あけぼの銀行総務部真霊課

TAKA

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高木由美子

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「おっ、やっと来たな」

 昼頃に出社してきたタケルを見て、阿満野が笑顔で言った。阿満野は昨日のボサボサ頭と違い、きちっと七三分けにしており、見るからに銀行員然としていた。

「初仕事、無事に終わったようだな。じゃあ、まずは人事システムで昨日の勤務時間の報告と、TSMの登録をしてもらおうか」

「ティーエスエム、・・・はあ」

 タケルはいきなり出てきた横文字が分からなかった。

「あはは、ミコ、教えてやってくれ」

「ティーエスエムはトップシークレットマネジメントシステムのこと、その略称よ。このシステムはアクセスできる人が会長や頭取など極少数の人に限られていて、私達が処理した事案はここに記録化することになっているの」

 ミコが言いながら、タケルのパソコンを操作し、システムを立ち上げた。ミコは今日も巫女の格好をしていた。

「研修でCM、カスタマーメモリーについて習っただろ。あそこには普通の行員が顧客との交渉記録を記録する。それの俺達版だな。まあ、いちいち記録するのは面倒なんだけど、ほら、俺達もサラリーマンだからさ」

 軽い感じで阿満野が言った。

「はあ」

 タケルは曖昧に返事をすると、画面に向かってキーボードを叩いた。研修では記録は簡潔に、箇条書きが分かりやすいと言っていたので、できるだけ簡潔に書くように気をつけた。ただ、慣れないこともあり、何度も書き直したため、気がついた時には一時間が経っていた。

「お前、夜のこと書かんかいな」

 やっと書き終わり登録ボタンをクリックした時、タケルの胸元に揺れるウルラが言った。

「夜のことって何だ。全部ちゃんと記録しないと駄目だぞ」

 阿満野がタケルのパソコンを覗き込んだ。

「いや、でも、夢のことなんで・・・」

「ただの夢ちゃうで、女の記憶や」

 ウルラが被せるように言った。

「女の記憶って、昨日の幽霊のか。・・・どういうことだ」

 タケルは昨夜見た夢のことを二人に話した。 

「そうなの、あの女性がね。・・・可哀想ね」

 ミコがしみじみと言った。

「しかし面白いな。その女の霊はウルラに吸い込まれたんだろ。なあ、ウルラ、ウルラに吸い込まれた霊はどうなるんだ。そのまま成仏しないのか」

 阿満野がウルラに向かって聞いた。

「さあ、成仏するか分からんなあ。暫くはわしの中にいてるけど、そのうちおらんようになるって感じやからなあ」

「そうか、・・・じゃあ、その女の怨みをどうにかしないとまずいかもしれないな」

 ウルラの話を聞いて、阿満野が考え込んだ様子で言った。

「どうしてですか」

 タケルは話が意外な方向に進んだので驚いた。

「タケルは昨夜、その女の記憶を夢に見た。だとすれば、ウルラが吸い込んだ霊はタケルに影響を与えるということになる。単に夢に出てくるだけなら問題はないが、霊障でもあれば大変だ。それにウルラにも何か影響が出てくる可能性もあるしな」

 阿満野の話にミコが頷いていた。

「でも、実際にいつ何が起きたか分からないですよね。それじゃあ怨みについても分からないんじゃ」

 タケルが聞いた。

「うん、それについてはCSS、クローズシークレットシステムにあるだろう」

「シーエスエスですか。また別のものですか」

 タケルはまた別のシステムがでてきたので、少し呆れてしまった。

「これは表の事件の中で秘密にしておくべきことを記録しておくシステムだな。これは人事部やコンプライアンス部、役員などTSMよりはアクセスできる人数は多いが、普通の行員にはアクセスできなくなっている」

 説明しながら阿満野がキーボードを叩いた。

「でた。ええっと、事件があったのは平成27年7月、女の名前は高木由美子。当時の支店長が山田一也、訴えた男は、おお、乾だ、乾薫だ。えっと、高木由美子は独身の36歳。入行してから事務一筋、性格は大人しく真面目。それを買われ更級支店では現金管理の担当になった。男関係は特に何もなし。記録では乾に一方的に思いを寄せたモテない女が自分の中で都合よく物語を作ったことになってるな」

「違う、違うわ」

 阿満野が記録を読み上げた時、ミコとは違う女の声がした。皆がタケルの胸元で揺れているウルラを見た。

「あの男が本当にそう言ったのよ」

 ウルラが女性の声で話していた。どうやらウルラの中にいる由美子が話しているようだった。

「そう、そうでしょうね。でも貴女は死んで、男は生き残ってる。貴女の声はもう届かない。無念でしょうね」

 ミコが同情するように言った。

「乾か、あいつは色々な噂があるからな」

 阿満野が苦い口調で言った。

「その乾ってどんな人なんですか。課長、知ってるんでしょ」

 タケルが聞いた。

「乾か、直接は知らないけど、有名人だからな。彼は今年43歳の若さで執行役員に抜擢された超のつくエリート。派閥は竹下副頭取派。ただ彼が有名なのは、執行役員に抜擢されたからじゃなく、ライバルが事件や事故で勝手に消えていく運のよさのためなんだ。彼が東京営業部の次長に33歳の若さで抜擢された時、同僚に同じように35歳で抜擢されたライバルがいたんだ。35歳でも相当に早くて、外野は勝手に二人を馬に見立てて出世レースを予想したりしていたが、その彼は一年後、女性問題を起こし左遷された。乾が38歳の時、最初に支店長になった時は、前任の支店長が交通事故に遭い、長期間入院することになり、急遽空いたポストに滑り込んだ。今回の執行役員だって年次的にはあり得ないが、執行役員の内定者に取引先との不適切な関係があったことが分かり、銀行の若手登用の姿勢を示すいい機会だと上層部の判断で乾が指名された。彼の味方はラッキーだと言うが、大半の者はそこに後ろ暗いものを感じているのさ」

「じゃあ、この件も何か裏があるんですか」

 タケルが聞いたが、阿満野は首を振った。

「ううん。多分あるんだろうけど、分からないな。これで奴が何か得をしたのかな」

「どこで乾さんと知り合ったんですか」

 ミコが由美子に聞き、由美子が答えた。

「平成26年の事務の表彰式です」

「事務の表彰って何ですか」

 タケルが聞いた。

「銀行では年間で優秀な成績を上げた行員を表彰するんだ。だが、数字を上げた行員だけだと片手落ちだという批判があって、事務の正確さが銀行の基礎でもあるから、事務を担う行員も何人か表彰されるんだ」

 阿満野が説明した。

「その時、あの男は東京営業部の副部長として参加していて、あっちから声をかけてきたんです。それから、外で会うようになって」

「そうか、それもわざと近づいたのかもしれないな。・・・貴女の怨みは乾のことでいいんだね」

 阿満野が由美子に聞いた。

「ええ。あいつは憎いし、復讐もしたい。でも、それ以上に何があったのか知りたい。何で私がこんな目にあったのか、・・・納得して死にたい。それと、・・・親に会いたい。私は何の親孝行もできず、親を騙してお金を出させ、そのまま死んで謝ることもできなかった。・・・最後に謝りたいの」

 由美子の声が寂しそうだった。

「分かった。じゃあ、タケルとミコは高木さんの想いを叶えてあげくれ」

 阿満野が二人に言った。

 タケルはそこまでするのかと少しげんなりしたが、一方で乾の卑劣な行動に対する怒りもあったので、引き受けることにした。 
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