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第二章:牡丹は可憐に咲き乱れる
十六
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「和泉さん。今夜は待たせてしまいましたね」
「いえ、平気です」
真夜中に近い時間の寝室で、和泉は寝台に座る英嗣に抱き締められている。愛しい男からぬくもりに包また和泉は、ひどく安堵した。
「こういう時は、嘘でも遅かったと拗ねてください」
英嗣の大きな手に髪を撫でられた和泉は、ただ嬉しくてうっとりと目を閉じ、恋しい男にしなだれかかった。
「そんな意地悪はできません」
消防団に向かわせた使用人が帰宅するまで「言い出したのは僕ですから」と英嗣は番頭の詰所で待っていたのだ。本来ならば、屋敷の主人である毅がしなければいけないのだろうが、夫はいつも通り離れ屋に篭って仕事を片付けている。
兄が仕事をする分、弟がその他を補佐しているのだと和泉は考えた。だが、どうしても毅に対して不満が残る。
「和泉さんは聞き分けがよすぎます。もっと我儘を申してください」
繋いだ手にくちづけしようとした英嗣が「おや?」となにかに気づいた。
「手首が赤くなっていますが、どうしたのですか?」
「これは……」
英嗣の指が検分するように和泉の手首の痕をなぞる。責められている気がするのに、胸が高鳴る自分自身の不可解さに和泉は困惑が隠せない。
「彼ですか?」
「あ、あの……」
「あなたを咎めている訳ではありませんよ。だから、正直に話してください」
「……はい。手首をぎゅっと掴まれただけです。ご心配をおかけしました」
手首の赤くなった場所を英嗣にくちづけられると、高鳴っていた和泉の胸が今度はきゅうと締めつけられた。
「『だけ』で、こんなに赤くしてしまって」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないでしょう? それより……今は大丈夫ですか?」
「大丈夫、とは?」
「こんなに赤くなるほどの力で掴まれたら、男が怖くなるでしょう?」
征十郎に掴まれた時のぞわりとした感覚を思い出し、すぐに首を横に振った。
「英嗣さんが怖いなんて一度も思ったことありません。今はむしろ安堵して……ときめいています」
「どうして?」
「察してください……。はしたなく口にできません」
英嗣のすっきりとした頬に触れ、形良い唇を指先でなぞり、愛しいだけではない気持ちで見つめる。
「力づくで聞くのも、誘導して聞き出すのも簡単ですが、あなたから言ってほしい」
「お気に障るようでしたら……どうか、捨て置いてください。その……。わたしはあなたのものですから、わたしに触れていいのは英嗣さんだけです。ですから、怖いなんて……思いません」
驚いたようにまばたきをした英嗣は、ふっと満面の笑みを浮かべた。そして和泉をぎゅっと抱きしめた。その腕の絶妙な力加減は嬉しいと言っているようで、和泉はますます嬉しくなった。
英嗣さん……。言葉もなにもかも惜しがらずに捧げますから……。
だから、もっと……。わたしを愛してください。
和泉は思いを込めながら、英嗣の気持ちをねだるようにくちづけを繰り返した。
「……はぁ」
簡単に息が上がるのはいつもの事だが、今日は既に欲望に火を灯されているだけに過敏になっている。触られてもいない胸の先がじりじり炙られたように疼いてしまい、発情した猫のように身をくねらせた。
「あなたに愛されて僕は果報者です」
「もっと愛をさしあげますから……、ですから、英嗣さんをください。もっと英嗣さんを教えてください」
「本当にあなたはいじらしい」
寝巻きの上から乳房をまさぐられると、指先まで悦び痺れる。その和泉の指先は、英嗣のガウンの襟から見えている男らしい素肌を求めた。
「……あ」
火照った下腹部から熱がさらりと流れたのに和泉は気づき、違和感を覚えた。
「待ってください……、英嗣さん」
「ご自分から仕掛けてきて止めるなんて酷いですよ」
首筋に食らいついている英嗣の肩を、和泉はやんわり押す。
「そうでは……なく……あの……。もしかしたら、月の障りかもしれないので……。ごめんなさい。はばからずに……申して……」
月経が来る周期だったのを失念していて、こんなときに英嗣の前で告げたのが死ぬほど恥ずかしい。真っ赤になった顔を和泉は寝巻きの袖で覆う。
「生きていれば現象は当たり前にあります。先月がそうだったからそろそろかと思ってしました」
「忘れてください」
「あなたに起こることは忘れないように出来ていますので、それは難しいかと思いますよ」
先程までふたりの間にあった淫靡な雰囲気がすっかり消えてしまったのに、和泉は肩を落とした。
そして思う。ひとつ屋根の下に夫も兄のような男もいるのに、いつからこんなにふしだらになってしまったのだろうかと。
「いえ、平気です」
真夜中に近い時間の寝室で、和泉は寝台に座る英嗣に抱き締められている。愛しい男からぬくもりに包また和泉は、ひどく安堵した。
「こういう時は、嘘でも遅かったと拗ねてください」
英嗣の大きな手に髪を撫でられた和泉は、ただ嬉しくてうっとりと目を閉じ、恋しい男にしなだれかかった。
「そんな意地悪はできません」
消防団に向かわせた使用人が帰宅するまで「言い出したのは僕ですから」と英嗣は番頭の詰所で待っていたのだ。本来ならば、屋敷の主人である毅がしなければいけないのだろうが、夫はいつも通り離れ屋に篭って仕事を片付けている。
兄が仕事をする分、弟がその他を補佐しているのだと和泉は考えた。だが、どうしても毅に対して不満が残る。
「和泉さんは聞き分けがよすぎます。もっと我儘を申してください」
繋いだ手にくちづけしようとした英嗣が「おや?」となにかに気づいた。
「手首が赤くなっていますが、どうしたのですか?」
「これは……」
英嗣の指が検分するように和泉の手首の痕をなぞる。責められている気がするのに、胸が高鳴る自分自身の不可解さに和泉は困惑が隠せない。
「彼ですか?」
「あ、あの……」
「あなたを咎めている訳ではありませんよ。だから、正直に話してください」
「……はい。手首をぎゅっと掴まれただけです。ご心配をおかけしました」
手首の赤くなった場所を英嗣にくちづけられると、高鳴っていた和泉の胸が今度はきゅうと締めつけられた。
「『だけ』で、こんなに赤くしてしまって」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないでしょう? それより……今は大丈夫ですか?」
「大丈夫、とは?」
「こんなに赤くなるほどの力で掴まれたら、男が怖くなるでしょう?」
征十郎に掴まれた時のぞわりとした感覚を思い出し、すぐに首を横に振った。
「英嗣さんが怖いなんて一度も思ったことありません。今はむしろ安堵して……ときめいています」
「どうして?」
「察してください……。はしたなく口にできません」
英嗣のすっきりとした頬に触れ、形良い唇を指先でなぞり、愛しいだけではない気持ちで見つめる。
「力づくで聞くのも、誘導して聞き出すのも簡単ですが、あなたから言ってほしい」
「お気に障るようでしたら……どうか、捨て置いてください。その……。わたしはあなたのものですから、わたしに触れていいのは英嗣さんだけです。ですから、怖いなんて……思いません」
驚いたようにまばたきをした英嗣は、ふっと満面の笑みを浮かべた。そして和泉をぎゅっと抱きしめた。その腕の絶妙な力加減は嬉しいと言っているようで、和泉はますます嬉しくなった。
英嗣さん……。言葉もなにもかも惜しがらずに捧げますから……。
だから、もっと……。わたしを愛してください。
和泉は思いを込めながら、英嗣の気持ちをねだるようにくちづけを繰り返した。
「……はぁ」
簡単に息が上がるのはいつもの事だが、今日は既に欲望に火を灯されているだけに過敏になっている。触られてもいない胸の先がじりじり炙られたように疼いてしまい、発情した猫のように身をくねらせた。
「あなたに愛されて僕は果報者です」
「もっと愛をさしあげますから……、ですから、英嗣さんをください。もっと英嗣さんを教えてください」
「本当にあなたはいじらしい」
寝巻きの上から乳房をまさぐられると、指先まで悦び痺れる。その和泉の指先は、英嗣のガウンの襟から見えている男らしい素肌を求めた。
「……あ」
火照った下腹部から熱がさらりと流れたのに和泉は気づき、違和感を覚えた。
「待ってください……、英嗣さん」
「ご自分から仕掛けてきて止めるなんて酷いですよ」
首筋に食らいついている英嗣の肩を、和泉はやんわり押す。
「そうでは……なく……あの……。もしかしたら、月の障りかもしれないので……。ごめんなさい。はばからずに……申して……」
月経が来る周期だったのを失念していて、こんなときに英嗣の前で告げたのが死ぬほど恥ずかしい。真っ赤になった顔を和泉は寝巻きの袖で覆う。
「生きていれば現象は当たり前にあります。先月がそうだったからそろそろかと思ってしました」
「忘れてください」
「あなたに起こることは忘れないように出来ていますので、それは難しいかと思いますよ」
先程までふたりの間にあった淫靡な雰囲気がすっかり消えてしまったのに、和泉は肩を落とした。
そして思う。ひとつ屋根の下に夫も兄のような男もいるのに、いつからこんなにふしだらになってしまったのだろうかと。
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