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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード56-50

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保養施設内 宿泊棟 『デルフィニウムの間』

 シズルーたちはキャリーが押さえていた9人部屋『デルフィニウムの間』に来ている。
 この部屋はキャリーが4人部屋とチェンジする予定だったが、施設側の都合で部屋に『仕切り壁』を設置し、4+5人部屋にする事で半分を新規の客に使わせるという提案を、5人部屋を4人部屋の料金にする事でキャリーが手を打った。
 部屋に来た時、丁度仕切り壁の設置を行うスタッフが段取りをしている所だった。

「ちょっとアンタたち! 壁の設置は30分後にって、 フロントから指示来てない?」
「え? あ、 確認しますっ!」

 キャリーに指摘され、スタッフがインカムを操作し、フロントとやり取りをしている。
 そんな様子を見て、ラチャナはエスメラルダに聞いた。

「しかし……入室を30分も遅らせるなんて、 お客さん良く了承してくれましたね?」
「少し『圧力』をかけさせてもらった。 ここの支配人とは面識があったんでね」
「まさか……脅したんですか?」

 エスメラルダの言い草に、ラチャナは顔をこわばらせた。

「違う! 『黄金風呂』の使用許可を出したんだよ」
「あの、 公開もたまにしかしないVIP専用風呂ですか……」
「なに、 減るもんじゃないんだ。 使える物は何でも使うさ」

 やり取りが終わり、スタッフがキャリーに報告した。

「確認取れました! では後程……」

 スタッフはいそいそと部屋を出て行った。
 それを確認したエスメラルダが一同に告げた。

「よし、とっととおっぱじめるよ!」


「「「「イエス! マム!!」」」」


 必然的にエスメラルダが指揮を執る事となった。 
 『伝説の猛将』から直々に命令されると、シズルーと姉たち以外はビシッと直立不動になった。

「アンタたち、 風呂で体を温めて来な。 アタシとラチャナは風呂上りだから、 先にやってもらう」


「「「「イエス! マム!!」」」」


 命令を受けた者たちの動きが機敏になり、次々に部屋を出て行った。
 この状況に、薫子は困惑していた。

「あわわわ、 どうしたのみんな?」
「さぁ、 早く大浴場に行きますよ!」
「『施術』の時間が減る! 早く行こ!」

 フジ子と忍に手を引かれ、薫子たちは部屋を出て行った。 
 9人部屋に、現在はシズルーとエスメラルダ、ラチャナの三人だけになった。

「邪魔者はいなくなった。 シズルー、 アンタも準備しなっ!」
「……イエス、 マム」

 シズルーは了解を示し、フジ子が用意した備品の確認を行う。 

「準備があるので、 しばしお待ちを……」

 シズルーは神妙な顔でそう言い、内風呂の方に行った。
 顔を赤くしてあたふたしているラチャナが。エスメラルダに聞いた。

「か、閣下? ホントにワタシもイイんですか?」
「構わん。 二、 三人増えても変わらんよ。 それとも、 お前は男に触られるのがイヤなのかい?」

 エスメラルダはニヤついた顔でラチャナに聞き返した。

「単に男に耐性が無いんですよぉ……汚れ役は式神にやらせてましたから……」
「修行の一環と思え。 お前だって、 全く興味ないわけなかろう? クックック」

 エスメラルダにいじられ、一層顔を赤くするラチャナ。 

「ですが! あのシズルーって人、 あの『彼』でしょう?」
「ほぉ。 わかるのかい? そう。 アイツの正体は静流だよ」

 簡単に静流と見破ったラチャナを、エスメラルダは感心して褒めた。

「幻術の類なら、私の方が数段上ですから」
「奴が静流なら問題なかろう? アイツは異性に対してよこしまな感情を持たない『純朴』そのものだよ」
「でもでも……彼は10代ですよ!? ヤバいですって……」

 ラチャナは女子中学生のように、ベッドに顔をうずめて足をパタパタさせた。
 その時、シズルーは内風呂で今後の対応を考えていた。

(参ったな……8人も相手にしなきゃならないのか……)

 静流は少し考えた後、大きく頷いた。

(よし、 こうなりゃヤケだ!)

 静流は腕のガジェットを操作し、以前カナメたちが設定したシズルーのプログラムに修正をかけた。

(ええと……自分を入れるとあと7体か……よし、これで多分イケる!)

 静流は一度深呼吸をしてから目を閉じ、忍者が術を使う際の様に、九字印の『臨』の印を結んだ。
 そして、目を開くと呪文を唱えた。


「【複製レプリカ】!!」ポォォ


 静流の身体全体が赤く輝き、ばっと左右に影が七体現れた。
 七体の影たちの頭上から、レーザー光線の様なものがゆっくりと下に下りて来て、徐々に形がはっきりして来た。
 それはまるで、3Dプリンターでフィギュアをプリントアウトしているようだった。



              ◆ ◆ ◆ ◆


保養施設 スパエリア

 ニナたち二人とレプリカ二体は、受付に案内されてスパエリアのとある区画にいた。
 脱衣所から見える六畳ほどの広さの浴室は、照明が灯っておらずほぼ真っ暗で、窓からの月明りがわずかに差していた。

「では御覧下さい! 照明ON!」パァァァ
「「うわぁぁ……」」

 壁に設置してある間接照明が灯り、中央にある円形の浴槽が浮かび上がる。
 全てが黄金で出来ており、斜めに切断された竹筒から温泉が放出している。
 絶句している二人に、受付が説明を始める。

「こちらが、『恩賜 円形黄金風呂』でございます!」
「お……『恩賜』!?」

 ニナたちはその二文字を聞いた途端、反射的に体が強張った。

「左様でございます! こちらは旧世紀時代に、 かの国王陛下から賜れた『御下賜品』でございます!」
「な、 何ですとぉ!?」
「こちらは『歴代の総司令官夫妻』や『勲章受章者』の方々がご利用される由緒正しきお風呂ですので、 おわかりとは思いますが……」
「慎重かつ丁寧に、 礼節をを重んじ、 孵化した小鳥を扱うように取り扱いますっ」

 今までの態度とは一変して、ニナはぎこちなく受付に頭を下げた。
 ニナに合わせて頭を下げたルリは、何故か小刻みに震えていた。

「お上がりになる時はこの呼び鈴を鳴らして下さい。 では、ごゆっくり」
「つ、 謹んでお受けしますっ!」

 受付が一礼して脱衣所を出て行き、数秒間沈黙があった。
 ニナは引きつった顔でルリに言った。

「マズいね……『道具』なんて使える状況じゃないじゃん……」
「当然、 防犯カメラも設置されていますよ……映像が残りますので『そちら』の方はちょっと……」

 顔を見合わせ、二人がほぼ同時に口を開いた。

「「大人しく、 普通に入ろう……」」
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