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エピローグ

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 薄々予感はしていたが、一回だけという頼みは見事に裏切られた。

「……尻やばい。でっかいものが行ったり来たりしたせいで」

 ぐったり横たわったまま、パヴェルはぴくりとも動けない。散々見せつけた自分の痴態と爛れきった部屋の惨状のおかげで、表情も死んでいた。蹴り破られた寝室の扉も悲惨な有様だ。

「悪いな。最中だけ名前を呼ばれるのが嬉しくて、やり過ぎた」
「嘘つきクソやろう……俺、もう帰る……」

 帰ると言った途端、怒涛の勢いで激しい雨が降り出した。たらいをひっくり返したような土砂降りだ。

「天気もクソだ……」
「どうやら神もおまえを帰すなと言っている。遣らずの雨というやつだ」

 水差しから杯に水を注いだゼノンが、ぐたりと寝そべるパヴェルの髪に口づけを落とす。水を得た魚のように生き生きしているのが憎らしい。

「諦めて私に捕まってくれ」



 かつて思い描いた夢と理想からは大きくかけ離れている。
 宮廷絵師には戻れていないし、かわいい女の子とも結婚していない。だけど。

(俺たち、地母神様の目にはどう映ったんだろう。堅物と不真面目、二つ足したらちょうどいいって?)

 今はそんなふうに感じる。
 曲がりくねった道を歩んできたが、神の計らいがなければパヴェルとゼノンは出会えなかった。
 軟と硬。柔と剛。正反対の二人だ。



 ゼノンと昼も夜も営み続けたおかげで、パヴェルの発情は一日で収まった。通常の発情期より大幅に短いらしいが、初めての発情だったからこの程度で済んでよかったと思う。
 気だるい体に借りたシャツを着せてもらい、遅い昼食をとっていると、ゼノンが「もしよければ」と口を開いた。

「私の家に越してこないか? 発情してもしなくても、番とは一緒にいたい」
「え……?」

 ごくんとスープを飲み込み、対面に座ったゼノンを見つめ返した。
 連れ込まれた時はそれどころじゃなかったが、落ち着いて周囲を見渡す余裕が出てくると、ゼノンも貴族の出なのだとわかる。家の外観こそ質素にしているが、内装や調度品は品がよく、定期的に手入れされている。ダイニングの木製チェアも座面と背面が天鵞絨張りだ。
 エリートはエリート、庶民は庶民。番になっても互いの生活は、心地よい距離を保つべきだと思うが……。

「パヴェルとこうして話す時間が心地いいんだ」

 涼しい顔でさらりと愛を吐くと、テーブルの上の手をそっと握られた。パヴェルは唇を固く閉じて赤面する。

(……堅物だけど、まめだよな)

 おのれの欲を発散させたあとで相手の世話を焼いたり甘い睦言を紡いだりするのは、体力だけではできない所業だろう。体も心も痒くなる。嘘くさい咳払いをしてパヴェルがこっそり悶えていると、ゼノンは愛おしげに微笑んだ。

「また飴をやろうか?」
「……あとでもらう。今はスープ飲んでるから」
「そうか。じゃあ、あとでな」

 椅子から身を乗り出したゼノンが、パヴェルの頬に唇を降らせた。




 パヴェルの発情は不定期かつ不安定だ。
 念のためにと医局で診察を受けたが、体の内側、特に胎が未成熟という可能性も指摘されていて、子を産むことは体質的に難しいかもしれない。
 こんな番で後悔しないのか、子供は望めないかもしれないぞと訊いたら、もの凄い形相で抱きしめられた。初対面の頃のような刺々しさはなくなったが、日に日にゼノンの愛情表現が重くなっている気がする。そのあたりの手綱をどう握ればいいのか、パヴェルはまだ加減が掴めない。猛獣使いに転身した気分だ。

 二人が結ばれたあと、少々面白いことが判明した。
 生命力にあふれた愛すべき植物、ヒトヨオドリコについてである。
 どこにでも咲くこの草は研究対象にされることもなく、長い間軽んじられてきた。ゼノンの要請を受けた王宮の医官たちがこの草を調査してみたところ、乾燥させず生で煎じて飲んだ場合に限り、ある特殊な薬効が顕れたらしい。

「庶民の特効薬とも言われますが、あの草には不能を改善する効能もあるようです。アルファの勃起不全はもちろん、オメガの発情不全にも効果が見られました。いわば万能薬ですな。これは大いなる発見ですよ!」

 アリスの中で眠っていたアルファの性が刺激されたのも、この草の成分を喰んだことがきっかけとなった可能性がある。性を問わず、悩み多き人々のための特効薬が精製できそうだと、ほくほく顔の医官が王宮中に報告してくれた。

 この国には『雨降れば地固まる』ということわざがあるが、パヴェルとゼノンが見上げた空は抜けるような青空だった。



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本編はここで終了しますが、後日談や番外小話なども書きたいと思ってますので、また書けたら投稿します。ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
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