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馬を飛ばして向かった先は、ゼノンの家だった。
騎士団の宿舎に戻すわけにはいかない、発情した姿を誰にも見せるなと言われて自宅に連れ込まれたのだ。
そして今──パヴェルは体の疼きに耐えながら籠城している。
「おい、ここを開けろ!」
「やだっ! 今開けたら俺たち番になっちゃうだろ!」
「番になって何が悪い!」
「開き直るなよ! そんな話ひと言もしてねーだろうが! あっ……ど、どうしよう、尻が濡れてきた……」
弱々しく呟いた途端、どしん、と轟音がドアから響き、ゼノンが扉を蹴り破って侵入してきた。パヴェルはぎゃああと汚い悲鳴をあげて毛布を体に巻きつける。
「なんなんだよぉ!? てめーは熊かよぉ!!」
「なんで逃げる」
「だ、だって俺……処女だから」
「……童貞ではないんだな」
「そっちは喪失済みだよぉ! 女の子が好きな男の子だったんだよぉ俺はよぉ!」
「そうか、悪かったな。自分より大きな男に抱かれるのはさぞご不満だろうな」
「は、初物のオメガをいじめんなよぉ~!」
「こんなに濡らしておいて初物も何もないと思うが」
「でっ、でも、俺のこと、嫌いじゃないの……?」
「……嫌いじゃない」
「最初に会った時、貧相とか下劣とか言われましたけどぉ?」
地味に根に持っているので、パヴェルは言われた内容をしっかり記憶していた。本当に最悪な初対面だった。霊験あらたかな神託で告げられた相手とはいえ、結局のところ、自分はゼノン好みのオメガじゃなかったんだろうなと思った。
「前にも言ったが、あの時は神託を受け止める余裕がなかった。今は……何というか、かなり好ましい……気がしている」
「はぁー!? 気がするって何? 根拠が弱いんだよ! ああああーっ、噛まないで噛まないでっ!」
殺気をまとったゼノンがのしのしと寝台に乗り上げてくるので、パヴェルは反射的にうなじを隠した。
発情中のオメガがアルファにうなじを噛まれたら番が成立し、パヴェルはゼノンとしか交われない体になる。オメガにとって死活問題だ。金属製の首輪でもつけていればマシだったが、発情しない自分には無用の長物でしかない。そんな華美なものに金を使うより、顔料や絵筆の方がよほど魅力的だった。
パヴェルはよれよれの姿で寝台を転げ回った。これ以上ゼノンと同じ空間にいたら、剥き出しの性欲に支配される。恥じらいなんて持ち合わせていない。ただ切実に、猶予が欲しい。
「そろそろ覚悟を決めてくれないか? 私も、その……興奮している。長い間、不能だったんだが」
上衣を持ち上げたゼノンの視線を追うと、スラックスの前立て部分がテントの天辺のように盛り上がっている。
「……不能?」
腹下で屹立するモノは、ちらりと目を遣るだけで常人より大きいとわかる。これがアルファ男性のサイズか。気が遠くなりかけたが、腹がむずむず疼いて現実に引き戻された。
「パヴェル、嫌なら今回は噛まないように気をつける。だから……私を受け入れてくれないか?」
「バカ!」
「……私では駄目か」
ゼノンがしょんぼりと肩を落とす。いつも飛ぶ鳥を落とす勢いで人を責めるくせに、ここで濡れた子犬のような目をするのは反則だ。良心がとがめる。
「バカって言っただけで、ダメとは言ってない!」
明らかに情緒が不安定だ。本能が腹の中で暴れまくって、パヴェルの理性と感情をぐちゃぐちゃにする。
「おっ、俺だって、欲しいし……」
羞恥で頬がぽぽぽと熱くなる。パヴェルはシーツをぎゅっと握り、じたばたとあがいた。気持ちを伝えて事に及ぶなんて青春真っ盛りのガキみたいだ。体が痒くてたまらない。
「何が欲しい?」
「わっ」
ゼノンがパヴェルにのしかかってきた。パヴェルの発情に当てられて、ゼノンの肌も少し汗ばんでいた。脱ぎかけのシャツから見える素肌が雄の色気を感じさせて、ぽやんと目を奪われる。
「なあ、何が欲しいんだ?」
「……男なら想像つくだろ」
「言わせたくなるのが男だ。パヴェル、哀れな私に教えてくれ。おまえが欲しいのは何だ?」
羞恥で固まるパヴェルの衣類をいそいそと脱がせながら、「ほら、言ってくれ」とゼノンがねだる。機嫌が良すぎるのが気に食わない。パヴェルはぷいと顔を背けて素っ気なく言った。
「……尻は差し出す。だから早く楽にして」
「色気がない。やり直し」
「てめっ……そんな余裕あんのか!?」
「ないな」
パヴェルの服を強く引き、下に穿いていたものをずるりと丸ごと脱がされる。つるんと尻が露出して、生まれたての赤子状態にされた。
「ちょ、まっ、うわーっ、痴漢、痴漢補佐官!」
「人聞きが悪い! 尻は捧げるんじゃなかったのか?」
「やっぱ尻は使わない方向で……」
「一人で耐えられるのか?」
ゼノンの顔が険しくなる。アルファの精をもらえば、オメガの発情は穏やかに収束する。それをわざわざ拒否する正当な理由はあるのかと短く問いかけながら、パヴェルをせっせと組み敷いた。手首を軽く押さえられ、シーツの上に押しつけられる。厚みのある体躯にすっぽりと覆われてしまいそうだ。
「俺、誰かといる自分が想像つかなくてっ……」
パヴェルの人生を独占していいのはパヴェルだけ。人生とは一人で泳ぐ大海原だった。そう思って生きてきたから、早い話、変化が怖い。
「わかった。おまえが納得するまで何度でも抱く」
「わあああ! ゼノンさん、まず俺のお話聞かない!?」
「……おまえが何を言っても変わらないことが一つある。私はパヴェルを離したくない。アルファの執着を舐めないでくれ」
大きな鳥が翼を広げるように、ゼノンのフェロモンがぶわりとパヴェルを包んだ。それだけでパヴェルは達しそうになった。これはもう、ぶち込んでもらわないとダメだ。
「い、一回だ! 一回だけだぞ! 一回で済ませろよな!?」
「一度で満足できたらな」
滴る色気を全開にして、無骨な手がパヴェルの頬をするりと撫でる。人差し指が顎にかかり、口づけをされた。
重なり合って唇を翻弄されながら、不思議に思う。
舌と舌が触れるだけで、どうして全身がびりびり痺れるのか。必死で息を吸いながら、頭がぼやけて思考が蕩けていくのを感じる。口の端から唾液が垂れるのもお構いなしに、唇と唇を絶え間なく交わした。
(……キスだけで、体が灼けつくみたいだ)
たまらなくなってゼノンの胸を押しのける。まだ足りぬと貪りにくる唇から離れて、寝台にくるりとうつ伏せになった。体中ぞくぞくと波打つような刺激に震え、息を整える。
「パヴェル」
掠れた声が背後から落とされる。続けて、ごくりと唾を飲む音がした。
肩越しに目を遣ると、パヴェルの白く丸い尻に釘付けになったゼノンがいた。今にも飛び掛かりたいのをかろうじて抑えているように見える。その顔に滲むのは、自分にだけ向けられた強烈な欲望。不覚にもキュンとしてしまった。
パヴェルは誘いかけるように、ゼノンの腕を引っ張った。
「……俺のこと、快くしてくれるんだろ?」
「アルファを煽るのか。いい度胸だ」
情欲に染まった声が頬にかかった。二本の匙が重なるように二人の体が横向きに密着する。
「んっ……あっ……」
ゼノンの手が腹に回り、反り返ったパヴェルの中心をゼノンの手が包んだ。太くて力強い指が息つく間もなく扱き上げる。興奮が高まって、ぽろぽろと涙がこぼれた。腰にはゼノンの硬い昂ぶりが当たっている。
「あっ、ああっ、あんっ……」
自慰とは違う鮮烈な刺激に、あっけなくパヴェルの先端から蜜が弾けた。
くたりと投げ出した腿を持ち上げられ、仰向けにされた。正面からゼノンが上体を重ねて、柔らかな尻のあわいを大きな手がそっと割り開く。二人が繋がる場所を確かめるようにゼノンの指がくるりと辿った。
「ああっ……」
ぶるりと震えるパヴェルを、ゼノンは宥めるように抱きしめる。パヴェルは幼な子のように、その体温に身を任せた。
未開拓の道へ、ゼノンの先端がゆっくりと侵入する。押し広げられる違和感はあるが、パヴェルの体は柔軟に硬い楔を呑み込んだ。
ゼノンが少しずつ動きはじめた。たくましい腰の動きがだんだん大きくなる。
快感の底が見えなくて、パヴェルは穿たれながら何度も達した。
「ああっ、もっと……あ、奥っ……もっと……ゼノン」
自分を組み敷く男の首にすがりつき、もっともっとと咽び泣いた。
「あっ、んっ……ゼノン、お、奥ぅっ……」
腹の上を優しく撫でられて、体が大きく波打った。パヴェルは「ああん」と甘い声を張り上げて、腹の中の楔をきゅうきゅうと食い締める。心より先に体が貪欲に反応してしまう。
「いい鳴き声だ」
ゼノンが喉奥で笑う。ぎらぎらした目で、パヴェルの痴態を舐めるように見つめている。
「んっ……俺ばっか……」
翻弄されてばかりじゃつまらない。道連れにしてやりたい。
悔し紛れにゼノンの手を取り、人差し指を口に含んだ。唇を使ってちゅぷちゅぷと音を立てて吸い、上下に扱くように動かす。上目遣いに見上げて精一杯の色気を込めて微笑めば、ゼノンの目つきが変わった。瞳孔は剣呑に収縮し、情欲が膨らむのがわかった。みちりと腹の中が苦しくなる。
「あっ……!」
口に咥えた指が抜かれ、腰を強く掴まれた。突き上げる力が激しくなる。寝台がギシギシと大きく軋み、肌と肌がいっそう強くぶつかって、熱い飛沫がパヴェルの内側をしとどに濡らした。
肩を大きく揺らして息をするゼノンは、果てたあともパヴェルの中にとどまり、飢えた獣のような瞳でパヴェルを抱きしめていた。いたずらな指が腰からするりと胸に上がって、胸の飾りを指先で弄ぶ。
「……そんなとこ、いじるなよ」
「人の指で遊んだ罰だ」
「へへっ、喜んでただろ? あ……んっ、くすぐったい、あっ……あ、ぁん……」
胸の愛撫に身悶えて尻をふるふる揺らしていると、ゼノンの欲が再燃したのか、中の楔がむくむくと膨らんだ。
パヴェルは絶句した。冗談じゃない、何度も付き合いたくない。でも、もらえるならもっと欲しい。相反する気持ちで頭がぐらぐらする。アルファの精を注がれても発情の火はまだ消えてくれないらしい。
ゼノンが首筋に唇を押しつけた。アリスの残した爪痕を上書きするように強く吸いついて、また離れる。途中、ゼノンは本能に逆らうようにぐうと唸り、唇を噛み締めた。牙を突き立てたいのを堪えているらしい。ぼんやりと力の抜けた声でパヴェルは訊ねる。
「……噛まないの?」
「……噛まれたいのか?」
「……いいよ。人生の三分の一くらいなら、あんたにやるよ」
パヴェルの人生はパヴェルのもの。どう使うか決めるのもパヴェルの特権だ。自分のために使う分と仕事に捧げる分、それから、誰かと一緒に生きる分。このくらいなら、ゼノンにあげてもいい。
素直に認めよう。この男の温もりに、心も体も陥落済みだ。
努力して磨いた画力ではなく、誰かの体温に狂わされて大きな決断を下す自分が半ば信じられず、それでも半ば最高に面白いと思う。
「ありがとう」
パヴェルの許しに、優しい声でゼノンが応じる。
深いところで繋がりながら、パヴェルは首の後ろに熱い痛みが刻まれるのを感じた。
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