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第5話 公爵家に嫁入り?
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やがて、お嬢様の亡骸は兵士に担がれて城内へと姿を消す。私が兵士について城に入ると、そこにはランベールの姿があった。
彼はどこか遠くを見るような表情でぼんやりと立っていた。私は思わず駆け寄ろうとすると、彼は私を制して、横たえられたお嬢様の亡骸に語りかけた。
「すまなかったなセシリア。ワシは色々と勘違いをしていたようだ。……貴様はずっと、ワシや領地のことを考えてくれていたのだな」
「いえ、全ては私の力不足が招いたこと。お詫びしなければいけないのは私の方です」
お嬢様の亡骸が起き上がってそう答える。否、亡骸ではない。お嬢様はわざと処刑されたフリをしていたのだ。
動物の血液を皮袋に詰め込んで服の中に仕込み、兵士の槍はそれを突いたに過ぎなかった。だが、領民たちは『魔女』セシリアは死んだと思っただろう。全てはお嬢様の計画どおりだった。
「いや、貴様の助言を聞き入れなかったのはワシだ。そればかりではない、他にも酷いことを……」
「でも、こうして最後は私の策を受け入れてくださったではありませんか。それだけで十分です」
そう言ってお嬢様は優しく微笑む。ランベールの目には涙が滲んでいた。
「さて、私はこのままオージェ領にいるわけにはいきませんので、エミリーと共に生家の男爵家へ帰ろうと思います。ランベール様も婚約破棄を認めてくださいますね?」
「貴様ほどの妻を失うのは心苦しい。もっと早く貴様の価値に気づいていれば。……しかし、致し方ないか。どこへなりとも往くがよい」
ランベールはやっと失ったものの大きさに気づいたのだろう。悔しそうにしている。
頑固だった彼が考えを改めたのは、お嬢様が常に彼に心を開いていたからに違いない。追い詰められたランベールを自らを犠牲にすることで救い、あとはランベールが領民を大切にしてさえいれば彼の立場が悪くなるようなことはないようにお膳立てをしたからだ。
だが、もはやお嬢様はランベールの傍にいるわけにはいかない。この期に及んで『魔女』と関係を結んでいることが領民に知れれば、今度こそオージェ領は取り潰されてしまうだろう。
今更気づいてももう遅い、というわけだ。
「餞別になにか欲しいものはあるか?」
「そうですね。……鳩を一羽いただけませんか?」
「鳩? そのようなものでよいのか?」
ランベールは呆気に取られたような顔をした。私がお嬢様の意図に気づくのは、まだしばらく先のことになりそうだった。
☆
そうして、形ばかりのお嬢様の葬儀が行われた後、私とお嬢様は荷物をまとめて馬車に乗り込んだ。
オージェ邸を後にした私たちは一路、故郷の町──ブルギニョン男爵領へ向かう。
「……これで、よかったのでしょうか?」
「ええ、これが最善の策だったと思いますよ」
私の問いに、お嬢様は笑顔で答えた。
「領民たちもランベール様も、皆幸せになれました」
その答えに、私は胸がいっぱいになる。お嬢様の優しさに触れ、自分の無力さが恨めしかった。私に出来ることはせいぜいお嬢様の傍にいて、その聡明な考えを拝聴することくらいだろう。
しかし、お嬢様はそうは考えていないらしく、こう続けた。
「エミリーも、私が間違っていると感じたら遠慮なく言ってくださいね? ……今回みたいに」
「ええっ!? いや、今回はなんというか……差し出がましいことをしたと反省しておりますのに!」
「大丈夫ですよ、私はどんな意見にも耳を傾けるつもりなので」
そう答えて笑うお嬢様に、私が思わず見惚れていると、突然馬車が停止した。
「あら、どうしたのかしら?」
「ちょっと御者台の方を見てきましょう」
お嬢様に言い残し、馬車の外の様子を伺う。すると、馬車の前に白銀の輝かしい甲冑を身につけた騎馬兵の一団が立っていた。
──これは一体!? 私が何が起こっているのか理解できずにいると、彼らの中で一際豪華な鎧を身につけた一人の若い男が前に出て、こちらに声をかけてきた。
「セシリア・ブルギニョン殿の馬車とお見受けする」
「あ、あなた様は! もしや公爵家の!」
「いかにも、俺はアロイス・グリム公爵である」
「っ!? こ、公爵様が私たちになんの用で!?」
私は慌てて姿勢を整えながら尋ねた。
グリムと言えば王国で最も有名な貴族の一人である。そんな人物がどうしてここに現れたのだろうか。まさか、お嬢様を始末するつもりで?私の脳裏には嫌な想像が浮かぶ。しかし、彼は予想外なことを口にした。
「セシリア殿に婚約を申し込むため、わざわざ領地より馬を走らせてきたのだ。セシリア殿に会わせてはいただけないか?」
「え、えぇぇぇぇぇっ!?」
私が驚愕していると、馬車の窓からお嬢様が顔を出した。
「何事ですか?」
「お、お嬢様大変です! こ、こここ公爵様が!」
混乱しすぎて上手く言葉にならない私、しかし瞬時に状況を把握したお嬢様は私を手招きした。
身体の不自由なお嬢様を介助して馬車から降ろすと、お嬢様はアロイスの前で頭を垂れた。
「公爵殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「挨拶はよい。……どれ、面をあげよ」
アロイスの求めに応じて顔を上げたお嬢様を見て、彼は感心したような声を上げた。
「ほう、噂どおりの美貌、そしてなんと聡明そうな面構えよ。惜しむらくは脚が不自由であることだが……気に入った! セシリア、俺の妻となれ」
「……はっ、しかし」
乗り気でない様子のセシリアに、アロイスは眉根を寄せた。
「不満か? であれば望みの褒美を申してみよ。男爵家の娘ごときが、この公爵家に嫁げるのだぞ? これほど光栄なことはないと思うが?」
傲慢な物言いに私はカチンときた。
確かにこの縁談は棚からぼたもちであり、断る理由はないかもしれないが、こんな失礼な男と結婚させられるお嬢様が可哀想だ。
しかし、お嬢様は冷静に言葉を返す。
「不満ではありません。しかし恐れながら、このような婚姻はアロイス様にとってメリットがないように思えます。──訝るのは当然でしょう」
「──っ!?」
アロイスは一瞬面食らったようだったが、すぐさま笑い声を上げた。
「はははっ! そうか、普通の娘であれば俺から婚約を申し込めば舞い上がってしまうものだが、なるほど確かに賢い娘のようだな!」
アロイスの言葉に私はまたムッとした。が、当のお嬢様がそれを宥めるように私の肩をポンと叩いた。
「恐縮です。……ですが私はあなた様のご期待に応えられるような人間ではありませんので」
「ほう、あくまでも縁談を断るというのか……残念だな、俺が口添えすればセシリア殿のお父上は喜んでセシリア殿を差し出すに違いないというのに」
その発言に、お嬢様の顔色が変わった。この人は自分自身を責め立てられる分には全く揺るがないのだが、家族や生家である男爵家を話題に出されると弱いところがある。
アロイスは暗にブルギニョン男爵を脅してでも婚約を結ぶと言い、そんなことをされれば男爵家の立場が悪くなってしまうと感じたお嬢様は動揺していた。良くも悪くも優しすぎるのがこの人の欠点だった。
「さて、では本題に戻るとしよう。俺はセシリア殿が欲しい。セシリア殿は男爵家を守りたい。……利害は一致していると思うが?」
「……そうでしょうか?」
「それに、俺はランベールの無能と違ってセシリア殿の価値を理解している。あなたほどの才能は、王国中探しても見つからないだろう。それこそ王太子妃として迎えられてもおかしくない程だ」
「それは……」
「あなたも自分の才能を活かせる場所へ赴きたいと望んでいるはずだ。……違うか?」
畳みかけるアロイスに、お嬢様は黙り込んでしまった。
そんなお嬢様に、公爵は追い打ちをかける。
「まあ、今すぐに答えを出す必要はない。とりあえず我が屋敷で一泊していくといい。俺自らセシリア殿をお連れしよう」
そして、私たちは再び馬車に乗り込み、アロイスの屋敷へと向かうことになった。
道中、お嬢様はオージェ伯爵家から餞別として与えられた鳩の入れられた籠にしきりに視線を送っていた。
彼はどこか遠くを見るような表情でぼんやりと立っていた。私は思わず駆け寄ろうとすると、彼は私を制して、横たえられたお嬢様の亡骸に語りかけた。
「すまなかったなセシリア。ワシは色々と勘違いをしていたようだ。……貴様はずっと、ワシや領地のことを考えてくれていたのだな」
「いえ、全ては私の力不足が招いたこと。お詫びしなければいけないのは私の方です」
お嬢様の亡骸が起き上がってそう答える。否、亡骸ではない。お嬢様はわざと処刑されたフリをしていたのだ。
動物の血液を皮袋に詰め込んで服の中に仕込み、兵士の槍はそれを突いたに過ぎなかった。だが、領民たちは『魔女』セシリアは死んだと思っただろう。全てはお嬢様の計画どおりだった。
「いや、貴様の助言を聞き入れなかったのはワシだ。そればかりではない、他にも酷いことを……」
「でも、こうして最後は私の策を受け入れてくださったではありませんか。それだけで十分です」
そう言ってお嬢様は優しく微笑む。ランベールの目には涙が滲んでいた。
「さて、私はこのままオージェ領にいるわけにはいきませんので、エミリーと共に生家の男爵家へ帰ろうと思います。ランベール様も婚約破棄を認めてくださいますね?」
「貴様ほどの妻を失うのは心苦しい。もっと早く貴様の価値に気づいていれば。……しかし、致し方ないか。どこへなりとも往くがよい」
ランベールはやっと失ったものの大きさに気づいたのだろう。悔しそうにしている。
頑固だった彼が考えを改めたのは、お嬢様が常に彼に心を開いていたからに違いない。追い詰められたランベールを自らを犠牲にすることで救い、あとはランベールが領民を大切にしてさえいれば彼の立場が悪くなるようなことはないようにお膳立てをしたからだ。
だが、もはやお嬢様はランベールの傍にいるわけにはいかない。この期に及んで『魔女』と関係を結んでいることが領民に知れれば、今度こそオージェ領は取り潰されてしまうだろう。
今更気づいてももう遅い、というわけだ。
「餞別になにか欲しいものはあるか?」
「そうですね。……鳩を一羽いただけませんか?」
「鳩? そのようなものでよいのか?」
ランベールは呆気に取られたような顔をした。私がお嬢様の意図に気づくのは、まだしばらく先のことになりそうだった。
☆
そうして、形ばかりのお嬢様の葬儀が行われた後、私とお嬢様は荷物をまとめて馬車に乗り込んだ。
オージェ邸を後にした私たちは一路、故郷の町──ブルギニョン男爵領へ向かう。
「……これで、よかったのでしょうか?」
「ええ、これが最善の策だったと思いますよ」
私の問いに、お嬢様は笑顔で答えた。
「領民たちもランベール様も、皆幸せになれました」
その答えに、私は胸がいっぱいになる。お嬢様の優しさに触れ、自分の無力さが恨めしかった。私に出来ることはせいぜいお嬢様の傍にいて、その聡明な考えを拝聴することくらいだろう。
しかし、お嬢様はそうは考えていないらしく、こう続けた。
「エミリーも、私が間違っていると感じたら遠慮なく言ってくださいね? ……今回みたいに」
「ええっ!? いや、今回はなんというか……差し出がましいことをしたと反省しておりますのに!」
「大丈夫ですよ、私はどんな意見にも耳を傾けるつもりなので」
そう答えて笑うお嬢様に、私が思わず見惚れていると、突然馬車が停止した。
「あら、どうしたのかしら?」
「ちょっと御者台の方を見てきましょう」
お嬢様に言い残し、馬車の外の様子を伺う。すると、馬車の前に白銀の輝かしい甲冑を身につけた騎馬兵の一団が立っていた。
──これは一体!? 私が何が起こっているのか理解できずにいると、彼らの中で一際豪華な鎧を身につけた一人の若い男が前に出て、こちらに声をかけてきた。
「セシリア・ブルギニョン殿の馬車とお見受けする」
「あ、あなた様は! もしや公爵家の!」
「いかにも、俺はアロイス・グリム公爵である」
「っ!? こ、公爵様が私たちになんの用で!?」
私は慌てて姿勢を整えながら尋ねた。
グリムと言えば王国で最も有名な貴族の一人である。そんな人物がどうしてここに現れたのだろうか。まさか、お嬢様を始末するつもりで?私の脳裏には嫌な想像が浮かぶ。しかし、彼は予想外なことを口にした。
「セシリア殿に婚約を申し込むため、わざわざ領地より馬を走らせてきたのだ。セシリア殿に会わせてはいただけないか?」
「え、えぇぇぇぇぇっ!?」
私が驚愕していると、馬車の窓からお嬢様が顔を出した。
「何事ですか?」
「お、お嬢様大変です! こ、こここ公爵様が!」
混乱しすぎて上手く言葉にならない私、しかし瞬時に状況を把握したお嬢様は私を手招きした。
身体の不自由なお嬢様を介助して馬車から降ろすと、お嬢様はアロイスの前で頭を垂れた。
「公爵殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「挨拶はよい。……どれ、面をあげよ」
アロイスの求めに応じて顔を上げたお嬢様を見て、彼は感心したような声を上げた。
「ほう、噂どおりの美貌、そしてなんと聡明そうな面構えよ。惜しむらくは脚が不自由であることだが……気に入った! セシリア、俺の妻となれ」
「……はっ、しかし」
乗り気でない様子のセシリアに、アロイスは眉根を寄せた。
「不満か? であれば望みの褒美を申してみよ。男爵家の娘ごときが、この公爵家に嫁げるのだぞ? これほど光栄なことはないと思うが?」
傲慢な物言いに私はカチンときた。
確かにこの縁談は棚からぼたもちであり、断る理由はないかもしれないが、こんな失礼な男と結婚させられるお嬢様が可哀想だ。
しかし、お嬢様は冷静に言葉を返す。
「不満ではありません。しかし恐れながら、このような婚姻はアロイス様にとってメリットがないように思えます。──訝るのは当然でしょう」
「──っ!?」
アロイスは一瞬面食らったようだったが、すぐさま笑い声を上げた。
「はははっ! そうか、普通の娘であれば俺から婚約を申し込めば舞い上がってしまうものだが、なるほど確かに賢い娘のようだな!」
アロイスの言葉に私はまたムッとした。が、当のお嬢様がそれを宥めるように私の肩をポンと叩いた。
「恐縮です。……ですが私はあなた様のご期待に応えられるような人間ではありませんので」
「ほう、あくまでも縁談を断るというのか……残念だな、俺が口添えすればセシリア殿のお父上は喜んでセシリア殿を差し出すに違いないというのに」
その発言に、お嬢様の顔色が変わった。この人は自分自身を責め立てられる分には全く揺るがないのだが、家族や生家である男爵家を話題に出されると弱いところがある。
アロイスは暗にブルギニョン男爵を脅してでも婚約を結ぶと言い、そんなことをされれば男爵家の立場が悪くなってしまうと感じたお嬢様は動揺していた。良くも悪くも優しすぎるのがこの人の欠点だった。
「さて、では本題に戻るとしよう。俺はセシリア殿が欲しい。セシリア殿は男爵家を守りたい。……利害は一致していると思うが?」
「……そうでしょうか?」
「それに、俺はランベールの無能と違ってセシリア殿の価値を理解している。あなたほどの才能は、王国中探しても見つからないだろう。それこそ王太子妃として迎えられてもおかしくない程だ」
「それは……」
「あなたも自分の才能を活かせる場所へ赴きたいと望んでいるはずだ。……違うか?」
畳みかけるアロイスに、お嬢様は黙り込んでしまった。
そんなお嬢様に、公爵は追い打ちをかける。
「まあ、今すぐに答えを出す必要はない。とりあえず我が屋敷で一泊していくといい。俺自らセシリア殿をお連れしよう」
そして、私たちは再び馬車に乗り込み、アロイスの屋敷へと向かうことになった。
道中、お嬢様はオージェ伯爵家から餞別として与えられた鳩の入れられた籠にしきりに視線を送っていた。
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