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第9章 冬の……アナタ、どなた?
エピソード49-5
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Bスタジオ 教室のセット――
遅れていた久保田歳三が到着し、監督に謝罪した。
さっきまで久保田の傍にいたマネージャーが、鳴海の所に近付いて来た。
「お疲れ様です、鳴海マネ、この度はウチのトシがご迷惑をおかけして……」
「どうもお疲れ様です、清水マネ、渋滞ですか? 大変でしたね」
軽く挨拶を交わすと、清水というマネージャーがユズルを見ながら、鳴海に聞いた。
「彼ですか? ミフネの秘蔵っ子という噂の新人は? イイですね。実にイイですね」
「それはどうも。歳三様の穴は、僭越ながらウチのユズルが埋めさせて頂きましたので」
「それはそれは」
「「オーッホッホッホッ!」」
マネージャーたちは、互いの腹を探り合っていた。
歳三がユズルの存在に気付き、声をかけて来た。
「やぁ、キミがカメリハの代役してくれたんだって? ありがとう、助かったよ」
「いえいえ。僕も勉強させてもらいましたから」
(うわぁ、本物のトシちゃんだ)
気さくに話しかけて来た歳三に挨拶を返すユズル。
「改めて、シズムの兄のユズルです。 トシちゃ、歳三さん」
「トシ、でイイよ。ユズル」
「じゃあ、トシさん」
二人の会話を見て、周りの女優たちがざわめいた。
「あの二人、絵になるわね?」ざわ…
「変な妄想とかしちゃいそう」ざわ…
「『トシ×ユズ』のカプか。悪くないわね」ざわ…
それを見ていたシズムが、歳三に向かって強い口調で言った。
「もう! トシちゃんもアニキを狙ってるの? ダメだからね!」
「おいおいシズムン、ソッチの気は無いから安心して。 フフフ」
歳三は苦笑いを浮かべ、シズムに言い返した。
「でもさ、ユズルを見てると、何か吸い込まれそうな感覚に陥るよな?」
「え? マジ、ですか……?」
「ああ。ユズルって目、悪いの? コンタクトにすれば? 綺麗な瞳が勿体ないよ? ちょっと貸して」
「あ! ちょっと……」
歳三が不意にユズルのサングラスを取った。
「こ、困ります、トシさん……」
「ンほぉぉ~ッ♡」
ユズルの瞳を覗き込んだ瞬間、歳三の『全身』が硬直した。
「ヤベェ、何だろ、この感覚?」
(勃ってる? この俺が、男に欲情? ……まさかな)
色んな所が硬直している歳三を、いぶかしげに見ながらユズルが言った。
「事務所にサングラスは外すなって言われてるんです」
(ん? トシさんが【魅了】を受けた? そんな筈、無いよな……)
今の状態は、サングラスは取られたものの、保護メガネは不可視化モードで装着したままであり、【魅了】LV.0が発動したわけでは無い。
シズムがすかさず歳三からサングラスを取り返し、ユズルに渡した。
「アニキ! はい、グラサン!」
「サンキュ、シズム」
サングラスを着け、周りを見渡すと、自分の方に視線が集中している事に気付いたユズル。
「ん? どうかしましたか?」
「おっふぅ……ヤバいわ、また腰が抜けちゃいそう」
「まるで、宝石のアメジストの様な綺麗な紫色の瞳……んふぅ、素敵」
サングラスを一瞬外しただけで、周りの女優たちがユズルに釘付けになっていた。
衝撃から回復した歳三が、首を回しながらうめいた。
「はぁ。ゴメン、危うく襲い掛かる所だったぜ」
「え、ええ!? だって、ソッチの気は無いって……」
(やっぱりおかしい……メガネはバッチリ掛けてるのに)
そう言った歳三から、じりじりと距離を取るユズル。
「ハッハッハ! たとえだよ。ユズルがそれだけ魅力的だったって事さ」
「ヒドいなぁトシさん、からかわないで下さいよぉ」
否定しながらも、自分の感情に違和感を覚える歳三であった。
(何だろう? このモヤモヤ感は……)
◆ ◆ ◆ ◆
監督が台本を持って、歳三たちの前に立った。
「ちょっと台本を書き直した。ユズル、ちょっと」クイクイ
「は、はい。何でしょう?」
監督がユズルを呼び寄せ、ユズルは状況がわからないまま、監督に従った。
「ユズル、飛び入りでお前にチョイ役をやる」
「えっ!? ホント、ですか?」
「上手くやれよ? おい、衣装部屋に連れてけ! オーダーはコレだ」
監督は衣装係にオーダーシートを渡した。
「かしこまりぃ。ささ、こちらに。 ムフゥ」
「腕がなりますねぇ♡」
ユズルは衣装係二人に手を引かれ、半ば強制的に連行されて行った。
「え? ええ~?」
「赤線引いた所のセリフ、覚えとけよ?」
今の一連の流れ見ていた鳴海は、慌てて監督の所に向かった。
「監督! どう言う事です? カメリハのみと言う事でしたが?」
「なぁに、悪い様にはしない。アイツの為にもなるしな」
鳴海は次に、衣裳部屋に向かった。
「大変な事になったわ!」
「むはぁ、面白い事になりましたねっ!」
好奇心旺盛な右京もそれに追随した。
ユズルは鏡の前で髪をセットされている所であった。
「お疲れ様です、ユズル様」
「鳴海さぁん、大変な事になっちゃいました……」
「監督から聞きました。やりましたねっ! これはチャンスですよ?」
「参ったな、いきなりセリフ付の役をもらうなんて……」
「大丈夫です! 先ほどのカメリハの要領です。ここぞと言う時に、【言霊】を使うのです!」
「やはりご存じなんですね? この業界では出来て当たり前なんですか?」
「いいえ。【言霊】が使えるのは、ごくわずかの方たちのみです」
鳴海に励まされているユズルに、右京は追い打ちをかけた。
「ガンバですよ! ユズル様♡」
「右京さん、他人事だと思って……はぁ、プレッシャーだな」
そんな事を話していると、もう一人の衣装係がユズルの衣装を持って来た。
「衣装は、こちらでお願いしまーす」
「は、はい」
衣装係が持って来たのは、紺色のボタン無し詰襟の学ランで、通称『海軍服』と呼ばれる制服であった。
ヘアメイクが終わり、学ランに袖を通したユズルが、衣装係と最終的なチェックをしている。
「メガネはどうします?」
「ええと、オーダーにはクリアレンズにする様になっていますね。 ムハァ」
ユズルは指示通り、レンズの色をブラウンから透明にチェンジした。
「どうです? 右京さん?」
「おほぉ……イイです。凛々しくて、とってもイイです」
衣装が決まり、セットに戻って来たユズル。
待ってましたとばかりに、ユズルにまとわりつく女優たち。
「ユズさまぁ、ンフゥ、素敵♡」
「制服姿、決まってるぅん♡」
シズムが頬を膨らませ、ユズルの手を引いた。
「ちょっとアニキ、こっちに来て!」グイ
「ちょ、ちょっとシズム?」
「あぁん、シズムンのいけずぅ♡」
シズムはユズルの手を引き、隅っこまで連れて行った。
「フゥー、フゥー」
「おいシズム、落ち着いて」
「すいません、私にも良くわからないんです。この感情が……」コソ
シズムは自分の身に起こっている事が、理解出来ていないようだ。
そんな二人を見て、歳三がひょいと割り込んだ。
「なんだぁシズムン、妬いてるのか? カワイイなぁ」
「妬いてなんかないもん! トシちゃんのヘンタイ!」ベェー
歳三に図星を指されたのか、顔を真っ赤にして怒るシズム。
「ヤベ、嫌われちゃった……かな?」
「大丈夫ですよ、コラ! シズム、拗ねてないでコッチに来るんだ」
「拗ねてないし。大丈夫だよ。私これでも女優、だもん」
(妬く、とはつまり、これが『嫉妬』?)
突如芽生えた感情に、シズムは動揺していた。
役者が揃ったので、AD遠藤がユズルたちに声をかけた。
「それじゃあリハ始めます!」
遅れていた久保田歳三が到着し、監督に謝罪した。
さっきまで久保田の傍にいたマネージャーが、鳴海の所に近付いて来た。
「お疲れ様です、鳴海マネ、この度はウチのトシがご迷惑をおかけして……」
「どうもお疲れ様です、清水マネ、渋滞ですか? 大変でしたね」
軽く挨拶を交わすと、清水というマネージャーがユズルを見ながら、鳴海に聞いた。
「彼ですか? ミフネの秘蔵っ子という噂の新人は? イイですね。実にイイですね」
「それはどうも。歳三様の穴は、僭越ながらウチのユズルが埋めさせて頂きましたので」
「それはそれは」
「「オーッホッホッホッ!」」
マネージャーたちは、互いの腹を探り合っていた。
歳三がユズルの存在に気付き、声をかけて来た。
「やぁ、キミがカメリハの代役してくれたんだって? ありがとう、助かったよ」
「いえいえ。僕も勉強させてもらいましたから」
(うわぁ、本物のトシちゃんだ)
気さくに話しかけて来た歳三に挨拶を返すユズル。
「改めて、シズムの兄のユズルです。 トシちゃ、歳三さん」
「トシ、でイイよ。ユズル」
「じゃあ、トシさん」
二人の会話を見て、周りの女優たちがざわめいた。
「あの二人、絵になるわね?」ざわ…
「変な妄想とかしちゃいそう」ざわ…
「『トシ×ユズ』のカプか。悪くないわね」ざわ…
それを見ていたシズムが、歳三に向かって強い口調で言った。
「もう! トシちゃんもアニキを狙ってるの? ダメだからね!」
「おいおいシズムン、ソッチの気は無いから安心して。 フフフ」
歳三は苦笑いを浮かべ、シズムに言い返した。
「でもさ、ユズルを見てると、何か吸い込まれそうな感覚に陥るよな?」
「え? マジ、ですか……?」
「ああ。ユズルって目、悪いの? コンタクトにすれば? 綺麗な瞳が勿体ないよ? ちょっと貸して」
「あ! ちょっと……」
歳三が不意にユズルのサングラスを取った。
「こ、困ります、トシさん……」
「ンほぉぉ~ッ♡」
ユズルの瞳を覗き込んだ瞬間、歳三の『全身』が硬直した。
「ヤベェ、何だろ、この感覚?」
(勃ってる? この俺が、男に欲情? ……まさかな)
色んな所が硬直している歳三を、いぶかしげに見ながらユズルが言った。
「事務所にサングラスは外すなって言われてるんです」
(ん? トシさんが【魅了】を受けた? そんな筈、無いよな……)
今の状態は、サングラスは取られたものの、保護メガネは不可視化モードで装着したままであり、【魅了】LV.0が発動したわけでは無い。
シズムがすかさず歳三からサングラスを取り返し、ユズルに渡した。
「アニキ! はい、グラサン!」
「サンキュ、シズム」
サングラスを着け、周りを見渡すと、自分の方に視線が集中している事に気付いたユズル。
「ん? どうかしましたか?」
「おっふぅ……ヤバいわ、また腰が抜けちゃいそう」
「まるで、宝石のアメジストの様な綺麗な紫色の瞳……んふぅ、素敵」
サングラスを一瞬外しただけで、周りの女優たちがユズルに釘付けになっていた。
衝撃から回復した歳三が、首を回しながらうめいた。
「はぁ。ゴメン、危うく襲い掛かる所だったぜ」
「え、ええ!? だって、ソッチの気は無いって……」
(やっぱりおかしい……メガネはバッチリ掛けてるのに)
そう言った歳三から、じりじりと距離を取るユズル。
「ハッハッハ! たとえだよ。ユズルがそれだけ魅力的だったって事さ」
「ヒドいなぁトシさん、からかわないで下さいよぉ」
否定しながらも、自分の感情に違和感を覚える歳三であった。
(何だろう? このモヤモヤ感は……)
◆ ◆ ◆ ◆
監督が台本を持って、歳三たちの前に立った。
「ちょっと台本を書き直した。ユズル、ちょっと」クイクイ
「は、はい。何でしょう?」
監督がユズルを呼び寄せ、ユズルは状況がわからないまま、監督に従った。
「ユズル、飛び入りでお前にチョイ役をやる」
「えっ!? ホント、ですか?」
「上手くやれよ? おい、衣装部屋に連れてけ! オーダーはコレだ」
監督は衣装係にオーダーシートを渡した。
「かしこまりぃ。ささ、こちらに。 ムフゥ」
「腕がなりますねぇ♡」
ユズルは衣装係二人に手を引かれ、半ば強制的に連行されて行った。
「え? ええ~?」
「赤線引いた所のセリフ、覚えとけよ?」
今の一連の流れ見ていた鳴海は、慌てて監督の所に向かった。
「監督! どう言う事です? カメリハのみと言う事でしたが?」
「なぁに、悪い様にはしない。アイツの為にもなるしな」
鳴海は次に、衣裳部屋に向かった。
「大変な事になったわ!」
「むはぁ、面白い事になりましたねっ!」
好奇心旺盛な右京もそれに追随した。
ユズルは鏡の前で髪をセットされている所であった。
「お疲れ様です、ユズル様」
「鳴海さぁん、大変な事になっちゃいました……」
「監督から聞きました。やりましたねっ! これはチャンスですよ?」
「参ったな、いきなりセリフ付の役をもらうなんて……」
「大丈夫です! 先ほどのカメリハの要領です。ここぞと言う時に、【言霊】を使うのです!」
「やはりご存じなんですね? この業界では出来て当たり前なんですか?」
「いいえ。【言霊】が使えるのは、ごくわずかの方たちのみです」
鳴海に励まされているユズルに、右京は追い打ちをかけた。
「ガンバですよ! ユズル様♡」
「右京さん、他人事だと思って……はぁ、プレッシャーだな」
そんな事を話していると、もう一人の衣装係がユズルの衣装を持って来た。
「衣装は、こちらでお願いしまーす」
「は、はい」
衣装係が持って来たのは、紺色のボタン無し詰襟の学ランで、通称『海軍服』と呼ばれる制服であった。
ヘアメイクが終わり、学ランに袖を通したユズルが、衣装係と最終的なチェックをしている。
「メガネはどうします?」
「ええと、オーダーにはクリアレンズにする様になっていますね。 ムハァ」
ユズルは指示通り、レンズの色をブラウンから透明にチェンジした。
「どうです? 右京さん?」
「おほぉ……イイです。凛々しくて、とってもイイです」
衣装が決まり、セットに戻って来たユズル。
待ってましたとばかりに、ユズルにまとわりつく女優たち。
「ユズさまぁ、ンフゥ、素敵♡」
「制服姿、決まってるぅん♡」
シズムが頬を膨らませ、ユズルの手を引いた。
「ちょっとアニキ、こっちに来て!」グイ
「ちょ、ちょっとシズム?」
「あぁん、シズムンのいけずぅ♡」
シズムはユズルの手を引き、隅っこまで連れて行った。
「フゥー、フゥー」
「おいシズム、落ち着いて」
「すいません、私にも良くわからないんです。この感情が……」コソ
シズムは自分の身に起こっている事が、理解出来ていないようだ。
そんな二人を見て、歳三がひょいと割り込んだ。
「なんだぁシズムン、妬いてるのか? カワイイなぁ」
「妬いてなんかないもん! トシちゃんのヘンタイ!」ベェー
歳三に図星を指されたのか、顔を真っ赤にして怒るシズム。
「ヤベ、嫌われちゃった……かな?」
「大丈夫ですよ、コラ! シズム、拗ねてないでコッチに来るんだ」
「拗ねてないし。大丈夫だよ。私これでも女優、だもん」
(妬く、とはつまり、これが『嫉妬』?)
突如芽生えた感情に、シズムは動揺していた。
役者が揃ったので、AD遠藤がユズルたちに声をかけた。
「それじゃあリハ始めます!」
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