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第二章:牡丹は可憐に咲き乱れる
十七
しおりを挟む嵐のような日から、一週間がすぎた日の日曜日。正午前の時間に来た英嗣は、書斎で毅と午後になっても話をしている。普段より長い彼らの話し合いに、和泉は少し不安になった。
お仕事の話かしら?
きっとそうだと思う反面、まさかの考えが頭をよぎる。夫婦の情など最初からないのだから、毅が英嗣を咎めるとは思えない。だけど、不貞は完全にひとの義に反している。離婚されるのは構わないが、英嗣に会えなくなってしまうのは死に等しい。
洋館の明るいサンルームにいても、すっきりと心が明るくなることはない。
「明るい窓辺で、恋文でもしたためているのですか?」
サンルームに入って来た英嗣が、和泉の向かいのイスに腰を下ろした。和泉は万年筆を置き、テーブルの便箋を片付けた。
「少し早いお歳暮がわりに、父へひざ掛けを贈ろうと思って手紙を書いているだけです」
「その万年筆で書かれているなら、きっとご尊父も喜ばれるでしょう」
「だといいのですけれど」
英嗣は、手に取った万年筆をじっくり見て「高価なものみたいですね」と呟いた。
「わかるのですか?」
「目利きじゃなくても刻印とペン先を見ればわかりますよ。もっとも、好事家なら形で年代もわかりそうですが。……書斎にいいインクがありましたよ」
「あの、わたし……情けないことにインクの補充が苦手なんです。壊してしまいそうで」
縮こまった和泉を英嗣が笑う。
「それなら、僕が補充して差し上げますよ」
「助かります」
「さあ、こちらへ」
万年筆を持った英嗣に手を取られて、向かった先に和泉は驚き動揺した。
そこは、二階の中央の部屋――書斎だった。毅から、離れ屋と書斎には立ち入るなと結婚当初に言い渡された場所だ。
「兄さんは離れにいますが、遠慮なくどうぞ」
「わたしはここで待っています」
立ち止まった和泉の手を引く英嗣が重厚な扉に手を掛けた。
「ごめんなさい。毅さんに立ち入りを禁止されているのです」
「いやだな、和泉さん」
「きゃっ」
強く手を引いた英嗣に腰を抱かれた。くちづけをしそうなくらいの距離に戸惑ったのは、ここが書斎の前だからだ。
いや、何度となく肌を重ねても、誰が見るかわからない場所で抱きしめられるのは狼狽えてしまう。
「和泉さん。あなたはとっくに禁を破っているじゃありませんか」
低い声で囁かれ、和泉は目を見開いた。にこやかな笑顔を見せる男は不穏な雰囲気しかない。
「我が帝国は夫ある妻の不義を法で禁じているのを、ご存知ありませんか?」
夫のある妻が不義をしたと訴えられれば、姦通罪で実刑が下される。江戸時代は極刑であったが、明治に公布された刑法では重禁錮、もしくは懲役刑に軽くなってはいるものの、罪は罪だ。
そう、英嗣が告げた。
「あなたは法を破っても、夫の言いつけは守るのですか? とっくに夫を裏切っているのに? あなたの正義はどこに、誰に誓ったものですか?」
「え、いじさん……」
「おいで、和泉。忘れているなら思い出させてあげましょう。覚悟しなさい」
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