上 下
33 / 45
終章.嘘つきたちの本音。

03.幸せの塩梅

しおりを挟む
 
 ☽・:*



 和風ファミレスでのバイトが終わった午後11時すぎ。終電にはまだ早い時間だからいつも定期を使って帰宅していた。のだけれど。
 駐車場に止まっている1台のドイツ車のエンブレムがあるSUV車に乗り込んだ。

「迎えはいらないって言ってるでしょ」

 乗り込んでおいての文句。我ながら高飛車で高慢だ。だが、わたしは態度を改めないで、ぷんぷんしながら後部座席から運転手を睨む。
 セキはハンドルを静かに動かしながら、ルームミラー越しにふんわりと微笑う。

「大学への送り迎えを譲歩したんだから、我慢してね」

 あの軟禁(ほぼ監禁だ)を経て3週間、こうしてバイト帰りはセキの車だ。
 4日ぶりにシャバに出た代わりに、セキは通学の送り迎えをすると言って聞かなかった。しかし、わたしも負けていられない。バイトがない日は、ゼミに入り浸り有意義な時間をすごしているのだ。そうじゃない時は古書店街をふらりふらふら巡っている。趣味だけは何人たりとて邪魔してくれるな。魂の洗濯をするのは、生きる上で必要不可欠だと、あーだこーだわめき散らかした。

 バイトと趣味の時間が増えた背景は、生活スタイルがすっかり変わってしまったのがうら寂しいのだ。
 これまで、セーキョーのオトクな通販を活用しつつも、チラシをチェックしては、お値打ちで旬の食材を取り入れた日々の献立を考えていたのだが、それがなくなってしまった。
 今はセキが率先してネット通販、産地直送、おハイソな高級ラインのスーパーで生鮮食品を買っては、高機能で大きい冷蔵庫をパンパンにしている。
 主婦権は生活費を預かるセキに渡ってしまった。

 わたしは時々、おままごと程度に茶系オフクロ料理を作り、掃除洗濯の家事をちょろんとする程度になりさがってしまった。
 なぜか?
 だだっ広い家を清潔に保つため、セキが家事代行サービスと契約をしているし、日々の軽い掃除機かけはAI搭載の学習するロボット掃除機くんがしてくれる。
 ロボット掃除機くんはカブトガニのように愛嬌があるので、ペットを飼っている気分になっている。箒の神さま、矢乃波波木 ヤハノハバキから名前を拝借して、こっそりヤハノくんと呼んでかわいがっている。ちなみにヤハノくんは1号から5号までいるお掃除部隊でもある。

 引っ越してからわたしがやることはとても少ない。それでも勉強に身が入るわけでもないのは、ドスケベセキがいるせいであり、わたしも性行為がしたくなる時が増えたからである。
 セキと長い時間いると、その性フェロモンに当てられてしまい、性行為がしたくなるのだ。と、わたしはこの現象に結論づけている。

「お父さんから大事な娘さんを預かってるしね」
「つい3週間前まで送り迎えなんて、気が向いた時だけだったくせにどの口が言ってんだ。てんでい」
「きゆがバイトに勤しむ姿、お父さんに見せたら泣いて喜んでたよ?」
「盗撮するな! しかもお父さんに見せるなぁ」

 これでも年頃の娘である。
 フォークランドにいるお父さんも、娘がバイトする姿を見て喜ばないでくれ。
 年がら年中フラフラしているお父さんは、それなりに有名な写真家で冒険家であり、危険を渡り歩く交渉人である。お母さんが生きている頃は、国防関係に従事していたらしい。

 お母さんがいない日本にいたくなかったのもあるだろうが、小学校を卒業したばかりの娘の育児を人任せ、息子任せにしていたのは立派な育児放棄だ。
 これまでの人生、お兄ちゃんがいてくれて、時間を忘れる趣味オカルトがあったから、ひとりで夜をすごすことがあってもそんなに寂しくなかった。
 わたしがいたから、お兄ちゃんこそが青春を謳歌できずに家に縛られていた。そんな最愛の人の幸せを願わずに、なにを願うというのか。


 ☽・:*


 それから冬本番がやって来た。年明けのウルトラハッピー大安吉日の良き日は、お兄ちゃんの結婚式。ホテルで挙げる式の出席者はほぼ身内。何年ぶりかにお父さんも会える。
 それよりも大きな吉報がわたしの元へやってきた! 半年貯めた大枚と引き換えにだが、万年筆とインクセットが無事に手元にやってきたのだ。文具店のマスターはオマケにと、美しい特殊紙のカードを数枚つけてくれた。
 これを喜ばずにいられようか!
 おかげでこのところわたしは、冬将軍を倒せる勢いで機嫌がよかった。
 だが、セキは違っていた。年末に向けて業界が忙しくなるらしく、再び仕事で拉致監禁をされるのだと嘆いていた。

 リビングの大きなテレビからクリスマスの定番コメディ映画が流れているなか、わたしの視線はぐつぐつ煮えたぎるすき焼き鍋。焼き豆腐が味しみしみに育つのを待ちつつ、すき焼き用米沢牛がほどよく煮えるのを待っていた。
 セキは赤ワインを鍋からアクをすいすいと穴杓子でマメに取りながら、よよよと泣き真似をする。アラサーおじさんがやると、かわいくない。

「仕事したくない。せっかくのクリスマス前なのに」
「とくにそういうイベントに興味ないの、知ってるでしょ。セキが来てからクリスマスにご馳走を食べるようになったくらいなんだよ」

 小学生になる頃には、サンタクロースの原形は聖ニコラスであり、赤い服の太っちょなおじいさんはクリスマス商戦を盛り上げる存在だと認識していた。冷めていたのではなく、サンタクロースは何者かと、ネット検索していたら某ウェブ辞典に行きついてしまった事故なのだ。

 以来、我が家ではささやかなクリスマスプレゼントを贈りあって、小さなケーキを食べておしまい。もちろん、お兄ちゃんがくれたプレゼントは包装紙からなにからなにまで保存していた。それらは引っ越しを機に写真に残して捨てしまったのだけど、プレゼントは未だに宝物。一生捨てない。文房具や万年筆、ガラスペンへの道はお兄ちゃんが作ってくれたと言っても過言ではない。

 稲代家の小さなクリスマスツリーは、お仏壇にちょんと飾っていた。ロウソクもあったし雰囲気的にはクリスマスミサで間違いない。
 クリスマスよりも年末のわたしの楽しみは、忠臣蔵スペシャルとオカルトスペシャルと大掃除。歌合戦を見ながら、おせちをほんの少しこしらえること。
 聖誕祭とサンタクロースよりも、現世ご利益がある年神さまを健やかに迎えるほうがよかった。そのほうが誰かを困らせないでいるから、幸せなのだ。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

惜しみなく愛は奪われる

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:193

魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:57

倫理観のないとある世界のとある一組

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:3

騎士団長の欲望に今日も犯される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:128

俺様白雪王子と不可避なハッピーエンド

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:19

犯されたい女とお持ち帰りした青年の話(エロしかない)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:28

処理中です...