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今までありがとう
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☆☆☆
絢愛に連れられてやってきたのは、駅前のカフェだった。私たちが星花に入学するだいぶ前からあったらしいこの喫茶店は、美味しいケーキが有名でよく星花学生の溜まり場になっている。──といっても、学生にとっては少しお値段が張るので、入り浸っているのは大概裕福な生徒たち。私たちも大事な話がある時とか、なにか大仕事をした後とか、特別な時しか来れない。
レトロモダンのオシャレで少し広めの店内は今日も星花学生がちらほらと見受けられる。私たちは店員さんに示された奥のボックス席についた。
「ナイスぅ、内緒話にはもってこいだね」
「いったい何の話をするつもりなの……」
「まあまあ焦るでないよ。とりあえず好きなもの頼んで? 付き合わせた手前今日は奢るからさ」
絢愛の正面に沙樹、その隣に私が座り、それぞれメニューを眺める。うーん、しばらく来てなかったけど、あまり代わり映えがしないなぁ。
結局、私はイチゴのショートケーキにホットココア、沙樹はコーヒーゼリーにレモネード、絢愛はモンブランにダージリンティーを注文した。
「さきりん、奢るって言ってるんだから遠慮しなくていいんだよ? もっと高そうなケーキを選んでも……」
「僕はここのコーヒーゼリーが好きなんだよ。ダメかい?」
「あっそ、まあいいけど」
運ばれてきたケーキや飲み物に手をつけながら、私たちは絢愛が本題を切り出すのを待った。が、なかなか絢愛は本題に入ろうとせず、散発的な世間話をいくつか挟んでいるうちに、私はケーキを食べ尽くしてしまった。正直、絢愛の話が気になって美味しさが二割減だ。でも、とても急かすような気にはなれない。
沙樹がレモネードを飲み干した頃になって、ようやく絢愛は身を乗り出し、本題に入る姿勢を見せた。
「あのさ二人とも……」
「なあに?」
「今までありがとうね……」
「どうしたの急に」
絢愛が打って変わって真剣なトーンで言うものだから、私は反応に困ってしまった。まるで、別れを覚悟しているかのような……。少しだけ、嫌な予感がした。
「ま、まさか絢愛……中学卒業したら転校とかそんなこと言い出すんじゃ……」
「え? いや違うよ?」
「はぁ?」
「ただ、二人には今まで本当にお世話になったからさ。いい機会だからお礼言っとかないとなって」
「な、なんだぁ……心配して損した」
「全く、どういう風の吹き回しだいあやめちゃん?」
一瞬にして胸の中に広がった不安感を押し込めて、私はわざと明るい声を出した。沙樹ですら、少し意外そうな顔をしている。
「私ね、高校に進学してもまた生徒会に入ろうと思うんだ。だからさ……」
「……?」
「さきりんとたまきんも一緒についてきてくれるかな……?」
なるほど、そういうことか。高校生徒会といえば、新たにアイドルの見滝百合葉先輩が会長を務めることになったし、メンバーも中等部と異なり有名人も多い。中等部生徒会長だった絢愛は、その中で上手くやっていけるか不安らしい。
気心の知れた私や沙樹がいればまた三人で力を合わせて頑張れる。……絢愛もああ見えて結構小心者で寂しがり屋なところもあるのだ。
「そうだねぇ……。まあ僕はどうせ入りたい部活もないし、生徒会であやめちゃんのサポートを続けるのもやぶさかではないよ」
「たまきんは?」
「た、タマは……!」
私は正直悩んでいた。確かに絢愛や沙樹と生徒会を続けるのもいいかもしれない。でも、新しいことにも挑戦したい。料理部に入って、新しい友達も作りたい。
絢愛はきっと私と一緒にいたいんだろう。私のこと気に入ってくれてるみたいだし、それは素直に嬉しい。私は自分のやりたいことを優先させちゃっていいのかなって思う。だって、私は絢愛の親友だということに変わりはないのだから。
少し悩んだ後、私は意を決して口を開いた。
「ごめんなさい。タマはやっぱり生徒会に入るのは難しいかも……」
「えっ!? なんで……! どうして……?」
「タマは料理部に入部しようと思ってるの。なにも取り柄のないタマだけど、何か一つできることがあったらいいなって。部の雰囲気も良さそうだし、顧問のさくら先生は優しそうだし……」
「ええ~……せっかく三年かけて仲良くなったのに~」
「あはは、ゴメンね。でも、タマはこれからもずっと絢愛の親友だよ」
「……うん、わかった。じゃあしょうがないね。無理強いはできないもん。ごめんね。変なこと言って」
「ううん、気にしないで。それよりさ、もうすぐテストもあるんだから勉強しないとダメだよ。このままだと内申に響くんじゃない?」
「あーそれなら大丈夫。たまきんと違って私は優等生ですので」
「はえぇ……さすが」
気まずくなったのと、早くこの雰囲気から脱出したかったのとで咄嗟に話題を逸らしてしまった。
優等生で指定校推薦を狙っている絢愛だけど、テストは全く不安じゃないらしい。生徒会長として文化祭にかかりきりだったというのに、いつ勉強したのだろうか? やっぱり私と絢愛じゃあ頭のスペックが違いすぎるようだ。
「にしても、成長したよねたまきんも……」
「ん?」
突然、しみじみと絢愛はそんなことを言い始めた。
「だって、いつものたまきんなら私たちに釣られてホイホイついてくるはずだもん」
「人を犬かなにかみたいに……」
「私、たまきんのことずっと可愛いマスコットだと思ってた。……でも違ったのね」
「……」
「ごめんね、今まで」
「いや、もういいんだよそれは……」
「私、たまきんの気持ち考えてなかったかも」
「いいの、悪気はないんでしょ?」
どうやら絢愛は、私が絢愛たちと袂を分かったのは絢愛が私のことを弄っていたのが原因だと思っているらしい。そんなことは全くないのに。強がっていてもやっぱり絢愛は三人で生徒会に入りたいようだ。
「でも……!」
「タマちゃんが変わったのはあやめちゃんのせいじゃないさ」
助け舟を出したのは沙樹だった。絢愛の肩に優しく手を置き、いつもの落ち着いたトーンで語りかける。
「バカにされたから見返したいとか、そんなネガティブなものじゃない。──強いて言うならそう。……恋だよ」
「恋?」
「ちょっ!? 何を言い出すの沙樹!?」
私が慌てて遮るのも構わずに、沙樹は甘々で小っ恥ずかしい話を始める。
「恋の経験がタマちゃんを変えた。喜んで、悩んで、色々な経験をするうちにタマちゃんは自分の殻を破って大人になったんだ」
「沙樹っ!」
沙樹の目の前で手を大きく振って止めようとする。きっと私の顔は真っ赤に染まっていただろう。そんな私の様子を見て、絢愛と沙樹はくすくすと笑った。
「そっかぁ。そうだったんだね。……それはそれで何か妬けちゃうなぁ」
「あぁ、でも親友よりも恋人の方が明らかに影響力が強いものさ」
「やめて二人とも!?」
これ以上騒ぐと周りの迷惑になってしまう。私が慌てると、やっぱりそれも面白いらしく、二人はにこにこと微笑ましい笑みを浮かべている。
「頑張れたまきん!」
「僕たちはタマちゃんの幸せを願っているよ」
「……が、がんばる」
「よーし、それでこそ私たちのたまきん!」
「いつからタマは絢愛のものになったの!」
「最初から? たまきんはみんなのたまきんだからねー」
「なにそれ!」
よかった。いつもの私たちだ。
今日で中等部生徒会の活動はひとまず区切りを迎え、明日からは私たち抜きの新体制が始まる。高等部生徒会に入らないことを決めた私と、絢愛や沙樹がこうして集まることはもう無いかもしれない。また、こうして仲良く戯れることも、機会は否応なく減ってしまうだろう。
でも、私は絢愛や沙樹と出会ってよかったと思った。確かにマスコットとして弄られるのは恥ずかしいけど、それで皆が笑ってくれるなら多少は……報われている気がする。
「それにしても羨ましいなぁたまきんは。ねぇさきりん、私たちも付き合っちゃう?」
「そうだね。そろそろ頃合かな? 僕は全然構わないよ」
「えっ、二人って付き合ってたの!?」
「いや? でも、生徒会が一段落したら付き合おうかなって話はしてたの」
「あやめちゃんがどうしてもって言うからねぇ……」
「べ、別にそんなこと言ってなかったしぃ!?」
「おやおやー? この前泣きながら懇願してきたじゃ──」
「うわぁぁぁぁっ! それ以上はダメぇぇぇぇっ!」
今度は絢愛が慌てる番だった。
私も正直びっくりしたけれど、モテそうな沙樹に一切浮ついた話がなかった理由が何となくわかったかもしれない。きっと絢愛が離してくれなかったのだ……ずっと。二人ならお似合いのカップルになると思う。
「お、お幸せにね……」
「なーに上から目線なのたまきん!」
「えぇぇぇっ……」
三年の付き合いで、恐らく初めての恋バナのようなものをしながら私たちは帰路についた。その時間は楽しかったし、少しだけ気持ちが揺れたけれど、私はやっぱり高等部生徒会には入らないことにした。──二人の邪魔になっちゃうかもしれないしね。
絢愛に連れられてやってきたのは、駅前のカフェだった。私たちが星花に入学するだいぶ前からあったらしいこの喫茶店は、美味しいケーキが有名でよく星花学生の溜まり場になっている。──といっても、学生にとっては少しお値段が張るので、入り浸っているのは大概裕福な生徒たち。私たちも大事な話がある時とか、なにか大仕事をした後とか、特別な時しか来れない。
レトロモダンのオシャレで少し広めの店内は今日も星花学生がちらほらと見受けられる。私たちは店員さんに示された奥のボックス席についた。
「ナイスぅ、内緒話にはもってこいだね」
「いったい何の話をするつもりなの……」
「まあまあ焦るでないよ。とりあえず好きなもの頼んで? 付き合わせた手前今日は奢るからさ」
絢愛の正面に沙樹、その隣に私が座り、それぞれメニューを眺める。うーん、しばらく来てなかったけど、あまり代わり映えがしないなぁ。
結局、私はイチゴのショートケーキにホットココア、沙樹はコーヒーゼリーにレモネード、絢愛はモンブランにダージリンティーを注文した。
「さきりん、奢るって言ってるんだから遠慮しなくていいんだよ? もっと高そうなケーキを選んでも……」
「僕はここのコーヒーゼリーが好きなんだよ。ダメかい?」
「あっそ、まあいいけど」
運ばれてきたケーキや飲み物に手をつけながら、私たちは絢愛が本題を切り出すのを待った。が、なかなか絢愛は本題に入ろうとせず、散発的な世間話をいくつか挟んでいるうちに、私はケーキを食べ尽くしてしまった。正直、絢愛の話が気になって美味しさが二割減だ。でも、とても急かすような気にはなれない。
沙樹がレモネードを飲み干した頃になって、ようやく絢愛は身を乗り出し、本題に入る姿勢を見せた。
「あのさ二人とも……」
「なあに?」
「今までありがとうね……」
「どうしたの急に」
絢愛が打って変わって真剣なトーンで言うものだから、私は反応に困ってしまった。まるで、別れを覚悟しているかのような……。少しだけ、嫌な予感がした。
「ま、まさか絢愛……中学卒業したら転校とかそんなこと言い出すんじゃ……」
「え? いや違うよ?」
「はぁ?」
「ただ、二人には今まで本当にお世話になったからさ。いい機会だからお礼言っとかないとなって」
「な、なんだぁ……心配して損した」
「全く、どういう風の吹き回しだいあやめちゃん?」
一瞬にして胸の中に広がった不安感を押し込めて、私はわざと明るい声を出した。沙樹ですら、少し意外そうな顔をしている。
「私ね、高校に進学してもまた生徒会に入ろうと思うんだ。だからさ……」
「……?」
「さきりんとたまきんも一緒についてきてくれるかな……?」
なるほど、そういうことか。高校生徒会といえば、新たにアイドルの見滝百合葉先輩が会長を務めることになったし、メンバーも中等部と異なり有名人も多い。中等部生徒会長だった絢愛は、その中で上手くやっていけるか不安らしい。
気心の知れた私や沙樹がいればまた三人で力を合わせて頑張れる。……絢愛もああ見えて結構小心者で寂しがり屋なところもあるのだ。
「そうだねぇ……。まあ僕はどうせ入りたい部活もないし、生徒会であやめちゃんのサポートを続けるのもやぶさかではないよ」
「たまきんは?」
「た、タマは……!」
私は正直悩んでいた。確かに絢愛や沙樹と生徒会を続けるのもいいかもしれない。でも、新しいことにも挑戦したい。料理部に入って、新しい友達も作りたい。
絢愛はきっと私と一緒にいたいんだろう。私のこと気に入ってくれてるみたいだし、それは素直に嬉しい。私は自分のやりたいことを優先させちゃっていいのかなって思う。だって、私は絢愛の親友だということに変わりはないのだから。
少し悩んだ後、私は意を決して口を開いた。
「ごめんなさい。タマはやっぱり生徒会に入るのは難しいかも……」
「えっ!? なんで……! どうして……?」
「タマは料理部に入部しようと思ってるの。なにも取り柄のないタマだけど、何か一つできることがあったらいいなって。部の雰囲気も良さそうだし、顧問のさくら先生は優しそうだし……」
「ええ~……せっかく三年かけて仲良くなったのに~」
「あはは、ゴメンね。でも、タマはこれからもずっと絢愛の親友だよ」
「……うん、わかった。じゃあしょうがないね。無理強いはできないもん。ごめんね。変なこと言って」
「ううん、気にしないで。それよりさ、もうすぐテストもあるんだから勉強しないとダメだよ。このままだと内申に響くんじゃない?」
「あーそれなら大丈夫。たまきんと違って私は優等生ですので」
「はえぇ……さすが」
気まずくなったのと、早くこの雰囲気から脱出したかったのとで咄嗟に話題を逸らしてしまった。
優等生で指定校推薦を狙っている絢愛だけど、テストは全く不安じゃないらしい。生徒会長として文化祭にかかりきりだったというのに、いつ勉強したのだろうか? やっぱり私と絢愛じゃあ頭のスペックが違いすぎるようだ。
「にしても、成長したよねたまきんも……」
「ん?」
突然、しみじみと絢愛はそんなことを言い始めた。
「だって、いつものたまきんなら私たちに釣られてホイホイついてくるはずだもん」
「人を犬かなにかみたいに……」
「私、たまきんのことずっと可愛いマスコットだと思ってた。……でも違ったのね」
「……」
「ごめんね、今まで」
「いや、もういいんだよそれは……」
「私、たまきんの気持ち考えてなかったかも」
「いいの、悪気はないんでしょ?」
どうやら絢愛は、私が絢愛たちと袂を分かったのは絢愛が私のことを弄っていたのが原因だと思っているらしい。そんなことは全くないのに。強がっていてもやっぱり絢愛は三人で生徒会に入りたいようだ。
「でも……!」
「タマちゃんが変わったのはあやめちゃんのせいじゃないさ」
助け舟を出したのは沙樹だった。絢愛の肩に優しく手を置き、いつもの落ち着いたトーンで語りかける。
「バカにされたから見返したいとか、そんなネガティブなものじゃない。──強いて言うならそう。……恋だよ」
「恋?」
「ちょっ!? 何を言い出すの沙樹!?」
私が慌てて遮るのも構わずに、沙樹は甘々で小っ恥ずかしい話を始める。
「恋の経験がタマちゃんを変えた。喜んで、悩んで、色々な経験をするうちにタマちゃんは自分の殻を破って大人になったんだ」
「沙樹っ!」
沙樹の目の前で手を大きく振って止めようとする。きっと私の顔は真っ赤に染まっていただろう。そんな私の様子を見て、絢愛と沙樹はくすくすと笑った。
「そっかぁ。そうだったんだね。……それはそれで何か妬けちゃうなぁ」
「あぁ、でも親友よりも恋人の方が明らかに影響力が強いものさ」
「やめて二人とも!?」
これ以上騒ぐと周りの迷惑になってしまう。私が慌てると、やっぱりそれも面白いらしく、二人はにこにこと微笑ましい笑みを浮かべている。
「頑張れたまきん!」
「僕たちはタマちゃんの幸せを願っているよ」
「……が、がんばる」
「よーし、それでこそ私たちのたまきん!」
「いつからタマは絢愛のものになったの!」
「最初から? たまきんはみんなのたまきんだからねー」
「なにそれ!」
よかった。いつもの私たちだ。
今日で中等部生徒会の活動はひとまず区切りを迎え、明日からは私たち抜きの新体制が始まる。高等部生徒会に入らないことを決めた私と、絢愛や沙樹がこうして集まることはもう無いかもしれない。また、こうして仲良く戯れることも、機会は否応なく減ってしまうだろう。
でも、私は絢愛や沙樹と出会ってよかったと思った。確かにマスコットとして弄られるのは恥ずかしいけど、それで皆が笑ってくれるなら多少は……報われている気がする。
「それにしても羨ましいなぁたまきんは。ねぇさきりん、私たちも付き合っちゃう?」
「そうだね。そろそろ頃合かな? 僕は全然構わないよ」
「えっ、二人って付き合ってたの!?」
「いや? でも、生徒会が一段落したら付き合おうかなって話はしてたの」
「あやめちゃんがどうしてもって言うからねぇ……」
「べ、別にそんなこと言ってなかったしぃ!?」
「おやおやー? この前泣きながら懇願してきたじゃ──」
「うわぁぁぁぁっ! それ以上はダメぇぇぇぇっ!」
今度は絢愛が慌てる番だった。
私も正直びっくりしたけれど、モテそうな沙樹に一切浮ついた話がなかった理由が何となくわかったかもしれない。きっと絢愛が離してくれなかったのだ……ずっと。二人ならお似合いのカップルになると思う。
「お、お幸せにね……」
「なーに上から目線なのたまきん!」
「えぇぇぇっ……」
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