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第8章 冬が来る前に

エピソード42-4

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聖アスモニア修道魔導学園 食堂―― 

 アマンダ率いるアスガルド組は、PMC立ち上げの際の目玉として、『ある方』の勧誘をしに、聖アスモニア修道魔導学園に赴いていた。

「ご相談の内容は……」

 アマンダはエスメラルダたちに事情を簡潔に説明した。

 ・先日、静流が太刀川駐屯地に講師として呼ばれた。
 ・静流は、架空の人物『シズルー・イガレシアス大尉』に扮し、講義を行った。
 ・シズルーの講義が思いのほか好評だった為、他の駐屯地からオファーが殺到している。

「つまり、静流クンがいちいち軍の呼び出しに素直に応じた場合、その内軍にアゴで使われる事になりかねないって事? そんなの絶対にダメ!」
「第一、静流はまだ学生であろう? そんなのいちいち相手にしておったら、学校にも行かれん様になっちまう」

 二人の反応は、他の者と概ね一致していた。

「当の静流クンは、何て言ってるのよ?」
「アイツの事だ。ほいほい引き受けてしまうんじゃろうな」
「ええ。『極度のお人好し』体質である静流クンは、『たまに、気が向いたらやってもイイ』とコメントを残しています」
「ふう。全くアイツと来たら、断るという事を知らんのか?」
「でも、静流クンらしくて、愛らしいわぁ♡」

 エスメラルダは腕を組み、ため息をついている。
 カチュアは、今までの間ずうっとブラシを顔にまんべんなくなぞっていた為、お肌に潤いが戻り、ツヤツヤになっている。

「そこで、静流クンの先輩たちとも協議した結果、ある策を練りました」
「ふむ。周りくどいのは好かん。直球で来な」

「規模は最小ですが、PMCを起こします。社員をシズルーとして」

「本当に民間の軍事会社を作っちゃうの? 何て大胆な発想かしら?」
「それで仕事はどうするんだい? 社員一人でさばけるのかい?」

 二人はいささか現実離れしている内容に、半ば呆れている。

「そこで、そのPMCの代表に、閣下のお名前を貸して頂き、仕事を間引き出来ないかと……」
「あたしを使おうたぁ、随分大きく出たね?」
「閣下クラスのビッグネームを使わないと、抑止力になりませんので」

 頭を下げたアスガルド組一同に、エスメラルダは目をつぶり、少し考えたあと、ゆっくりと口を開いた。
  
「フン、好きにしな。アイツには借りがある。それに……一応奴さんもウチの生徒だ。家族みたいなもんだろう?」
「ありがとうございます!」

 アマンダは顔をガバッと上げ、瞳をウルウルとさせている。
 リリィは仁奈とハイタッチした。
 すると意外な人が挙手をして、発言許可を求めた。

「ニニちゃん先生? どうしたんです?」
「言ってみな、ニニ」

 発言を許可されたニニは、コホンと軽く咳払いをした。

「先生の名前を借りる、それではまだ生温いと思います」チャ
「どう言う事よ、ニニ」
「最小とは言え、エスメラルダ先生が率いる部隊。それ相応の設備や装備、人員がいなくては、説得力に欠けます」
「そうは言ってもね。軍からは大した援助は期待出来ませんよ?」

 ニニちゃん先生が言うには、書面等でエスメラルダの名を見たとしても、それほどのインパクトは与えられないばかりか、信憑性に欠ける為、まともに受け取ってもらえない可能性がある、と言う事らしい。

「確かに。胡散臭いわよね? これじゃあ」
「そんなんで閣下のお名前を拝借したら、ドひんしゅくモノよね?」

 みんなが腕を組んでうなっていると、ニニが

「ですから、ひと芝居打つんですよ」チャ
「何だって?」



              ◆ ◆ ◆ ◆




聖アスモニア修道魔導学園―― 数日後

 エスメラルダに新規PMCの代表を、名前だけでも借りられる事となったアスガルド組。
 しかし、書面だけでは説得力が無い等の指摘があり、その対策に数日費やした。

「ニニちゃん先生、守備はどうすか?」
「問題ありません。ウチの演劇部の技術の粋を集めましたので」チャ

 リリィたちは、ニニちゃん先生に学園の演劇部が用意したセットに案内された。
 今は使っていない、いわくつきの『ドラゴン寮』の中にある。

「うはぁ、本格的ですねぇ」
「この位、リアリティを追求しないと、説得力ありませんから」チャ
「ニニちゃん先生がここまで動いてくれるのって、やっぱり静流クンの為? ヌフ」
「ち、違います! 大体アノ子はムムの教え子ですし、歳だって……」
「イイですから。ちゃあんとわかってますって」
「からかわないで下さい、もう」チャ

 リリィは完璧主義のニニちゃん先生の、唯一のウィークポイントを握った。

「撮影班、準備はどう?」
「バッチリですヨ。いつでもイケます」

 撮影班と呼ばれたのは、以前サムライレンジャーの件で世話になった、小松右京であった。
 撮影もプロに任せる方がイイと、ニニちゃん先生が強く発言した為である。

「なるほど。ドキュメンタリータッチでやるわけですね?」
「そう。あとはアクター待ちね。そっちはどうなの?」
「それぞれ仁奈とレヴィが迎えに行ってます」

 そうこうしている間に、誰かがドラゴン寮を訪れた。

「ココです、司令」
「レヴィ、ワシを呼び出して置いて、手ぶらで返すつもりは、無いんじゃろう?」

 そう言いながら入ってきたのは、アスモニア航空基地の司令、三船八郎であった。

「オス、はっちゃん」
「あ、アマンダ!? それに……ひっ」
「何だい? アタシの顔に何か着いてるのかい?」
「エスメラルダお姉様、ご、ご無沙汰しております」

 エスメラルダを見た八郎は、直立不動となり、一瞬で顔が青く変わってブルブルと震えている。すると、

「ココです、司令」
「石川少尉、一体何が始まるのだ? って、ハチ? どうしたんだ? その顔は」

 そう言いながら入ってきたのは、アスガルド駐屯地の司令、三船六郎であった。

「ロク兄……向こう見て見な」
「ん? え、エスメラルダお姉様、ご、ご無沙汰しております」
「何だい、ガン首そろえて、今日は法事かい?」

 六郎までもが、一瞬で顔が青く変わり、ブルブルと震えている。
 エスメラルダと三船兄弟との関係であるが、長男の故・三船一郎は、かつてエスメラルダとバディを組んでおり、弟や妹とも交流があったと思われる。




              ◆ ◆ ◆ ◆



「よし、アクターは揃ったわね?」
「アクターと言うか、『あくた』になってますけどね……ナンマンダブ」

 リリィは、変わり果てた二人の統合軍司令を、不憫に感じ、手を合わせた。

「え? 少佐殿? 静流様がまだお見えになってませんが?」
「右京ちゃん? アナタ、意味わかって言ってるの?」
「え? まさか、またダマテンで進めるおつもりですか? 静流様、以前の撮影時に参加出来なくて寂しそうでしたよ?」
「彼を巻き込みたくないの。それに、レヴィの脚本にはシズルーの出番は無いわよ?」
「ふぇ? そんなぁ……」

 右京は、この撮影に参加出来れば、静流に会えると勝手に思っていたらしい。

「そりゃあ私だって、静流様に出演してもらいたいですよ? ただ、今回はちょっと……」
「レヴィ殿ぉ、では、困った時のブラムちゃん、ですね?」ハァハァ
「私もそれは考えましたよ? でもブラムちゃん、今ダンジョンにこもりっきりなんですよ。音信不通なんです」
「えぇぇ!?」

 明らかにモチベーションがだだ下がりの右京を見て、アマンダは溜息をついた。

「ちょっと、これから撮影なのよ? しっかりしなさいな」
「でもぉ、シズルー様が、静流様がご出演なさらないなんて……グス」
「レヴィ、何とかしなさい」
「何とかと言われても……そうか、ロディ氏を呼ぶんです、少佐殿」
「ん? そうか。仮契約してたんだったわね、わたしも」

 ロディがドロップされた時、ノートに名前を記入し、仮契約していた事を思い出したアマンダ。

「よし、呼んでみるか。ロディちゃん、緊急なの、直ぐに来て頂戴!」

 アマンダは右手をかざし、ロディを呼んだ。すると、

「何でしょうか少佐殿、只今取り込み中なのですが」

 アマンダの右手にシズムの頭が吸い付いている。シズムは全裸で体中泡だらけであった。

「ひっ! アナタずぶ濡れじゃないの!?」
「ですから、取り込み中だと。入浴中なもので」

 ロディはプルプルと泡を飛ばし、デフォルトのダークグレーの豹になった。

「シズムンが豹に変身した? もしかして、『しもべ』さんですか?」
「いかにも、私は静流様のしもべ、ロディと申します」

 頭上に「???」がくるくる回っている右京に、かいつまんでロディの説明した。

「そうだったんですか……じゃあシズムンは?」
「本来は静流様が使っていたキャラクターです」
「イイかしら? このことは『知る人ぞ知る』なの。口外無用でお願い」
「わ、わかりました。ムフ、秘密の共有。これぞ優越感。フフフフ」

 右京のテンションが少しずつ回復している。

「右京殿はわかりやすいですなぁ。 私もですけどね」
「レヴィ殿、ブログにUPしても?」ハァハァ
「いけません! 絶対にダメです!」
「でもぉ、同朋たちが自慢げに入手した情報をリークさせてるのに、私はダメなの?」
「あれは、リリィ殿が『匂わせ』でやっている演出です。本質は上手くぼやかしているでしょう?」
「た、確かにそうですね。静流様の目撃情報、お宅の位置特定まではたどり着かないんですよね」
「当り前です! 私だってまだ、ご挨拶済んでないんですから……」

 そんな事を話していると、アマンダがレヴィに言った。

「レヴィ、脚本の手直し始めて。右京ちゃん、他のカット、撮り始めるわよ!」

「「了解!」」
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