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こうたい
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「もう──終わりにしましょう」
わたしを中等部校舎の屋上に呼び出したお姉さまは、おもむろにそう口にした。嫌な汗が背中を伝うのを感じた。聞き間違いだろうか?
「それは……どういう意味ですか?」
「どうって……そのままの意味だけど?」
頭の中で鳴り響いている警鐘がより大きくなる。嘘だ……きっと何かの間違いなんだ……。そう、お姉さまは勉強に疲れて……!
「わたしには、意味がわかりません!」
「だから、別れようって言ってるの」
ショートカットでクールな雰囲気のお姉さまは珍しくわたしと目を合わせようとしない。いつもわたしを優しく包み込んでくれるような瞳は、今は冷えきっていて、近づくと凍えてしまいそうだった。
「どうして……わたし、なにかいけないことしましたか……? もしそうなら直しますから……お姉さまの言うことなんでも聞きますから……頑張ってお姉さまの大好きな神乃 羚衣優になりますから……!」
もう大好きなお姉さまとこれっきりになってしまうと考えたら、お姉さまとの楽しい思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡って、一層彼女から離れられなくなってしまう。絶対に、お姉さまのことを離したくない! そのためならなんだってやる!
しかし、お姉さまはそんなわたしの様子を見てため息をついた。今日のお姉さまはやっぱり変だ。いつもなら少し喧嘩してもすぐにわたしの頭を撫でて甘えさせてくれるのに……。いつもの優しいお姉さまはどこへ行ってしまったのだろう?
「ほら、私はもう高校生になるし、いつまでもあなたとベタベタしてられないのよ」
「ずっと一緒にいるって約束したじゃないですか……一生添い遂げるって言ってくれたじゃないですか……」
気づいたら涙声になっていた。するとお姉さまはふふっと意味深に笑う。
「そんなの、ベッドの中での社交辞令みたいなものよ。ちょっと耳元で囁くだけであなた真っ赤になっちゃって……可愛かったわ」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの中でなにかが音を立てて崩れ落ちた。バラバラに砕け散ったそれはあまりにも大きくて……心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような気がした。
「嘘ついてたんですか?」
「嘘じゃないわ、社交辞令よ。あなたのこと可愛いと思ってたのも本当。好きだったのも本当」
「だったら……!」
「でもね。一生一緒にいるのは勘弁して? あなた、重いのよ……愛が」
「……」
「さようなら。まあこの二年間、それなりに楽しかったわ」
そう言うと、お姉さまはもう言うことはないとばかりに踵を返してスタスタとその場から去っていく。
もうこれ以上は何を言ってもお姉さまに嫌われるだけだとわかっていたので、わたしはお姉さまを追いかけることも、去りゆくその背になにか言うこともできなかった。
「もう恋人じゃなくてもいいから、ただ一緒にいたい……そう思うことも……わがままなんですか……?」
お姉さまの姿が完全に消えた曇天の屋上に、わたしのかすれた声が虚しく響いた。
それはわたしが中学二年生最後の日のことだった。
星花女子学園の桜花寮に入っていたわたしは同室で一つ歳上のお姉さまにフラれた。ちょろくて惚れっぽいわたしは、彼女にとって体のいいおもちゃだったのだろうか。最初から本気で添い遂げてくれる気なんてなかったんだ……。
女子校の星花にはお姉さまみたいに軽い気持ちで女の子同士で付き合う人も多いと聞いたことがあるが、まさか自分の愛した相手がそういう類の人間だとは夢にも思わなかった。わたしは……恋愛はいつも真剣だ。好きになった相手は一生、お互い年老いて死ぬまで……否、死んで天国に行って来世に生まれ変わっても一緒にいるつもりで恋している。
なのに……。
「うぅ……こんなの……耐えられないよ!」
一日にして全てを失った気分になったわたしは、生きている意味を失ってそのまま死のうとした。でも、屋上から飛び降りようと思ってフェンスを登っているうちに、急に怖くなってやめた。
死ぬこともできないのかわたしは。いっそのこと誰かに殺してもらいたい。そうとすら思った。
「……お姉さま……うぁぁ……お姉さま……わたし……ぐすん」
泣きながら桜花寮の自室に戻る。ドアを開けると案の定、お姉さまの荷物は跡形もなく消えていた。
わたしをフると同時に新しい部屋へ移ったのか。今日は寮の部屋を移動する日でもある。お姉さまは高校の寮に移ることがわかっていたから、今日わたしをフったのだろう。
「うぅぅあぁぁぁぁっ!」
途端に猛烈な吐き気に襲われたわたしは、各階に設置されている共用のトイレに駆け込んで、胃の中のものをぶちまけた。少しスッキリした。
部屋に戻る途中にすれ違う人たちにやたらとジロジロ見られたが、桜花寮では泣きながらトイレから出てくる人なんて週に一人はいるのでそこまで騒ぎにはならない。
異様に広く感じるようになってしまった部屋に戻ったわたしは、しばらくその場で呆然としながら考えを整理していた。お姉さまはもういないということを、受け入れることを拒否する脳に無理やり刷り込み、パニックになりそうな身体を何とか落ち着ける。
「……ふぅ……ふぅ」
深呼吸をしながら震える手で部屋に備え付けられた机の引き出しを漁る。そこからはわたしとお姉さまの写った写真が大量に出てきた。
初めてお姉さまに連れられてプリクラを撮りに行った時の写真。緊張するわたしの隣でお姉さまは慣れた様子で写真に収まっている。さりげなくわたしの肩に手を回してくれていたりして……。
二人で遊園地にデートに行った時の写真。お揃いのカラフルなアイスクリームを手に笑うお姉さまとわたし。お化け屋敷に連れて行かれた時は、お姉さまはずっとわたしの後ろに隠れていたっけ……。逆に私は絶叫系がからっきしで、乗っている間ずっと悲鳴を上げていたような気がする。
他にもたくさん。数え切れないくらいの思い出の数々。
それらを片っ端からビリビリに破いてゴミ箱に突っ込む。写真が多すぎてゴミ箱から溢れてしまった。それでもわたしは写真を破り続けた。さようなら、わたしのお姉さま。
写真を処分し終えたわたしは、ベッドの上で布団を被りながらスマホを取り出す。そしてその中に収められていた写真の削除を試みた。
わたしはお姉さまが大好きで、お姉さまの写真ばかり撮っていた。たまに一人で寂しい時はその写真を眺めてニヤニヤしたりしたものだ。
バスを待っている時の、椅子でくつろいでいる時の、食事をしている時の、何気ないお姉さまの写真。その一枚一枚をデータから完全に削除していく。
「……う、うぅ」
手が震える。目が霞んで、お姉さまの写真がよく見えない。
ぽたぽたと水滴がシーツとスマホとわたしの手を濡らした。
『れいゆちゃん』
「お姉さま……!?」
『好きよ、れいゆちゃん』
「……!?」
慌てて布団から出て辺りを見渡してみたが誰もいない。お姉さまのベッドにも、もうシーツすらかかっていない。ついに幻聴が聴こえるようになってしまったのだろうか。
「忘れなきゃ……!」
このままだとわたしが壊れてしまう。いや、もう壊れてるのかもしれないけど。
わたしは努めてお姉さまのことを頭から追い出そうとした。優しく語りかけてくる口調も、頭を撫でてくるくすぐったさも、身体を触ってくれた手つきも、重ねた唇の柔らかな感触も、全て。
「わたしはこれからなにを支えに生きていけばいいんだろう……」
両親も幼いわたしの前からいなくなり、それから育ててくれたお兄ちゃんも中学入学と同時に離れ離れになった。そしてすっかり依存していたお姉さまもわたしの前から消えた。みんなわたしを置いていなくなるんだ……みんな。
そんな時に現れたのが望月茉莉──まっちゃんだった。
まっちゃんはわたしのことをすぐに受け入れてくれた。重い女の子でも好きだって言ってくれた。
だからわたしは……。
わたしを中等部校舎の屋上に呼び出したお姉さまは、おもむろにそう口にした。嫌な汗が背中を伝うのを感じた。聞き間違いだろうか?
「それは……どういう意味ですか?」
「どうって……そのままの意味だけど?」
頭の中で鳴り響いている警鐘がより大きくなる。嘘だ……きっと何かの間違いなんだ……。そう、お姉さまは勉強に疲れて……!
「わたしには、意味がわかりません!」
「だから、別れようって言ってるの」
ショートカットでクールな雰囲気のお姉さまは珍しくわたしと目を合わせようとしない。いつもわたしを優しく包み込んでくれるような瞳は、今は冷えきっていて、近づくと凍えてしまいそうだった。
「どうして……わたし、なにかいけないことしましたか……? もしそうなら直しますから……お姉さまの言うことなんでも聞きますから……頑張ってお姉さまの大好きな神乃 羚衣優になりますから……!」
もう大好きなお姉さまとこれっきりになってしまうと考えたら、お姉さまとの楽しい思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡って、一層彼女から離れられなくなってしまう。絶対に、お姉さまのことを離したくない! そのためならなんだってやる!
しかし、お姉さまはそんなわたしの様子を見てため息をついた。今日のお姉さまはやっぱり変だ。いつもなら少し喧嘩してもすぐにわたしの頭を撫でて甘えさせてくれるのに……。いつもの優しいお姉さまはどこへ行ってしまったのだろう?
「ほら、私はもう高校生になるし、いつまでもあなたとベタベタしてられないのよ」
「ずっと一緒にいるって約束したじゃないですか……一生添い遂げるって言ってくれたじゃないですか……」
気づいたら涙声になっていた。するとお姉さまはふふっと意味深に笑う。
「そんなの、ベッドの中での社交辞令みたいなものよ。ちょっと耳元で囁くだけであなた真っ赤になっちゃって……可愛かったわ」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの中でなにかが音を立てて崩れ落ちた。バラバラに砕け散ったそれはあまりにも大きくて……心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような気がした。
「嘘ついてたんですか?」
「嘘じゃないわ、社交辞令よ。あなたのこと可愛いと思ってたのも本当。好きだったのも本当」
「だったら……!」
「でもね。一生一緒にいるのは勘弁して? あなた、重いのよ……愛が」
「……」
「さようなら。まあこの二年間、それなりに楽しかったわ」
そう言うと、お姉さまはもう言うことはないとばかりに踵を返してスタスタとその場から去っていく。
もうこれ以上は何を言ってもお姉さまに嫌われるだけだとわかっていたので、わたしはお姉さまを追いかけることも、去りゆくその背になにか言うこともできなかった。
「もう恋人じゃなくてもいいから、ただ一緒にいたい……そう思うことも……わがままなんですか……?」
お姉さまの姿が完全に消えた曇天の屋上に、わたしのかすれた声が虚しく響いた。
それはわたしが中学二年生最後の日のことだった。
星花女子学園の桜花寮に入っていたわたしは同室で一つ歳上のお姉さまにフラれた。ちょろくて惚れっぽいわたしは、彼女にとって体のいいおもちゃだったのだろうか。最初から本気で添い遂げてくれる気なんてなかったんだ……。
女子校の星花にはお姉さまみたいに軽い気持ちで女の子同士で付き合う人も多いと聞いたことがあるが、まさか自分の愛した相手がそういう類の人間だとは夢にも思わなかった。わたしは……恋愛はいつも真剣だ。好きになった相手は一生、お互い年老いて死ぬまで……否、死んで天国に行って来世に生まれ変わっても一緒にいるつもりで恋している。
なのに……。
「うぅ……こんなの……耐えられないよ!」
一日にして全てを失った気分になったわたしは、生きている意味を失ってそのまま死のうとした。でも、屋上から飛び降りようと思ってフェンスを登っているうちに、急に怖くなってやめた。
死ぬこともできないのかわたしは。いっそのこと誰かに殺してもらいたい。そうとすら思った。
「……お姉さま……うぁぁ……お姉さま……わたし……ぐすん」
泣きながら桜花寮の自室に戻る。ドアを開けると案の定、お姉さまの荷物は跡形もなく消えていた。
わたしをフると同時に新しい部屋へ移ったのか。今日は寮の部屋を移動する日でもある。お姉さまは高校の寮に移ることがわかっていたから、今日わたしをフったのだろう。
「うぅぅあぁぁぁぁっ!」
途端に猛烈な吐き気に襲われたわたしは、各階に設置されている共用のトイレに駆け込んで、胃の中のものをぶちまけた。少しスッキリした。
部屋に戻る途中にすれ違う人たちにやたらとジロジロ見られたが、桜花寮では泣きながらトイレから出てくる人なんて週に一人はいるのでそこまで騒ぎにはならない。
異様に広く感じるようになってしまった部屋に戻ったわたしは、しばらくその場で呆然としながら考えを整理していた。お姉さまはもういないということを、受け入れることを拒否する脳に無理やり刷り込み、パニックになりそうな身体を何とか落ち着ける。
「……ふぅ……ふぅ」
深呼吸をしながら震える手で部屋に備え付けられた机の引き出しを漁る。そこからはわたしとお姉さまの写った写真が大量に出てきた。
初めてお姉さまに連れられてプリクラを撮りに行った時の写真。緊張するわたしの隣でお姉さまは慣れた様子で写真に収まっている。さりげなくわたしの肩に手を回してくれていたりして……。
二人で遊園地にデートに行った時の写真。お揃いのカラフルなアイスクリームを手に笑うお姉さまとわたし。お化け屋敷に連れて行かれた時は、お姉さまはずっとわたしの後ろに隠れていたっけ……。逆に私は絶叫系がからっきしで、乗っている間ずっと悲鳴を上げていたような気がする。
他にもたくさん。数え切れないくらいの思い出の数々。
それらを片っ端からビリビリに破いてゴミ箱に突っ込む。写真が多すぎてゴミ箱から溢れてしまった。それでもわたしは写真を破り続けた。さようなら、わたしのお姉さま。
写真を処分し終えたわたしは、ベッドの上で布団を被りながらスマホを取り出す。そしてその中に収められていた写真の削除を試みた。
わたしはお姉さまが大好きで、お姉さまの写真ばかり撮っていた。たまに一人で寂しい時はその写真を眺めてニヤニヤしたりしたものだ。
バスを待っている時の、椅子でくつろいでいる時の、食事をしている時の、何気ないお姉さまの写真。その一枚一枚をデータから完全に削除していく。
「……う、うぅ」
手が震える。目が霞んで、お姉さまの写真がよく見えない。
ぽたぽたと水滴がシーツとスマホとわたしの手を濡らした。
『れいゆちゃん』
「お姉さま……!?」
『好きよ、れいゆちゃん』
「……!?」
慌てて布団から出て辺りを見渡してみたが誰もいない。お姉さまのベッドにも、もうシーツすらかかっていない。ついに幻聴が聴こえるようになってしまったのだろうか。
「忘れなきゃ……!」
このままだとわたしが壊れてしまう。いや、もう壊れてるのかもしれないけど。
わたしは努めてお姉さまのことを頭から追い出そうとした。優しく語りかけてくる口調も、頭を撫でてくるくすぐったさも、身体を触ってくれた手つきも、重ねた唇の柔らかな感触も、全て。
「わたしはこれからなにを支えに生きていけばいいんだろう……」
両親も幼いわたしの前からいなくなり、それから育ててくれたお兄ちゃんも中学入学と同時に離れ離れになった。そしてすっかり依存していたお姉さまもわたしの前から消えた。みんなわたしを置いていなくなるんだ……みんな。
そんな時に現れたのが望月茉莉──まっちゃんだった。
まっちゃんはわたしのことをすぐに受け入れてくれた。重い女の子でも好きだって言ってくれた。
だからわたしは……。
応援ありがとうございます!
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