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第7章 木枯らしに抱かれて

エピソード41-5

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小泉撮影所―― 役員室

 白黒ミサをAスタジオに送り出したネネたち。
 次はいよいよシズムを、芸能所事務所『ミフネ・エンタープライゼス』の重役に会わせる為、事務棟の役員室に向かう。
 重役たちは、今日のオーディションで候補生の最終チェックを行う為、この撮影所に来ている。
 事務棟のロビーで、ネネが二人に向き直った。

「準備はイイわね? ユズル君?」
「え? あ、僕の事か」
「しっかりしてよね、アニキ♪」
「シズムは準備、OKなのか?」
「もうバッチリ! 任せてちょんまげ♪」ニコ

 今のやり取りを見て、ネネは心配そうに聞いた。 

「大丈夫なの? ホントに」
「一応予習はさせておきましたから、多分?」
「ふう。ま、今更ジタバタしてもしょうがない。行くわよ!」
「「はい!」」

 辺りを見回すと、何やら騒がしかった。
 ユズルは耳を傾けてみる。

「ねえ、ちょっと、あの子って動画の子じゃない?」ざわ
「か、かわいぃ~♡、隣の男の子も、素敵ィ♡」ざわ
「見て見て、シズムちゃんじゃない? 撮影かしら?」ざわ

 いつの間にか周りの注目を浴びている三人。

「ちょっとユズル君? シズムちゃんて、そんなに有名なの?」
「シズムって、結構人気あるらしいんですよ。この間、インベントリに山積になってるものがあって、それがシズム宛てのプレゼントだったりするんです」
「動画のお陰で、知名度は相当って事ね」

 三人はエレベーターで最上階に上り、役員室に着く。

「イイわね? 入るわよ」コンコン
「どうぞ」

 ネネはドアをノックし、返事を聞いてドアを開けた。

「失礼しまぁす、井川シズム……です!」ペコリ

 シズムはちゃんと挨拶が出来たようで、ユズルはホッと安堵した。

「シズムさん、ようこそいらっしゃいました! 常務の梨元です。そちらは?」
「私は、都立国分尼寺魔導高校で司書をやっております、木ノ実ネネです。そして、」
「どうも。兄の井川ユズル、です」

 ネネに促され、ユズルは緊張しながら名乗った。

「お兄さんでしたか。いやぁ、シズムちゃんに負けず劣らず、映えますなぁ。私、昔はスカウト担当だったんですよねぇ」
「ま、またぁ、からかわないで下さいよ」
「こら、ユズル君? 失礼でしょ?」
「あ、すいません」

 ユズルに近付いて来た梨元なる男は、もみ手をしながら品定めをする様にユズルを見ている。

「構いませんよ先生。ここは無礼講で行きましょう。ささ、お座りください」

 ユズルたちはソファーに座るように促された。
 ソファーには、梨元の対面にシズム、両脇にそれぞれが座った。
 座ってすぐ、ネネが梨元に話しかけた。

「先ず失礼して私から質問、イイでしょうか?」
「何でしょうか? 木ノ実先生」
「この度、ウチの生徒、白井ミサ及び黒瀬ミサがこちらを受験するにあたり、この井川シズムをこちらに入れる事が内定条件、と聞きましたが、本当なのですか?」
「ええ。言いましたよ? 代表がそのように提示すること、と」
「この子は、いわゆる芸能活動については全くの素人です。本当に務まるのでしょうか?」
「それはココに入ってから頑張ってもらう、という事です。当然研修がありますし、レッスンも受けてもらう事になるでしょう」
「何故、この子なのでしょう?」

 ネネがそう聞いた時、役員室のドアがいきなり開いた。ガチャ

「それは、私から話しましょう!」
「代表!」

 代表と呼ばれたのは、身体の線がくっきり表れるほどタイトな、ビチビチのスーツを着込んだグラマーな女性だった。
 群青色の髪に、赤いざぁますメガネを掛けた、眼光が鋭い美人であった。

「三船シレーヌ。ココの代表よ!」

 ユズルはシレーヌを見て、不思議そうにしている。

「ん? 代表って、社長さんですよね? たしか……」
「サブ兄の所の子たちね。事情は聞いてるわ」
「ああそうか! 四郎さんの御夫人でいらっしゃいますね?」
「ゆ、ユズル君、その方は……」

 ユズルはポンと手を置いて、納得しているが、梨元は青い顔でユズルを制した。

「四郎……か。懐かしい響きね」
「どうしたんですか?」
「四郎はね、今はもういないの。この世から、ね」

 シレーヌは天井辺りを遠い目で見ながら言った。

「そ、そうだったんですね、すいません……」
「大変失礼を致しました。申し訳ありません……」


「イイのよ。だって、三船四郎は、私だからね!」フン!


 シレーヌは胸を張り、髪をファサっと跳ね上げ、ビシっとポーズをとり、ドヤ顔でユズルたちを見た。

「「は、はぃぃ!?」」

 ユズルとネネは驚いて立ち上がった。シズムは首をひねって不思議そうにしていた。




              ◆ ◆ ◆ ◆




 シレーヌは二人を座らせると、深くため息をつき、語り出した。

「100年くらい前に、【性転換魔法】で女になったの。燃えるような恋をして、ね」
「性別の転換!? そんな高等魔法が使える者がいたなんて……」

 ネネは、シレーヌの言う事に半信半疑だった。

「それがいたのよ。ただ、道徳的というか、宗教的にタブー、でしょ? 完全に性転換するのって」
「個人の都合で、神の選択を曲げるという事ですから、禁忌の部類に入るでしょうね」
「原理はこう。一度卵まで時間をさかのぼってから、遺伝子情報を書き換え、成長させるのよ」
「そんな事を可能にするなんて、相当な手練れなんでしょうね」

 ネネは顎に手をやり、考え込んでいる。

「伝説の闇医者と言われている、『黒孔雀』と呼ばれた女医だった。イイ腕の医者だったわよ。報酬はたんまり取られたけどね」
「法外な報酬を取る、腕利きの闇医者ですか。どっかの漫画にありそうな設定ですね」
「イイでしょう? まだまだ現役♡ 子供も産めるわよ? 試してみる? ンフ」
「けけけ、結構です」
「あら、残念」

 ユズルは近づいて来たシレーヌに頬を撫でられ、ドギマギした。

「それで、想い人とはどうなったんですか?」
「こら、ユズル君!? 失礼でしょ?」
「イイのよ。そのあと、結婚したわよ。でも、数年で離婚した」
「何故です? 原因は?」
「さぁて、何だろうね? 彼は、男だった頃の私を愛してた、って事かな?」
「そんな、酷い話ですよ」
「男女の関係なんて、そんなもんよ」

 そう言うとシレーヌは、席に戻り、シズムを観察している。
 シズムは、シレーヌに見つめられ、ただニコニコしているだけだった。
 そんなシレーヌを見て、ユズルは口を開いた。

「でも、そんな大事な秘密を、何で教えてくれたんですか?」
「そうでもないわよ。この業界ではみんな知ってるし、調べればわかる事だもの。それに、お互いに秘密はオープンにしないと、ね?」
「秘密、ですか?」
 
 シレーヌはシズムに近寄り、シズムの顎をくいっと上げ、じっと目を見た。

「良く出来たお人形さん、だこと」
「ほえぇ?」
「何ですって!? 代表、それは本当ですか?」
 
 シズムが『物』である事を、シレーヌは見事に見破った。
 梨元は思わず立ち上がった。

「うぅ、先生、マズい展開です。いきなりバレてますよ?」コソ
「想定内でしょ? しっかりしなさい」コソ
「でも先生、正直に話した方がイイのでは?」コソ
「そうね。この方は全てお見通しの様だから」コソ

 ユズルとネネは、シズムの背中越しに小声で話していると、シレーヌが咳ばらいをした。

「コホン。何か言いたい事があるんじゃないの? お二方?」

 シレーヌは腕を組み、二人の意見を待っている。
 その様子は、怒っている様には見えなかった。

「人を見る目、さすがですね。予想よりかなり早かったです」
「目を見てすぐにわかったわ。『魂』が入ってない事」

 ネネにそう言われ、フン、と鼻を鳴らすシレーヌ。

「私、この業界長いのよ? アナタはわかって? 梨元?」
「……面目ありません。全然気付きませんでした」
「アナタもまだまだね。ガッカリだわ」

 梨元はハンカチで額の汗を拭いながら、ぺこぺこと頭を下げた。
 ユズルはネネを一瞥し、一度頷いてから語り始めた。

「シレーヌさんの仰る通り、このシズムは人ではなく『聖遺物』です」
「『聖遺物』? 魔道具みたいなもの?」
「そうです。百聞は一見に如かず。ロディ、本に戻って」
「かしこまりました」シュン

 ユズルがシズムにそう命令すると、瞬時に本に戻った。

「まぁ、何てこと?」
「こりゃあ、たまげた」

 二人が驚いていると、ユズルは本を床に放った。すると、デフォルトの豹になった。シュン

「グレーの豹が基本形です。一度見たものは、その姿に変身出来ます」

 豹のロディは次にシレーヌに変身した。シュン

「申し訳ありませぇん、ユズル様ぁん、失敗でぇす」
「気にするな、相手が上手だったって事だよ」
「でもぉ、自信、あったのよねぇん……」

 シレーヌに変身したロディとユズルが話している。

「ちょっと、私ってそんな感じに映ってるの!? 見ていてあまり気分良くないわ、他のに変えて頂戴!」
「これは失礼しました」シュン

 シレーヌに注意され、シズムに戻るロディ。

「じゃあ、あの動画に出ていたのって、誰なの?」
「それは、僕、です」シュン

 ユズルは腕の操作パネルをいじり、シズムに変装した。
 シズムに扮したロディと並んでみる。当然瓜二つである。

「一体どうなってるんだ? キミたちは?」

 梨元は先ほどから驚いてばかりいた。
 シレーヌは静流の方のシズムに近付き、頬を撫でた。

「うん。そうよ。この感じ。コレなのよ、私の求めていたものは」

 シズムは顔をいじられながら言った。

「ご、ご説明しまふ」
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