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黒い霞
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「私が何をしたのでしょうか」
タケルの前で由美子が泣いていた。昨夜の夢と違い、今は白い空間に二人だけでいた。タケルは目の前で泣く由美子を見て、派手さはないが、小柄で可愛らしい女性だと初めて気がついた。
「明日、またミコさんに見てもらいましょう。そうすれば何か分かるかもしれない」
タケルはそう言って慰めつつ、この人はもう死んでるんだと思うと、その理不尽さに心が締めつけられる感じがし、何とかしてあげたいと強く思った。
「ミコさんでも出来ないんですか」
真霊課のオフィスで阿満野に昨日の報告をした後、夢で見た由美子の悲しそうな顔を思い出しながら、ミコの力で何か分からないか聞いたが、無理だと言われた。
「ごめんなさい。私はその霊の念に関わるものは見えるけど、それ以外は見えないの」
「え、でも僕のことも見えたし、TGIの名前だって見えましたよね」
「簡単に言うと、ミコはその念の中にある記憶を見ることができるんだ。念は出来事や想いと言い換えてもいい。つまり、由美子さんの中にある強烈な出来事や想いに繋がるものは、例え本人が明確に覚えていなくても見ることができる。だから滝川という名前から、その時に聞いていた会社の名前が見えた。普通の日常で経験した全てが見られる訳じゃないんだ。それから、タケルの名前が見えたのは、新入行員の名簿があり、タケルに力があったからだ。タケルの力を名簿を通して見ただけなんだ」
阿満野が横から説明した。タケルはその説明を聞いて納得したが、簡単には行かないと分かり、がっかりもした。
「ごめんなさいね」
ミコが申し訳なさそうに謝った。
「いや、そんな、ミコさんが謝ることじゃないですよ」
タケルはミコの力に限界があることを知り、阿満野や自分の力の限界について考えたが、そもそも阿満野の力どころか自分の力がどういうものかさえ知らないことに気付き、苦笑いした。
「じゃあ、由美子さんのことを調べてみようか」
そう言うと阿満野がパソコンを叩いた。
「またシステムですか」
タケルは呆れたように言いながらも、横から興味深く見ていた。
「ああ、人事システムのアクセス制限されている部分に全員の入行した時から今までの職歴や人事評価など保存されているんだ。入行店は旭駅前支店で、ええっと、次が木暮支店で、その次は武島支店、そしてそれから更級支店っと。で、その時の支店長が、順番に、佐藤幸男、田中一志、岡田信宏、山崎君人、栗田浩二、阪本彰、伊東希、赤間昌宏、山田一也の9人か。うん、山崎と栗田、それと赤間の三人が竹下副頭取派だな。実は昨日、あれから乾のことを調べたんだが、あいつは昔、当時の倉田常務派だった。だが、あの事件の後、竹下常務派へ寝返っている。更級支店の山田支店長は倉田派だったが、あの事件で更迭され、その後釜で竹下派の姫川が支店長になっている。俺は、てっきり乾は由美子さんを使って山田を追い出すことを手土産に竹下派に鞍替えしたと思ったんだが、それだけじゃないんだな」
阿満野がパソコンを見ながら呟いた。
「ふう、もう少し時間がかかりそうだ。ミコ、すまないがCSSで、由美子さんがいた支店で大きな事件がなかったか見てくれないか。それで、タケルは十二階にある食堂に行ってコーヒーを買ってきてくれ」
阿満野の指示を聞いた時、タケルは自分だけ買い出しかと不満に思ったが、よく考えればここにいても特に何かが出来るわけでもないので、素直に買いに行くことにした。
「まだ何も分からんのか、お前ら遅いのう」
エレベーターに乗っていると、頭にウルラの声が響いた。
「いや、今、お前も見てただろ、課長とミコさんがパソコンで調べてるの。文句言うなよ」
タケルが頭の中で言い返した。
「はよしたらな、お前、由美子が俺の中で消えてまうで」
「ええっ、もう消えるのか」
「あほ、ちゃうわ。まだや。でも昨日よりなんとなく薄くなってるっちゅう感じやから、このまま行けば本当にいなくなってまうで。・・・うん、何や」
十二階に着きエレベーターの扉が開いた時、ウルラの声が途切れた。タケルは空気が急に重く暗くなったように感じ、全身に鳥肌が立った。
「ははは、乾さんには参りました」
タケルは恐る恐るフロアに出たが、丁度その時、横のエレベーターの扉が開き、何人かの男達が喋りながら乗り込むところだった。タケルはその中の一人が乾と呼んでいる声を聞き、エレベーターの方を見た。エレベーターの扉は既に閉まっていたが、タケルの目には、その扉から漏れ出ている黒い霞のようなもが見えた。
「何だったんだ、今のは」
急速に空気が軽さと明るさを取り戻すのを感じ、タケルは息を深く吐きながら言った。
「・・・何や、やばい奴がおったな」
頭の中でウルラが言った。
「あれ、相当やばいのが憑いてるで」
「えっ、やばいのって何が」
食堂のコーヒーメーカーの前でコーヒーを入れるボタンを押しながら、頭の中でウルラに聞いた。
「何や、ええ匂いやな」
「え、匂いって、コーヒーのか」
タケルはウルラが全く違う話をしだしたので、驚いた。
「それか、いやあ、それがコーヒーなんか。話には聞いててんけどな、いやあ、ええ匂いやな。わしの分もあるんやろな」
「ええええ、お前、コーヒー飲めるの」
タケルは思わず声に出していた。慌てて周りを見たが、午後四時頃だからか、食堂にはまばらにしか人はおらず、誰もタケルの方を見ていなかったのでほっとした。
「ああ、飲めるで、飲めるで。わしの一番は熱い緑茶やな。昔はワインも飲んだけど、あれは好かん。何やふらふらしてしもうて」
「へえ、じゃあ、食べることもできるのか」
「ああ、食べられる。でも好かん。口に放り込むだけや。飲みもんみたいに全体に広がらんからな。美味しい思わんな」
タケルは頭の中でウルラと会話しながら、エレベーターに乗り、コーヒーを運んで行った。
タケルの前で由美子が泣いていた。昨夜の夢と違い、今は白い空間に二人だけでいた。タケルは目の前で泣く由美子を見て、派手さはないが、小柄で可愛らしい女性だと初めて気がついた。
「明日、またミコさんに見てもらいましょう。そうすれば何か分かるかもしれない」
タケルはそう言って慰めつつ、この人はもう死んでるんだと思うと、その理不尽さに心が締めつけられる感じがし、何とかしてあげたいと強く思った。
「ミコさんでも出来ないんですか」
真霊課のオフィスで阿満野に昨日の報告をした後、夢で見た由美子の悲しそうな顔を思い出しながら、ミコの力で何か分からないか聞いたが、無理だと言われた。
「ごめんなさい。私はその霊の念に関わるものは見えるけど、それ以外は見えないの」
「え、でも僕のことも見えたし、TGIの名前だって見えましたよね」
「簡単に言うと、ミコはその念の中にある記憶を見ることができるんだ。念は出来事や想いと言い換えてもいい。つまり、由美子さんの中にある強烈な出来事や想いに繋がるものは、例え本人が明確に覚えていなくても見ることができる。だから滝川という名前から、その時に聞いていた会社の名前が見えた。普通の日常で経験した全てが見られる訳じゃないんだ。それから、タケルの名前が見えたのは、新入行員の名簿があり、タケルに力があったからだ。タケルの力を名簿を通して見ただけなんだ」
阿満野が横から説明した。タケルはその説明を聞いて納得したが、簡単には行かないと分かり、がっかりもした。
「ごめんなさいね」
ミコが申し訳なさそうに謝った。
「いや、そんな、ミコさんが謝ることじゃないですよ」
タケルはミコの力に限界があることを知り、阿満野や自分の力の限界について考えたが、そもそも阿満野の力どころか自分の力がどういうものかさえ知らないことに気付き、苦笑いした。
「じゃあ、由美子さんのことを調べてみようか」
そう言うと阿満野がパソコンを叩いた。
「またシステムですか」
タケルは呆れたように言いながらも、横から興味深く見ていた。
「ああ、人事システムのアクセス制限されている部分に全員の入行した時から今までの職歴や人事評価など保存されているんだ。入行店は旭駅前支店で、ええっと、次が木暮支店で、その次は武島支店、そしてそれから更級支店っと。で、その時の支店長が、順番に、佐藤幸男、田中一志、岡田信宏、山崎君人、栗田浩二、阪本彰、伊東希、赤間昌宏、山田一也の9人か。うん、山崎と栗田、それと赤間の三人が竹下副頭取派だな。実は昨日、あれから乾のことを調べたんだが、あいつは昔、当時の倉田常務派だった。だが、あの事件の後、竹下常務派へ寝返っている。更級支店の山田支店長は倉田派だったが、あの事件で更迭され、その後釜で竹下派の姫川が支店長になっている。俺は、てっきり乾は由美子さんを使って山田を追い出すことを手土産に竹下派に鞍替えしたと思ったんだが、それだけじゃないんだな」
阿満野がパソコンを見ながら呟いた。
「ふう、もう少し時間がかかりそうだ。ミコ、すまないがCSSで、由美子さんがいた支店で大きな事件がなかったか見てくれないか。それで、タケルは十二階にある食堂に行ってコーヒーを買ってきてくれ」
阿満野の指示を聞いた時、タケルは自分だけ買い出しかと不満に思ったが、よく考えればここにいても特に何かが出来るわけでもないので、素直に買いに行くことにした。
「まだ何も分からんのか、お前ら遅いのう」
エレベーターに乗っていると、頭にウルラの声が響いた。
「いや、今、お前も見てただろ、課長とミコさんがパソコンで調べてるの。文句言うなよ」
タケルが頭の中で言い返した。
「はよしたらな、お前、由美子が俺の中で消えてまうで」
「ええっ、もう消えるのか」
「あほ、ちゃうわ。まだや。でも昨日よりなんとなく薄くなってるっちゅう感じやから、このまま行けば本当にいなくなってまうで。・・・うん、何や」
十二階に着きエレベーターの扉が開いた時、ウルラの声が途切れた。タケルは空気が急に重く暗くなったように感じ、全身に鳥肌が立った。
「ははは、乾さんには参りました」
タケルは恐る恐るフロアに出たが、丁度その時、横のエレベーターの扉が開き、何人かの男達が喋りながら乗り込むところだった。タケルはその中の一人が乾と呼んでいる声を聞き、エレベーターの方を見た。エレベーターの扉は既に閉まっていたが、タケルの目には、その扉から漏れ出ている黒い霞のようなもが見えた。
「何だったんだ、今のは」
急速に空気が軽さと明るさを取り戻すのを感じ、タケルは息を深く吐きながら言った。
「・・・何や、やばい奴がおったな」
頭の中でウルラが言った。
「あれ、相当やばいのが憑いてるで」
「えっ、やばいのって何が」
食堂のコーヒーメーカーの前でコーヒーを入れるボタンを押しながら、頭の中でウルラに聞いた。
「何や、ええ匂いやな」
「え、匂いって、コーヒーのか」
タケルはウルラが全く違う話をしだしたので、驚いた。
「それか、いやあ、それがコーヒーなんか。話には聞いててんけどな、いやあ、ええ匂いやな。わしの分もあるんやろな」
「ええええ、お前、コーヒー飲めるの」
タケルは思わず声に出していた。慌てて周りを見たが、午後四時頃だからか、食堂にはまばらにしか人はおらず、誰もタケルの方を見ていなかったのでほっとした。
「ああ、飲めるで、飲めるで。わしの一番は熱い緑茶やな。昔はワインも飲んだけど、あれは好かん。何やふらふらしてしもうて」
「へえ、じゃあ、食べることもできるのか」
「ああ、食べられる。でも好かん。口に放り込むだけや。飲みもんみたいに全体に広がらんからな。美味しい思わんな」
タケルは頭の中でウルラと会話しながら、エレベーターに乗り、コーヒーを運んで行った。
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