1 / 1
堅物上司をモデルに官能小説を書いていたら、本人にバレて実演指導されました
しおりを挟む
「……なあ、ここの『彼』のセリフ、ちょっと違和感がないか?」
「ん……?」
夜十時過ぎ。誰もいないはずの静まり返ったオフィス。
空調の音だけが響いていた静寂を破ったのは、低く、よく通る男の声だった。
「ひいっ!?」
私は心臓が飛び出るほどの衝撃を受け、ビクッと肩を跳ねさせた。
恐る恐る、軋む首を後ろへと巡らせる。
そこには、私のパソコン画面を背後から覗き込む、鬼上司――桐島課長の姿があった。
え、嘘。いつからそこにいたの。
私の思考がフリーズする中、課長は眼鏡の位置を指先で直し、画面上のとある一点を凝視した。
そこにあるのは『R18』という真紅の警告タグ。
そして、私が書き連ねた『課長ソックリな男がヒロインを蹂躙する』濃厚な情事のシーンだ。
終わった――。
私の頭の中で、ガラガラとキャリアの崩れ去る音が響いた。
佐原ゆかり、二十四歳。広告代理店勤務。
少しだけ残業して帰るつもりだったのに、なぜこうなったのか。
私の趣味は、Web小説投稿サイトに自分の書いた作品を載せること。
それも、女性向けの官能小説に特化したサイト『ベルベット・ノベルズ』で、夜な夜な甘く激しい妄想を垂れ流しているのだ。
今日もふと良い案を思いついたので、「忘れないうちにちょっとだけ」とメモのつもりで書いていたら、残業の疲れでうっかり寝落ちしてしまったらしい。
最悪だ。よりによって、一番見られてはいけない相手に、一番見られたくない場面を。
「ふーん。佐原さん……こういうの、好きなんだ」
課長が私を見下ろして、ポツリと零す。
その声色は、怒っているようでも、呆れているようでもなく、どこか熱を孕んでいるようで――余計に怖い。
軽蔑された。絶対に引かれた。
いや、それどころか仕事中に会社のパソコンでこんな破廉恥なものを書いていたなんて、クビになっても文句は言えない。
真っ白になる頭で、必死に言い訳を探そうとした、その時だ。
課長が私の背もたれに手を突き、逃げ場を塞ぐようにして、耳元へ顔を寄せた。
「……へえ。『冷ややかな視線でネクタイを緩め、荒々しく唇を奪う』……か」
やめて。声に出して読まないで!
羞恥で顔から火が出るどころか、全身が沸騰しそうだ。死にたい。今すぐ舌を噛んで気絶したい。
けれど課長は逃がしてくれない。私の反応を楽しむように、わざとらしく低い声で、画面の文章を朗読し続ける。
「『もっと、奥まで……』。ふうん、君のそこ、そんなに深いんだ?」
「ち、ちが……っ!」
「――これ、俺だよね?」
確信に満ちた問いかけ。
眼鏡の奥の瞳が、獲物をねめつけるように妖しく光る。
恥ずかしすぎて言葉にならない私を、課長は冷ややかな目で見下ろした。
「……これほどのことを書いておいて、まさか『違います』なんて言わないよな?」
課長はスッと顔を離すと、不快そうに眉を寄せ、スーツの埃を払う仕草をした。
先ほどまでの艶っぽい雰囲気は消え失せ、いつもの――いや、いつも以上に冷酷な「鬼上司」の顔だ。
「上司を題材に、事実無根のわいせつ文書を作成し、ネット上に公開する。……これは立派な人権侵害だ。名誉毀損で訴えられても文句は言えないぞ」
「め、名誉毀損……ッ!?」
「それに、就業時間後のオフィス私的利用に、社内秩序を乱す行為。就業規則的にもアウトだ。……許せないな、これは」
淡々とした口調が、逆に怖い。
私の頭の中で、最悪のキーワードがぐるぐると渦を巻く。
『懲戒免職』『損害賠償』『社会的抹殺』――。
ああ、私の人生はここで終わるんだ。こんな破廉恥な理由で職を追われ、法廷に立つことになるなんて。
ガタガタと震えだした私に、課長は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、低い声で告げた。
「週末、空けとけよ」
「は、はい……?」
「まさか、この場で謝って済むと思ってるわけじゃないだろ。じっくり話を聞かせてもらうから」
それじゃあ、お疲れ――
そう言って颯爽と去っていく背中を、私はへたり込みながら見送ることしかできなかった。
(う、訴えられる……!? それとも査問委員会!?)
とんでもないことになった。
週末、私には鬼上司の制裁が待っている。
それが、想像を絶する『個人的な取り調べ』になるとも知らずに――私は絶望の淵で頭を抱えた。
◇
地獄のような数日間だった。
水、木、金。
会社での課長は、私に対して徹頭徹尾、事務的だった。
それが逆に怖い。「弁護士と相談中なのだろうか」「人事部で私の処遇が決定しているのだろうか」。
私の胃壁は荒れに荒れ、食事も喉を通らない。
夜な夜なパソコンに向かい、私は『退職願』の作成画面と睨めっこをしていた。
いっそ、自分から辞めると言った方が罪は軽くなるんじゃないか。
でも、退職理由になんと書けばいい?
『一身上の都合』?
それとも正直に『上司をオカズにした小説が本人にバレたため』?
……書けるわけがない。ハローワークで失笑される未来しか見えない。
結局、答えが出ないまま、運命の土曜日がやってきた。
私は葬儀にでも参列するような気持ちで、紺色の地味なワンピースに身を包み、駅前のロータリーに立っていた。
手には、デパ地下で一番高い老舗和菓子店の羊羹。
ネットで『上司 謝罪 手土産』と検索して出てきた、鉄板の品だ。これで許してもらえるとは思わないけれど、誠意は見せないといけない。
「はあ……胃が痛い……」
示談金はいくらになるんだろう。貯金で足りるだろうか。
最悪、親に土下座して借金するしかない――。
私が暗い妄想の海に沈みかけていた、その時だった。
ドロロロロ……ッ、という、腹の底に響くような重低音が近づいてきた。
駅前の喧騒の中でも異彩を放つその音に、周囲の人々が何事かと振り返る。
滑り込んできたのは、アスファルトを舐めるように車高が低い、漆黒のスポーツカーだった。
「うわ、すっげえ車」
「外車か? いくらすんだあれ」
通行人がざわめく中、その威圧的な車が、あろうことか私の目の前でピタリと停車した。
まさか。
いや、まさかそんな。課長は堅物で通っている人だ。もっとこう、国産のセダンとかに乗っているはずで――。
ウィイィン、と滑らかな音を立てて、助手席の窓ガラスが下りる。
運転席に座っていたのは、サングラスを外し、けだるげにこちらを見やる桐島課長その人だった。
「……乗れ」
短い命令と共に、ロックが解除される音がした。
私は羊羹の紙袋を握りしめ、震える足でその助手席へと乗り込んだ。
車は都心の一等地を風のように走り抜け、見上げるような高層タワーマンションの車寄せに停車した。
エントランスにはホテルのようなドアマンが立っている。
(……うわあ)
私は窓の外を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。
ここは港区の超高級エリア。芸能人や経営者が住むような場所だ。
助手席のドアが開けられ、降りるように促される。
「つ、着いたんですか? あの、ここは……」
「行くぞ」
課長は私の質問には答えず、慣れた足取りでガラス張りの自動ドアをくぐっていく。課長が何やらパネルを操作すると、内扉が開く。
私は慌てて羊羹の紙袋を抱き直し、小走りでその後を追った。
ロビーは静まり返り、高級なアロマの香りが漂っている。
コツ、コツ、とヒールの音を響かせながら、私は必死に頭を回転させた。
(てっきり会社の会議室か、カフェに呼び出されるんだと思ってたけど……)
こんな超高級マンションに用があるなんて。
あ、そうか。わかったぞ。
(弁護士事務所だ……!)
ドラマで見たことがある。敏腕弁護士は、こういうセキュリティの堅い高級マンションの一室に個人事務所を構えているものだ。
きっと、会社の顧問弁護士か何かがここに住んでいて、そこで私の処分についての話し合いが行われるに違いない。
法外な慰謝料を請求されるのだろうか。誓約書に血判を押させられるのかもしれない。
「…………」
エレベーターの中、課長は無言で階数ボタンを押した。
表示されたのは『35階』。最上階だ。
数字が増えていくにつれ、私の心拍数も跳ね上がっていく。
「入れ」
「し、失礼します……!」
格調高いドアが開かれ、私は緊張で直立不動のまま足を踏み入れた。
そこには――。
壁一面の窓から東京の絶景が見渡せる、モデルルームのように洗練された広大なリビングが広がっていた。
間接照明に照らされたイタリア製の革張りソファ。床にはふかふかのラグ。
どこをどう見ても『生活感のない、金持ちの家』だ。
(すごい……これが敏腕弁護士の事務所……!)
デスクや書類棚が見当たらないのが少し気になるけれど、最近のオシャレな事務所はこういうラウンジ風なのかもしれない。
私は入り口で靴を揃えながら (スリッパが高級すぎて履くのを躊躇った)、恐る恐る尋ねた。
「あの、先生は……弁護士の先生は、どちらにいらっしゃるんでしょうか」
「は?」
課長がネクタイを緩めながら、怪訝そうに振り返った。
ジャケットを脱ぎ、ソファの背もたれに無造作に放り投げる。
「誰だそれ」
「えっ? いや、だから……私の処分を決める、会社の顧問弁護士さんとか……」
「……」
課長はきょとんとした後、鼻で笑った。
そして、獲物を追い詰める捕食者の目で、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。
「残念だけど、ここには俺と君しかいないよ。……俺の家だから」
「お、俺の家……?」
思考が真っ白に染まった。
弁護士もいない。査問委員会のメンバーもいない。
密室。高層階。週末の昼下がり。
そして、目の前には、ネクタイを緩めて「オス」の顔を隠そうともしない上司。
(殺される……!)
いや、殺されはしないだろうけど、もっと恐ろしい目に遭わされる。
本能が警鐘を鳴らし、私は逃げ出したい衝動に駆られた。
けれど、ここで逃げたら本当に社会的抹殺だ。
私は震える手で、唯一の武器――いや、防具である紙袋を、突き出すように差し出した。
「あ、あのっ! これッ!!」
「……あ?」
課長が怪訝そうに眉をひそめる。
私は頭を下げ、精一杯の声を張り上げた。
「この度は、多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでしたッ! こ、これ、つまらないものですが……お納めください!!」
老舗の高級羊羹。
一本五千円もする、私の食費一週間分だ。
ネットの知恵袋には『謝罪の王道』と書いてあった。これを受け取ってもらえれば、少なくとも話を聞く態勢にはなってもらえるはず――。
課長は私と、差し出された紙袋を交互に見下ろした。
そして、ふっと鼻で笑う。
「……羊羹か」
「は、はい! 一番高いやつです!」
「へえ。俺の名誉と、君のキャリアの値段は、羊羹一本分ってわけだ」
「ひっ……!」
違う。そうじゃない。
弁解しようとする私の手から、課長はヒョイと紙袋を取り上げた。
そして、中身を確認することもなく、無造作に近くのソファへと放り投げた。
ボフッ、と鈍い音がして、私の五千円が沈む。
「あ……」
「そんな甘ったるいもんで、機嫌が直ると思うなよ」
課長が一歩、足を踏み出してくる。
私はじりっと後ずさったが、背中はすぐに壁にぶつかった。
逃げ場はない。
「こ、公私混同は良くないと思います! 処分なら、会社で正式に……」
「公私混同? 君が仕事中に俺で妄想してたのが始まりだろ」
ぐうの音も出ない正論。
課長は私の顔の横に手をつき、壁ドン――の体勢で私を閉じ込めた。
至近距離で見下ろされる瞳は、楽しそうに歪んでいる。
「言ったはずだぞ。『事実と違う捏造記事』の訂正をするって」
「で、でも、ここは課長の家ですし……」
「そうだよ。だから、誰にも邪魔されない」
課長の指先が、私のワンピースの胸元のリボンに触れた。
シュルリ、と。
布擦れの音がやけに大きく響いて、ほどけたリボンが力なく垂れ下がる。
「さあ、始めようか。佐原先生」
甘い羊羹なんて目じゃない。
もっと濃厚で、逃れられない『お詫び』の時間が始まろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です、これはあくまで創作活動で……!」
ほどけたリボンを必死に押さえ、課長の脇をすり抜けて後ずさった。
けれど課長は、じりじりと距離を詰めてくる。
その手には、いつの間にか取り出したスマートフォンが握られていた。
画面に映っているのは――もちろん、私の小説だ。
「創作? よく言うよ。ほくろの位置まで俺と同じ設定にしておいて」
「うっ……」
「それにさ。俺をモデルにしてたってことは、要するに……」
課長が足を止め、私の瞳を覗き込む。
「俺と『こういうこと』をしたかった。……違うか?」
「ち、違います! 決してそのような……っ!」
「嘘をつくな」
冷たい一喝と共に、トン、と肩を押された。
足がもつれ、私は背後のソファベッドにドサリと倒れ込んだ。
ふかふかの座面に体が沈む。起き上がろうとした瞬間、視界が影に覆われた。
「あ……」
覆い被さってきた課長の重みが、逃げ場を完全に奪う。
引き締まった肉体と、高級なコロンの香りが、私を包み込んでいた。
課長は私を押さえつけたまま、片手で器用にスマホを操作し、スクロールした。
「第三話。『彼はいきなり彼女をソファに押し倒すと、獣のような瞳で言った』……」
やめて。お願いだから読み上げないで。
羞恥で涙目になる私を無視して、課長は画面の文章と、眼下の私を見比べる。
そして、呆れたように鼻を鳴らした。
「『俺はもう我慢できない。お前が欲しい』……? なんだこの台詞。三流ドラマかよ」
「ううう……すいません、語彙力がなくてすいません……!」
「俺はこんなこと言わないよ。スマートじゃない」
課長はスマホを放り投げると、私の両手首を片手で容易く拘束し、頭上へと押し付けた。
小説の中の『彼』よりもずっと理性的で、けれどずっと残酷な力が、私の抵抗を封じる。
「俺なら、こう言うな」
課長の唇が、私の耳たぶを甘噛みした。
背筋に衝撃が走り、小さく身じろぎした私に、彼は低く囁く。
「……自分から脚を開くまで、絶対に触ってやらない」
「ッ!?」
「小説の中の俺は、ずいぶんと優しいみたいだけど。現実はそんなに甘くないぞ」
課長の指先が、私の太腿をなぞり上げる。
けれど、決して肝心な場所には触れようとしない。
焦らしと命令。
それが、本物の鬼上司による『訂正指導』の始まりだった。
「さて、次はどうなるのかな」
課長は私を片手で制圧したまま、もう片方の手で再びスマホを目の前にかざした。
スクロールする親指が、私の運命を決定していく。
「『彼は私のブラウスを乱暴に引き裂いた。ブチブチとボタンが弾け飛ぶ音が……』」
「ひっ、やっ、やめてください……!」
「……野蛮だなあ」
課長は心底呆れたように溜息をついた。
「俺は服を大事にする主義なんだ。君だって、これ安物じゃないだろ?」
「そ、そうですけど……あっ」
課長の指が、第一ボタンにかかった。
引き裂くのではなく、一つずつ、丁寧に、ゆっくりと外していく。
その遅さが、逆に怖い。
肌が露わになるたび、冷たい空気に触れて鳥肌が立つのを、課長の視線がじっくりと舐めるように確認していく。
「ほら、引き裂かなくても脱がせることはできる。……こっちの方が、君の震えが見て取れて興奮するしね」
「ううぅ……」
「次。『露わになった桜色の突起を、彼は親指で強引に擦り上げ……』」
読み上げられた瞬間、私は反射的に身を捩った。
そこは駄目。そこは私の弱点で、小説でも一番こだわって書いた性癖ポイントだ。
「強引に、か。芸がないな」
課長は私の胸元に手を伸ばす――かと思いきや、スルリと素通りさせた。
そして、無防備になった首筋に、熱い唇を寄せる。
「んっ!?」
「強引に触ればいいってもんじゃない。……ここ、弱いんだろ?」
チュッ、と音を立てて吸い上げられると同時に、敏感な耳の裏を舌先でなぞられた。
背骨に電流が走り、私の口から情けない声が漏れる。
「あ、んっ、う……!」
「ほら、声が出た。小説のヒロインより素直じゃないか」
課長は満足げに笑うと、再びスマホに視線を落とした。
最悪だ。まだ続くの?
「『彼女は既に、待ちきれないように腰をくねらせていた』。……ふうん?」
「ち、違います! くねらせてません!」
「『秘所は既に、蜜でぐしょ濡れになっていた』」
「ッ~~~~~~!!!」
読んでしまった。
一番恥ずかしい、一番聞かれたくない一文を、あのイイ声で、会議でプレゼンをする時のような流暢さで。
「……随分と自信満々な描写だね、佐原先生」
課長の目が、すうっと細められる。
彼は私の膝の間に強引に足を割り込ませ、スカートの裾に手をかけた。
「これが『創作 (フィクション)』なのか、それとも『ノンフィクション』なのか」
「や、待って、無理です……!」
「もし嘘だったら、『誇張表現』としてペナルティを追加しないとな」
抵抗する間もなかった。
課長の無遠慮な指先が、下着越しに私の敏感な場所をスッと撫で上げた。
ビクン! と身体が跳ねる。
「……あ?」
課長の指先が止まる。
一瞬の沈黙。
そして、彼はニヤリと、この世のものとは思えないほど意地の悪い笑みを浮かべた。
「すごいな。……ここだけは、小説の通りだ」
嘘。嘘でしょ。
信じたくない現実を突きつけられ、私はあまりの羞恥に顔を覆った。
「なんだ、俺としてみたかったんじゃん。……素直になればいいのに」
課長がスマホをサイドテーブルに放り投げる音がした。
カチャリ、とベルトを緩める金属音が、静かな部屋に響き渡る。
「じゃあ、答え合わせを続けようか。……朝までたっぷり、修正してやるから」
課長は再びスマホを持ち上げると、画面を見て「ぶっ」と吹き出した。
「……っ、ふ、ふっ……」
今、明らかに失笑した。鼻で笑った。
「『そして彼は服を脱ぎ捨て、聳え立つ楔を私に押し込んだ』……」
「……ッ!!!」
「聳え立つって。……くっ……ぷはッ!」
「うあああ……もう、もう許してください……!」
あまりの恥ずかしさに、私は枕に顔を埋めてジタバタと身悶えした。
深夜のテンションで書いたポエムのような表現を、憧れの上司に冷静に読み上げられる。
これは拷問だ。新手のハラスメントだ。
「それにさ、いきなり『押し込んだ』はないだろ。怪我するよ? 俺はそんな乱暴じゃない」
課長は呆れたように言うと、私の膝を割り、大きく左右に開かせた。
涼しい空気が、湿った下着ごしの秘所に触れる。
「まずは……味わわないとね」
「えっ、あ、ちょっ……ひゃあっ!?」
課長の顔が、私の股間へと埋もれた。
直後、下着の布地越しに、熱く湿った感触が押し当てられる。
舌だ。
課長の舌が、私のアソコを舐め上げているのだ。
「んっ、や、ああっ! かちょ、汚い、です……ッ!」
「汚くしてるのは君だろ」
課長は顔を上げると、濡れた唇を指で拭い、意地悪く笑った。
そして、邪魔な布切れを指先で少しずらす。
露わになった花弁に、今度は直接、熱い息が吹きかけられた。
「小説だとここ、数行で飛ばしてたけど。……一番大事な工程をサボっちゃ駄目だよ、佐原先生」
「あっ、あぁっ……!」
課長の舌が、敏感な突起をじゅるり、と吸い上げた。
全身が痺れるような快感が背骨を駆け上がり、私は弓なりに背中を反らせた。
逃げようとする私の腰を、課長の大きな手がガッチリと掴んで離さない。
「ん、ぅううっ! ひっ、ぁ……!」
声にならない喘ぎが漏れる。
下からは執拗な舌技で責められ、上からは無防備になった胸を、課長の空いている手で弄ばれる。
親指と人差指で、尖った先端をギリ、とつままれた。
「いっ、ああっ!」
「ほら、感じてる。小説の中のヒロインより、今の君の方がずっと可愛い声で鳴いてるよ」
課長の長い指が、胸のふくらみを捏ね回し、先端を弾く。
痛みと快感が混ざり合い、頭がおかしくなりそうだ。
「楔を入れるのは、ここがもっとドロドロに溶けてから。……君が泣いて『入れてください』って頼むまで、焦らしてあげる」
課長は再び顔を埋め、今度は先ほどよりも激しく、音を立ててそこを啜り始めた。
ジュプ、チュプ、という水音が、静かなリビングにいやらしく響き渡る。
「や、あ、おかしくなる、なっちゃう……ッ!」
私の拙い妄想なんて遥かに及ばない。
本物の『実演指導』によって、私は成す術もなくトロトロに溶かされていった。
「ん、あ、あっ……あ!?」
絶頂が目前に迫り、目の前が真っ白になりかけた瞬間――。
唐突に、その刺激は途絶えた。
課長が顔を上げ、身体を離したのだ。
熱源を失った私の身体が、ふわりと宙に浮いたような寂しさに襲われる。
私は焦点の定まらない目で、呆然と課長を見上げた。
「……え? か、ちょ……?」
「随分と気持ちよさそうな顔してるね。……まだ『本番』もしてないのに」
課長は濡れた口元を手の甲で拭うと、冷徹な観察者の目に戻って私を見下ろした。
私は呼吸を荒らげ、はしたなく大股を開いたまま、涙目で彼を求めることしかできない。
「う、あ……どして、やめるんですか……」
「どうしてって。君の小説だと、前戯はもう終わりなんだろ?」
課長はわざとらしく肩を竦めた。
「次の展開は『彼が楔を押し込む』だけど。……俺、気が変わっちゃった」
「そ、そんな……」
「だって、一方的に『押し込まれる』なんて、君は被害者みたいじゃないか。俺は合意の上でしたいんだよ」
課長の手が、私の太腿の内側をツーッとなぞる。
けれど、決して奥には触れてくれない。
生殺しだ。身体の芯が疼いて、おかしくなりそうだ。
「で? どうして欲しいの?」
課長は私の顔を覗き込み、意地悪く口角を上げた。
「黙ってちゃ分からないな。……お願いしないと、もう終わりだよ?」
「っ!!」
「このまま服着て、羊羹持って帰る? それとも、続きをする?」
究極の二択。
けれど、今の私に「帰る」という選択肢なんて残されているはずがない。
こんなに濡らされて、火を点けられて、このまま放置されるなんて耐えられない。
「し、したい……です……続き、を……」
「続きって? ちゃんと言わないと分からないな」
課長は楽しんでいる。完全に私をコントロール下に置いて、弄んでいる。
私は羞恥で熱くなった顔をさらに赤く染め、震える唇を開いた。
「課長の……が、欲しいです……」
「俺のなに? まさか『聳え立つ楔』?」
「ち、違いますっ! そういうのじゃなくてっ……!」
またその単語を蒸し返され、私は涙を滲ませて首を横に振った。
もう、格好つけてる余裕なんてない。
私は意を決して、目の前の「雄」に懇願した。
「課長の……大きいの、入れてください……ッ! 奥まで、めちゃくちゃにしてください……!」
言ってしまった。
憧れの上司に向かって、こんな馬鹿みたいに素直で、恥ずかしい言葉を。
けれど課長は、その言葉を聞いた瞬間、満足そうに目を細めた。
「……よく言えました。大変よろしい」
「あ、んっ……!」
ズチュッ、と一際いやらしい音を立てて、指を一つ、私の蜜壺に沈める。
「じゃあ、望み通りにしてあげる」
課長がベルトを解き、硬く熱り立った欲望を露わにする。
小説の描写なんて目じゃない、凶悪な現実がそこにあった。
私はヒッ、と息を呑んで後ずさろうとしたけれど、課長の大きな手が私の腰をガシッと掴んで逃がさない。
「……逃げるなよ。全部、受け止めてもらうから」
課長は獰猛な笑みを浮かべると、自身の熱を、濡れそぼった私の入り口へとあてがった。
「……っ、ぐ、うぅ……っ!」
課長のそれが、私の奥へ奥へと侵入してくる。
大きい。あまりにも大きすぎる。
私の書いた小説の中の「彼」も大概なサイズ設定にしていたけれど、現実の質量は想像を絶していた。
ミチミチと音がしそうなほど押し広げられ、私は手をギュッと握りしめて耐えるしかない。
「……きっつ。すごいな、これ」
課長が苦しげに、けれど歓喜を含んだ声を漏らす。
根本まで収まった瞬間、私の身体の芯が、彼の熱で完全に満たされた。
「は、ぁ……あ、ぁ……」
「どう? 感想は?」
課長が私の汗ばんだ前髪を払い、意地悪く聞いてくる。
「『身体が裂けるような痛み』だっけ? 小説だと」
「ひっ、あ、そ、それは……!」
「嘘だね。こんなに吸い付いてくる。……喜んでるじゃないか」
課長が腰を引いて、勢いよく打ち付けた。
ズンッ!! と、お腹の底を突き上げられるような衝撃。
「あッ!? ひ、あぁっ!!」
「ほら、いい声」
一度スイッチが入った課長は、もう止まらなかった。
私が「大きいの」と言ったのが気に入ったのか、執拗に深さを確かめるように、激しく、重く腰を振るってくる。
「あん、あっ、や、すごい、すごいです……ッ!」
「小説の『彼』より? 俺の方がすごい?」
「んっ、はい! 課長のほうが、いいっ、です……ッ!」
言わされているのか、本心なのか、もうわからない。
ただ、敏感な場所を容赦なく擦り上げられ、頭が真っ白になっていく。
「あ、だめ、くる、きちゃう……ッ!」
「いけば? 俺が許可する」
課長はペースを緩めるどころか、さらに深く、グリリと最奥を抉った。
「小説みたいに、可愛く鳴いてイってみろよ」
「あ、あああああーーーーッ!!」
視界が弾けた。
私は課長の背中に爪を立て、身体を弓なりに反らせて絶頂を迎えた。
あまりの快感に、目の前がチカチカと明滅する。
けれど。
「……終わり?」
私が脱力して息を整える間もなく、課長は私の腰を再び強く掴んだ。
体内に残った彼の熱が、再び大きくなるのがわかる。
「小説だとここで事後 (ピロートーク)だったけど……」
課長はニヤリと笑い、耳元で悪魔のように囁いた。
「言っただろ? 朝まで帰さないって。……原稿用紙百枚分くらい、たっぷりと可愛がってあげるから」
休む間もなく、二回戦目の波が押し寄せてくる。
私の「実演指導」は、まだ始まったばかりだった――。
◇
チュン、チュン……なんて可愛らしい小鳥のさえずりは聞こえない。
代わりに、カーテンの隙間から差し込む容赦ない直射日光が、私の瞼を焼いていた。
「う……ん……」
重い瞼を開ける。
知らない天井。いや、知っている。昨晩、散々見上げさせられた、課長の家の天井だ。
起き上がろうとして、私は「ひぐっ」と変な声を上げてベッドに沈んだ。
身体が、動かない。
腰は砕けそうだし、股関節は悲鳴を上げているし、何より全身が気だるい。
『原稿用紙百枚分』という言葉は、比喩でも何でもなかったらしい。私は昨夜、何度意識を飛ばし、何度起こされたことか。
「……お目覚めかな、佐原先生」
爽やかな声に振り返ると、サイドテーブルにコーヒーを置く桐島課長の姿があった。
昨日の獣のような男はどこへやら。
洗いざらしの白シャツにスウェットという、無駄に爽やかでラフな格好が、朝の光に似合いすぎていて腹が立つ。
どうしてこの人は、あんなに運動した後でこんなに涼しい顔をしているんだろう。
「あ、おはようございます……」
「顔、洗ってくる? 朝食できてるけど」
「朝食……?」
「フレンチトースト。甘いもの、好きだろ」
課長が私の頬を、親指で愛おしそうに撫でる。
その指は、昨夜私を散々泣かせた指だ。
思い出しただけで顔が沸騰しそうになり、私は慌てて毛布を頭まで被った。
「ど、どうも……」
「ふっ。……昨日の夜は、あんなに大胆だったのにね」
くつくつと喉を鳴らして笑う気配がする。
悔しい。完全に遊ばれている。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
少なくとも、昨日のような「クビになるかも」という恐怖はもうない。あるのは、共犯者めいた甘い空気だけだ。
私は観念して毛布から顔を出し、ボサボサの頭で尋ねた。
「あの……私、訴えられないんですか?」
「訴える? 誰を?」
「だから、課長が……」
「ああ、名誉毀損の話?」
課長はコーヒーを一口飲むと、悪戯っぽく片目を閉じた。
「示談成立、ってことでいいよ。昨晩の『実演指導』の出来栄えに免じて」
「~~~~ッ!」
「それに、君にはこれからもしっかり働いてもらわないと困るしね」
課長はベッドサイドに置いてあった私のスマホを手に取り、ポイと私に投げ渡した。
画面には、いつもの投稿サイト『ベルベット・ノベルズ』のマイページが表示されている。
「え?」
「読んだよ、他の作品も。……全体的に、経験不足だね」
課長はベッドの縁に腰掛け、私の顔を覗き込んだ。
その目は、昨夜私を組み敷いた時と同じ、妖しく光る捕食者の目だった。
「だから、俺が専属モデルになってあげる」
「は……はい?」
「次の新作のプロットだけど。……『残業中の給湯室』とか、どう? スリルがあって燃えると思うけど」
「きゅ、給湯室!?」
「あるいは『出張先の温泉宿』も捨てがたいな。……取材、いつ行く?」
課長の手が、毛布越しに私の太腿をなぞる。
身体の奥が、条件反射のように疼いた。
終わりだ……。
私の平穏な日々も、妄想だけで完結していた平和な作家生活も、これにて終了だ。
これからは、このドSな鬼上司による、身体を張ったスパルタ取材が待っている。
「返事は?」
「……はい、喜んで」
私のひきつった、けれど満更でもない返事を聞いて、課長は満足そうに微笑んだ。
そして、朝食のフレンチトーストよりも甘いキスを、私の唇に落とした。
「ん……?」
夜十時過ぎ。誰もいないはずの静まり返ったオフィス。
空調の音だけが響いていた静寂を破ったのは、低く、よく通る男の声だった。
「ひいっ!?」
私は心臓が飛び出るほどの衝撃を受け、ビクッと肩を跳ねさせた。
恐る恐る、軋む首を後ろへと巡らせる。
そこには、私のパソコン画面を背後から覗き込む、鬼上司――桐島課長の姿があった。
え、嘘。いつからそこにいたの。
私の思考がフリーズする中、課長は眼鏡の位置を指先で直し、画面上のとある一点を凝視した。
そこにあるのは『R18』という真紅の警告タグ。
そして、私が書き連ねた『課長ソックリな男がヒロインを蹂躙する』濃厚な情事のシーンだ。
終わった――。
私の頭の中で、ガラガラとキャリアの崩れ去る音が響いた。
佐原ゆかり、二十四歳。広告代理店勤務。
少しだけ残業して帰るつもりだったのに、なぜこうなったのか。
私の趣味は、Web小説投稿サイトに自分の書いた作品を載せること。
それも、女性向けの官能小説に特化したサイト『ベルベット・ノベルズ』で、夜な夜な甘く激しい妄想を垂れ流しているのだ。
今日もふと良い案を思いついたので、「忘れないうちにちょっとだけ」とメモのつもりで書いていたら、残業の疲れでうっかり寝落ちしてしまったらしい。
最悪だ。よりによって、一番見られてはいけない相手に、一番見られたくない場面を。
「ふーん。佐原さん……こういうの、好きなんだ」
課長が私を見下ろして、ポツリと零す。
その声色は、怒っているようでも、呆れているようでもなく、どこか熱を孕んでいるようで――余計に怖い。
軽蔑された。絶対に引かれた。
いや、それどころか仕事中に会社のパソコンでこんな破廉恥なものを書いていたなんて、クビになっても文句は言えない。
真っ白になる頭で、必死に言い訳を探そうとした、その時だ。
課長が私の背もたれに手を突き、逃げ場を塞ぐようにして、耳元へ顔を寄せた。
「……へえ。『冷ややかな視線でネクタイを緩め、荒々しく唇を奪う』……か」
やめて。声に出して読まないで!
羞恥で顔から火が出るどころか、全身が沸騰しそうだ。死にたい。今すぐ舌を噛んで気絶したい。
けれど課長は逃がしてくれない。私の反応を楽しむように、わざとらしく低い声で、画面の文章を朗読し続ける。
「『もっと、奥まで……』。ふうん、君のそこ、そんなに深いんだ?」
「ち、ちが……っ!」
「――これ、俺だよね?」
確信に満ちた問いかけ。
眼鏡の奥の瞳が、獲物をねめつけるように妖しく光る。
恥ずかしすぎて言葉にならない私を、課長は冷ややかな目で見下ろした。
「……これほどのことを書いておいて、まさか『違います』なんて言わないよな?」
課長はスッと顔を離すと、不快そうに眉を寄せ、スーツの埃を払う仕草をした。
先ほどまでの艶っぽい雰囲気は消え失せ、いつもの――いや、いつも以上に冷酷な「鬼上司」の顔だ。
「上司を題材に、事実無根のわいせつ文書を作成し、ネット上に公開する。……これは立派な人権侵害だ。名誉毀損で訴えられても文句は言えないぞ」
「め、名誉毀損……ッ!?」
「それに、就業時間後のオフィス私的利用に、社内秩序を乱す行為。就業規則的にもアウトだ。……許せないな、これは」
淡々とした口調が、逆に怖い。
私の頭の中で、最悪のキーワードがぐるぐると渦を巻く。
『懲戒免職』『損害賠償』『社会的抹殺』――。
ああ、私の人生はここで終わるんだ。こんな破廉恥な理由で職を追われ、法廷に立つことになるなんて。
ガタガタと震えだした私に、課長は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、低い声で告げた。
「週末、空けとけよ」
「は、はい……?」
「まさか、この場で謝って済むと思ってるわけじゃないだろ。じっくり話を聞かせてもらうから」
それじゃあ、お疲れ――
そう言って颯爽と去っていく背中を、私はへたり込みながら見送ることしかできなかった。
(う、訴えられる……!? それとも査問委員会!?)
とんでもないことになった。
週末、私には鬼上司の制裁が待っている。
それが、想像を絶する『個人的な取り調べ』になるとも知らずに――私は絶望の淵で頭を抱えた。
◇
地獄のような数日間だった。
水、木、金。
会社での課長は、私に対して徹頭徹尾、事務的だった。
それが逆に怖い。「弁護士と相談中なのだろうか」「人事部で私の処遇が決定しているのだろうか」。
私の胃壁は荒れに荒れ、食事も喉を通らない。
夜な夜なパソコンに向かい、私は『退職願』の作成画面と睨めっこをしていた。
いっそ、自分から辞めると言った方が罪は軽くなるんじゃないか。
でも、退職理由になんと書けばいい?
『一身上の都合』?
それとも正直に『上司をオカズにした小説が本人にバレたため』?
……書けるわけがない。ハローワークで失笑される未来しか見えない。
結局、答えが出ないまま、運命の土曜日がやってきた。
私は葬儀にでも参列するような気持ちで、紺色の地味なワンピースに身を包み、駅前のロータリーに立っていた。
手には、デパ地下で一番高い老舗和菓子店の羊羹。
ネットで『上司 謝罪 手土産』と検索して出てきた、鉄板の品だ。これで許してもらえるとは思わないけれど、誠意は見せないといけない。
「はあ……胃が痛い……」
示談金はいくらになるんだろう。貯金で足りるだろうか。
最悪、親に土下座して借金するしかない――。
私が暗い妄想の海に沈みかけていた、その時だった。
ドロロロロ……ッ、という、腹の底に響くような重低音が近づいてきた。
駅前の喧騒の中でも異彩を放つその音に、周囲の人々が何事かと振り返る。
滑り込んできたのは、アスファルトを舐めるように車高が低い、漆黒のスポーツカーだった。
「うわ、すっげえ車」
「外車か? いくらすんだあれ」
通行人がざわめく中、その威圧的な車が、あろうことか私の目の前でピタリと停車した。
まさか。
いや、まさかそんな。課長は堅物で通っている人だ。もっとこう、国産のセダンとかに乗っているはずで――。
ウィイィン、と滑らかな音を立てて、助手席の窓ガラスが下りる。
運転席に座っていたのは、サングラスを外し、けだるげにこちらを見やる桐島課長その人だった。
「……乗れ」
短い命令と共に、ロックが解除される音がした。
私は羊羹の紙袋を握りしめ、震える足でその助手席へと乗り込んだ。
車は都心の一等地を風のように走り抜け、見上げるような高層タワーマンションの車寄せに停車した。
エントランスにはホテルのようなドアマンが立っている。
(……うわあ)
私は窓の外を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。
ここは港区の超高級エリア。芸能人や経営者が住むような場所だ。
助手席のドアが開けられ、降りるように促される。
「つ、着いたんですか? あの、ここは……」
「行くぞ」
課長は私の質問には答えず、慣れた足取りでガラス張りの自動ドアをくぐっていく。課長が何やらパネルを操作すると、内扉が開く。
私は慌てて羊羹の紙袋を抱き直し、小走りでその後を追った。
ロビーは静まり返り、高級なアロマの香りが漂っている。
コツ、コツ、とヒールの音を響かせながら、私は必死に頭を回転させた。
(てっきり会社の会議室か、カフェに呼び出されるんだと思ってたけど……)
こんな超高級マンションに用があるなんて。
あ、そうか。わかったぞ。
(弁護士事務所だ……!)
ドラマで見たことがある。敏腕弁護士は、こういうセキュリティの堅い高級マンションの一室に個人事務所を構えているものだ。
きっと、会社の顧問弁護士か何かがここに住んでいて、そこで私の処分についての話し合いが行われるに違いない。
法外な慰謝料を請求されるのだろうか。誓約書に血判を押させられるのかもしれない。
「…………」
エレベーターの中、課長は無言で階数ボタンを押した。
表示されたのは『35階』。最上階だ。
数字が増えていくにつれ、私の心拍数も跳ね上がっていく。
「入れ」
「し、失礼します……!」
格調高いドアが開かれ、私は緊張で直立不動のまま足を踏み入れた。
そこには――。
壁一面の窓から東京の絶景が見渡せる、モデルルームのように洗練された広大なリビングが広がっていた。
間接照明に照らされたイタリア製の革張りソファ。床にはふかふかのラグ。
どこをどう見ても『生活感のない、金持ちの家』だ。
(すごい……これが敏腕弁護士の事務所……!)
デスクや書類棚が見当たらないのが少し気になるけれど、最近のオシャレな事務所はこういうラウンジ風なのかもしれない。
私は入り口で靴を揃えながら (スリッパが高級すぎて履くのを躊躇った)、恐る恐る尋ねた。
「あの、先生は……弁護士の先生は、どちらにいらっしゃるんでしょうか」
「は?」
課長がネクタイを緩めながら、怪訝そうに振り返った。
ジャケットを脱ぎ、ソファの背もたれに無造作に放り投げる。
「誰だそれ」
「えっ? いや、だから……私の処分を決める、会社の顧問弁護士さんとか……」
「……」
課長はきょとんとした後、鼻で笑った。
そして、獲物を追い詰める捕食者の目で、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。
「残念だけど、ここには俺と君しかいないよ。……俺の家だから」
「お、俺の家……?」
思考が真っ白に染まった。
弁護士もいない。査問委員会のメンバーもいない。
密室。高層階。週末の昼下がり。
そして、目の前には、ネクタイを緩めて「オス」の顔を隠そうともしない上司。
(殺される……!)
いや、殺されはしないだろうけど、もっと恐ろしい目に遭わされる。
本能が警鐘を鳴らし、私は逃げ出したい衝動に駆られた。
けれど、ここで逃げたら本当に社会的抹殺だ。
私は震える手で、唯一の武器――いや、防具である紙袋を、突き出すように差し出した。
「あ、あのっ! これッ!!」
「……あ?」
課長が怪訝そうに眉をひそめる。
私は頭を下げ、精一杯の声を張り上げた。
「この度は、多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでしたッ! こ、これ、つまらないものですが……お納めください!!」
老舗の高級羊羹。
一本五千円もする、私の食費一週間分だ。
ネットの知恵袋には『謝罪の王道』と書いてあった。これを受け取ってもらえれば、少なくとも話を聞く態勢にはなってもらえるはず――。
課長は私と、差し出された紙袋を交互に見下ろした。
そして、ふっと鼻で笑う。
「……羊羹か」
「は、はい! 一番高いやつです!」
「へえ。俺の名誉と、君のキャリアの値段は、羊羹一本分ってわけだ」
「ひっ……!」
違う。そうじゃない。
弁解しようとする私の手から、課長はヒョイと紙袋を取り上げた。
そして、中身を確認することもなく、無造作に近くのソファへと放り投げた。
ボフッ、と鈍い音がして、私の五千円が沈む。
「あ……」
「そんな甘ったるいもんで、機嫌が直ると思うなよ」
課長が一歩、足を踏み出してくる。
私はじりっと後ずさったが、背中はすぐに壁にぶつかった。
逃げ場はない。
「こ、公私混同は良くないと思います! 処分なら、会社で正式に……」
「公私混同? 君が仕事中に俺で妄想してたのが始まりだろ」
ぐうの音も出ない正論。
課長は私の顔の横に手をつき、壁ドン――の体勢で私を閉じ込めた。
至近距離で見下ろされる瞳は、楽しそうに歪んでいる。
「言ったはずだぞ。『事実と違う捏造記事』の訂正をするって」
「で、でも、ここは課長の家ですし……」
「そうだよ。だから、誰にも邪魔されない」
課長の指先が、私のワンピースの胸元のリボンに触れた。
シュルリ、と。
布擦れの音がやけに大きく響いて、ほどけたリボンが力なく垂れ下がる。
「さあ、始めようか。佐原先生」
甘い羊羹なんて目じゃない。
もっと濃厚で、逃れられない『お詫び』の時間が始まろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です、これはあくまで創作活動で……!」
ほどけたリボンを必死に押さえ、課長の脇をすり抜けて後ずさった。
けれど課長は、じりじりと距離を詰めてくる。
その手には、いつの間にか取り出したスマートフォンが握られていた。
画面に映っているのは――もちろん、私の小説だ。
「創作? よく言うよ。ほくろの位置まで俺と同じ設定にしておいて」
「うっ……」
「それにさ。俺をモデルにしてたってことは、要するに……」
課長が足を止め、私の瞳を覗き込む。
「俺と『こういうこと』をしたかった。……違うか?」
「ち、違います! 決してそのような……っ!」
「嘘をつくな」
冷たい一喝と共に、トン、と肩を押された。
足がもつれ、私は背後のソファベッドにドサリと倒れ込んだ。
ふかふかの座面に体が沈む。起き上がろうとした瞬間、視界が影に覆われた。
「あ……」
覆い被さってきた課長の重みが、逃げ場を完全に奪う。
引き締まった肉体と、高級なコロンの香りが、私を包み込んでいた。
課長は私を押さえつけたまま、片手で器用にスマホを操作し、スクロールした。
「第三話。『彼はいきなり彼女をソファに押し倒すと、獣のような瞳で言った』……」
やめて。お願いだから読み上げないで。
羞恥で涙目になる私を無視して、課長は画面の文章と、眼下の私を見比べる。
そして、呆れたように鼻を鳴らした。
「『俺はもう我慢できない。お前が欲しい』……? なんだこの台詞。三流ドラマかよ」
「ううう……すいません、語彙力がなくてすいません……!」
「俺はこんなこと言わないよ。スマートじゃない」
課長はスマホを放り投げると、私の両手首を片手で容易く拘束し、頭上へと押し付けた。
小説の中の『彼』よりもずっと理性的で、けれどずっと残酷な力が、私の抵抗を封じる。
「俺なら、こう言うな」
課長の唇が、私の耳たぶを甘噛みした。
背筋に衝撃が走り、小さく身じろぎした私に、彼は低く囁く。
「……自分から脚を開くまで、絶対に触ってやらない」
「ッ!?」
「小説の中の俺は、ずいぶんと優しいみたいだけど。現実はそんなに甘くないぞ」
課長の指先が、私の太腿をなぞり上げる。
けれど、決して肝心な場所には触れようとしない。
焦らしと命令。
それが、本物の鬼上司による『訂正指導』の始まりだった。
「さて、次はどうなるのかな」
課長は私を片手で制圧したまま、もう片方の手で再びスマホを目の前にかざした。
スクロールする親指が、私の運命を決定していく。
「『彼は私のブラウスを乱暴に引き裂いた。ブチブチとボタンが弾け飛ぶ音が……』」
「ひっ、やっ、やめてください……!」
「……野蛮だなあ」
課長は心底呆れたように溜息をついた。
「俺は服を大事にする主義なんだ。君だって、これ安物じゃないだろ?」
「そ、そうですけど……あっ」
課長の指が、第一ボタンにかかった。
引き裂くのではなく、一つずつ、丁寧に、ゆっくりと外していく。
その遅さが、逆に怖い。
肌が露わになるたび、冷たい空気に触れて鳥肌が立つのを、課長の視線がじっくりと舐めるように確認していく。
「ほら、引き裂かなくても脱がせることはできる。……こっちの方が、君の震えが見て取れて興奮するしね」
「ううぅ……」
「次。『露わになった桜色の突起を、彼は親指で強引に擦り上げ……』」
読み上げられた瞬間、私は反射的に身を捩った。
そこは駄目。そこは私の弱点で、小説でも一番こだわって書いた性癖ポイントだ。
「強引に、か。芸がないな」
課長は私の胸元に手を伸ばす――かと思いきや、スルリと素通りさせた。
そして、無防備になった首筋に、熱い唇を寄せる。
「んっ!?」
「強引に触ればいいってもんじゃない。……ここ、弱いんだろ?」
チュッ、と音を立てて吸い上げられると同時に、敏感な耳の裏を舌先でなぞられた。
背骨に電流が走り、私の口から情けない声が漏れる。
「あ、んっ、う……!」
「ほら、声が出た。小説のヒロインより素直じゃないか」
課長は満足げに笑うと、再びスマホに視線を落とした。
最悪だ。まだ続くの?
「『彼女は既に、待ちきれないように腰をくねらせていた』。……ふうん?」
「ち、違います! くねらせてません!」
「『秘所は既に、蜜でぐしょ濡れになっていた』」
「ッ~~~~~~!!!」
読んでしまった。
一番恥ずかしい、一番聞かれたくない一文を、あのイイ声で、会議でプレゼンをする時のような流暢さで。
「……随分と自信満々な描写だね、佐原先生」
課長の目が、すうっと細められる。
彼は私の膝の間に強引に足を割り込ませ、スカートの裾に手をかけた。
「これが『創作 (フィクション)』なのか、それとも『ノンフィクション』なのか」
「や、待って、無理です……!」
「もし嘘だったら、『誇張表現』としてペナルティを追加しないとな」
抵抗する間もなかった。
課長の無遠慮な指先が、下着越しに私の敏感な場所をスッと撫で上げた。
ビクン! と身体が跳ねる。
「……あ?」
課長の指先が止まる。
一瞬の沈黙。
そして、彼はニヤリと、この世のものとは思えないほど意地の悪い笑みを浮かべた。
「すごいな。……ここだけは、小説の通りだ」
嘘。嘘でしょ。
信じたくない現実を突きつけられ、私はあまりの羞恥に顔を覆った。
「なんだ、俺としてみたかったんじゃん。……素直になればいいのに」
課長がスマホをサイドテーブルに放り投げる音がした。
カチャリ、とベルトを緩める金属音が、静かな部屋に響き渡る。
「じゃあ、答え合わせを続けようか。……朝までたっぷり、修正してやるから」
課長は再びスマホを持ち上げると、画面を見て「ぶっ」と吹き出した。
「……っ、ふ、ふっ……」
今、明らかに失笑した。鼻で笑った。
「『そして彼は服を脱ぎ捨て、聳え立つ楔を私に押し込んだ』……」
「……ッ!!!」
「聳え立つって。……くっ……ぷはッ!」
「うあああ……もう、もう許してください……!」
あまりの恥ずかしさに、私は枕に顔を埋めてジタバタと身悶えした。
深夜のテンションで書いたポエムのような表現を、憧れの上司に冷静に読み上げられる。
これは拷問だ。新手のハラスメントだ。
「それにさ、いきなり『押し込んだ』はないだろ。怪我するよ? 俺はそんな乱暴じゃない」
課長は呆れたように言うと、私の膝を割り、大きく左右に開かせた。
涼しい空気が、湿った下着ごしの秘所に触れる。
「まずは……味わわないとね」
「えっ、あ、ちょっ……ひゃあっ!?」
課長の顔が、私の股間へと埋もれた。
直後、下着の布地越しに、熱く湿った感触が押し当てられる。
舌だ。
課長の舌が、私のアソコを舐め上げているのだ。
「んっ、や、ああっ! かちょ、汚い、です……ッ!」
「汚くしてるのは君だろ」
課長は顔を上げると、濡れた唇を指で拭い、意地悪く笑った。
そして、邪魔な布切れを指先で少しずらす。
露わになった花弁に、今度は直接、熱い息が吹きかけられた。
「小説だとここ、数行で飛ばしてたけど。……一番大事な工程をサボっちゃ駄目だよ、佐原先生」
「あっ、あぁっ……!」
課長の舌が、敏感な突起をじゅるり、と吸い上げた。
全身が痺れるような快感が背骨を駆け上がり、私は弓なりに背中を反らせた。
逃げようとする私の腰を、課長の大きな手がガッチリと掴んで離さない。
「ん、ぅううっ! ひっ、ぁ……!」
声にならない喘ぎが漏れる。
下からは執拗な舌技で責められ、上からは無防備になった胸を、課長の空いている手で弄ばれる。
親指と人差指で、尖った先端をギリ、とつままれた。
「いっ、ああっ!」
「ほら、感じてる。小説の中のヒロインより、今の君の方がずっと可愛い声で鳴いてるよ」
課長の長い指が、胸のふくらみを捏ね回し、先端を弾く。
痛みと快感が混ざり合い、頭がおかしくなりそうだ。
「楔を入れるのは、ここがもっとドロドロに溶けてから。……君が泣いて『入れてください』って頼むまで、焦らしてあげる」
課長は再び顔を埋め、今度は先ほどよりも激しく、音を立ててそこを啜り始めた。
ジュプ、チュプ、という水音が、静かなリビングにいやらしく響き渡る。
「や、あ、おかしくなる、なっちゃう……ッ!」
私の拙い妄想なんて遥かに及ばない。
本物の『実演指導』によって、私は成す術もなくトロトロに溶かされていった。
「ん、あ、あっ……あ!?」
絶頂が目前に迫り、目の前が真っ白になりかけた瞬間――。
唐突に、その刺激は途絶えた。
課長が顔を上げ、身体を離したのだ。
熱源を失った私の身体が、ふわりと宙に浮いたような寂しさに襲われる。
私は焦点の定まらない目で、呆然と課長を見上げた。
「……え? か、ちょ……?」
「随分と気持ちよさそうな顔してるね。……まだ『本番』もしてないのに」
課長は濡れた口元を手の甲で拭うと、冷徹な観察者の目に戻って私を見下ろした。
私は呼吸を荒らげ、はしたなく大股を開いたまま、涙目で彼を求めることしかできない。
「う、あ……どして、やめるんですか……」
「どうしてって。君の小説だと、前戯はもう終わりなんだろ?」
課長はわざとらしく肩を竦めた。
「次の展開は『彼が楔を押し込む』だけど。……俺、気が変わっちゃった」
「そ、そんな……」
「だって、一方的に『押し込まれる』なんて、君は被害者みたいじゃないか。俺は合意の上でしたいんだよ」
課長の手が、私の太腿の内側をツーッとなぞる。
けれど、決して奥には触れてくれない。
生殺しだ。身体の芯が疼いて、おかしくなりそうだ。
「で? どうして欲しいの?」
課長は私の顔を覗き込み、意地悪く口角を上げた。
「黙ってちゃ分からないな。……お願いしないと、もう終わりだよ?」
「っ!!」
「このまま服着て、羊羹持って帰る? それとも、続きをする?」
究極の二択。
けれど、今の私に「帰る」という選択肢なんて残されているはずがない。
こんなに濡らされて、火を点けられて、このまま放置されるなんて耐えられない。
「し、したい……です……続き、を……」
「続きって? ちゃんと言わないと分からないな」
課長は楽しんでいる。完全に私をコントロール下に置いて、弄んでいる。
私は羞恥で熱くなった顔をさらに赤く染め、震える唇を開いた。
「課長の……が、欲しいです……」
「俺のなに? まさか『聳え立つ楔』?」
「ち、違いますっ! そういうのじゃなくてっ……!」
またその単語を蒸し返され、私は涙を滲ませて首を横に振った。
もう、格好つけてる余裕なんてない。
私は意を決して、目の前の「雄」に懇願した。
「課長の……大きいの、入れてください……ッ! 奥まで、めちゃくちゃにしてください……!」
言ってしまった。
憧れの上司に向かって、こんな馬鹿みたいに素直で、恥ずかしい言葉を。
けれど課長は、その言葉を聞いた瞬間、満足そうに目を細めた。
「……よく言えました。大変よろしい」
「あ、んっ……!」
ズチュッ、と一際いやらしい音を立てて、指を一つ、私の蜜壺に沈める。
「じゃあ、望み通りにしてあげる」
課長がベルトを解き、硬く熱り立った欲望を露わにする。
小説の描写なんて目じゃない、凶悪な現実がそこにあった。
私はヒッ、と息を呑んで後ずさろうとしたけれど、課長の大きな手が私の腰をガシッと掴んで逃がさない。
「……逃げるなよ。全部、受け止めてもらうから」
課長は獰猛な笑みを浮かべると、自身の熱を、濡れそぼった私の入り口へとあてがった。
「……っ、ぐ、うぅ……っ!」
課長のそれが、私の奥へ奥へと侵入してくる。
大きい。あまりにも大きすぎる。
私の書いた小説の中の「彼」も大概なサイズ設定にしていたけれど、現実の質量は想像を絶していた。
ミチミチと音がしそうなほど押し広げられ、私は手をギュッと握りしめて耐えるしかない。
「……きっつ。すごいな、これ」
課長が苦しげに、けれど歓喜を含んだ声を漏らす。
根本まで収まった瞬間、私の身体の芯が、彼の熱で完全に満たされた。
「は、ぁ……あ、ぁ……」
「どう? 感想は?」
課長が私の汗ばんだ前髪を払い、意地悪く聞いてくる。
「『身体が裂けるような痛み』だっけ? 小説だと」
「ひっ、あ、そ、それは……!」
「嘘だね。こんなに吸い付いてくる。……喜んでるじゃないか」
課長が腰を引いて、勢いよく打ち付けた。
ズンッ!! と、お腹の底を突き上げられるような衝撃。
「あッ!? ひ、あぁっ!!」
「ほら、いい声」
一度スイッチが入った課長は、もう止まらなかった。
私が「大きいの」と言ったのが気に入ったのか、執拗に深さを確かめるように、激しく、重く腰を振るってくる。
「あん、あっ、や、すごい、すごいです……ッ!」
「小説の『彼』より? 俺の方がすごい?」
「んっ、はい! 課長のほうが、いいっ、です……ッ!」
言わされているのか、本心なのか、もうわからない。
ただ、敏感な場所を容赦なく擦り上げられ、頭が真っ白になっていく。
「あ、だめ、くる、きちゃう……ッ!」
「いけば? 俺が許可する」
課長はペースを緩めるどころか、さらに深く、グリリと最奥を抉った。
「小説みたいに、可愛く鳴いてイってみろよ」
「あ、あああああーーーーッ!!」
視界が弾けた。
私は課長の背中に爪を立て、身体を弓なりに反らせて絶頂を迎えた。
あまりの快感に、目の前がチカチカと明滅する。
けれど。
「……終わり?」
私が脱力して息を整える間もなく、課長は私の腰を再び強く掴んだ。
体内に残った彼の熱が、再び大きくなるのがわかる。
「小説だとここで事後 (ピロートーク)だったけど……」
課長はニヤリと笑い、耳元で悪魔のように囁いた。
「言っただろ? 朝まで帰さないって。……原稿用紙百枚分くらい、たっぷりと可愛がってあげるから」
休む間もなく、二回戦目の波が押し寄せてくる。
私の「実演指導」は、まだ始まったばかりだった――。
◇
チュン、チュン……なんて可愛らしい小鳥のさえずりは聞こえない。
代わりに、カーテンの隙間から差し込む容赦ない直射日光が、私の瞼を焼いていた。
「う……ん……」
重い瞼を開ける。
知らない天井。いや、知っている。昨晩、散々見上げさせられた、課長の家の天井だ。
起き上がろうとして、私は「ひぐっ」と変な声を上げてベッドに沈んだ。
身体が、動かない。
腰は砕けそうだし、股関節は悲鳴を上げているし、何より全身が気だるい。
『原稿用紙百枚分』という言葉は、比喩でも何でもなかったらしい。私は昨夜、何度意識を飛ばし、何度起こされたことか。
「……お目覚めかな、佐原先生」
爽やかな声に振り返ると、サイドテーブルにコーヒーを置く桐島課長の姿があった。
昨日の獣のような男はどこへやら。
洗いざらしの白シャツにスウェットという、無駄に爽やかでラフな格好が、朝の光に似合いすぎていて腹が立つ。
どうしてこの人は、あんなに運動した後でこんなに涼しい顔をしているんだろう。
「あ、おはようございます……」
「顔、洗ってくる? 朝食できてるけど」
「朝食……?」
「フレンチトースト。甘いもの、好きだろ」
課長が私の頬を、親指で愛おしそうに撫でる。
その指は、昨夜私を散々泣かせた指だ。
思い出しただけで顔が沸騰しそうになり、私は慌てて毛布を頭まで被った。
「ど、どうも……」
「ふっ。……昨日の夜は、あんなに大胆だったのにね」
くつくつと喉を鳴らして笑う気配がする。
悔しい。完全に遊ばれている。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
少なくとも、昨日のような「クビになるかも」という恐怖はもうない。あるのは、共犯者めいた甘い空気だけだ。
私は観念して毛布から顔を出し、ボサボサの頭で尋ねた。
「あの……私、訴えられないんですか?」
「訴える? 誰を?」
「だから、課長が……」
「ああ、名誉毀損の話?」
課長はコーヒーを一口飲むと、悪戯っぽく片目を閉じた。
「示談成立、ってことでいいよ。昨晩の『実演指導』の出来栄えに免じて」
「~~~~ッ!」
「それに、君にはこれからもしっかり働いてもらわないと困るしね」
課長はベッドサイドに置いてあった私のスマホを手に取り、ポイと私に投げ渡した。
画面には、いつもの投稿サイト『ベルベット・ノベルズ』のマイページが表示されている。
「え?」
「読んだよ、他の作品も。……全体的に、経験不足だね」
課長はベッドの縁に腰掛け、私の顔を覗き込んだ。
その目は、昨夜私を組み敷いた時と同じ、妖しく光る捕食者の目だった。
「だから、俺が専属モデルになってあげる」
「は……はい?」
「次の新作のプロットだけど。……『残業中の給湯室』とか、どう? スリルがあって燃えると思うけど」
「きゅ、給湯室!?」
「あるいは『出張先の温泉宿』も捨てがたいな。……取材、いつ行く?」
課長の手が、毛布越しに私の太腿をなぞる。
身体の奥が、条件反射のように疼いた。
終わりだ……。
私の平穏な日々も、妄想だけで完結していた平和な作家生活も、これにて終了だ。
これからは、このドSな鬼上司による、身体を張ったスパルタ取材が待っている。
「返事は?」
「……はい、喜んで」
私のひきつった、けれど満更でもない返事を聞いて、課長は満足そうに微笑んだ。
そして、朝食のフレンチトーストよりも甘いキスを、私の唇に落とした。
25
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる