夏色グラビティ 〜この声がキミに届くまで〜

じゃがマヨ

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昨日までの世界

第9話

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──ようやく、退院か。

病院の白い天井を見上げながら、進也(=さやか)はゆっくりと息を吐いた。

長いようで短かった数日間。
バンドメンバーが見舞いに来てくれたり、父親と久々に過ごしたり。

だが、そのどれもが"他人の人生"のように感じた。

"さやか"として過ごすことに、違和感は拭えないままだった。

病室の扉がノックされる。

「さやか、迎えに来たぞ」

父親の声だった。

進也は、ゆっくりと体を起こし、病室を出た。


病院を出ると、冷たい風が頬を撫でた。

車に乗り込み、父親の運転で自宅へ向かう。

車内には、気まずい沈黙が流れていた。

──自分の家じゃないのに、「帰る」という感覚があるのが妙だった。

「……来週から、学校に戻れるそうだ」

不意に、父親が口を開く。

「無理に行かなくてもいい。体調が悪いなら、もう少し休んでもいいんだぞ」

進也は、驚いた。

──"学校"。

考えてもいなかった。

(……俺が、さやかとして学校に行く?)

当然の話だった。
さやかは高校生だ。
元の生活に戻るのは当然の流れ。

──だが、本当に"戻れる"のか?

俺は、"さやか"として振る舞えるのか?

「……考えておく」

進也は、それだけ答えた。

だが、その前に──

「ちょっと、行きたいところがある」

「ん?」

「……病院に戻りたい」

父親の表情が一瞬曇る。

「……進也君のところか?」

進也は、ゆっくりと頷いた。


再び病院へ戻り、ナースステーションで"杉浦進也"の病室を尋ねる。

医者の話では、進也の状態は"植物状態"。
意識はなく、いつ回復するかはわからない。

──俺は、ここにいるのに。

ナースに案内され、病室の前に立つ。

静かにドアを開けると、そこには──

"俺の家族"がいた。


病室には、母、父、姉がいた。

母はベッドの横に座り、進也(="進也の体")の手を握っていた。
父は無言で壁にもたれ、深く俯いている。
姉は、窓の外を見つめながら、静かに涙をこぼしていた。

進也(=さやか)は、思わず息を呑んだ。

──こんな顔、見たことがない。

「……お母さん……?」

姉が、小さな声で呟いた。

「……進也……本当に……目を覚まさないのかな……?」

「……大丈夫よ……きっと……」

母が、震える声で答える。

だが、その声には、確信はなかった。

進也は、胸が締め付けられた。

──目の前にいるのに。
──こんなに近くにいるのに、俺の声は届かない。

自分の体が、"ただの抜け殻"のように扱われているのが、耐えがたかった。

"自分"がここにいることを、叫びたかった。

でも──それを証明する手段がない。

進也は、手を握りしめた。


「……先生に、聞いたの」

母が、小さく呟いた。

「進也の意識が戻る可能性は……限りなく低い、って……」

涙が、ぽつりと零れる。

「……そんなの、嫌……」

父も、何も言わなかった。

姉も、言葉を失っていた。

進也(=さやか)は、ベッドの上の"自分の体"を見つめる。

呼吸器の音が、規則的に響く。
心電図の波形は、静かに鼓動を刻んでいる。

──俺は、ここにいる。
──でも、誰も気づいていない。

「……っ」

喉の奥が、苦しくなった。

(どうすればいい……?)

──俺の体は、まだ生きている。
──でも、"俺"が戻れる保証はない。

このまま、"さやか"として生きるしかないのか?

"俺"は、もう戻れないのか?

「……進也……」

母の声が、痛々しく響く。

進也(=さやか)は、その場に立ち尽くすしかなかった。

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