SKY RUNNER -空の向こうへ続く風は-

じゃがマヨ

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第1章 空の旅路へ

第12話

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——空は、静かだった。

激しく暴れた渦も、
唸りを上げて牙を剥いた風も、
すべてが彼方へ消えていた。

(あと少し……!)

胸が高鳴る。
血が、熱く滾る。


トレインは、ハンドルを握り直した。

力は、もういらない。

ただ、風と呼吸を合わせるだけ。

艇の魔力結晶が、再び澄んだ脈動を刻み始める。

ぐっと重心を前に預ける。

《スウィフトウィング》にも似た統一艇が、空を滑るように加速した。

滑らかな加速。
軽やかな推進。
体が風の一部になったような感覚。

空が、応えてくれる。

押してくれる。

疾走するたび、
空気が、肌を切り裂くようにすり抜けた。


渦を抜けたその先に、
突き抜けるような青が、あった。

息が詰まるような緊迫感が、一瞬にして、弾けた。

眼前に広がったのは、ただ、ひたすらに澄み切った青だった。

深く、透き通り、どこまでも広がる蒼穹。

荒れ狂った風の咆哮も、
脈打つ乱気流の脅威も、
今はもう、どこにもなかった。

空は、ただ静かに、
優しく、そこに存在していた。

陽光が滲んで、白金色の光の粒が漂っている。
まるで空そのものが、微睡むように呼吸している。

トレインは、思わずハンドルから片手を離し、額に滲んだ汗を拭った。

機体の下、漂流島の小さな影が、ゆっくりと流れていった。

指先に触れた汗は、冷たくなっていた。

島々の緑が、柔らかい波のように揺れていた。

そのすぐあと、涼しい風が頬を撫でた。

軽やかで、優しく、それでいて、確かに生きている風だった。

(……ありがとう)

声には出さなかった。

でも、胸の奥で、そっと呟いた。

この空に。
この風に。

支えられた。
受け入れられた。

遠く、かすかな風鈴の音が、空を渡ってきた。

それは誰かが鳴らした祝福の音か、
それとも空そのものの囁きか。

どちらでもよかった。

トレインは、微かに笑った。

あの牙の中を越えた今、
彼にとって、もう怖いものはなかった。

浮遊艇が、静かに、最終チェックポイントへと滑り込む。

そこには、浮かぶ光の輪。
試験コースの最後の門。

光が、彼を迎え入れるように、微かに揺れていた。

トレインは、何も言わず、
ただその中心を目指した。

艇が輪を通過する刹那、
空気が、柔らかく震えた。

背中を押すような、風の掌。
祝福にも似た、優しい圧力。

そして。

——通過した。

世界が、一度だけ、静かに脈動した。

何も変わらない。
何も特別な音はしなかった。

けれど、確かに、トレインは知っていた。

この瞬間、自分は、
「空に認められた」のだと。

艇の速度を緩めながら、
トレインはふうっと息を吐いた。

呼吸が、すっと軽くなる。
胸の奥が、ほぐれる。

視界の端で、ほかの挑戦者たちも、次々とゴールを越えていく。
喜びの叫び。
悔しさに震える沈黙。
それぞれの風が、交差する。

トレインは、静かに目を閉じた。

空が、遠くで呼んでいる気がした。

まだ旅は始まったばかりだ。
まだ何一つ、成し遂げてはいない。

でも、たったひとつだけ――

今日、ここで。

オレは、空を越えたんだ。

それだけは、確かだった。


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