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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード54-6

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柳生家 女性用浴室――

 静流たちが使っている大きい浴室の隣に、その三分の一程の小さい浴室がある。
 武家屋敷の様式なのかは不明だが、男女で別の浴室があるようだ。
 夕食の準備を早々に済ませた睦美は、隣の浴室でシャワーを浴び、丁度出て来る所だった。
 洗い髪にタオルを巻いた睦美は、二本の白い線が入った小豆色のジャージ上下姿だった。

「ふぅ。 あ! パパの浴衣を用意しないと……そうだ! 静流キュンのも用意しようっと♪」

 そう言った『乙女モード』の睦美は、パタパタと箪笥から浴衣を取り出した。
 
「ええと、 これかな? コッチも似合いそうだな……う~ん、 迷っちゃうなぁ♪」

 暫くキャピキャピと浴衣を選んでいた睦美だったが、静流に着せる浴衣が決まったようだ。

「うん! この亀甲柄がイイわ♪ フフン」

 二人分の浴衣を持ち、隣の浴室の脱衣所に音を立てずに入る睦美。

(そぉーっと……バスタオルと浴衣はココに置いて。 ん? こ、これは静流キュンの……)

 静流の性格か、几帳面に折り畳んであるシャツとトランクスを見つけた睦美。

(あぁ、 静流キュンの臭い……)

 シャツを手に取り、まじまじと見つめ、次の瞬間シャツに顔をうずめた。

(むっはぁ……たまんない。 薫子お姉様が釣られるワケだ)

 以前、G化した薫子が校内で悪さをしているとの情報で、オカ研と組んで薫子を捕獲した際に使用した物が、静流の体育着だった事を思い出した睦美。
 ひとしきり堪能したあと、睦美は悩まし気な顔をした。

(綺麗にしてあげたい……でもなぁ、 うぅん、 どうしよう……ええいやっちゃえ!)

 意を決した睦美は、静流のシャツとトランクスに生活魔法をかけた。


殺菌ステアライズ】パァァ



              ◆ ◆ ◆ ◆



柳生家 男性用浴室――

 睦美の父親である広海と、浴室で男同士の『裸の付き合い』を堪能した静流。 
 もう出ようかという頃合いになった所で、睦美がすりガラス越しに静流に話しかけた。
 さっきまでの緩みっぱなしの顔つきが真顔に変わり、口調は『大佐モード』になっていた。

「静流キュン、 風呂から出たら、ここにある浴衣を着たまえ」
「あ、ありがとうございます」
「それから……事後報告となるが、 キミの下着は先ほど【殺菌ステアライズ】をかけておいた」
「え? ひょぇ~!?」

 【ステアライズ】は、殺菌・消毒を行う魔法で、生活魔法の一つである。  
 静流は恥ずかしさの余り、1オクターブ高めの奇声を上げてしまった。

「す、 済まん……出過ぎた真似をしたかな?」
「あ、いえ……何から何まですいません」

 静流はそこまでしてくれた睦美に対して、奇声を上げてしまった事を謝罪した。

「全然構わない。 むしろご褒美に近い。 夕食の用意が出来ている。 親父殿もな」
「わかった」
 
 睦美はそう言って脱衣所を出て行った。

「睦美の奴、 やけに張り切っているなぁ……」
「そうですか? 声のトーンは相変わらず低めでしたよ?」

 首を捻っている静流に、広海は首を左右に振った。

「すりガラス越しだったからわからなかったが、 相当ニヤついてたぞ?」
「やっぱ親子だと、 わかっちゃうもんですかね?」
「勿論。 バレバレだよ」



              ◆ ◆ ◆ ◆



柳生家 居間――

「上がったよー! ムーちゃん」

 静流たちが風呂から上がり、浴衣姿で居間に戻って来た。

「はぁ~っ。 イイ湯加減でしたよぉ」
「それは良かった。 うむ。 浴衣姿の静流キュンは目の保養になるな」
「睦美先輩もリラックスされてるみたいで……」
 
 余りにもリラックスしているジャージ姿の睦美に、静流は言葉を詰まらせた。
 広海は残念そうに睦美に言った。

「なぁんだ、 着なかったんだ……浴衣」
「はっ!? しまった! その手があったか……」

 広海に言われ、自分の身なりを確認して落胆する睦美。

「迂闊だった。 舞い上がり過ぎて自分の事を二の次にしていた……」
「ドンマイ。 でも次の手があるんだろ?」
「フッ、 まぁな。 では席についててくれ」

 広海と静流が居間の座椅子に座ると、睦美が台所に向かった。

「さぁて、 今日の夕食はどんなメニューかなぁ?」
「食事はいつも睦美先輩が用意されるんです?」
「ああ。 私もたまには作るがね」

 静流は家事をしている睦美を、今一つ想像出来なかった。
 程なく瓶ビールと小鉢、ウーロン茶をお盆に乗せて、睦美が居間に入って来た。 

「とりあえずビールと、 とっておきの珍味ね。 静流キュンはウーロン茶で良かったかな?」
「待ってましたぁ! これこれ♪」
「ありがとうございますっ あ、そのおつまみって?」

 静流がビールのつまみに出された小鉢を覗き込んだ。

「お? キミもイケるクチかい? タガメの唐揚げ♪」
「やっぱりそうか。 父さんも好きだったなぁ……」
「そんな水生昆虫、 苦いだけだぞ静流キュン?」
 
 ニコニコしながらタガメの唐揚げをつまむ広海に、そんな広海を奇異な目で見ている睦美。

「苦いだけじゃないです! 香ばしさの中にほのかな甘みが心地イイんですよ」
「お! この美味さがわかるのかい? どうかね? キミも♪」
「イイんですか? うわぁタガメなんて高級食材、 久しぶりだなぁ♪」

 ほとんど原型を留めているタガメの唐揚げを、なんの抵抗もなくかじり付く静流。

「うほっ! うんまぁ~♪」パァァ

 タガメを頬張り、満面の笑顔を浮かべる静流。

「この味、 何年振りだろう……父さんがお土産に買って来てくれたのが最後に食べたのだから」
  
 先ほどとは打って変わって、急にしんみりしだした静流。

「母さんと美千留が拒絶反応起こすんで、ウチじゃ食べられないんです……」
「そうか。 遠慮せずもっと食べなさい」

 得意げにタガメをすすめる広海を、睦美は慌てて制止した。

「待て待て、 今夕食を持って来るから! そんなのでお腹一杯になられても困るんだよ!」

 そう言って睦美は立上り、台所に戻って行った。

「あ、どうぞ」
「ん? おお、 ありがとう」

 空になったグラスに気付いた静流が、ビール瓶を取ってグラスにビールを注いだ。

「思い出すなぁ、父さんがいた時は、こうしてお酌したっけ……」

 先ほどからしんみりモードの静流だった。

「大丈夫だ静流クン。 彼は今もどこかで戦っているのだろう。 吉報を待つんだ」
「父さんの事だから、 ある日いきなりひょっこり帰って来るんでしょうね。 フフフ」

 そんな事を話していると、奥から料理をお盆に乗せた睦美が、意気揚々とやって来た。

「お客様、 お待たせしました。 夕食の準備が出来ました!」 
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