小刻みに震える手を握り締め、冷静を装うように言った。
「あなたに、とても良い場所を教えてあげようと思って。帝国の歴史が眠る『氷の書庫』よ」
明らかな罠。彼女が示した「北の塔」からは、微かだが「死の匂い」が漂っていた。けれど、左腕の黒薔薇の刻印が僅かに疼いている。
私はあえてその誘いに乗ることにした。
「ええ、ぜひ、案内してくださいませ」
連れて来られたのは、人気のない塔の最下層。
重い鉄扉が開かれると、中から猛烈な冷気が吹き出してくる。
「さあ、どうぞ」
私が足を踏み入れた瞬間、ガチャンと背後で鉄扉が閉ざされ、外から鍵をかける音が響く。
「ごきげんよう。そこは罪人を凍死させる処刑部屋よ。中からは開けられないわ……そのまま美しい氷像におなりなさい!」
ノーチェの高笑いが遠ざかっていく。
「はあ。全く、子供みたいな、嫌がらせね」
だが、ふと扉を見ると何かの跡。黒ずんでいる。
「これは……血だわ」
無数の手の跡。扉を開けようと必死でもがいた者たちの痕跡だった。
「あの女……サイラスの妾をこうやって処分してきたのね」
完全な密室。氷点下の牢獄。
普通なら、数分で血液まで凍りつき、死に至るだろう。
「ふぅ。……少し肌寒いわね」
私は自分の体を抱いた。
けれど、不思議なことに、震えは来なかった。
むしろ、この刺すような冷気が、肌に馴染むような感覚さえある。
「どうして……?」
私は下腹部に手を当てた。
そこは、先ほどの入浴でサイラスから愛を注ぎ込まれた場所――。
「ああ……そうか」
私は自嘲気味に笑った。
今の私の体は、サイラスの氷の魔力で内側から満たされている。
彼の「所有物」としてマーキングされ、中身を塗り替えられたおかげで、私の体はこの極寒の環境を「敵」ではなく「同質の場所」として認識しているのだ。
「皮肉なものね。……皇帝のエゴと欲が、結果として私を守る防寒具になっているなんて」
その事実に、背筋がゾクゾクするような背徳感を覚えながら、私は部屋の奥へと進んだ。
壁の一角から、冷気とは違う、澱んだ空気が流れてきている。
「あら? ここ、何かあるわね」
幻影魔法で隠された壁に、サイラスからもらった黒曜石の指輪をはめた手をかざすと、ふっと暗く細い通路が浮かび上がった。
その長い氷の廊下の先には、地下へと続く入り口があった。私はその螺旋階段を下っていった。
そこには、息を呑むような光景が広がっていた。
「これは……!」
広大な地下空間。
どこまでも続く青白い氷の壁の中に、無数の遺体が整然と埋め込まれている。
古の鎧を纏った兵士、高貴なローブの魔導師、全て遺体だった。
ここは「氷の地下墓地」。
永久凍土に閉ざされたこの国では、死者を土に還さず、氷漬けにして保存する風習があるのだ。
彼らは死んでいる。だが、腐敗することなく、生前の姿のまま美しく保存されている。
「……壮観ね。これら全てが、歴代の英雄たちというわけ?」
私は一つの氷柱に近づき、中に眠る屈強な騎士の顔を指先でなぞった。
保存状態は完璧。肉体はきれいに手入れされ、ただ魂だけが抜けた状態。
つまり――私の「黒薔薇の刻印」にとって、これ以上ない極上の「器」だ。
「ふ……ふふっ」
笑いが込み上げてきた。
ノーチェは私を殺すためにここへ誘導したつもりでしょうけれど、私にとっては最強の武器庫へ案内してくれたも同然だわ。
私は左腕を捲り上げ、黒い刻印を露わにした。
赤闇色の魔力が、私の掌から溢れ出し、氷柱へと伝わっていく。
「今はまだ、眠っていなさい」
私が氷に触れると、黒い薔薇の紋様が蜘蛛の巣のように広がり、眠る兵士たちの胸元へと染み込んでいった。
『死者への種付け』は完了だ。
今はまだ動かない。けれど、私が「起きろ」と命じた瞬間、彼らは私の忠実な下僕として覚醒する。
(アルカディアス……あの人のことだから、狂ったように軍を進めてくるでしょうね)
私は冷めた瞳で、遠い祖国の王を思い浮かべた。
彼が私を愛しているのは知っている。異常なほどに。私が帝国に奪われたとあらば、彼はなりふり構わず攻め込んでくるだろう。
だからこそ、この軍団が必要なのだ。
帝国と王国がぶつかり合った時、この不死の兵を使って戦局を操るのだ。
(……でも、ユリウス)
ふと、胸の奥が鋭く痛んだ。
脳裏に浮かぶのは、あの黒髪の騎士の姿。
あの日、ノクスフェル兵たちの剣に貫かれ、鮮血を吐いて倒れた彼。
串刺しにされた光景が、今も悪夢のように焼き付いている。
(生きているの……? お願い、無事でいて……)
彼が私を愛していなくてもいい。私の想いが届かなくてもいい。ただ、生きていてほしい。
「……感傷に浸っている場合じゃないわね」
私は首を振り、弱気な思考を振り払った。
今はただ、生き残るための準備をするだけ。
魔王の寵愛を受け入れ、狂王の到着を待ち、そしてこの最強のジョーカー、死者の軍団を懐に隠し持つ。
「さあ、準備は整いつつあるわ」
私は踵を返し、来た道を戻った。
螺旋階段を登りきり、幻影の壁を抜けて、再びあの処刑部屋――「氷の書庫」へと戻ってくる。
ガチャン、ガチャン。
試しに扉のノブを回してみたが、びくともしない。
ノーチェが言っていた通り、物理的な鍵だけでなく、高位の氷結魔法で封印されているようだ。
「……ふん。皇后陛下も詰めが甘いこと」
私は左手の薬指を掲げた。
そこにはまっているのは、サイラスから贈られた黒曜石の指輪。
『城内のどこへ行こうと構わない』――彼はそう言った。
つまりこの指輪には、この城の主である皇帝サイラスの、絶対的な権限が宿っているはず。
「開けなさい」
私が扉に掌を当て、魔力を流すと、指輪がボゥッと妖しい青光りを放った。
ビキキキキッ……パリーンッ!
甲高い音が響き、扉を覆っていた氷の結界が、ガラスのように砕け散った。
重厚な鉄扉が、ひとりでにギィィ……と音を立てて開いていく。
「やはりね。皇帝の権威の前では、皇后の嫌がらせなど児戯に等しいわ」
私は悠々と外へと足を踏み出した。
見張りはいなかった。
「氷魔力のない女など数分で死ぬ」と高を括り、死体回収の時まで放置するつもりだったのだろう。
「ふふ……残念だったわね、ノーチェ」
凍りついた扉を背に、私は何食わぬ顔で、自分の与えられた部屋へと歩き出す。
次にノーチェと顔を合わせた時、彼女がどんな顔をするか……今から楽しみでならない。
そこは、城の中とは思えないほど野趣あふれる、巨大な岩造りの温泉だった。
ごつごつとした自然石をそのまま活かした壁面と、足裏に心地よい熱を伝える切り石の床。天井は高く、湯気で白く霞んでいる。
その中央には、二十人は一度に入れそうなほど巨大な湯船が、並々と湯を湛えていた。
地下深く、大地の底から湧き出ている天然の温泉なのだろう。ほのかに硫黄の香りと、湿った岩の匂いが入り混じる。
湯面からはもうもうと白い湯気が立ち上り、壁に嵌め込まれた魔石ランプの暖かな光を拡散させて、夢の中のように幻想的な空間を作り出していた。
熱く、湿った、皇帝のためだけの贅沢な癒やしの空間だった。
「陛下、自分で歩けますわ……」
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サイラスは上機嫌だった。
昨晩、私の体温と魔力を吸い尽くして眠ったおかげか、その肌は艶めき、左目の氷のような青い瞳もどこか熱っぽく潤んで、獲物を狙う獣の色をしている。
彼は躊躇なく服を脱ぎ捨てるが、右目の魔眼は眼帯で塞がれたままだ。そして、ねっとりした視線を絡めながら、私のドレスをゆっくりと剥ぎ取った。まるで焦らすように。
「まずは、その美しい体を清めてやらねばな」
サイラスは私のたわわな胸を凝視しながら、息が荒くなる。
私を洗い場にある寝椅子に座らせると、彼はたっぷりと泡立てたスポンジを手に取った。
温かい泡が、私の首筋から鎖骨、そして胸元へと滑る。
だが突然、スポンジを放り捨て、直接手で私の体を洗い始めた。
「駄目だ、我慢できない――」
泡のぬめりを利用して、わざとゆっくりと、肌に吸い付くように撫で回してくる。
「あ……っ!」
「どうした? まだ胸を洗っているだけだぞ」
彼はニヤリと笑うと、泡にまみれた指で、敏感になっている胸の尖りをコリコリと摘み上げた。
さらに掌で包み込み、むにゅりと形を変えるほど揉みしだきながら、円を描くように洗う。
「んっ、ぁ……! そんな、洗い方……っ」
「汚れているからな。昨夜、私が吸い付いた跡がまだ残っている」
執拗に胸を責められた後、彼の手は下へと滑り落ちる。
くびれをなぞり、お臍を指先でくすぐり、そして――。
「……ここもだ。なんだ、もう濡れているではないか」
彼は私の膝を割り、泡だらけの指を秘所へ侵入させた。
「ひぁっ!? やっ、ぁ……! ん、んんっ!」
彼の冷たい指が、私の内部をあられもなく掻き回す。
洗われているというより、指で犯されている。
「くくっ、いい吸い付きだ。……洗っているだけで、こんなに淫らな声を出して」
「ダメ……また、汚れちゃう――」
「そうしたら、また洗ってやる」
全身をくまなく彼の手で開発され、私はお湯に浸かる前から、すっかりのぼせたようになってしまった。
私の喘ぎ声が浴室に響き、サイラスはさらに興奮する。
「へ、陛下。寒いから、湯船に入りましょう」
私が逃げ場を探して提案する。
「そうだな。よいしょっ」
「――!?」
抱き抱えられ、彼の顔が私の胸に密着する。
「あ……っ」
「お前は本当に敏感だな。もっと声を出せ」
「あ……んっ……ダメっ……やッ!」
「お前は不思議だな……いくら吸い取っても魔力が尽きない」
ようやく広い湯船へと足を踏み入れる。
温かいお湯が、強張った体を解きほぐしてくれる……はずだった。
「……ふぅ」
私が安堵の息を吐いた瞬間、抱えるサイラスの「硬くて冷たい熱」が、お尻に押し当てられる。
「……っ!?」
「駄目だ。……洗っている最中から、我慢の限界だった」
サイラスの低い声が震えている。
彼は私の腰を掴むと、自分の方へと引き寄せた。
「お前が悪いんだぞ、ロゼノア。泡にまみれて、そんなにいやらしく濡れた目で私を見るから……ッ」
「あっ、待っ……!」
「待たない。お前の体はもう、こんなに準備万端じゃないか」
水中。お湯の抵抗と、浮力が混ざり合い、陸上とは違う濃密な感覚が襲う。
「あぁ……ッ!!」
入ってきた。
サイラスの冷たくて硬い楔が、熱いお湯の中で私の最奥を押し広げていく。
浮力のせいか、いつもより深く、重く入ってくる気がする。
「はぁ……ッ! 最高だ。お湯の熱さと、お前の体の熱さが……私を溶かしていくようだ」
サイラスが私のうなじに噛み付きながら、腰を動かし始めた。
バシャ、バシャ……という水音。
「あ、っ! いや……っ!」
「嫌なのか? やめて欲しいのか?」
後ろから両手で胸を鷲掴みにされる。
「はあ、はあ……お前は最高だ……」
「そうだ、その顔だ。……このまま溺れるまで愛してやる」
激しく波打つ湯面。
逃げ場のない湯船の中で、私は魔王の激しい求愛を受け止め、絶頂へと追いやられた。
*
甘美で激しい情事を終え、私はサイラスから「黒曜石の指輪」を与えられた。
「これを着けていれば、城内のどこへ行こうと構わない。私の加護がお前を守る」
サイラスは満足げに私の髪に口づけ、名残惜しそうに政務へと向かった。
私は一人、火照った体で回廊に残される。
指にはめられた黒い指輪を見つめ、私は小さく息を吐いた。
(……なんて激しい「朝風呂」だったのかしら)
まだ足に力が入らない。
けれど、そのおかげで体には彼の莫大な魔力が充填されている。
私は気を取り直し、城の探索へと向かった。
だが、その行く手を遮るように、冷ややかな声が響いた。
「……随分とご満悦ね、聖女様」
皇后ノーチェ。
彼女の翡翠の目は嫉妬と憎悪で血走り、歪んだ笑みを浮かべていた。
「お前のような『魔力タンク』の女は、どうせすぐに捨てられるのよ! 換えはいくらでもいるの」
「……ふっ。わざわざそんな事を言いに来たの? 随分とお暇なのですね」
ノーチェは、わなわなと小刻みに震える手を握り締め、冷静を装うように言った。
「あなたに、とても良い場所を教えてあげようと思って。帝国の歴史が眠る『氷の書庫』よ」
明らかな罠。彼女が示した「北の塔」からは、微かだが「死の匂い」が漂っていた。けれど、左腕の黒薔薇の刻印が僅かに疼いている。
私はあえてその誘いに乗ることにした。
「ええ、ぜひ、案内してくださいませ」
連れて来られたのは、人気のない塔の最下層。
重い鉄扉が開かれると、中から猛烈な冷気が吹き出してくる。
「さあ、どうぞ」
私が足を踏み入れた瞬間、ガチャンと背後で鉄扉が閉ざされ、外から鍵をかける音が響く。
「ごきげんよう。そこは罪人を凍死させる処刑部屋よ。中からは開けられないわ……そのまま美しい氷像におなりなさい!」
ノーチェの高笑いが遠ざかっていく。
「はあ。全く、子供みたいな、嫌がらせね」
だが、ふと扉を見ると何かの跡。黒ずんでいる。
「これは……血だわ」
無数の手の跡。扉を開けようと必死でもがいた者たちの痕跡だった。
「あの女……サイラスの妾をこうやって処分してきたのね」
完全な密室。氷点下の牢獄。
普通なら、数分で血液まで凍りつき、死に至るだろう。
「ふぅ。……少し肌寒いわね」
私は自分の体を抱いた。
けれど、不思議なことに、震えは来なかった。
むしろ、この刺すような冷気が、肌に馴染むような感覚さえある。
「どうして……?」
私は下腹部に手を当てた。
そこは、先ほどの入浴でサイラスから愛を注ぎ込まれた場所――。
「ああ……そうか」
私は自嘲気味に笑った。
今の私の体は、サイラスの氷の魔力で内側から満たされている。
彼の「所有物」としてマーキングされ、中身を塗り替えられたおかげで、私の体はこの極寒の環境を「敵」ではなく「同質の場所」として認識しているのだ。
「皮肉なものね。……皇帝のエゴと欲が、結果として私を守る防寒具になっているなんて」
その事実に、背筋がゾクゾクするような背徳感を覚えながら、私は部屋の奥へと進んだ。
壁の一角から、冷気とは違う、澱んだ空気が流れてきている。
「あら? ここ、何かあるわね」
幻影魔法で隠された壁に、サイラスからもらった黒曜石の指輪をはめた手をかざすと、ふっと暗く細い通路が浮かび上がった。
その長い氷の廊下の先には、地下へと続く入り口があった。私はその螺旋階段を下っていった。
そこには、息を呑むような光景が広がっていた。
「これは……!」
広大な地下空間。
どこまでも続く青白い氷の壁の中に、無数の遺体が整然と埋め込まれている。
古の鎧を纏った兵士、高貴なローブの魔導師、全て遺体だった。
ここは「氷の地下墓地」。
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彼らは死んでいる。だが、腐敗することなく、生前の姿のまま美しく保存されている。
「……壮観ね。これら全てが、歴代の英雄たちというわけ?」
私は一つの氷柱に近づき、中に眠る屈強な騎士の顔を指先でなぞった。
保存状態は完璧。肉体はきれいに手入れされ、ただ魂だけが抜けた状態。
つまり――私の「黒薔薇の刻印」にとって、これ以上ない極上の「器」だ。
「ふ……ふふっ」
笑いが込み上げてきた。
ノーチェは私を殺すためにここへ誘導したつもりでしょうけれど、私にとっては最強の武器庫へ案内してくれたも同然だわ。
私は左腕を捲り上げ、黒い刻印を露わにした。
赤闇色の魔力が、私の掌から溢れ出し、氷柱へと伝わっていく。
「今はまだ、眠っていなさい」
私が氷に触れると、黒い薔薇の紋様が蜘蛛の巣のように広がり、眠る兵士たちの胸元へと染み込んでいった。
『死者への種付け』は完了だ。
今はまだ動かない。けれど、私が「起きろ」と命じた瞬間、彼らは私の忠実な下僕として覚醒する。
(アルカディアス……あの人のことだから、狂ったように軍を進めてくるでしょうね)
私は冷めた瞳で、遠い祖国の王を思い浮かべた。
彼が私を愛しているのは知っている。異常なほどに。私が帝国に奪われたとあらば、彼はなりふり構わず攻め込んでくるだろう。
だからこそ、この軍団が必要なのだ。
帝国と王国がぶつかり合った時、この不死の兵を使って戦局を操るのだ。
(……でも、ユリウス)
ふと、胸の奥が鋭く痛んだ。
脳裏に浮かぶのは、あの黒髪の騎士の姿。
あの日、ノクスフェル兵たちの剣に貫かれ、鮮血を吐いて倒れた彼。
串刺しにされた光景が、今も悪夢のように焼き付いている。
(生きているの……? お願い、無事でいて……)
彼が私を愛していなくてもいい。私の想いが届かなくてもいい。ただ、生きていてほしい。
「……感傷に浸っている場合じゃないわね」
私は首を振り、弱気な思考を振り払った。
今はただ、生き残るための準備をするだけ。
魔王の寵愛を受け入れ、狂王の到着を待ち、そしてこの最強のジョーカー、死者の軍団を懐に隠し持つ。
「さあ、準備は整いつつあるわ」
私は踵を返し、来た道を戻った。
螺旋階段を登りきり、幻影の壁を抜けて、再びあの処刑部屋――「氷の書庫」へと戻ってくる。
ガチャン、ガチャン。
試しに扉のノブを回してみたが、びくともしない。
ノーチェが言っていた通り、物理的な鍵だけでなく、高位の氷結魔法で封印されているようだ。
「……ふん。皇后陛下も詰めが甘いこと」
私は左手の薬指を掲げた。
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『城内のどこへ行こうと構わない』――彼はそう言った。
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「開けなさい」
私が扉に掌を当て、魔力を流すと、指輪がボゥッと妖しい青光りを放った。
ビキキキキッ……パリーンッ!
甲高い音が響き、扉を覆っていた氷の結界が、ガラスのように砕け散った。
重厚な鉄扉が、ひとりでにギィィ……と音を立てて開いていく。
「やはりね。皇帝の権威の前では、皇后の嫌がらせなど児戯に等しいわ」
私は悠々と外へと足を踏み出した。
見張りはいなかった。
「氷魔力のない女など数分で死ぬ」と高を括り、死体回収の時まで放置するつもりだったのだろう。
「ふふ……残念だったわね、ノーチェ」
凍りついた扉を背に、私は何食わぬ顔で、自分の与えられた部屋へと歩き出す。
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