魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

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14.ロゼッタと決着

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 集まっている人たちは、ライアードとロゼッタのやりとりを見てざわついている。

「ライアード伯爵さま。あなたに姉イメリアが騙された証拠をわたしは持っています。ですが、あなたの名誉のためにすべてを話してくれませんか?」

「なにが、名誉だ! こんな……こんな! ──名誉毀損だ!」

 掴みかかろうとしたライアードをマシューが片手でいなして、ロゼッタを広い背中で守る。

「ライアード卿。あんたが逆に訴えられる側じゃないのか? 父とキャラウェイ卿たちに吹き込んだ、この霊薬を作る工房はどの程度完成しているんだ?」

「……も、黙秘する。弁護士をつれてくるまで僕はなにも話さない」

「おっと、そう嫌がるなよ。……俺はアイザック・アデラードを父に持つ、マティアス・アデラードだ。魔術省内務局に出仕していて、ある詐欺事件を追っていた」

「それがなんだ?僕には関係ない」

 狼狽えてはいるものライアードは強気だ。マシューは、その心持ちがどこから出てくるのか理解できないと、肩をすくめた。

「あるひとりの男が起こした美術品詐欺と地金詐欺、結婚詐欺だ。ライアード卿には関係ないことか?」

「そ、そうだ、関係がないことをベラベラと並べられてもな」

 振り乱した髪をライアードは整えることなく、マシューとロゼッタを指さす。
 マシューは、それなら思い出してもらおうと、ゆっくり低い声で言う。

「前回のジョンブリアン舘でのパーティにあんたは出席していた。その同日同時刻に上流階級者の集合住宅で火災があったのを知っているだろう?」

「さあ? なんのことかな?」

「これでも嘘を吐き続けらればたいした者か、はたまたそういう病気か疑うね」

 ハリーがイメリアを乗せた車椅子押して、四阿にゆっくり向かってくる。今日のイメリアもいつも通り外界への反応は薄く、ライアードがいてもぼんやりとしている。

「…………な、んだと。たしかに……そんな」

「まるで死人と会ったみたいな顔色だが? 彼女の名前を知っているな?」

 蒼白の面持ちでライアードは激しく首を振る。
 マシューは半分焼け焦げたワインボトルを大理石のテーブルに置くと、ライアードは小さく悲鳴を上げた。

「火災現場からワインボトルが見つかった。こびりついていた内容物を王立魔術大学で分析したところ、その霊薬と同一だと判明した。このことに関しては?」

「あ、あの女が家から持ってきた毒だろう? 僕に一体なんの関係があると言うんだ!」

 裏返ったみっともない声を上げながら、ライアードはイメリアから遠ざかろうとした。その狼狽えるばかりの男の肩をマシューが掴んでにやり笑う。

「おかしいな。おまえは『世界唯一の霊薬』と言ったじゃないか。おまえしか持たない世界唯一のものを彼女が持っていたいのか? それに、毒だってなぜわかる?」

 マシューは大衆紙を取り出してライアードに突きつける。その大衆紙をアイザックは受け取り、読み上げる。

「デイリーセラドン。大ウィスタリア王国の我らが首都・セラドンを流れる市民に愛されるマルン川に架かるレグホーン橋より下流で魚の大量死が見つかる。生活排水で汚れていたとはいえ天変地異の先触れではないかと、震えながら漁師は語る。……か。これがそのワインの内容物だと断言できるのか?」

「それは……その」

 ライアードはしどろもどろになりながらも、逃れようと言葉を探す。だが、ロゼッタは違う。

「わたしは過去を見る魔術で真実をこちらのマティアスさまと見ました」

 真っ直ぐにアイザックを見つめるロゼッタには一片の迷いがない。アイザックは息子マシューに目を向ける。

「私も間違いなくて過去を見たと誓います。証拠にはなりませんが。……その上で言いましょう。火災からひと月前。この霊薬はありとあらゆる毒物が使われているのを、イメリア女史がマルン川の橋……ライアード卿の自宅からほど近いレグホーン橋から少量零しました。
 ──それで違わないな?」

 ライアードは大理石のテーブルにガタッともたれた。あと一息だと、ロゼッタは拳を握る。
 震えながらライアードは悔しげに涙をためて、マシューの美貌を見上げる。
「霊薬はフリューズ家から騙し取った物だろう?」

「違う! その女が譲渡するとサインしたんだ!」

「サイン? ライアード家の物なのに?」

「うっ、それは……それは……」

「これ以上まだ、みっともない芝居を続けるのか? 続けるなら付き合うぞ。パーティの日の正午におまえがセラドンのフリューズ家に訪れていたのは、イメリア女史の後の男と集合住宅の住民が証言している」

「証言は証拠じゃない……!」

「じゃあ、ワインボトルの内容物をどう説明するんだ? おまえしか持ってない物をイメリア女史が家から持ってくる? 矛盾だらけだな」

「う……! ……ぅうっ」

「ライアード伯爵さま。すべてを話して罪を償ってください。そして、姉さんに謝ってください! それで許しはしませんけれども」

「そんな田舎の淫売に誰が謝るものか! 僕は伯爵だぞ!」

 怒りでガタガタ震えたライアードが懐からナイフを出してロゼッタ向ける。

「近づくんじゃあない! こいつにはエレクシルが塗ってある。毒で苦しまずに死ねるんだから感謝しろぉ!」

 ライアードは叫びながらナイフを遮二無二振り回し、ロゼッタに近づいて凶刃を振り上げた。

「逃げろ、ロゼッタ!」

 ドンッとロゼッタを突き飛ばしたマシューのコートを切ったナイフは、彼の脇腹をかすめた。マシューは長い足でライアードの腕を蹴り上げてナイフを落とすと、勢いを殺さずライアードの顎に強烈な掌底を食らわせた。
 長身男のアッパーカットが思いっきり入ったライアードは、足先を地から離して頭から落ち、白目をむいてどしゃあっと倒れた。脳震盪のうしんとうを起こしているライアードの身体を、給仕姿のヒューゴら部下が押さえて捕縛する。

「手間取らせやがって」

 苦々しく言ったマシューが脇を押さえて膝を地につける。地面をパタパタと赤い雫が汚す。



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