魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

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7.ロゼッタと火災現場

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「ロゼッタ」

 大人の男らしい声で静かに名を呼ばれ、ロゼッタはまじまじとマシューを眺める。間近で見る紫色の瞳は、アメジストよりもきれいだ。

「名前を」

「そうだ。まだまだお嬢ちゃんだが、魔術も立派だ。いろいろと見直したよ」

「ありがとうご……」

 しいっと男らしい指を唇につけられて、ロゼッタは赤くなって口をつぐむ。そのまま見つめられて、どうしていいかわからない。

「どうしたものかな。俺もなぜなのかわからない」

 唇を、マシューの指がゆっくりなぞり、ふにっと押す。

「キスの経験は?」

 喋れないロゼッタはううんと小さく首を振る。
 もしも、経験することがあれば、マシューがいい。マシューでなければ嫌だ。

「そう」

 ふっと笑んだ彼が近づいて、ロゼッタはゆっくり瞼を下ろした。しかし、彼は頬にくちづけた。

「マシューさん」

「ん?」

「そ、そんなに……魅力ないですよね。わ、わたしなんかじゃ」

 マシューから視線を外して、彼を責める。理由は自分にあるというのに。

「そうじゃない。セラドンをひとり歩きさせたくないくらい、魅力的になった。表情も明るくなって、笑顔もかわいいよ」

「それは……、マシューさんが選んでくれたドレスとワンピースと、マシューさんが髪を結ってくれるから、です」

「俺がかわいいと褒めてるんだから、事実だ」

「じゃあ……してくれてもいいじゃないですか?」

「そういう、真っ直ぐさだよ、嬢ちゃん」

 苦しい。彼からしてみれば子供だから。これまでに恋の経験があれば違ったのかもしれない。
 どうやって気持ちを伝えればいいのか、わからないならわからないなりに伝えればいいのだと、ロゼッタは顔を上げる。

「わたしは……、恋を……マシューさんに、恋をしてるん……だと、思います」

 マシューが長い息を吐く。呆れたものかなんなのか。それとも、お断りの返事なのか。わからなくて、怖くて、ドキドキする。誰かの顔色をうかがうのも、嫌われるのが怖いのもマシューが初めてだ。勝手がわからない。

「マシューさんのこと、なにも知らなくて。でも、一緒にいて、あなたを知ると嬉しいんです。……もっともっとマシューさんのことが知りたくて、もっと一緒にいたいって思うんです……。これが、恋じゃなくてなんだというんですか?」

 マシューからの答えがほしい。だが、彼はなにも言わない。

「つり合わないのは承知です。だから、一度だけでも……その……」

 なにを言っているのだろうか? こんな愛の告白では迷惑じゃないのか? 現に、彼はなにも言わない。

「一度だけでもいいから、キスをして、ください。……マシューさんのことを教えてくださいっ」

(ち、沈黙に堪えきれずに告白してしまった……!)

 マシューはくつくつ肩を揺らして笑っている。ロゼッタはだんだんとムッとしてきた。生まれて初めての愛の告白を笑われたのだ。

「あの……やっぱり……なしにしてください!」

「もう聞いた」

 頬を大きな手で包まれて、ロゼッタは怒っていいのか、恥ずかしがっていいのかわからない。自分のことなのに、わからないことが増えていく。

「それなら、俺も答えようか」

「……ふぁい」

「俺を知りたい?」

「もちろんです」

「小さな約束は?」

「守ります」

「そばに置いておきたいほど、いい女だよ、おまえは」

「……と、いいますと?」

「一度きりで教えきれない」

「マシューさ……、ん」

 見つめられた恥ずかしさに負けて瞼がおりると、唇に柔らかいぬくもりを感じた。初めてのキスの感覚は、身体中のどこもかしこもドキドキさせて熱くさせる。
 一度離れたマシューが、もう一度キスをする。次はしっかりと唇を合わせる長いキスだった。

(息が……っ!)

 ロゼッタはマシューの胸を叩いて降参だと教えるが、叩いている手を握られて、指を絡め取られた。

「いきが、つづきま、せん……」

 ようやく言えたとき、熱くてぬるりとしたものが口内に差し込まれて、腰のあたりがゾクゾクとした。本を読んだときは、舌を入れるキスもあるのを知ったが、なぜ舌を入れるのか? 味見なのか? と、思った。
 現在、なにも考えられない。
 マシューの舌が口内を丹念に調べるように探る。ロゼッタが縮ませた舌をつついて、絡める。

(なんだか、……きもち、いい)

 酸欠手前でふわふわしているのか、彼のキスがふわふわさせるのか。

「……ん、ふぅ」

 ため息に似たなにかが鼻から出ていく。甘えようとしているみたいな声。口の中を掻き混ぜられるたび、なにも考えられなくなる。

(溺れ、そう……です)

 苦しいのに気持ちがよくて、心地いい。もっと続けてもらいたくなるキスは、頬に、鼻先に、瞼に降り注ぐ。

「…………ひゃ」

 耳にキスをされると、腰のゾクゾクが止まらない。

「ロゼッタ」

 まろやかな低い声で名前を呼ばれると、無上の喜びを感じる。

(もっと、呼んでください)

 ゆっくりとベッドに倒れ込んだ。マシューの手がシュミーズの上から胸を触り、見た目よりもしっかりある乳房をやわやわと揉みしだく。

「……ふ、ふふっ。く、くすぐったい」

 笑うとマシューが少し眉を上げる。

「そう言ってられないようにしようか」

「……え?」

 彼の手がしゅるりと夜着のリボンを解いて、はだけた隙間に手を差し込まれた。素肌をくすぐる彼の手が、まるく柔らかな乳房をすっかり出してしまうと、ロゼッタは固まった。



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