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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード49-4

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Bスタジオ 教室のセット――

 ひょんな事からユズルは、シズムが出演しているドラマのカメリハに、シズムの相手をする事となった。
 ドラマのタイトルは、『メス豚。をプロデュース』であった。
 大まかなストーリーは、とある共学の高校で、地味な女子をいかに華麗に変身させるかを競い合う、色恋とギャグを織り交ぜた学園ラブコメである。
 シズムの役は、主人公にプロデュースされる、何人かいるヒロインの一人である。

「ふぅん、美千留の読んでる漫画のドラマ化か……」

 バタバタと足音が聞こえ、AD遠藤が戻って来た。

「えー、それではカメリハ始めます。 シズムン、ココに立って下さい」
「はぁい」

 AD遠藤は、制服を着てメガネを掛けたシズムを指定の場所に立たせると、ユズルに絵コンテを見せ、説明を始めた。

「イイですかお兄さん、このシーンはシズムンを教室の隅に追い詰め、『壁ドン』をかまします。そのあとこんな感じで見つめ合って、このセリフをお願いします!」
「え? セリフまで言うんですか? カメラの位置決めだって聞いてるんですけど?」
「お願いします! 一言だけでイイですから」

 AD遠藤は、ユズルに手を合わせ、『頼み込む』ポーズをして、ペコペコと頭を下げた。

「わ、わかりましたから、落ち着いて下さい」

 やがて、カメラのスタンバイが完了し、監督が合図を出す。

「はい、スタート!」

 ユズルは指示通り、シズムを教室の隅っこに追い詰めた。
 そして逃げ場を失ったシズムの顔の横に手を突ついた。 ドンッ

「いや……止めて、下さい」

 次にユズルは、絵コンテにあった通り、シズムのメガネを取り上げ、注文通りのセリフを言った。

「ふぅん……メガネ取ったら、けっこう可愛いじゃん」 
「はわわわ、か、返して下さい、先輩」

「はい、カーット!」

 監督の合図があり、スタッフが動き出す。

「次は、もうちょっと気持ち入れてみよっか?」
「え? リハーサル、ですよね?」
「イイから。勉強のつもりで、ハイ、テイク2いくよ!」

 監督に半ば強引にシズムの相手をさせられるユズル。
 すると、セットの周りが、何だか騒がしくなって来た。

「ヤッホゥ、シズルン♪ カメリハ見に来ちゃったぁ♡」
「ん? あれ? トシちゃんじゃない、誰? 代役?」ざわ…
「彼、素敵ね……ゾクゾクしちゃう♡」ざわ…

 クラスメイト役の女優たちなのか、シズムと同じ制服を着ている。

「いつの間にかギャラリーが……」コソ
「大丈夫です。落ち着いて下さい」コソ

 ユズルの不安げな顔を見たシズムが、耳元でささやいた。
 先ほどの監督の言葉に、何か引っかかるユズル。

(ん? 気持ちを入れる? アレを試してみるか)

「テイク2、スタート!」

 監督の合図があり、ユズルはまた指示通り、シズムを教室の隅っこに追い詰めた。
 そして逃げ場を失ったシズムの顔の横に手を突ついた。 ドンッ

「いや……止めて、下さい」

 次にユズルは、これまた絵コンテにあった通り、シズムのメガネを取り上げ、注文通りのセリフを言うが、今度は少し違った。

(頭にセリフを浮かべて、魔力を乗せる……か)


【ふぅん……メガネ取ったら、けっこう可愛いじゃん?】 


「「「「はっふぅぅ~ん♡♡」」」」


 ユズルがセリフを言った後、周囲の女優や、女性スタッフまでもが悶絶し、ぺたんと腰を抜かしてしまった。
 シズムは、自分のセリフの番を忘れ、顔を真っ赤にしてフリーズしている。

「はい、カーット!」

 監督の合図に反応したシズムは、自分の肩を抱き、ぺたんと座り込んだ。

「おいシズム、大丈夫か?」
「ふぁ、ふぁい、らいりょうぶ……れす」

 ユズルの声に反応するも、ろれつが回っていないシズム。
 周りの女優たちも、ポカンと首を傾げながら立ち上がった。

「今の何だったの? 脳を揺さぶられたような衝撃なのに、何故か心地イイ……」
「なんか、かなり昔に忘れてた感覚……中学生の頃に戻ったみたいな?」

「はいオッケー。次のシーンまで休憩!」

 監督はそう言うと、ユズルの方に近付いて来た。

「ちょいとお前さん、コッチに」
「は、はい」
(ヤバ、マズかった……かな?)

 女優たちがシズムの周りに集まり、質問責めにあっている。

「ねえねえシズムン、あの素敵な方はどなた?」
「私の……アニキだよ」
「え? お兄さん!? うわぁ、イカすわぁ」

 それを遠くで見ていた鳴海と右京。

「鳴海マネ、さっきユズル様、何かやりましたよね? 周りの女の子、みんなメロメロだったじゃないですか?」
「驚きました。まだ演技のイロハもレクチャーしていないのに……やはり只者ではありませんね、ユズル様は」

 監督の個室に案内されたユズル。
 部屋に入るなり、ユズルは頭を下げた。

「すいません監督、好奇心でちょっと試したかっただけだったんです。初めて使ったんで、まさか、こんなに効果が高いとは……」

 それを見た監督は、ため息をつき、穏やかな口調でユズルに言った。

「セリフに魔力を込めたんだろ? いやぁ大したもんだ。本当に初めてなのか?」
「ええ。加減がわからなくて、すいません」
「あんな強烈なのを味わったのはかれこれ何十年ぶりだろうか……あれほどのはアイツぐらいしか思い当たらんよ」
「それって、七本木ジンさん、ですか? その方は遠い親戚らしいんです」
「ああ。なるほどな。それで気になってたのか」

 監督はユズルを、まるで息子を見るような眼差しで語り始めた。

「業界では【言霊】と呼ばれるもので、役者ならある程度経験や鍛錬で習得出来る」
「ことだま、ですか……」
「しかし、お前さんのソレは、天性のスキルだ。常人には俳優人生を掛けても、習得出来んだろうな」
「確かに、僕は朔也さん、ジンさんと同じインキュバスの特性が強く出ていますから……」

 監督はうんうんと頷き、ユズルの肩をポンと軽く叩いた。

「お前さんのそれ、今後の武器になるからな、完全に使いこなせる様にしろよ?」
「はぁ、頑張ります」

 怒られると思っていたのが、褒められたのは意外だったユズル。
 ノックのあと、突然部屋にAD遠藤が入って来た。 コンコン

「監督! 久保田氏が到着しました!」
「やっとか。 ん? よし! ユズル、もう少し付き合え!」
「え? ええっ?」

 休憩時間が終わり、監督と共にユズルがセットに戻って来た。 
 シズムの周りにいた連中が、ユズルを見た途端、すり寄って来た。

「あ、ユズル君だぁ!」
「ねぇ、連絡先、教えてよ」
「ああー! 抜け駆けはズルいよぉ?」
「すいません、そう言うの、困ります」

 数人の女優たちに言い寄られ、苦笑いをしているユズル。
 そんなユズルを見て、シズムが割り込んだ。

「ダメェ! アニキは私のアニキなの!」
「イイじゃないの、別に取って食おうってワケじゃないんだから」
「こらシズム、失礼だろ?」
「ダメったらダメなの! ぷぅ」

 ユズルに注意され、頬を膨らますシズム。
 するとそこに、

「おはようございます! すいません遅れました!」
「きゃあ、トシちゃんよ♡」

 久保田歳三が右手を挙げ、スタッフに会釈した。
 背は180cmを優に超え、毛束感のある赤い髪に、薄緑色の瞳をした、チョイ悪ヤンキー風の青年だった。

 今までユズルの周りにいた連中が、今度は久保田の方にまとわりついた。

「いやぁ、高速道路が渋滞しててさぁ、参ったよ」
「トシちゃあん、ゴハン奢ってよぉ」
「機会があったら、ね」
「んもぅ、いつもそう言ってはぐらかすんだからぁ」
「はいはい、イイ子だから、仕事しましょうね♪」

 流石は有名俳優なのか、女の扱いは心得ている様で、取巻きの女優たちは軽くあしらわれていた。
 歳三は、傍にいたマネージャーに小声で言った。
 
「清水ちゃん、監督には俺が詫び入れとくから」
「それでは私も……」
「イイから、付いて来ないでくれ」
「は、はい……わかりました」

 マネージャーにそう言うと、歳三は監督の所に早足で向かった。

「監督! 遅れてすいませんでした!」

 歳三は深く頭を下げた。

「言いたい事は幾つかあるが……とりあえず顔を上げろ」
「はい……」

 顔を上げた歳三に、監督は顔をほころばせながら言った。  

「トシ、お前が来るまでシズムの相手をしてもらったヤツがいてな、ソイツが結構面白いヤツだったから、今回は大目に見てやる」
「ありがとうございます!」
「後でソイツに、礼を言っとけよ?」
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