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番外編
番外1 もふもふの欲求と、狼男の矜持
しおりを挟む子供がぬいぐるみを抱き締めるように、可愛いものは抱き締めたくなる。
抱き締めるとは愛情表現であり、感情の発露だ。
ラナは動物が好きだった。動物は自分――人間とは違う顔の造形をしている。円らな瞳、顔のバランス、個性溢れる愛らしい耳。そしてこの世界の獣人たちは動物の血を引いて、二足歩行をしている以外は殆どその動物と同じ見た目をいるのだから、みんな可愛い。
その獣人たちからラナは、希少な人間として珍しがられるのは困ったが。
同僚の猫の獣人のミュカにだって、ラナは許されるなら抱き着いて可愛い可愛いと無限に言いたい。しかし同僚であり友人にそんなことをされたら普通は嫌だろう。それはラナとてわかるため、日々我慢している。
ラナが何故実家を出てこの街に流れ着いた理由もそこにある。義兄弟のチンチラたちがあまりに可愛く、ラナは毎日可愛い可愛いと抱き締めていた。するとそれを聞き飽きた育ての親のチンチラ母から、そんなに甘やかしていたら子供が健全に育たないからやめてくれと言われたからだ。
――嗚呼、もふもふ、抱き締めたい。
恋人のリゲルに頼めば狼の獣人の姿になってくれるが、以前、可愛いと言うとイヌ扱いしているだろと言われたように、恐らくラナ流の愛情表現をすると嫌がるだろう。狼男として可愛いと思われるのは心外なのだろうとラナは我慢していた。
本当は狼姿のリゲルを抱き締めて撫でまくり、もふもふしたい。
休日。暖かな日の光の差す時間。ラナは近くの川から引いている水で洗濯を終えた。
「はぁ……」
洗濯物を干しながらも、もふもふへの欲求不満で溜息が漏れる。
どこかに思い切りもふもふさせてくれる存在はいないだろうか――。
そんな時、ガサッと森の茂みから気配がした。
驚いたラナがそちらを見ると、一頭の狼がいた。まだ大人になりたてのような若い顔をした狼だ。リゲルの友達のルーによく似ているのは気のせいだろうか。
「あら、狼さん。ルーくんじゃないよね。ルーくんの子供?」
「わふ」
尋ねると狼はそうだと言わんばかりに鳴き、それならば安全だとラナは洗濯物を入れていた籠を横に置いた。
近くの切り株に座っておいで、と手招きする。
若い狼が寄ってきて、ラナの匂いを一頻り嗅ぐとリゲルやルーの匂いを嗅ぎ取ったのか、安心したように膝に顎を乗せた。
「あら、撫でてもいいの?」
狼はまたわふ、と小さく鳴いた。
その大きな頭に手を乗せて撫でると狼は気持ちよさそうに目を閉じた。突き出たマズルの上や眉間、耳の根元を筋肉を解す様に撫で、顔の周りをマッサージするように撫でる。気に入ったのか、狼は顔を動かして痒いところを掻いてもらおうとしていた。
「ああ~~可愛い、可愛いねぇ~♡」
わしゃわしゃとその顔をめちゃくちゃに撫でまくっても、狼は文句も言わずされるがままになっている。
そしてついには狼は腹を天に向け、もっと撫でろと要求した。そのまま白い毛に覆われたお腹を大きく手を動かして撫でる。
「んぁ~~可愛い~!♡ どうしてそんなに可愛いの~♡ 綺麗なお目めに凛々しいマズルに耳、最高だねぇ~~♡♡」
ラナは地面に膝をつき、狼の首元に抱き着くように顔を埋めていた。日向ぼっこをしていたのか、お日様のようなにおいと獣臭い匂いが堪らない。
もふもふ成分を補充していると、ラナが洗濯もの干しからなかなか戻らないことを心配したリゲルが顔を出した。
なにをしているのかと思えば、そこには狼に抱き着いていて猫なで声で褒め称えている己の番の女。
リゲルはラナと目が合い、お互い時が止まったように制止して無言になった。
「ラナちゃん、なにしてんの」
「狼さんを撫でてただけ……だけど……」
「それにしては随分と楽しそうな声が聞こえた気がするけど。ほら、こんなにオレ以外の匂い付けてさ」
リゲルは強引にラナの腕を掴んだ。その体に鼻を近付けなくてもわかるほど狼の匂いが付いている。こんなの浮気だ。
そのままラナを引っ張って家に戻る。
「あ、リゲルっ、怒ってる? もふもふを補給してただけだからっ!」
「もふもふを補給ねぇ。撫でたいならオレを撫でたらいいだろ」
ムス、と唇を尖らせて拗ねるリゲルは可愛いが、彼の言う撫でるでは足りないのだ。
「だって、リゲル可愛いって言われるの嫌いでしょ……」
「他の男を撫でられるくらいなら我慢するさ」
「他の男って……」
四つ足の狼でも男扱いするのかとラナは苦笑する。
リゲルはラナをカウチに連れて行き、シャツを脱いで手で彼女の目を隠す。
ラナの目の前には銀色の体毛が美しい狼の姿のリゲルが現れた。
「ほら、好きにしなよ」
「そんな……」
リゲルは床に膝を付き、さっきの狼のようにラナの膝の前で見上げている。
こういうのはお互い自然体の時だからやれるのであって、身構えられると物凄く気恥ずかしい。
「あいつにはできてオレにはできねーの?」
躊躇うラナに、リゲルが不満そうに膝に顎を乗せた。
「じゃあ、可愛いって言われるの嫌だって言わないでよ」
ラナはリゲルの頬に触れるとそのふかるかの毛に手が埋まる。少し長い毛の、ふかっとした密集感のある手触りを楽しみ、柔らかい耳をむにむにと手で弄ぶ。そうして撫でていると、だんだんラナもその気になってきて、ただの狼を撫でているような気持になってくる。
「やきもち妬いちゃったの? 私の狼さん」
可愛い、可愛いと言って撫で、その額に口付け、頭を抱き締めた。ただ好きにされることに我慢できなかったリゲルはラナの体を引き寄せ、床に仰向けに転がる。
「きゃっ」
ラナはリゲルのお腹に寝そべる形になった。豊かな胸の毛に顔を埋め、その毛を撫でる。リゲルの匂いが鼻腔を通り、肺を満たすと心まで満たされるようだった。
「ふふ、ふかふか。好き、大好き。可愛い」
リゲルは可愛いと言われるのは心外だったが、甘やかされるのは悪くはない気分だった。
優しく頭を撫でられると、かつて母にそうされていたことを思い出す。
だが若い衝動は可愛いと愛玩目的で撫でられるだけをよしとしない。その甘い声、匂い、柔らかな身体が密着して、それを欲しないでいるということは、到底無理な話だった。
「なあ、だめ?」
リゲルがラナの腰に触れ、尻にかけてのラインをなぞる。
こうなってしまうと、ラナの求めているもふもふとは違ってしまう。
もふもふとは、癒やしなのだ。そこに性的な意味を欲してはいない。
「この姿じゃだめ」
「えー、どうして」
「床やベッドが大変なことになるから!」
最初の満月の夜以来、狼の姿での交尾をラナは禁止している。床やベッドがビシャビシャになってしまっては後始末が大変で困るからだ。
リゲルはその事を少し不服に感じていたが、サイズ的にもラナに負担がかかるのはわかる。だからいつもは人の姿になって行為をするようにしている。
「あ、戻っちゃうの?」
「こっちの姿ならいいんだろ?」
ラナの目を隠し、リゲルは人の姿に戻る。
起き上がって軽々とラナを抱き上げるとベッドへ運ぶ。
さっきまで好きに可愛がらせたのだから、今度はこっちから好きに可愛がらないと平等ではない。
そして、ルーの子供の匂いが付いてしまったのだから、それを上書きせねばならない。
「オレも、ラナのこと補給させてもらわねーと」
「え……ええ~……」
ラナが逃げられないよう覆い被さり、リゲルは不敵に口角を上げた。
ラナはこうなるからリゲルをもふれないのだと言いたかったが、その言葉は熱い口付けに飲まれてしまった。
その後、リゲルに嫌と言うほど可愛がられてマーキングされたラナは、暫く遊びに来る狼たち警戒されて近付かれることがなく、またもふもふの欲求不満に苛まれた。
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