12 / 25
第1章 空の旅路へ
第10話
しおりを挟む高空乱流帯に突入した。
風が牙を剥き、空間が軋んだ。
島々の間を縫う風脈は、地上からは想像もできないほど複雑で、
一瞬たりとも同じ形を保ってはいなかった。
潮流のように押し寄せる突風。
逆巻く下降気流。
突如生まれる真空の渦。
それらが、無数の罠となって挑戦者たちを試してくる。
トレインは、試験艇を跳ねさせた。
横から吹き付ける風を、あえて機体に受けさせる。
風の力を殺さず、受け流す。
風に逆らわず、抱き込む。
「――ッ!」
前方、ひとりの参加者が風紋雷の炸裂に巻き込まれた。
一瞬、閃光と共に機体が弾かれ、
彼はコースから外れて消えていった。
躊躇う暇はない。
すれ違う者たちも、みな限界ぎりぎりの操縦を強いられていた。
ミリア・ブラストの赤い髪が、斜め下方を掠める。
彼女は鮮やかに島の影を潜り抜け、逆巻く風脈の裂け目に消えていった。
トレインは、息を吸った。
そして、思い出した。
──風は、言葉を持つ。
耳を澄ませ。
空を聴け。
じっちゃんの声が、今も耳に残っている。
トレインは、ハンドルを握る力を少しだけ抜いた。
艇と、自分の体と、空気の震えとを、ひとつに溶かす。
呼吸を、風に合わせる。
心臓の鼓動を、空のリズムに重ねる。
島影が近づく。
渦が、目の前で生まれる。
だが、もう怖くなかった。
空が、教えてくれている。
ここを通れ、と。
今だ、と。
トレインは、操縦桿をわずかに傾けた。
試験艇が、まるで生き物のように応えた。
島と島の間の、わずかな隙間へ滑り込む。
風紋雷の閃光が背後で弾けるが、かすりもしない。
すれ違う挑戦者たちの叫び声。
魔力の炸裂音。
そして、風の轟き。
すべてが、音楽のように耳に満ちた。
空が、生きている。
風が、全てを導いてくれる。
トレインは笑った。
こんなに、心が澄んだことはなかった。
高空の迷宮を、——その中心を、彼は駆けた。
風が牙をむき続ける中、試験艇はまるで意志を持った獣のように空を裂いていた。
右手には崩れかけた小島の影、左手には風の渦が巻き上げる気圧のうねり。
一瞬の判断を誤れば、機体は風に引き裂かれ、消し飛ぶ。
それでも、トレインは進んだ。
気流が交錯する高空層、風の十字路を抜けた瞬間、試験艇が大きく跳ねた。
重力が失われるような感覚――空間が上下左右に歪んだ。
「…くッ!」
トレインは、機体を斜めに倒しながら、風に身を預ける。
突風を背に乗せ、下降気流の腹をかすめながら、島の裂け目へと滑り込んでいく。
風圧が骨を軋ませる。
だが、それすらも喜びだった。
前方では、三機の試験艇が接近していた。
風が交錯する「スパイラル・シアター」――
魔力風と自然風がせめぎ合い、渦を巻き、気流そのものが舞台のように乱舞する領域。
参加者たちは、それぞれの技術と直感で、舞台の上を舞っていた。
一機は風の反転に飲まれ、回転しながら後方へ脱落。
一機はその隙を突いて、急旋回で上昇気流に乗り、一気に前方へ抜けていく。
トレインは、風の音に耳を澄ませた。
ごう、ごう、ごう——
風が、うねっていた。
それは怒号ではない。呼び声だ。
——この風に、乗れ。
トレインは、風の囁きに従って艇の向きをわずかに修正した。
それでも、地を這うように風が背後から喰らいつく。
ハンドルを握り、グッと全身に力を入れた。
足元に力を入れ、上半身全体でハンドルを倒した瞬間、試験艇の機体が、矢のように加速した。
視界が、——一気に広がる。
旋回中の浮遊島の背をかすめ、風魔晶の粒子が閃光のように尾を引いた。
乱流帯の最深部、そこにぽっかりと開いた空の開口。
風の圧が抜け、淡い青と金色の境界が広がっていた。
遥か向こう、天穹の曲線が戻ってくる。
空が静まり返る、その場所こそが、高空乱流帯の出口だ。
トレインは、胸の奥がざわつくのを感じた。
出口は、まだ遠い。
けれど、確かにそこにある。
だが、その前に、最後の難関が立ちはだかっていた。
巨大な、流れるような風の竜――
“空の牙(スカイファング)”と呼ばれる、超大規模気流のうねりが。
トレインは、目を細めた。
まだ終わりじゃない。
これが、空域走破試験、
本当の最後の牙だった。
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる