SKY RUNNER -空の向こうへ続く風は-

じゃがマヨ

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第1章 空の旅路へ

第10話

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高空乱流帯に突入した。

風が牙を剥き、空間が軋んだ。

島々の間を縫う風脈は、地上からは想像もできないほど複雑で、
一瞬たりとも同じ形を保ってはいなかった。

潮流のように押し寄せる突風。
逆巻く下降気流。
突如生まれる真空の渦。

それらが、無数の罠となって挑戦者たちを試してくる。

トレインは、試験艇を跳ねさせた。

横から吹き付ける風を、あえて機体に受けさせる。
風の力を殺さず、受け流す。
風に逆らわず、抱き込む。

「――ッ!」

前方、ひとりの参加者が風紋雷の炸裂に巻き込まれた。
一瞬、閃光と共に機体が弾かれ、
彼はコースから外れて消えていった。

躊躇う暇はない。

すれ違う者たちも、みな限界ぎりぎりの操縦を強いられていた。

ミリア・ブラストの赤い髪が、斜め下方を掠める。
彼女は鮮やかに島の影を潜り抜け、逆巻く風脈の裂け目に消えていった。

トレインは、息を吸った。

そして、思い出した。

──風は、言葉を持つ。
  耳を澄ませ。
  空を聴け。

じっちゃんの声が、今も耳に残っている。

トレインは、ハンドルを握る力を少しだけ抜いた。

艇と、自分の体と、空気の震えとを、ひとつに溶かす。

呼吸を、風に合わせる。
心臓の鼓動を、空のリズムに重ねる。

島影が近づく。
渦が、目の前で生まれる。

だが、もう怖くなかった。

空が、教えてくれている。
ここを通れ、と。
今だ、と。

トレインは、操縦桿をわずかに傾けた。

試験艇が、まるで生き物のように応えた。

島と島の間の、わずかな隙間へ滑り込む。
風紋雷の閃光が背後で弾けるが、かすりもしない。

すれ違う挑戦者たちの叫び声。
魔力の炸裂音。
そして、風の轟き。

すべてが、音楽のように耳に満ちた。

空が、生きている。

風が、全てを導いてくれる。

トレインは笑った。

こんなに、心が澄んだことはなかった。

高空の迷宮を、——その中心を、彼は駆けた。


風が牙をむき続ける中、試験艇はまるで意志を持った獣のように空を裂いていた。

右手には崩れかけた小島の影、左手には風の渦が巻き上げる気圧のうねり。
一瞬の判断を誤れば、機体は風に引き裂かれ、消し飛ぶ。
それでも、トレインは進んだ。

気流が交錯する高空層、風の十字路を抜けた瞬間、試験艇が大きく跳ねた。
重力が失われるような感覚――空間が上下左右に歪んだ。

「…くッ!」

トレインは、機体を斜めに倒しながら、風に身を預ける。
突風を背に乗せ、下降気流の腹をかすめながら、島の裂け目へと滑り込んでいく。
風圧が骨を軋ませる。
だが、それすらも喜びだった。

前方では、三機の試験艇が接近していた。
風が交錯する「スパイラル・シアター」――
魔力風と自然風がせめぎ合い、渦を巻き、気流そのものが舞台のように乱舞する領域。

参加者たちは、それぞれの技術と直感で、舞台の上を舞っていた。
一機は風の反転に飲まれ、回転しながら後方へ脱落。
一機はその隙を突いて、急旋回で上昇気流に乗り、一気に前方へ抜けていく。

トレインは、風の音に耳を澄ませた。

ごう、ごう、ごう——
風が、うねっていた。
それは怒号ではない。呼び声だ。

——この風に、乗れ。

トレインは、風の囁きに従って艇の向きをわずかに修正した。
それでも、地を這うように風が背後から喰らいつく。
ハンドルを握り、グッと全身に力を入れた。
足元に力を入れ、上半身全体でハンドルを倒した瞬間、試験艇の機体が、矢のように加速した。

視界が、——一気に広がる。

旋回中の浮遊島の背をかすめ、風魔晶の粒子が閃光のように尾を引いた。

乱流帯の最深部、そこにぽっかりと開いた空の開口。
風の圧が抜け、淡い青と金色の境界が広がっていた。

遥か向こう、天穹の曲線が戻ってくる。
空が静まり返る、その場所こそが、高空乱流帯の出口だ。

トレインは、胸の奥がざわつくのを感じた。

出口は、まだ遠い。
けれど、確かにそこにある。

だが、その前に、最後の難関が立ちはだかっていた。

巨大な、流れるような風の竜――
“空の牙(スカイファング)”と呼ばれる、超大規模気流のうねりが。

トレインは、目を細めた。

まだ終わりじゃない。

これが、空域走破試験、
本当の最後の牙だった。

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