上 下
293 / 516
第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード49-5

しおりを挟む
Bスタジオ 教室のセット――

 遅れていた久保田歳三が到着し、監督に謝罪した。
 さっきまで久保田の傍にいたマネージャーが、鳴海の所に近付いて来た。

「お疲れ様です、鳴海マネ、この度はウチのトシがご迷惑をおかけして……」 
「どうもお疲れ様です、清水マネ、渋滞ですか? 大変でしたね」

 軽く挨拶を交わすと、清水というマネージャーがユズルを見ながら、鳴海に聞いた。

「彼ですか? ミフネの秘蔵っ子という噂の新人は? イイですね。実にイイですね」
「それはどうも。歳三様の穴は、僭越ながらウチのユズルが埋めさせて頂きましたので」
「それはそれは」

「「オーッホッホッホッ!」」

 マネージャーたちは、互いの腹を探り合っていた。
 歳三がユズルの存在に気付き、声をかけて来た。

「やぁ、キミがカメリハの代役してくれたんだって? ありがとう、助かったよ」
「いえいえ。僕も勉強させてもらいましたから」
(うわぁ、本物のトシちゃんだ)

 気さくに話しかけて来た歳三に挨拶を返すユズル。

「改めて、シズムの兄のユズルです。 トシちゃ、歳三さん」
「トシ、でイイよ。ユズル」
「じゃあ、トシさん」

 二人の会話を見て、周りの女優たちがざわめいた。

「あの二人、絵になるわね?」ざわ…
「変な妄想とかしちゃいそう」ざわ…
「『トシ×ユズ』のカプか。悪くないわね」ざわ…

 それを見ていたシズムが、歳三に向かって強い口調で言った。

「もう! トシちゃんもアニキを狙ってるの? ダメだからね!」
「おいおいシズムン、ソッチの気は無いから安心して。 フフフ」

 歳三は苦笑いを浮かべ、シズムに言い返した。

「でもさ、ユズルを見てると、何か吸い込まれそうな感覚に陥るよな?」
「え? マジ、ですか……?」
「ああ。ユズルって目、悪いの? コンタクトにすれば? 綺麗な瞳が勿体ないよ? ちょっと貸して」
「あ! ちょっと……」

 歳三が不意にユズルのサングラスを取った。 
 
「こ、困ります、トシさん……」


「ンほぉぉ~ッ♡」


 ユズルの瞳を覗き込んだ瞬間、歳三の『全身』が硬直した。

「ヤベェ、何だろ、この感覚?」
(勃ってる? この俺が、男に欲情? ……まさかな)

 色んな所が硬直している歳三を、いぶかしげに見ながらユズルが言った。

「事務所にサングラスは外すなって言われてるんです」
(ん? トシさんが【魅了】を受けた? そんな筈、無いよな……)

 今の状態は、サングラスは取られたものの、保護メガネは不可視化モードで装着したままであり、【魅了】LV.0が発動したわけでは無い。
 シズムがすかさず歳三からサングラスを取り返し、ユズルに渡した。

「アニキ! はい、グラサン!」
「サンキュ、シズム」

 サングラスを着け、周りを見渡すと、自分の方に視線が集中している事に気付いたユズル。 

「ん? どうかしましたか?」

「おっふぅ……ヤバいわ、また腰が抜けちゃいそう」
「まるで、宝石のアメジストの様な綺麗な紫色の瞳……んふぅ、素敵」

 サングラスを一瞬外しただけで、周りの女優たちがユズルに釘付けになっていた。
 衝撃から回復した歳三が、首を回しながらうめいた。

「はぁ。ゴメン、危うく襲い掛かる所だったぜ」
「え、ええ!? だって、ソッチの気は無いって……」
(やっぱりおかしい……メガネはバッチリ掛けてるのに)

 そう言った歳三から、じりじりと距離を取るユズル。

「ハッハッハ! たとえだよ。ユズルがそれだけ魅力的だったって事さ」
「ヒドいなぁトシさん、からかわないで下さいよぉ」

 否定しながらも、自分の感情に違和感を覚える歳三であった。

(何だろう? このモヤモヤ感は……)



              ◆ ◆ ◆ ◆



 監督が台本を持って、歳三たちの前に立った。

「ちょっと台本を書き直した。ユズル、ちょっと」クイクイ
「は、はい。何でしょう?」

 監督がユズルを呼び寄せ、ユズルは状況がわからないまま、監督に従った。

「ユズル、飛び入りでお前にチョイ役をやる」
「えっ!? ホント、ですか?」
「上手くやれよ? おい、衣装部屋に連れてけ! オーダーはコレだ」

 監督は衣装係にオーダーシートを渡した。

「かしこまりぃ。ささ、こちらに。 ムフゥ」 
「腕がなりますねぇ♡」

 ユズルは衣装係二人に手を引かれ、半ば強制的に連行されて行った。

「え? ええ~?」
「赤線引いた所のセリフ、覚えとけよ?」

 今の一連の流れ見ていた鳴海は、慌てて監督の所に向かった。

「監督! どう言う事です? カメリハのみと言う事でしたが?」
「なぁに、悪い様にはしない。アイツの為にもなるしな」

 鳴海は次に、衣裳部屋に向かった。

「大変な事になったわ!」
「むはぁ、面白い事になりましたねっ!」

 好奇心旺盛な右京もそれに追随した。
 ユズルは鏡の前で髪をセットされている所であった。

「お疲れ様です、ユズル様」
「鳴海さぁん、大変な事になっちゃいました……」
「監督から聞きました。やりましたねっ! これはチャンスですよ?」
「参ったな、いきなりセリフ付の役をもらうなんて……」
「大丈夫です! 先ほどのカメリハの要領です。ここぞと言う時に、【言霊】を使うのです!」
「やはりご存じなんですね? この業界では出来て当たり前なんですか?」
「いいえ。【言霊】が使えるのは、ごくわずかの方たちのみです」

 鳴海に励まされているユズルに、右京は追い打ちをかけた。

「ガンバですよ! ユズル様♡」
「右京さん、他人事だと思って……はぁ、プレッシャーだな」

 そんな事を話していると、もう一人の衣装係がユズルの衣装を持って来た。

「衣装は、こちらでお願いしまーす」
「は、はい」

 衣装係が持って来たのは、紺色のボタン無し詰襟の学ランで、通称『海軍服』と呼ばれる制服であった。
 ヘアメイクが終わり、学ランに袖を通したユズルが、衣装係と最終的なチェックをしている。

「メガネはどうします?」
「ええと、オーダーにはクリアレンズにする様になっていますね。 ムハァ」

 ユズルは指示通り、レンズの色をブラウンから透明にチェンジした。

「どうです? 右京さん?」
「おほぉ……イイです。凛々しくて、とってもイイです」

 衣装が決まり、セットに戻って来たユズル。
 待ってましたとばかりに、ユズルにまとわりつく女優たち。

「ユズさまぁ、ンフゥ、素敵♡」
「制服姿、決まってるぅん♡」

 シズムが頬を膨らませ、ユズルの手を引いた。

「ちょっとアニキ、こっちに来て!」グイ
「ちょ、ちょっとシズム?」
「あぁん、シズムンのいけずぅ♡」

 シズムはユズルの手を引き、隅っこまで連れて行った。

「フゥー、フゥー」
「おいシズム、落ち着いて」
「すいません、私にも良くわからないんです。この感情が……」コソ

 シズムは自分の身に起こっている事が、理解出来ていないようだ。
 そんな二人を見て、歳三がひょいと割り込んだ。

「なんだぁシズムン、妬いてるのか? カワイイなぁ」
「妬いてなんかないもん! トシちゃんのヘンタイ!」ベェー

 歳三に図星を指されたのか、顔を真っ赤にして怒るシズム。

「ヤベ、嫌われちゃった……かな?」
「大丈夫ですよ、コラ! シズム、拗ねてないでコッチに来るんだ」
「拗ねてないし。大丈夫だよ。私これでも女優、だもん」
(妬く、とはつまり、これが『嫉妬』?)

 突如芽生えた感情に、シズムは動揺していた。
 役者が揃ったので、AD遠藤がユズルたちに声をかけた。

「それじゃあリハ始めます!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ドラゴン☆マドリガーレ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,065pt お気に入り:670

スキル【自動回収】で人助け〜素直な少年は無自覚に人をたらし込む〜

ree
ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:203

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,834pt お気に入り:3,502

トラブルに愛された夫婦!三時間で三度死ぬところやったそうです!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:745pt お気に入り:34

母になります。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:27,634pt お気に入り:1,790

ニコニココラム「R(リターンズ)」 稀世の「旅」、「趣味」、「世の中のよろず事件」への独り言

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:425pt お気に入り:28

処理中です...