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第3部:紺闇の魔王の檻
第28話:二つの国の狭間に
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――ローゼンハイム王国王宮。
その轟音は、何の前触れもなく響き渡った。
ドオオオォォォ――ンッ!!
まるで落雷が直撃したかのような衝撃。
王宮全体が大きく揺れ、回廊の窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げて砕け散った。
「な、何事だ!?」
「敵襲か!?」
筆頭魔術師シルヴィアと近衛兵たちは、顔色を変え、震源地へと駆け出す。
爆心地は――王が眠る、最奥の寝室だ。
「まさか、刺客が入り込んだのでは……! 陛下!!」
シルヴィアが角を曲がり、寝室の扉があるはずの場所へたどり着いた時。警護の兵が腰を抜かして廊下にへたり込んでいる。
彼女は絶句し、その足を止めた。
「……嘘、でしょう?」
そこには、扉も、壁も、豪華な天蓋付きベッドさえもなかった。
まるで見えざる巨人の爪で抉り取られたかのように、部屋の区画そのものが消滅し、青空が覗いている。
瓦礫の山となった石材の間を、風が吹き抜けていく。
そして、舞い上がる土煙の中。
その男は、静かに立っていた。
「――――」
月の光を吸い込んだような、美しい銀色の長い髪。
衣服は弾け飛び、鍛え上げられた上半身が露わになっている。その肌には、魔力のオーバーフローを示す金色の紋様が血管のように浮かび上がり、バチバチと音を立てている。
王、アルカディアスだ。
彼がゆっくりと振り向く。
その瞳を見た瞬間、駆けつけた兵士たちは本能的な畏怖に打たれ、その場に跪いた。
黄金。
元々美しかった彼の金色の瞳が、今は内側から発光しているかのように輝き、揺らめいている。
そこにあるのは、かつての混濁した乱心ではない。
獲物を確実に仕留める捕食者の、冷徹で、獰猛な光だった。
「……陛下……?」
シルヴィアが震える声で呼ぶ。
アルカディアスは、己の魔力で吹き飛ばした瓦礫の山を踏み越え、不敵な笑みを浮かべた。
「待たせたな――」
たった一言。
だが、その声には全軍を鼓舞する王の覇気と、背筋が凍るような殺気が満ちていた。
「よく眠った。……頭の中が、驚くほどクリアだ。……今なら、何をどうすればよいかが、手にとるようにわかる」
彼が視線を向けるだけで、足元の大きな石塊が パキィン、と音を立てて粉砕された。
触れるまでもない。視線だけで物質を崩壊させる力。
『万物粉砕』。
ロゼノアへの妄執がリミッターを外し、王の魂に眠っていた破壊の魔力を覚醒させたのだ。
「陛下!」
そこへ、包帯を巻いた騎士が人垣をかき分けて進み出た。
近衛騎士団長ユリウスだ。
あの日、サイラス軍に貫かれた傷は癒えているものの、顔色はまだ蒼い。だが、その瞳には悔しさと、鬼気迫る決意の炎が燃えていた。
「ユリウスか。……その体で剣を振るえるか」
「はっ! この命ある限り! ……ロゼノア様を奪われたままでは、死んでも死にきれません!」
ユリウスが胸に拳を当て、深く頭を垂れる。
アルカディアスは満足げに頷いた。
「いい目だ。……行くぞ、ユリウス! ロゼノアを奪い返す!」
「御意!!」
アルカディアスは瓦礫の上に立つと、集まった兵士たちを見下ろし、高らかに宣言した。
「全軍、出陣だ!! 目指すは極北、ノクスフェル帝国!!」
オオオオオオオッ!!
王が真の意味で帰還し、覚醒したことに、兵士たちは熱狂の雄叫びを上げた。
「邪魔するものは、国境の壁だろうが皇帝だろうが、この目がすべて粉々に砕いてやる。シルヴィアは残って王宮を守れ」
銀髪の王は、北の空を睨みつけた。
その黄金の瞳は、遥か遠くにいる愛しい妻の姿だけを捉えていた。
「待っていろ、ロゼノア。……すぐに迎えに行く」
*
その日の夜。
私はサイラスにエスコートされ、夕食の席についた。
昼間の冒険の後、私は部屋に戻って少し休息を取り、侍女たちによって丁寧に磨き上げられた。
今夜のドレスは、深い真紅のベルベット。
私のレディッシュゴールドの髪が引き立つ特注品。
左手の薬指には、サイラスから贈られた黒曜石の指輪が、照明を弾いて鈍く輝いている。
「……食が進まないのか? あーん、してやろうか」
「もう、陛下ったら。子供扱いしないでくださいませ」
サイラスは、ロゼノアがいれば上機嫌だった。
彼は自分の皿にある極上のローストビーフを切り分けると、フォークに刺して私の口元へ運んでくる。
私は恥じらうふりをしながら、その肉をぱくりと口に含んだ。
「ん……美味しいですわ」
「そうか。お前の唇が触れると、カトラリーさえも甘く感じるな」
甘い会話と、濃密な空気。
給仕の者たちさえ赤面して目を逸らす中、バンッ! と扉が開かれた。
入ってきたのは、満面の笑みを浮かべた皇后ノーチェだった。
「陛下! 遅くなりまして申し訳……え?」
彼女はウキウキとした足取りで、食堂内を見回し――そして、凍りついた。
そこには、氷像になっているはずの私が、サイラスの隣で優雅にワインを傾けているのだから。
「な、な……っ!?」
ノーチェの目が、限界まで見開かれる。
幽霊でも見たかのように、口をパクパクと動かし、扇子を取り落とした。
「ど、どうして……お前が、そこに……!?」
「あら、皇后陛下。ごきげんよう」
私はグラスを置き、聖女としての完璧な微笑みを向けた。
そしてわざとらしく、左手の指輪がキラリと光るように手を振る。
「昼間は素敵な場所を教えていただき、ありがとうございました。……『氷の書庫』は少々肌寒かったですけれど、陛下から頂いたこの『指輪』と……たっぷりと注がれた『愛』のおかげで、とても快適なお散歩でしたわ」
「ひっ……!」
ノーチェの顔色が、土気色に変わる。
自分の最強の罠が、サイラスの愛の前では無力だったと突きつけられたのだ。
「陛下! あ、あの女は嘘をついています! 神聖な書庫に勝手に入り込み、あまつさえ……ッ!」
「うるさいぞ、ノーチェ」
サイラスは、ノーチェの方を見向きもしなかった。
まるで羽虫が飛んでいるかのような、無関心で冷徹な声。
「私の食事の邪魔をするな。……それとも、お前もロゼノアのように、私に口移しでワインを飲ませてほしいとでも言うのか?」
「っ……!」
絶対的な拒絶。
サイラスの瞳には私しか映っていない。皇后である彼女は、この空間において「空気」以下の存在だった。
「し、失礼……いたしました……ッ!」
ノーチェは屈辱に顔を歪め、脱兎のごとく部屋から逃げ出した。
その後ろ姿を見送りながら、私はグラスのワインを飲み干した。
気の毒とも思うけれど、サイラスの愛が彼女にないのは私のせいではない。そもそも、私は好きでここにいるわけでは――。
(…………)
*
夕食を終え、寝室に戻ると、サイラスの態度が一変した。
彼は私をベッドに押し倒すと、真剣な眼差しで私の顔を覗き込んだ。
「……ノーチェの仕業だな?」
「あら、何のことでしょう?」
「とぼけるな。……あいつの陰湿なやり口だ。お前を寒い場所に閉じ込めたのだろう」
サイラスは私の手を取り、自分の頬に当てた。
「すまない。私が目を離した隙に……。寒くなかったか? 体の芯まで冷えていないか、確かめさせろ」
彼は「確認」と称して、私のドレスの胸元を寛げ、冷たい手を滑り込ませた。
「んっ……陛下……」
「肌の表面は温かいな。……だが、奥はどうだ?」
彼の手が下着越しに秘所を撫でる。
「まだ冷気が残っているかもしれん。……私が直接、温め直してやる」
サイラスは私の脚を大きく広げさせると、その間に顔を埋めた。
クチュ、と湿った音が響く。
彼は舌先で、執拗に私の中を愛で始めた。
「あ、ぁ……っ! そこ、朝も……いっぱい、したのにぃ……ッ!」
「足りない。……お前の体温が正常か、私が納得するまで何度でも確かめる」
心配性で、過保護で、そしてどうしようもなく好色な魔王様。不本意なことに、彼と私の魔力の相性は、恐ろしく良いらしかった。
私はシーツを握りしめ、彼が与える甘い痺れに翻弄された。
この「検温」は、夜が更けるまで続きそうだった。
――だがその時。
カンカンカンカンッ!!
城内に、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
ただ事ではない音色に、サイラスが顔を上げ、動きを止める。
「……何事だ?」
直後、扉の外から切迫した伝令の声が響いた。
「申し上げます!! 緊急事態です!!」
「入れ!」
入ってきた兵士は、息を切らせ、青ざめた顔で叫んだ。
「こ、国境の『絶対氷壁』が……破られました!!」
「なんだと――!?」
サイラスの瞳が鋭く細められる。
帝国の守りの要である氷壁は、数千の魔法使いが束になっても傷一つつかないはずだ。
「敵影確認! アルカディアス王率いる、王国軍本隊です! 強大な破壊魔力によって、一瞬で壁が粉砕されました!」
「……ハッ。狂王め、ついにやってきたか――」
サイラスは不敵に笑い、軍服を羽織った。
その背中からは、魔王としての凄まじい殺気が立ち上っている。
「面白い。……私の聖女を奪いに来たか。返り討ちにしてやる」
彼はベッドに歩み寄り、私の額に口づけを落とした。
「ロゼノア、お前はここで待っていろ。……あの粘着男の首を、土産に持って帰るからな」
「どうか……ご無事で、陛下」
サイラスが部屋を出て行き、扉が閉まる。
静寂が戻った部屋で。
私はゆっくりと体を起こし、静かに窓の外を見た。
(来たわね……私の狂った夫が)
アルカディアスは、私を取り戻すためなら、国が傾くほどの犠牲も厭わない。
私は震えるサイラスを抱きしめた夜のことを思い出し、深いため息をついた。
私が王国に帰るということは――サイラスが、死ぬということだ。
「…………」
私は窓枠を強く握りしめた。
あんなに憎かったはずなのに。
何度も犯され、辱められ、早く逃げ出したいと願っていたはずなのに。
脳裏に浮かぶのは、不器用に私を抱きしめ、「行くな」と震えていた彼の姿ばかりだ。
孤独で、冷たくて、誰よりも愛に飢えていた氷の魔王。
(嫌……死なないで)
初めて、明確な言葉となって本音が溢れた。
それでも私は、自分の国へ帰らねばならない。
ズゥゥゥン……ッ!!
その時、城全体が悲鳴を上げるように大きく揺れた。
窓の外が、黄金の魔力光で埋め尽くされる。
(アルカディアス……)
彼の到着と共に、私の短くも濃密な「氷の夢」は、終わりを告げるのだ。
その轟音は、何の前触れもなく響き渡った。
ドオオオォォォ――ンッ!!
まるで落雷が直撃したかのような衝撃。
王宮全体が大きく揺れ、回廊の窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げて砕け散った。
「な、何事だ!?」
「敵襲か!?」
筆頭魔術師シルヴィアと近衛兵たちは、顔色を変え、震源地へと駆け出す。
爆心地は――王が眠る、最奥の寝室だ。
「まさか、刺客が入り込んだのでは……! 陛下!!」
シルヴィアが角を曲がり、寝室の扉があるはずの場所へたどり着いた時。警護の兵が腰を抜かして廊下にへたり込んでいる。
彼女は絶句し、その足を止めた。
「……嘘、でしょう?」
そこには、扉も、壁も、豪華な天蓋付きベッドさえもなかった。
まるで見えざる巨人の爪で抉り取られたかのように、部屋の区画そのものが消滅し、青空が覗いている。
瓦礫の山となった石材の間を、風が吹き抜けていく。
そして、舞い上がる土煙の中。
その男は、静かに立っていた。
「――――」
月の光を吸い込んだような、美しい銀色の長い髪。
衣服は弾け飛び、鍛え上げられた上半身が露わになっている。その肌には、魔力のオーバーフローを示す金色の紋様が血管のように浮かび上がり、バチバチと音を立てている。
王、アルカディアスだ。
彼がゆっくりと振り向く。
その瞳を見た瞬間、駆けつけた兵士たちは本能的な畏怖に打たれ、その場に跪いた。
黄金。
元々美しかった彼の金色の瞳が、今は内側から発光しているかのように輝き、揺らめいている。
そこにあるのは、かつての混濁した乱心ではない。
獲物を確実に仕留める捕食者の、冷徹で、獰猛な光だった。
「……陛下……?」
シルヴィアが震える声で呼ぶ。
アルカディアスは、己の魔力で吹き飛ばした瓦礫の山を踏み越え、不敵な笑みを浮かべた。
「待たせたな――」
たった一言。
だが、その声には全軍を鼓舞する王の覇気と、背筋が凍るような殺気が満ちていた。
「よく眠った。……頭の中が、驚くほどクリアだ。……今なら、何をどうすればよいかが、手にとるようにわかる」
彼が視線を向けるだけで、足元の大きな石塊が パキィン、と音を立てて粉砕された。
触れるまでもない。視線だけで物質を崩壊させる力。
『万物粉砕』。
ロゼノアへの妄執がリミッターを外し、王の魂に眠っていた破壊の魔力を覚醒させたのだ。
「陛下!」
そこへ、包帯を巻いた騎士が人垣をかき分けて進み出た。
近衛騎士団長ユリウスだ。
あの日、サイラス軍に貫かれた傷は癒えているものの、顔色はまだ蒼い。だが、その瞳には悔しさと、鬼気迫る決意の炎が燃えていた。
「ユリウスか。……その体で剣を振るえるか」
「はっ! この命ある限り! ……ロゼノア様を奪われたままでは、死んでも死にきれません!」
ユリウスが胸に拳を当て、深く頭を垂れる。
アルカディアスは満足げに頷いた。
「いい目だ。……行くぞ、ユリウス! ロゼノアを奪い返す!」
「御意!!」
アルカディアスは瓦礫の上に立つと、集まった兵士たちを見下ろし、高らかに宣言した。
「全軍、出陣だ!! 目指すは極北、ノクスフェル帝国!!」
オオオオオオオッ!!
王が真の意味で帰還し、覚醒したことに、兵士たちは熱狂の雄叫びを上げた。
「邪魔するものは、国境の壁だろうが皇帝だろうが、この目がすべて粉々に砕いてやる。シルヴィアは残って王宮を守れ」
銀髪の王は、北の空を睨みつけた。
その黄金の瞳は、遥か遠くにいる愛しい妻の姿だけを捉えていた。
「待っていろ、ロゼノア。……すぐに迎えに行く」
*
その日の夜。
私はサイラスにエスコートされ、夕食の席についた。
昼間の冒険の後、私は部屋に戻って少し休息を取り、侍女たちによって丁寧に磨き上げられた。
今夜のドレスは、深い真紅のベルベット。
私のレディッシュゴールドの髪が引き立つ特注品。
左手の薬指には、サイラスから贈られた黒曜石の指輪が、照明を弾いて鈍く輝いている。
「……食が進まないのか? あーん、してやろうか」
「もう、陛下ったら。子供扱いしないでくださいませ」
サイラスは、ロゼノアがいれば上機嫌だった。
彼は自分の皿にある極上のローストビーフを切り分けると、フォークに刺して私の口元へ運んでくる。
私は恥じらうふりをしながら、その肉をぱくりと口に含んだ。
「ん……美味しいですわ」
「そうか。お前の唇が触れると、カトラリーさえも甘く感じるな」
甘い会話と、濃密な空気。
給仕の者たちさえ赤面して目を逸らす中、バンッ! と扉が開かれた。
入ってきたのは、満面の笑みを浮かべた皇后ノーチェだった。
「陛下! 遅くなりまして申し訳……え?」
彼女はウキウキとした足取りで、食堂内を見回し――そして、凍りついた。
そこには、氷像になっているはずの私が、サイラスの隣で優雅にワインを傾けているのだから。
「な、な……っ!?」
ノーチェの目が、限界まで見開かれる。
幽霊でも見たかのように、口をパクパクと動かし、扇子を取り落とした。
「ど、どうして……お前が、そこに……!?」
「あら、皇后陛下。ごきげんよう」
私はグラスを置き、聖女としての完璧な微笑みを向けた。
そしてわざとらしく、左手の指輪がキラリと光るように手を振る。
「昼間は素敵な場所を教えていただき、ありがとうございました。……『氷の書庫』は少々肌寒かったですけれど、陛下から頂いたこの『指輪』と……たっぷりと注がれた『愛』のおかげで、とても快適なお散歩でしたわ」
「ひっ……!」
ノーチェの顔色が、土気色に変わる。
自分の最強の罠が、サイラスの愛の前では無力だったと突きつけられたのだ。
「陛下! あ、あの女は嘘をついています! 神聖な書庫に勝手に入り込み、あまつさえ……ッ!」
「うるさいぞ、ノーチェ」
サイラスは、ノーチェの方を見向きもしなかった。
まるで羽虫が飛んでいるかのような、無関心で冷徹な声。
「私の食事の邪魔をするな。……それとも、お前もロゼノアのように、私に口移しでワインを飲ませてほしいとでも言うのか?」
「っ……!」
絶対的な拒絶。
サイラスの瞳には私しか映っていない。皇后である彼女は、この空間において「空気」以下の存在だった。
「し、失礼……いたしました……ッ!」
ノーチェは屈辱に顔を歪め、脱兎のごとく部屋から逃げ出した。
その後ろ姿を見送りながら、私はグラスのワインを飲み干した。
気の毒とも思うけれど、サイラスの愛が彼女にないのは私のせいではない。そもそも、私は好きでここにいるわけでは――。
(…………)
*
夕食を終え、寝室に戻ると、サイラスの態度が一変した。
彼は私をベッドに押し倒すと、真剣な眼差しで私の顔を覗き込んだ。
「……ノーチェの仕業だな?」
「あら、何のことでしょう?」
「とぼけるな。……あいつの陰湿なやり口だ。お前を寒い場所に閉じ込めたのだろう」
サイラスは私の手を取り、自分の頬に当てた。
「すまない。私が目を離した隙に……。寒くなかったか? 体の芯まで冷えていないか、確かめさせろ」
彼は「確認」と称して、私のドレスの胸元を寛げ、冷たい手を滑り込ませた。
「んっ……陛下……」
「肌の表面は温かいな。……だが、奥はどうだ?」
彼の手が下着越しに秘所を撫でる。
「まだ冷気が残っているかもしれん。……私が直接、温め直してやる」
サイラスは私の脚を大きく広げさせると、その間に顔を埋めた。
クチュ、と湿った音が響く。
彼は舌先で、執拗に私の中を愛で始めた。
「あ、ぁ……っ! そこ、朝も……いっぱい、したのにぃ……ッ!」
「足りない。……お前の体温が正常か、私が納得するまで何度でも確かめる」
心配性で、過保護で、そしてどうしようもなく好色な魔王様。不本意なことに、彼と私の魔力の相性は、恐ろしく良いらしかった。
私はシーツを握りしめ、彼が与える甘い痺れに翻弄された。
この「検温」は、夜が更けるまで続きそうだった。
――だがその時。
カンカンカンカンッ!!
城内に、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
ただ事ではない音色に、サイラスが顔を上げ、動きを止める。
「……何事だ?」
直後、扉の外から切迫した伝令の声が響いた。
「申し上げます!! 緊急事態です!!」
「入れ!」
入ってきた兵士は、息を切らせ、青ざめた顔で叫んだ。
「こ、国境の『絶対氷壁』が……破られました!!」
「なんだと――!?」
サイラスの瞳が鋭く細められる。
帝国の守りの要である氷壁は、数千の魔法使いが束になっても傷一つつかないはずだ。
「敵影確認! アルカディアス王率いる、王国軍本隊です! 強大な破壊魔力によって、一瞬で壁が粉砕されました!」
「……ハッ。狂王め、ついにやってきたか――」
サイラスは不敵に笑い、軍服を羽織った。
その背中からは、魔王としての凄まじい殺気が立ち上っている。
「面白い。……私の聖女を奪いに来たか。返り討ちにしてやる」
彼はベッドに歩み寄り、私の額に口づけを落とした。
「ロゼノア、お前はここで待っていろ。……あの粘着男の首を、土産に持って帰るからな」
「どうか……ご無事で、陛下」
サイラスが部屋を出て行き、扉が閉まる。
静寂が戻った部屋で。
私はゆっくりと体を起こし、静かに窓の外を見た。
(来たわね……私の狂った夫が)
アルカディアスは、私を取り戻すためなら、国が傾くほどの犠牲も厭わない。
私は震えるサイラスを抱きしめた夜のことを思い出し、深いため息をついた。
私が王国に帰るということは――サイラスが、死ぬということだ。
「…………」
私は窓枠を強く握りしめた。
あんなに憎かったはずなのに。
何度も犯され、辱められ、早く逃げ出したいと願っていたはずなのに。
脳裏に浮かぶのは、不器用に私を抱きしめ、「行くな」と震えていた彼の姿ばかりだ。
孤独で、冷たくて、誰よりも愛に飢えていた氷の魔王。
(嫌……死なないで)
初めて、明確な言葉となって本音が溢れた。
それでも私は、自分の国へ帰らねばならない。
ズゥゥゥン……ッ!!
その時、城全体が悲鳴を上げるように大きく揺れた。
窓の外が、黄金の魔力光で埋め尽くされる。
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