魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

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14.ロゼッタと決着

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アデラード卿の邸宅の離れ──煌びやかなジョンブリアン舘で開かれるガーデンパーティは、これまでの規模と違って大きい。だが、堅苦しさは少なくて和やかなのは、愛娘のグレイシアが中心になっているからだ。彼女の笑い声は聞く者を笑顔にしてしまう。

愛娘を見守っていた父親・アイザック・アデラードは、懐中時計に目を落として、執事に秘密の命令を下す。人を集めよ、と。


庭の外れの四阿は、剪定がきっちりなされた明るい色のコニファーたちと季節のバラに囲まれていて、秘密の逢い引きに適したロマンチックな場所だ。今日は楽団が奏でる音楽が遠く聞こえるのも、愛をささやき合う恋人たちにはもってこいだ。
だが、その四阿にある大理石の円卓を囲むのは、にこやかさの欠片もない気難しい顔つきの主催者アイザック・アデラード。黒いヒゲを口元にたくわえた人がよさそうな銀行家の男爵・キャラウェイ、黄金を作る霊薬を知る紳士淑女など。
そのテーブルの上には、見て楽しく味わって美味しい料理ではなく、ラピスラズリ色の壷がひとつだけ。その壷の前には金髪男がいる。彼の金髪の根元から数センチは焦茶色の髪だ。脱色やヘアカラーを楽しむのも余裕ある上流階級者ならではのファッションだが、男の後に撫でつけられた金髪は、どことなく疲れが見えていた。
男がジョージ・ライアード伯爵だとアイザックが改めてテーブルを囲む皆に紹介すると、男──ライアードは仰々しく演技めいたお辞儀をした。

「ライアード卿。今日こそは黄金を生成する魔術を見せてくれる約束だったな」

「はい。この万物を黄金に変える世界唯一の霊薬で閣下の思うがままに。
しかし、今日は……魔力が足りなくて。代わりに作った黄金を持ってまいりました」

ライアードは大きなトランクケースの中から、バラの花束、繊細なレースのハンカチ、木目がそのままの木の板──すべてしっとりとした黄金色に光る見事な品の数々を並べる。特にバラは生き生きとした生花そのままが黄金になった有様だ。
他の紳士淑女たちが感心した声を小さく零す。キャラウェイは片眼鏡の目を大きくさせて、繊細な黄金の品々とライアードのかしこまった笑顔を見比べる。

「こんなに素晴らしい黄金を作り出せるには相当な魔力が必要なのでしょう。前は私の前で見せてくれたではないですか。もったいぶらずに見せてくださいよ」

「その時は調子がよかったのです。調子が戻れば皆様にお見せできたのですが、残念で仕方がありません」

「今はライアード卿しか持っていない霊薬が量産できれば、大ウィスタリア王国は豊かになりますよ。ええ、魔力は魔力結晶石を買えば済むことですから、お気になさいますな。
しかしぃ……アデラード閣下にも素晴らしい魔術を見てもらいたいものですなぁ。どなたか、魔力に自信がある紳士はおりませんか?」

「はい」

自信に満ちた優等生の返事とともにひとりの淑女が前に出る。夕焼けキャロット色の髪を上品にまとめ、落ち着いた緑色の帽子と同色のドレスのロゼッタが丸メガネを直し、優等生のようにお辞儀をした。
隣の琥珀色の長い髪を後で結んだマシューが、ロゼッタを円卓までエスコートした。

「わたしは王立魔術大学に籍を置く、大魔術師ボールドウィン先生の弟子です。魔術師なので魔力量なら自信があります」

「おお、これはこれは。可憐で頼もしい助っ人ですねぇ。ライアード卿、よかったじゃあありませんか!」

キャラウェイはにこやかにロゼッタを歓迎しているが、ライアードは違う。

「初めまして、メイズベリー伯ジョージ・ライアード閣下」

「ま、まさか、おまえは……」

「アルター・ボールドウィン伯爵が養父、フリューズ家出身のロゼッタと申します。先ほども申しあげました通り、魔術師です。お目にかかるのは初めてですが、ご存じかと思います」

今度は淑女さながらのお辞儀カーテシーを披露したロゼッタの登場は、ライアードを愕然とさせて顔色を悪くさせた。場の誰もが魔術師の登場を歓迎しているのに。

マシューは、キャラウェイから黒い艶のあるペンを借りると壷の中の黒い液体に沈める。ロゼッタがそっと壷に手をそえる。なにも唱えることなくパリッと静電気が空気を割る音を立てた。
ピンセットで取り出したペンは、黒い液体こそ付着しているが黄金色に変わっていた。
液体を丁寧に拭き取り水で洗い流してから、ロゼッタはキャラウェイにペンを返した。受け取ったキャラウェイは黄金の虜になった笑みを浮かべている。

「魔力の量も必要ですが、この霊薬が物質を黄金に変えるのには、ある特殊な条件があるんです。その条件をライアード卿は知っていますよね?」

「なにを言っているんだ、おまえ」

「この霊薬は、正当な持ち主であるフリューズ家の人間の魔力でなければ発動しないんです」

 ロゼッタがはっきり言い切ると、明らかにライアードは狼狽えた。

「正当な持ち主? 馬鹿なことを言うな! アデラード閣下、こんなどこの馬の骨ともわからない下流層の人間の言うことを聞いてはいけませんよ! すぐにつまみ出してください!」

「ボールドウィン卿の養女ならば、れっきとした伯爵令嬢ではないか。私は、先日のお披露目パーティで、ボールドウィン卿じきじきにロゼッタさんを紹介してもらったのだよ。このアイザック・アデラードの名において、彼女の身分はボールドウィン伯爵家の令嬢であり、王立魔術大学の門徒であると明言しよう。それでいいね、ライアード卿、ロゼッタさん」

アイザックが強く睨むと、狐につままれた顔をしているライアードは「そんなばかなことが……」と小さく零して、ロゼッタに恨みがましい眼差しを向ける。
ロゼッタは萎縮せずに胸を張る。もしも、マシューと出会っていなかったら、怯えてまともな言葉も出なかっただろう。



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