魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

文字の大きさ
27 / 71
7.ロゼッタと火災現場

27.-2-

しおりを挟む
 


 南地区の昔からある上流階級用の古い集合住宅で降ろしてもらい、ロゼッタは一階の角部屋に入る。
 なぜか一緒に家に上がったマシューにお茶を出そうとして、固い蛇口と格闘しているあいだ、マシューは部屋の窓を開けて、シャンデリアのホコリよけをはずして灯りをつけてくれていた。魔導ランタン・ティールだけだった前回よりも明るくてホッとする。
 ホコリ臭さが幾分かマシになったリビングのテーブルにティーカップを置いて、ソファに腰を下ろす。

「窓とシャンデリア、ありがとうございました」

「ああ、窓は帰る前には締めておくよ」

 夜中。しかも一階だから、さすがのロゼッタも不用心だと笑う。前回は窓を開けることなかったし、寝室も掃除せずに寝泊まりしたので、今回は掃除をしてから寝ようと思うと話した。ベッドのシーツを替えるのは大変だが、身の回りのことは長い寮生活うちひとりでやってきたことだ。
 ひとりでなんでもやってきたし、ひとりは慣れている。
 それが、どうしてか、寂しい。一週間以上、ずっと彼と一緒にいたせいだろうか。でも、たった一週間だ。それに知らないところが多すぎるのに。

「明日の朝、迎えに来る」

「ええ、待ってます」

 玄関先にいるマシューがどことなく切なそうにしているのは、願望だ。手を差し出されて、別れの握手をすると、大きな手がすっぽりとロゼッタの手を包んだ。

「おやすみなさい、マシューさん」

 手を引っ張られ、ロゼッタはマシューの身体に倒れ込んだ。え? と思った瞬間、ぎゅっと抱きしめられて、ロゼッタの思考が止まった。

「……おやすみ、嬢ちゃん」

 そっと離れたマシューは、間違いなく切なそうに微笑んでいた。そして、頬を撫でられ──額にキスをされた。
 おやすみのキスをなぜマシューがしたのかさっぱりわからないが、嬉しくてロゼッタは微笑わらった。


 ──が、マシューがいなくなってから、ロゼッタはぐるくる考えを巡らせ悩んだ。

(なぜ、おやすみのキスを?)

 一週間以上、一緒に過ごすうちに妹だと思われたのかもしれない。

(それはそれで、嬉しいような……嬉しくないような……)

 夜着に着替える力を削がれたロゼッタは、シュミーズ姿でふらふらとソファの上に転がった。風呂と寝室はまだ掃除していないので入る気にならなかった。

(お風呂を洗って、それからシーツを替えて……それから……。……それから、マシューさんは今ごろ何をしてるんでしょうか……)

「いやいや、マシューさんは今ごろパブに着いたぐらいでしょうね! わかってますよぅ!」

 ごろりと寝返りをうって、クッションをたぐり寄せて抱きしめる。

(わからないですよ。あれ以来、ハニートラップのレッスンをしてくれないし)

「違いますよ! マシューさんを利用したくないんです! だっていい人だから!」

(実際、いい人ですよ。なにも知らないわたしにハニートラップの初歩の初歩だというトーク術を教えてくれましたし。実践できてませんけど。無理やりとか、強引とかそんなのないですし。嫌なことは絶対にしない、紳士ですよ。
 ……わたしに魅力がまったくないからそんな気も起きないのかもしれないですけど)

 考えていて、ずぅぅんと落ち込む。

「……かわいいって、嘘でも、嬉しいんですね」

 言葉にして、ぎゅっと胸が痛かった。イメリアのことを思い出したからだ。
 心の奥底でバカだと思ったのだ、イメリアを。出会ったばかりの男から誉めそやされ、愛してるとそそのかれ舞い上がって、金を貢いで身を崩して、フリューズ家の宝物を渡してしまったことを。

(今なら、姉さんの気持ちが分かります)

 今度から裁縫魔術を使うときはデザイン性を高めてみようとか、三つ編み意外もできるようになろうとか、お風呂でピカピカになるまで洗って香油をしっかり塗って、少しでもどこかを褒めてもらいたい。
 かわいく変わりたい。
 見た目だけじゃなくて、仕草も性根も変えたいと思うほどに。
 優しくしてもらいたい。優しくしたい。優しくなりたい。

「……どうしてでしょうね。こんなこと、生きてきて思ったことはありませんでした。胸のこの辺りがあったかくて……。そう、まるで恋をしているみたいで……す…………?」

 胸の上で手を合わせていたロゼッタは、ガバッと勢いよく起き上がった。
 そしてそのまま風呂へ向かい、汚れた浴室を掃除してから魔術で湯を沸かして、しっかり身体と髪を洗う。風呂上がりにクリームと香油をいつもより丁寧に塗って、夜着に着替え、水筒の飲み水をぐびぐび煽り、コップをターンッ! と勢いよく置いた。

「こ。こ、こ、……恋を!」

(いやいやいやいや、ロゼッタ・フリューズ、落ち着いてくださいよ! 相手はマシューさんですか? あんな無駄にキラキラした長髪イケメンを? いや、相手を好きになったのはわたしですから、相手がどんな人かは重要じゃないです。ちがうちがう。そうじゃないですってばぁ)

 人参色の湿った頭をバリバリ掻いて、バッグからメモ帳を取り出し、ガリガリとペンを走らせる。
 知り合ったばかりで、知っていることが少なすぎる相手を好きになることがあるのか否か。得意な古代エノク文字でしたためた。

(哲学の命題のようなタイトルになってしまいました。センスがなさすぎです)

「……少しでも知らないこと知ると嬉しくなるじゃないですか。それに……少しは、マシューさんがどんな人か知ってます」

 相手に少しでもよく思われたい。少しでも知りたい。たくさんお喋りをしたい。一緒にいたい。
 離れると、少し寂しくて、切ない。
 まるで離れた星座のロンリネス……。
 メモ帳に書き込んだ手が止まる。

「……って、中学女子みたいなポエムを書いてしまいました! 今まで恋したことがないから勝手がわからないんです! ああ! 一体誰にいいわけを!」

 こうして、ロゼッタはあーでもないこーでもないと遅すぎる初恋について考えていた。
 落ち着こうと、メモ帳を読み返して、やることを思い出した。

「ライアードが結婚詐欺を働いた証拠を掴んで、わたしと関係を持ってもらって、アデラード公のパーティか女王陛下のお茶会で悪事を暴く。これがわたしの使命です」

 初めにマシューから言われたことだ。

(でも、わたし……、マシューさん以外の男の人と仲良くなれるのでしょうか? マシューさんを利用して? 憎いライアードと仲良く? そんなのできません!)

「……でも、初志貫徹です! そう、マシューさんを利用したくないなら、利用しないように動くべきなんですよ。わたしが!」

 そうだと、ロゼッタは立ち上がる。

(朝になったら、ひとりで火災事故現場に行ってみましょう……)





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...