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真相
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「何か静かですね」
タケルが夜中の食堂で呟いた。もうすぐ約束の十二時になるところだった。タケルと一緒のテーブルにミコが座り、隣のテーブルに龍二と星が座っていた。食堂には当然のことだが誰もおらず、深夜の冷気が漂っていた。タケルの緊張はピークに達しており、その顔は強ばり、体が震えていた。
「ミコ、このホットチョコレートめちゃくちゃ旨いなあ」
急にウルラの間の抜けた声が辺りに響いた。ウルラは、ミコが買ったホットチョコレートをもらい一口飲んだところだった。
「な、お前、ちょっとは真面目にやれよ」
タケルがイライラして言った。
「あほ、わしはいつでも真面目や。お前こそ、そんな緊張してたら、何もできへんぞ。ガタガタガタガタ体が震えてるやないか。ホットチョコレートでも飲んで落ち着けや」
「う、うるさい」
タケルは怒鳴り返したが、ウルラの言う通りだと思っていた。
「へええ、素直やんけ」
ウルラがまたタケルの頭の中を読み取ったが、タケルは何も言わず黙っていた。
「どうぞ。飲めば少しは落ち着くわよ」
ミコがタケルの前にホットチョコレートのカップを置いた。タケルは少し戸惑ったが、カップを手に取り、ゆっくりと飲んだ。ホットチョコレートの甘さが口の中を満たし、食道から胃にかけて暖かさが広がっていくのを感じた。ふと気がつくと、体の震えがおさまっていた。
「来たぞ」
エレベーターの到着音が聞こえ、龍二が言った。龍二の声は嬉しそうだった。
「君たちか、私を呼んだのは。高木由美子の件って今さら何だ」
乾が声をかけてきた。乾はダークグレーのスーツを着こなし、背が高く男前だったが、どこか冷たい感じのする男だった。乾の後ろには黒いスーツを着た二人の男がついてきていた。
タケルは立ち上がり、何か言おうとしたが、乾を目の前にすると何を言っていいのか分からず、言葉が出てこなかった。
「何だお前は」
乾がタケルを睨みつけた。
「乾さん。お呼び立てして申し訳ありません。私達は総務部真霊課のものです。実は私達は支店に起きる怪奇現象の対応を専門にしているのですが、この前、更級支店にお伺いした時に高木由美子さんにお会いしましたの」
ミコがタケルに代わり話し出した。タケルはミコに申し訳ないと思いつつも、ほっとするとともに、乾からは昼間食堂で感じた禍々しい気配が感じられないことに気がついた。黒い霞も見えなかった。タケルは絶対に乾が黒い霞と関係していると思っていたので、首をかしげた。
「ふん。高木由美子の幽霊にでも会ったのか」
乾が馬鹿にしたように言った。
「ええ、そうです」
ミコが静かに答えた。
「それで何だ」
「私達は由美子さんから、貴方に騙されたと聞きました。そしてTGIの滝川さんにお聞きしたら、貴方に頼まれ芝居をしことをお認めになりました。貴方は滝川さんにお願いし、自分が金銭トラブルを抱えていることを由美子さんに信じ込ませ、銀行のお金に手をつけるように仕向け、それを訴えることで由美子さんを貶めたんです」
そう言うとミコはTGIの滝川会長と面談した時の音声データを再生した。
「ふん。で、私にどうしろと」
乾は落ち着いていた。
「何故、貴方が私を騙したのか訳が知りたいの」
由美子がウルラを通して話し出した。タケルは驚いたが、頭の中でウルラから、由美子が自分で直接乾と話がしたいと言ったので、入れ替わったことを聞いた。
「ふん。久しぶりだな由美子。とっくにあの世に行ってると思ってたのに、まだこの世をうろついていたとはな」
乾は少し驚いた顔をしたが、特段動揺した様子を見せなかった。
「で、何で騙したのかって。それが分からないからお前は成仏できないのか」
乾は皆を見回し、笑い出した。
「それでこんな訳の分からない連中を引っ張り出したのか。巫女やジャンパー、ヒラヒラのドレスを着た、銀行員とはとても見えない連中を」
乾には龍二と星の本当の姿が見えているようだった。これで、やはり乾には何かしら力があるということがはっきりした。
「ええ、そうよ。ねえ、教えて」
乾は何も言わず、ただタケルの胸元にあるウルラを睨んでいた。乾の顔が少し歪んで見えた。
「あ、あの。竹下副頭取の妹、美帆さんのことですか」
タケルがおずおずと問いかけた。乾が目を見開き、タケルの顔を見た。
「いや、その。由美子さんが木暮支店の時、竹下副頭取の妹、・・・美帆さんが銀行のお金に手を出したことを銀行に報告したって。それで、もしかしたら、副頭取に言われて、いや言われなくても副頭取のことを、・・・ええっと、忖度して、それでその」
「ふん」
乾が大きく息をつき、タケルから目を逸らした。沈黙の時間が流れた。タケルが沈黙に耐えきれなくなった時、いきなりミコが鏡を目の高さに上げ、大きな声を出した。
「分かったわ。美帆さんと副頭取は愛し合ってたのね」
「ええっ」
タケル、龍二、星の三人が同時に声を出した。
「副頭取が美帆さんを妹としてだけ見ていたとしたら、余りにも復讐が大掛かりだと引っ掛かっていたの。でも今、乾さんから見えたものは、それ以上のものだったわ。副頭取は美帆さんを妹ではなく一人の女性として見ていた。それは美帆さんも同じ。二人は兄妹でありながら、愛し合っていた。そして、二人の間には子供が出来た。愛する女性が死んだからこそ、由美子さんを同じ目に遭わせ、破滅させる必要があったのね」
「くっ、く、くくく、あは、はははは。凄いな。俺の頭の中が覗けるのか、それ」
乾が大きく身をよじり、笑いながら言った。乾の体から黒い霞が立ち上り、暗く重く禍々しい気が広がった。
「ああ、そうだ。あの方は妹のことを心から大切にしておられた。そして生まれる子に大いに期待しておられた。しかも彼女はあの方のために金も融通していた。だが、それを全部、由美子が台無しにした。彼女はあの方に迷惑がかからないよう、嘘の遺書を書き、死んだ。あの方の悲しみは大きく、恨みはとても深いものだった。だから俺はあの方のために由美子を陥れた。・・・どうだ、満足か由美子。これが真相だ。あははは」
乾の声がどんどん低く険悪なものになり、それとともに体から黒い霞がどんどん溢れ、目には異様な光が宿った。
「ああ、良かったなお前達。これですっきりして死ねるだろう」
「な、なん、なんで・・・」
タケルは乾の放つ禍々しい気に当てられ、体が竦んでしまっていた。
「おい」
乾が両手を上げると、今まで乾の後ろに控えていた男達が前に出てきた。いつの間にか、タケルの前にミコと龍二、星が出て男達と睨み合った。
「やっと出番だ。久しぶりに暴れられるぞ」
龍二の弾んだ声が食堂に響いた。
タケルが夜中の食堂で呟いた。もうすぐ約束の十二時になるところだった。タケルと一緒のテーブルにミコが座り、隣のテーブルに龍二と星が座っていた。食堂には当然のことだが誰もおらず、深夜の冷気が漂っていた。タケルの緊張はピークに達しており、その顔は強ばり、体が震えていた。
「ミコ、このホットチョコレートめちゃくちゃ旨いなあ」
急にウルラの間の抜けた声が辺りに響いた。ウルラは、ミコが買ったホットチョコレートをもらい一口飲んだところだった。
「な、お前、ちょっとは真面目にやれよ」
タケルがイライラして言った。
「あほ、わしはいつでも真面目や。お前こそ、そんな緊張してたら、何もできへんぞ。ガタガタガタガタ体が震えてるやないか。ホットチョコレートでも飲んで落ち着けや」
「う、うるさい」
タケルは怒鳴り返したが、ウルラの言う通りだと思っていた。
「へええ、素直やんけ」
ウルラがまたタケルの頭の中を読み取ったが、タケルは何も言わず黙っていた。
「どうぞ。飲めば少しは落ち着くわよ」
ミコがタケルの前にホットチョコレートのカップを置いた。タケルは少し戸惑ったが、カップを手に取り、ゆっくりと飲んだ。ホットチョコレートの甘さが口の中を満たし、食道から胃にかけて暖かさが広がっていくのを感じた。ふと気がつくと、体の震えがおさまっていた。
「来たぞ」
エレベーターの到着音が聞こえ、龍二が言った。龍二の声は嬉しそうだった。
「君たちか、私を呼んだのは。高木由美子の件って今さら何だ」
乾が声をかけてきた。乾はダークグレーのスーツを着こなし、背が高く男前だったが、どこか冷たい感じのする男だった。乾の後ろには黒いスーツを着た二人の男がついてきていた。
タケルは立ち上がり、何か言おうとしたが、乾を目の前にすると何を言っていいのか分からず、言葉が出てこなかった。
「何だお前は」
乾がタケルを睨みつけた。
「乾さん。お呼び立てして申し訳ありません。私達は総務部真霊課のものです。実は私達は支店に起きる怪奇現象の対応を専門にしているのですが、この前、更級支店にお伺いした時に高木由美子さんにお会いしましたの」
ミコがタケルに代わり話し出した。タケルはミコに申し訳ないと思いつつも、ほっとするとともに、乾からは昼間食堂で感じた禍々しい気配が感じられないことに気がついた。黒い霞も見えなかった。タケルは絶対に乾が黒い霞と関係していると思っていたので、首をかしげた。
「ふん。高木由美子の幽霊にでも会ったのか」
乾が馬鹿にしたように言った。
「ええ、そうです」
ミコが静かに答えた。
「それで何だ」
「私達は由美子さんから、貴方に騙されたと聞きました。そしてTGIの滝川さんにお聞きしたら、貴方に頼まれ芝居をしことをお認めになりました。貴方は滝川さんにお願いし、自分が金銭トラブルを抱えていることを由美子さんに信じ込ませ、銀行のお金に手をつけるように仕向け、それを訴えることで由美子さんを貶めたんです」
そう言うとミコはTGIの滝川会長と面談した時の音声データを再生した。
「ふん。で、私にどうしろと」
乾は落ち着いていた。
「何故、貴方が私を騙したのか訳が知りたいの」
由美子がウルラを通して話し出した。タケルは驚いたが、頭の中でウルラから、由美子が自分で直接乾と話がしたいと言ったので、入れ替わったことを聞いた。
「ふん。久しぶりだな由美子。とっくにあの世に行ってると思ってたのに、まだこの世をうろついていたとはな」
乾は少し驚いた顔をしたが、特段動揺した様子を見せなかった。
「で、何で騙したのかって。それが分からないからお前は成仏できないのか」
乾は皆を見回し、笑い出した。
「それでこんな訳の分からない連中を引っ張り出したのか。巫女やジャンパー、ヒラヒラのドレスを着た、銀行員とはとても見えない連中を」
乾には龍二と星の本当の姿が見えているようだった。これで、やはり乾には何かしら力があるということがはっきりした。
「ええ、そうよ。ねえ、教えて」
乾は何も言わず、ただタケルの胸元にあるウルラを睨んでいた。乾の顔が少し歪んで見えた。
「あ、あの。竹下副頭取の妹、美帆さんのことですか」
タケルがおずおずと問いかけた。乾が目を見開き、タケルの顔を見た。
「いや、その。由美子さんが木暮支店の時、竹下副頭取の妹、・・・美帆さんが銀行のお金に手を出したことを銀行に報告したって。それで、もしかしたら、副頭取に言われて、いや言われなくても副頭取のことを、・・・ええっと、忖度して、それでその」
「ふん」
乾が大きく息をつき、タケルから目を逸らした。沈黙の時間が流れた。タケルが沈黙に耐えきれなくなった時、いきなりミコが鏡を目の高さに上げ、大きな声を出した。
「分かったわ。美帆さんと副頭取は愛し合ってたのね」
「ええっ」
タケル、龍二、星の三人が同時に声を出した。
「副頭取が美帆さんを妹としてだけ見ていたとしたら、余りにも復讐が大掛かりだと引っ掛かっていたの。でも今、乾さんから見えたものは、それ以上のものだったわ。副頭取は美帆さんを妹ではなく一人の女性として見ていた。それは美帆さんも同じ。二人は兄妹でありながら、愛し合っていた。そして、二人の間には子供が出来た。愛する女性が死んだからこそ、由美子さんを同じ目に遭わせ、破滅させる必要があったのね」
「くっ、く、くくく、あは、はははは。凄いな。俺の頭の中が覗けるのか、それ」
乾が大きく身をよじり、笑いながら言った。乾の体から黒い霞が立ち上り、暗く重く禍々しい気が広がった。
「ああ、そうだ。あの方は妹のことを心から大切にしておられた。そして生まれる子に大いに期待しておられた。しかも彼女はあの方のために金も融通していた。だが、それを全部、由美子が台無しにした。彼女はあの方に迷惑がかからないよう、嘘の遺書を書き、死んだ。あの方の悲しみは大きく、恨みはとても深いものだった。だから俺はあの方のために由美子を陥れた。・・・どうだ、満足か由美子。これが真相だ。あははは」
乾の声がどんどん低く険悪なものになり、それとともに体から黒い霞がどんどん溢れ、目には異様な光が宿った。
「ああ、良かったなお前達。これですっきりして死ねるだろう」
「な、なん、なんで・・・」
タケルは乾の放つ禍々しい気に当てられ、体が竦んでしまっていた。
「おい」
乾が両手を上げると、今まで乾の後ろに控えていた男達が前に出てきた。いつの間にか、タケルの前にミコと龍二、星が出て男達と睨み合った。
「やっと出番だ。久しぶりに暴れられるぞ」
龍二の弾んだ声が食堂に響いた。
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