魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

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7.ロゼッタと火災現場

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 まだ朝が消えない早朝、ロゼッタは家から歩いて古い高級住宅地にやってきた。
 南地区よりも歴史あるこの地区は、古い様式の集合住宅が多い。古いコンクリートとレンガを使っていて断熱性能が高かったから、他所の外壁を焦がした程度ですんでいた。
 もちろん、フリューズ家が入っていた建物は全焼で、真っ黒な外壁と頑丈だった内部のコンクリートを残しているだけ。水を操り、燃える物を破壊することに長けた消防が多かったおかげと、火災そのものの発見が早かったおかげで、住民も近隣住民も重傷者を出さずにすんだ。

(姉さんを助けてくれたハリーさんの通報が早かったおかげですよね)

 黄色のテープには人が入れない魔術がかけられている。ロゼッタは、目に魔力を集めて魔術の術式を手帳に書き写し、テープにかけられた魔術をおのれにかけて同一化してすり抜けた。一時的に解除する魔術だと警報が鳴るかと危ぶんだからだ。
 魔導ランタンを出して、真っ黒になった建物に入った。

 ある程度の物なら落ちてきても大丈夫なように、自分に強化魔術をかける。口元をハンカチでおおい、燃えた臭いや灰を吸わないようにした。

「……っと」

 傘のように広がるネイビーのスカートは、繊細な同色のレースで惜しげなく覆われている。魔術で織られて、魔術で作られたから服だから、汚れたり引っかけたりしても大丈夫だろうが、心配だ。

(……せっかくマシューさんが選んでくれたワンピースを汚したくありませんし)

 スカートをつまんで炭になった廊下を通り、蝶番にぶら下がっている燃えたドアを魔術スティックでつついて、静かに外す。連鎖的にどこが落ちてこないように気にしつつ、部屋の物をできるだけ変えないように移動する。

(読んだ探偵物の小説がこんなところで活きましたね)

 小説の探偵が現場検証する場面を思い出して、黒焦げのリビングに入った。
 ロゼッタがこの家で暮らしたことはないから、どこになにがあるのか検討がつかない。

(全焼っていっても、家具の形はあるものなんですね)

 とはいえ、あちこち炭色で破損している。火災爆発やガス爆発が起こらなかったのも幸いだった。
 壁と天井を焼いた跡をじっくり見ても、どこが火災原因なのか、素人のロゼッタにはわからない。
 ランタン・ティールがカーテンを燃焼させたのが原因だったのを思い出す。

(これではティールの炎がどこのカーテンに引火して、どこを激しく焼いたのかわかりませんね)

 火災になりにくいティールの事故で一番多いのが、長時間、物のそばに置いて燃え移ったものだ。説明書に八時から十時間の連続灯火による延焼について書かれているが、大勢が安全だと信じ切っている。
 魔術師として育ったイメリアがティールの扱いを間違えるとは、信じがたい。それに、どうして部屋の隅にランタンを置いたのかが謎だ。手元を見やすくする明かりをなぜ部屋の隅に置いたのか。

「うわ……あっ、と!」

 上ばかり見て歩いていて、焦げた床の上にあったなにかを踏みつけ、足を大きく上げて仰向けに転びそうになった──背中を誰かが支えてくれた。

「ロゼッタ!」

 真っ黒な天井だった視界一面が、マシューの顔に変わって、ひどく慌てた。

「な、ななななな、なんでいるんですか!?」

「助けたのにそれか?」

 一度マシューの身体にもたれて体勢を整えてから、彼の両腕に守られるように立ち上がる。

「すみません」

「助けたのにそれか?」

 整った眉根を寄せているタレ目がいつもよりつり上がっている。

「同じこと二度も言わなくてもいいじゃないですか」

「怒ってるんだ」

「顔を見ればわかります」

「なぜ、怒ってるのかわかるか?」

「……なぜでしょう?」

「わからないなら、考えておけ」

 不機嫌な美貌は迫力がある。黙っていてもどこも損なわれないのだと、ヒヤヒヤしながらロゼッタは盗み見る。

「あの」

「少し黙ってろ、すかたん」

「すかたん……! そんなきょうび聞かない言葉で罵られたのは初めてです」

「黙ってろ」

「はい」

 すごまれて、ロゼッタは背筋をビシッとさせた。それからマシューはロゼッタを見ないで俯く。だから、ロゼッタはだんだんと気になり始めた。なぜ怒らせたのか。
 沈黙のせいで、朝が開けて人々が動き出したざわめきが遠くに聞こえる。
 考えていたロゼッタが、そろり口を開ける。

「ごめんなさい、マシューさん。迎えに来てくれる約束を破ってしまいました」

 泣きそうな情けない声が出た。実際、嫌われてしまったと泣きそうだった。

「わたし、ひとりでも頑張れるようにしようと思ったんです。マシューさんを煩わせてばかりだったので、かっこいいところを見せたかったんです」

 嫌わないでくださいー! と、涙目で手を組んだ。
 誰かに嫌われるのが初めて怖いと思ったロゼッタは、祈ることしかできない。
 ややあって、マシューは長い琥珀色の前髪を掻き上げた。

「……悪かった、嬢ちゃん。怒りすぎた」

「マシューさん、許してくれるんですか?」

「こういった場所は危ないだろうが。女がひとりで来る場所じゃない。歩いて来たならなおさらだ」

「こんなモッサい女を襲う物好きはいませんよ」

「誰がモッサい女なんだ。あとで躾けてやるとして。もうセラドンを一人歩きするな。それから、俺とした約束は守れ。どんな小さな約束でもだ」

「はい。ごめんなさい」

 しおしおにしおれてしまったロゼッタの頭をポンポンっとマシューが軽く撫でた。

「せっかくの髪が煤だらけだ」

「まとめ髪もがんばりました」

「どこがだ。くしゃくしゃじゃないか。これもあとで直してやる」



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