夏色グラビティ 〜この声がキミに届くまで〜

じゃがマヨ

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昨日までの世界

第3話

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「……ありえねえだろ……」


進也は震える指で、病室のシーツを握った。
さやかの姿は、どこにもない。

彼女はどこにいる?
医者か看護師が知っているはずだ。
あの事故で、彼女はどんな状態になったのか。

進也は、点滴に繋がれたままベッドの端に手をつき、ゆっくりと体を起こした。
足を床に降ろす。

──違う。
違和感がある。
この体は、自分のものじゃない。

だが、今はそれどころじゃない。
ふらつく足で、病室のドアへと向かう。

「すみません!」

扉を開けた瞬間、ナースステーションの看護師が驚いた顔で振り返った。

「あっ、高月さん! まだ安静に──」

高月?
そう呼ばれた瞬間、胸が締め付けられた。
違う、俺は高月さやかじゃない。

でも、今の俺は……

──考えている暇はない。

「事故のことを知りたいんです」
「……え?」
「バスの事故です。一緒にいた、杉浦進也は……? 彼は、どこにいるんですか?」

看護師は、一瞬戸惑ったように視線をそらした。

「……杉浦くん、ね……」

──何だ、その間は?

「彼のことは、あとでお医者さんが……」

「今、知りたいんです!!」

掴みかかりそうになる衝動を抑え、進也は叫んだ。
「俺は……あいつの恋人なんです! どうなったか、知りたいんです……!」

看護師は、困ったように眉を寄せた。

「……彼は、かなり重症で……」

──違う。

それは、俺だ。
俺の体の話をしている。

「そうじゃなくて……! 彼は……その……無事だったんですか? ちゃんと運ばれたんですか?!」

必死に食い下がる進也。
だが、看護師は困惑した表情のまま、ゆっくりと言った。

「……彼は、確かに搬送されました。でも……」

「でも?」


「……彼は、まだ意識が戻っていません」

──まだ生きている。

「……本当ですか?」

「ええ。ただ……頭部外傷がひどく、顔の損傷も……ご家族も、確認できない状態です」

息を呑む。

「でも、生きてるんですね? 彼は、まだ……」

「ええ。ですが……」

看護師は言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。

「……医師たちは、意識が戻る可能性は極めて低いと……」

その言葉が、重くのしかかった。

「そんな……」

進也は、ふらりと足元が揺らぐのを感じた。

──俺の体は、まだ生きている。
でも、それは「意識のない身体」だ。
動かない。喋れない。


そして、今の「俺」は、誰の目にも"杉浦進也"だと認識されていない。

自分の体が、自分じゃないみたいだった。

「……さやかは?」

思わず、そう聞いた。

看護師が困惑したように眉を寄せる。

「え?」

「高月さやか……俺と一緒にいたはずの、女の子は……?」

「……あなた、ですよね?」

──やっぱり、そうなる。

「そうじゃなくて……!」

鼓動が速くなる。

「意識不明のまま……いなくなったとか……? 俺の体に、もしかしたら……」

だが、看護師はゆっくりと首を振った。

「杉浦くんの意識は……今のところ、一切の反応がないです。昏睡状態です」

「でも……」

「ご家族が見舞いに来ても、彼は一度も反応していませんでした」

……じゃあ。

俺の体の中に、さやかの意識はない。

なら……彼女は?

「そんな……どこに……」

考えたくなかった。
でも、一つの可能性が、頭をよぎった。

"彼女の意識は、どこにもない"

つまり──消えた?

そんなこと、あるわけがない。
魂がどこかにあるなら、俺の体の中にいるはずだ。
でも、俺は"さやかの中"にいるだけで、彼女の声も気配もない。

そして、俺の体は昏睡状態のまま、誰の呼びかけにも応えていない。

「……嘘だろ……」

全身が冷たくなる。

さやかは、どこにもいない。
この病院のどこを探しても、
事故の記録を遡っても、
医者に聞いても──

どこにも、存在しない。

──まるで、この世界から消えたみたいに。


進也は、自分の病室へと戻ってきた。
ベッドの横には、まだ意識の戻らない"自分の体"がある。

顔は包帯に覆われている。
ギプスに固定された腕。
心電図のモニターが、単調なリズムを刻んでいる。

──ここに、俺がいる。

でも、"俺"は何も感じていない。
この身体は、生きているだけで、もう"俺"ではないみたいだ。

「……お前は……どこにいるんだよ……」

声が震えた。

この体の中にいないなら、
この病院のどこにもいないなら、
意識の世界に閉じ込められているのか?
それとも、本当に……?

進也は震える手で、自分の顔を触った。
それは、俺の顔じゃない。
さやかの顔。

「……俺だけが、生き残ったのか?」

それが、最悪の答えだった。

さやかは死んだのか?
でも、遺体はない。

なら──彼女の魂は、どこへ行った?

「……どうすればいいんだよ……」

何もかもが、理不尽だった。

俺は、生きている。

でも、自分の体の中にはいない。


進也は、ベッドのシーツを握りしめた。

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