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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード49-3

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小泉撮影所 Cスタジオ 会議室――

 特撮スタッフからのオファーで、無免ライダーシリーズの新作についての会議に、オブザーバー的な役目を担ったユズル。
 ユズルの意見が通ったものもあり、実りのあった会議は終了した。
 撤収するスタッフたちの横で、ユズルはある事をふと思い出し、下屋敷Pに聞いてみた。

「ちょっと聞きたいんですけど、中映の特撮ヒーローものに、七本木ジンさんが出た作品ってあります?」
「ん? どうしてそれを?」

 ユズルの質問に、下屋敷Pは眉をひそめた。

「ジン様が、特撮ヒーローものに? 私は聞いた事ないですねぇ……」
「『エメラルドアイ』って言うものらしいんですけど……」
「ん? それって、数話作ったものの、数々のトラブルで3話までしか放映出来なかった、『幻の作品』じゃないでしょうか?」

 作品名を聞いて、右京はうろ覚えの知識を引き出した。
 中屋敷Pは、それを聞いて溜息混じりに呟いた。

「『翠玉すいぎょくの戦士 エメラルド・アイ』か。懐かしいな……」
「ご存じなんですか?」
「ああ……その作品に俺も参加してる。俺はぺーぺーの助監だったがね」
「それで、ジンさんがその作品に出演してたんです?」
「ああ。バリバリの主役よ」
「でもでも、それだったらもっと騒いでもイイはずですよね? ジン様ってば、いまでもコアなファンはいるくらいですし……」

 右京は腕を組み、首を傾げていた。
 下屋敷Pはニヤリと微笑み、自慢げに言った。

「フフフ。そりゃそうだ。クレジットには『七瀬陣内』って名前で出ているからな」
「ええっ!? まさかの別名義、ですか?」
「事務所がな、ジンのイメージに合わないって、最後まで出演を反対してて、苦肉の策ってやつよ」

 ふぅん、と右京は納得した。 

「それで、数話で打ち切りって、何がいけなかったんです?」
「何も? ただ、スポンサーの社長夫人がジンにゾッコンになっちまって離婚した。それにブチギレてスポンサー降板。資金が底を尽き、お蔵入りってコースだね」

 下屋敷Pが淡々と当時の事を振り返り、ありのままをユズルたちに伝えた。

「うわぁ……何とも世知辛いと言いますか……」
「ジン様に人生狂わされたひとって、相当いるんでしょうね?」

 ユズルは、七本木ジンが遠い親戚だと言う事を下屋敷Pに伝えた。

「そうなのか? どうも面影がダブるなと思ってたんだ。なるほどな」

 下屋敷Pは少し考えたあと、ユズルたちに言った。

「まだいるんだろ? 帰る時にココに寄ってけ」
「何かあるんです?」
「まぁな。その時のお楽しみってやつだ!」

 そう言って下屋敷Pは、ユズルの肩をポンと叩き、ドアの方に歩いて行った。
 ドアに手を掛けた時、下屋敷Pがおもむろに振り返り、ユズルに言った。

「そうそう。『タンク』のパイロットフィルムを作る時は、『ティーガーⅠ』をキミに頼む予定だから、そん時はよろしく頼むぞ!」

 下屋敷Pは、ユズルたちの反応を見る事無く、部屋を出て行った。
 ユズルは右京と顔を見合わせ、思わず1オクターブ高い声を出した。

「「うええ~!?」」


              ◆ ◆ ◆ ◆


Bスタジオ 控室――

 会議が終わり、ユズルたちはシズムのいるBスタジオのシズムの控室に行った。
 ユズルがドアをノックした。コンコン

「シズム、入るよ」カチャ
「あ、アニキだ♪」
「ユズル様、お疲れ様でした。小松様も」
「お疲れっす」

 ユズルは先ほどCスタであった会議の事を鳴海に報告した。

「まぁ、素晴らしい。パイロットフィルムに出ると言う事は、本編にも出演出来るチャンスがあると言う事です!」 
「本チャンにワンチャン、って事ですね? ムフフ」
「ま、まぁ先の事はわかりませんよ。捕らぬ何とかのって言いますしね」

 鳴海が壁の時計を見て、シズムに言った。

「そろそろカメリハの時間ね。ユズル様、見学されますか? 小松様も」
「イイんですか? 是非お願いします!」
「うっはぁ、楽しみですぅ」

 ユズルたちは、シズムの撮影を見学する事となった。



              ◆ ◆ ◆ ◆


Bスタジオ セット――

 鳴海はシズムを連れて、Bスタのセットに入る。

「おはようございます! 井川シズム、入ります!」
「おはようございますぅ」ペコリ
 
 すると、ADらしき女性スタッフが、バタバタとコッチに向かって来た。

「お疲れッス! すいませーん、相手役の久保田歳三さん、到着が遅れてます!」
「そうですか、それは困りましたね……」
「とりあえず、シズムンの部分のカメリハを……って、右京先輩、この方は?」

 ADがシズムたちの少し後ろに立っていたユズルに気付いた。

「お疲れ遠藤ちゃん! この方は、シズムちゃんの兄上様です!」
「お兄さん、ですか? シズムンの?」
「どうも。兄のユズルです。シズムがお世話になっています」ペコリ

 そう言って頭を下げたユズルを見て、ADは直立不動で、目をぱちくりさせた。

「イイ……とっても……イイ」
「遠藤ちゃん?」
「先輩、相談が……ごにょごにょ」
「え? ちょっと鳴海マネ、どうしましょう?」

 隅っこで鳴海と右京、ADがあーだこーだ言っている。

「何か、問題でもあったのかな?」
「ん? わかんない」
「久保田歳三って、あのトシちゃん?」
「うん。そうだよ」
「何か順調に重要な役が回って来てるなぁ……」

 暫くして、鳴海が若干興奮気味にユズルに言った。

「シズム様のカメリハの相手、ユズル様にお願いしたいそうです」
「え? ぼ、僕、ですか?」
「監督に挨拶しますから、こちらに」

 ポカンとしているユズルを鳴海が誘導し、監督の所に連れて行く。

「何ぃ!? トシはまだ来とらんのか!!」
「は、はい、何でも渋滞らしくて……」
「監督! お疲れ様です!」
「何だ遠藤! ん?ああどうも鳴海マネ。シズムン、おはよう」
「お疲れ様です、監督」
「おはようございます」

 AD遠藤が監督に説明し、ユズルを紹介する鳴海。

「井川シズムの兄の、ユズルです」
「あ、はいはいどーも。 うん? んんん!?」

 生返事をしてユズルをチラ見した監督が、ユズルを二度見、三度見する。
 その反応を見て、AD遠藤が監督に進言した。 

「監督! カメリハの相手を、彼にお願いしたいんです! 時間も押してますし……」
「うむ……わかった。頼もう」
「はいっ! ありがとうございます!」
 
 監督からOKを貰い、AD遠藤は満面の笑顔で深く頭を下げた。

「監督からOKが出ました! お兄さん、こちらにお願いします!」
「え? ええ~!?」

 目まぐるしく変わる状況に、ユズルは付いていけなかった。
 すかさず鳴海がフォローを入れる。

「ユズル様、落ち着いて下さい。 カメラの位置を決めるだけですから、スタッフの指示通りにすればイイのです」
「わ、わかりました、やってみます」  
「行きましょう! お兄さん」

 ユズルはAD遠藤の後を付いて行き、あるセットに案内された。 

「こちらです。少しお待ちください」
「は、はぁ……」

 連れて来られたセットは、教室だった。
 辺りを見回すと、シズムが出演するドラマのタイトルが判明した。

 ドラマのタイトルは、『メス豚。をプロデュース』であった。
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