魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

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13.幕間。抜き差しならない

59.-2-

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「食べたら風呂に入れ……ってなにを」

 戻ると、食事を終えたロゼッタは床に這いつくばって、撒き散らした魔術式だらけの紙を読んでいた。これくらいの奇行は慣れたものだ。が、慣れてはいけない。
 よいしょっと抱き上げてイスを座らせると、無我夢中で黒板をガリガリ書い魔術式を書きはじめた。
 邪魔するのは悪いなと思い、茶のおかわりを用意しようと部屋を出ようとしたら、ジャケットを思いっきり引っ張られた。長い髪を引っ張られなくてよかったが。

「すみません! マシューさんがいてくれるのに夢中になってしまいました!」

 寝不足の赤い目を潤ませて見上げられると、仕方がないと思えるのだから、惚れたなんとやらだ。

「なにをしているんだ?」

「あのですね。エレクシルの中に様々な成分を黄金へ変換させる魔術式があるとします。魔術式というものはある流れや法則を持っていて正や負へ作用するんです。あっ、初歩なのでご存じだと思うのですけど。エレクシルの魔術式をぶった切ってやれば……、なにが起こるかわかりませんが、一つだけ予想できます」

「つまり?」

「エレクシルで黄金が生成できない、ということです。
 わたしもエレクシルの魔術式をすべて理解できていないのですが、つないでいる魔術式の途中を改ざんしてやるんですよ。それなら多少強引なやり方でもいいと思うんです」

「それは確実な勝算ではないんだな?」

「そりゃあ、まあ。本当は浄化して無害化したいのですけど。こんな猛毒、土に埋めてたら土壌汚染の元になりますし、川や海に流しても汚染してしまいます。いつまで続くかわからない自然破壊は選べません。
 ……ならば、魔術式をぶった切って改ざんして……、でも、毒は毒ですね。ううーん。無毒化するには解毒の魔術式がいいのでしょうが……」

「簡単な話、超高温で燃やせばいい」

「ああ! わたしが寝ずに考えていたことを極論であっさりと覆されました!」

 ロゼッタは頭を抱えてから、うーんと唸りながら考えて、ぱっと顔を上げる。

「そうですね、それでいきましょう。燃え広がらないようにエレクシルだけを燃やす地獄の業火を生成して、灰燼に帰してやりましょう。灰すらも残さないように……!
 くくく。地獄の業火に焼かれて天国に憧れるがいいですよ!」

「そうかそうか。自分が燃え尽きないようにしてくれよ」

「燃え尽きても、マシューさんが灰の中から復活させてくれるんでしょう?」

 信じ切った笑顔を向けられると、まんざらでもない。

「あいにく、不死鳥を恋人にもった覚えはないな。変わり者の魔術師なら」

 丸メガネをはずして、ひょいっと抱き上げると、くるりと回ってベッドにそっと下ろして押し倒す。

「恋人だが?」

 何度もキスをしてそれ以上もしているのに、いまだ処女だからか、ロゼッタは顔を真っ赤にする。そんな反応もかわいいと思うのだが、多少は慣れていただきたい。

「ふ、フレイムインフェルノの魔術式を考えたいのですが……」

「なにがインフェルノだ。押し倒されてるときに心の中の十四歳を出すな」

「まだ昼です。ふしだらいかがわしいことはいけないと思います、よ?」

「恋人同士が愛し合うのに時間は必要ない。そう思わないか?」

 薬品荒れが治りかけている手にキスを繰り返すと、ロゼッタの力が少しずつ抜けていく。
本当は唇に噛みついて首筋を噛みついてやりたいのをマシューは隠す。柔肉を味わうことなく、性急につながりたい欲望を。

「こっちは堪えてるんだ。少しは察しろ」

「なにをですか?」

「その余裕しゃくしゃくの知らんぷりはいつまで続くかな?」

 ロゼッタの知的な瞳は、これからどうなるのか期待した色になっている。
 さて、今日はどうやって彼女に快感を植えつけてやろうか。

「ちょ、脱がさないでくださ……んん」

 青灰色のデイドレスの胸リボンをとり、ボタンを外しながら、口紅を塗っていない淡いピンク色の唇を塞ぐ。舌を差し込んで擽り嬲り、すっかりロゼッタを酔わせる。
目を潤ませて甘く痺れた息を零す彼女から、女の色香が立ち上るのも普段と違っていていい。むしろ、そうだから、いいのだ。

 キスを繰り返してデイドレスを脱がせて、シュミーズすら脱がせる。日に焼けたことがない背中を指先で滑らせる。肩甲骨のあたりが弱いロゼッタはピクリと跳ねる。

「あ……や。明るい、です、からぁ」

 向き合うとロゼッタは細い腕で胸を隠そうとする。しかし、彼女の白く丸い乳房は零れてしまう。
 マシューは柔らかな腹筋に五指をつけて、ゆっくりベッドに押し倒す。「あ」とロゼッタは小さく啼いて、シーツに夕焼け雲のような色の髪を広げた。
 マシューは彼女のほっそりとした手を取り、薬品で荒れた指先に、手の甲に、手首にキスを繰り返し、愛しさを刻む。

「俺は正式に婚約するまで婚前交渉はしない。これが俺の覚悟だ」

 真剣な眼差しを向けると、オークの実のような形の目元を蕩けはじめさせたロゼッタは、えへへと少し困ったように笑う。

「……生涯無理じゃないですか」

 公爵子息だが、まだ跡を継いでいない。が、ロゼッタは貴族のマシューと中流階級の自分ではつり合わないと思い込んでいる。
マシューもそんなくだらないことは、初めからわかっている。だからこそ、この恋は実らせる。



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