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第8章 冬が来る前に

エピソード47-36

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ダーナ・オシー駐屯地内 第九格納庫 事務室――

 機体の整備を万里とメルクに任せた一同は、格納庫内の事務所でお茶をご馳走になっていた。
 便宜上格好はシズルーであるが、周りの者は静流として扱っている。

「ココナさんのコードネーム『ドラゴン・フライ』の由来って、本当にメルクの尻尾をフライにして食べた事なんですか?」
「うむ。表皮が硬くてコックが難儀していたが、まずまずの味だったぞ」
「てっきりトンボの事を英語で訳したんだと思っていましたよ」
「トンボ? 何だそれは?」
「昔、日本ではトンボを『勝虫』と呼んで、武将に好まれたらしいです」
「単にドラゴンの尻尾をフライにして食っただけだが、ソッチの理由の方が恰好がイイな。今後は使わせてもらうか」

 静流に言われ、満更でもないココナに、郁が薄笑いを浮かべながら皮肉たっぷりに言った。

「フッ、それで『ドラゴン・フライ』だったのか? なんて安易な。私も知らんかったぞ」
「フッ、『パニッシャー・ドール』処刑人形よりは少なくとも愛嬌があってイイだろうよ」

「「ぬぅあにぃを~!?」」

 ココナと郁が、オデコを合わせてガンを飛ばし始めた。

「はいはい二人共、 つまらない小競り合いは止めましょうね?」ガシッ

 ルリが真ん中に立ち、手をクロスさせ、それぞれのこめかみを掴み、力を込めた。

「「イデデデ」」

 何とも滑稽な姿に、自然と笑いが起こった。
 静流は部下たちに向けて、穏やかな口調で言った。

「フフ。仲のイイ事で何よりですね」
「本当に。数年前は口も利かなかったんですよ?」
「姫様、なんだか嬉しそう」
「ありがとうございます。静流様」

 部下たちの目に、うっすら涙が浮かんでいた。




              ◆ ◆ ◆ ◆




「機体の修復も順調みたいだから、今日中に何とかなりそうね?」
「技術少佐殿、感謝します」
「私は指揮を執っただけ。実際に動いてくれたみんなに言ってあげて」

 アマンダはそう言うと、静流にねぎらいの言葉をかけた。

「シズルー大尉、お疲れ様。初仕事は結構ヘビーだったわね?」
「今後はもう少し、楽な仕事を頼みますよ、少佐殿。 フフフ」

 和やかなムードの中、ココナだけはなんだかソワソワしている。
 ケイが心配そうにココナを覗き込んだ。

「姫様? どうしたの?」

 ココナがゆっくりと口を開いた。

「静流殿、もう……帰ってしまわれるのか?」
「ええ。仕事が済みましたので、そろそろ帰ります」

 少しの沈黙のあと、ココナがバンとテーブルを叩き、立ち上がった。

「もう少し、こちらに滞在しては? そうだ! 観光は如何か? 私が案内する。アナタに見せたい景色があるんだ!」
「……すいません、この三日間、僕の学校の行事と重なってたんです。だから、終わりくらいは出ておきたいなぁ、なんて……」

 静流は簡単に『国尼祭』の事をココナに説明した。

「そんな大切な行事があったのか? ならば私の事は後回しにすればよかったのではないか?」

 話を聞いたココナがそう言ったあと、カチュアが口を挟んだ。

「そうなればアナタ、助かってなかったかも、ね?」
「くっ、引き留めて済まなかった……」

 カチュアに皮肉っぽく言われ、しぶしぶ引き下がるココナ。
 追い打ちをかける様に、郁がココナに言った。

「ココナ、あの機体はウチで預かるつもりだが、問題無いか?」
「なっ! あれは静流殿に私が手取り足取り教える為の……構わん、持って行け」

 ココナは口をとんがらせていじけている。
 静流が苦笑いを浮かべながら、ココナを慰めた。

「またお邪魔しますから、機嫌直してくださいよぉ……」
「約束、だからな?」
「ええ。あと、何かあればメール下さい」
「わかった。必ずメールする!」パァァ

 静流がココナを慰めるのに成功したかと思ったその時、念話が入った。

「すいません、念話が入りました」

 静流は席を立ち、隅っこに移動した。

〔睦美先輩ですか?何か進展が?〕
〔静流キュン、吉報かも知れんよ〕
〔何です? 吉報って〕
〔キミの絵を、ゲソリック教会の総本山が目を付けたようだ〕
〔はい。ジル神父からの情報で知ってます。文科省が動くって聞きました〕
〔これは噂だが、ゲソリック教会のバックには、ある組織が関係しているらしい〕
〔……まさか、『元老院』ですか?〕
〔裏は取っていないが、その線はアリだと思うね〕
〔それで、吉報とは?〕
〔絵の貸与をカードに、交渉の場を設ける事が可能となる、かも?〕
〔そうか! それは確かに吉報ですね〕

 そのあと静流はこちらの仕事が終わり次第学校に向かう旨を睦美に説明し、念話を切った。
 今の念話で、ココナが『元老院』についての情報を握っている事を思い出した静流。

「そうだった、ココナさん、『元老院』について、何かご存じですか?」
「『元老院』?ああ、あのジジババ連中の事か?」

 唐突に聞かれ、少し驚いたココナだったが、やがて口を開いた。

「私の祖父は、『元老院』のメンバーだった」
「『元老院』とは、どんな組織なのです?」
「他愛ない奴らだよ。『純血』とかにこだわっている」

 アマンダが口を挟んだ。

「そこまでは噂通りね。荒っぽい事には絡んで無いの?」
「あのジジババ連中が? ないない、あの組織にそんな力は皆無だ。むしろゲソリック総本山の方が怪しいな」
「何だって? それは本当ですか?」
「あそこには、教会の裏を仕切っている機関もあると言うしな。目を付けられた者がそいつ等の仕業で行方不明になっていると噂には聞いているが」

 静流はアマンダと忍の顔を見て、小さく頷いた。

「ウチの学校の先輩が、『ドラゴン・フライ』が『元老院』の事を知っているとネットで見たらしいんで、別ルートであなたを探していたんです」
「恐らく、家の誰かがリークしたのだろう。とうの昔に勘当された私には、そんなもん知ったこっちゃないがな」

 静流はココナに、流刑ドームにいる薫たちの事をかいつまんで話した。

「フム。やはりそうか。それは総本山の暗部がやった事だと私は思う」
「何か根拠でも?」
「あの学園はゲソリック総本山の直下。将来的に不穏因子になるとなれば、知らぬ間に存在を消されてもおかしくは無いな」

 静流は顎に手をやり、ココナの話を聞いていた。

「貴重な情報、ありがとうございます」
「静流殿、まさか総本山に乗り込むつもりか?」
「丁度、そのチャンスが訪れそうなので」
「万一何かあった場合は、直ぐに私に連絡をくれ」
「ありがとうございます」パァァ

「はっひゅぅぅん」

 ビシっと決めたつもりだったココナは、静流のニパを浴び、大きくのけ反った。
 しかしココナは、何かに気付いたか直ぐに我に返り、ガバっと起き上がった。

「時に静流殿? 先程、日本にいる先輩と『念話』をしていたのか? ココからかなり距離が離れていると思うのだが……」
「大丈夫です。連絡ツールがありますから」
「連絡ツール? 衛星端末では無さそうだな……」

 ココナは腕を組み、首を傾げている。

「フッフッフ。私たちには、コレがあるのでな」チラ

 郁は首に掛けていた勾玉を、ドヤ顔でココナに見せびらかした。

「何だ? それは?」
「コイツはな、静流との絆だ。こいつがあれば、ドコにいても念話が使えるのだ!」
「翻訳機能とか、絶対障壁なんかも付いてるんですよぉ♪」

 横からルリがひょこっと顔を出し、同じく勾玉を見せた。

「イク姉? ルリさんまで……大人げないです、この人たち」
「実は、私たちも持ってたりして? ウフフフ」

 カチュアがそう言うと、ココナとその部下以外の者が、一斉に勾玉をチラッと見せた。
 それぞれが髪の色と同じ勾玉を、ココナたちに見せびらかした。

「うわぁ、綺麗ですね」
「フム。翻訳機能に絶対障壁ですか。実に興味深い」
「ん? って事はみのりも持ってるの? イイなぁ~」

 部下たちが羨ましそうに勾玉を見つめている。
 ココナは口をとんがらせて、悔しそうに言った。

「ず、ズルいぞお前たち、私も……欲しい」

 このあと、ココナたちの勾玉を都合する事を約束させられる静流であった。
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