英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏

文字の大きさ
6 / 111
Episode01:You should marry with him

5

しおりを挟む
 人生の中で最も気まずい時間をエレベーターの中で過ごした萌衣は、ロビーに繋がるドアが開くと同時にホッと息をついた。

 ビルの一階には備え付けられているコーヒーショップFURADAフラダで祖母が待ちくたびれたと言わんばかりの表情で、残業を終えたばかりの要領の悪い孫娘のことを、待ち構えていた。

 ロビーにはちらほら人が残っているが、同じオフィスの人間はいないため、萌衣とジャンが一緒に歩いていても気にするような人はいない。

「あなたが遅かったから、日付が変わってしまうところだったわ」

 上司の目の前で、身内に皮肉を言われるほど精神的にくるものはない。

 とっくに飲み干したコーヒーのカップをゴミ箱に捨てて、絹江が萌衣達のいる歩行へ歩いてきた。

「今日突然言われたって、私にだって都合ってものが……」

 ブツブツと小さな声で文句を言ってみるが、その言葉が絹江には届いていないようだった。

「先方との約束の前に洋服を整えたかったのだけど、まあいいわ。一緒に来たようだし、そのまま一緒に行きましょう」

「は?」

 絹江の言葉に思わず言葉が荒っぽくなってしまった。

「萌衣。はしたない言葉遣いはおやめなさい。何度も注意しているはずですよ」

 どうやら想像していた悪い予感は、見事なまでに的中していたようだった。

「はじめまして。ミセス、キヌエ。本日はよろしくお願いします」

 丁寧かつ流暢な日本語で、ジャンは絹江の手の甲にキスを落とした。

「こちらこそ愚孫がご迷惑をおかけいたしているようで……。あなたのお祖母様お待たせしてしまっているかしら?」

 ジャンの祖母といえば、この会社を創設したロメーヌ・ブラウンだ。


「大丈夫ですよ。祖母には、突拍子もないアクシデントで時間がギリギリになることは伝えてあります。それにどうやら、余計な仕事をミス、モエに押し付けたスタッフがいたようでして、明日厳重注意しておきます」

 目の前にいる、柔らかい雰囲気を持った男は一体誰だ。

 普段の冷徹さはどこに消えてしまったのだろう。

 ジャンのあまりの変貌ぶりに、思わず開いた口がふさがらなくなってしまったところを、絹江に「だらしなく口を開けるのはおやめなさい」と注意される。

 ジャンは驚く萌衣に向かってクスリと意地悪そうな笑みを浮かべると「車を準備してありますので、こちらへどうぞ」とロビーの出口の方を指し示した。

 まさか本当に、冷酷上司がお見合い相手だなんて、一体どうなってしまうのだろう。

 一つ分かることは、ここで捕まってしまったら萌衣の人生のお先は真っ暗ということだけだ。
 


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...