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第二章

26、一粒で、二度おいしい

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 可琳かりんはパーテーションの裏で、ミラが保健室から出ていく足音を聞いていた。床に伏せ、恍惚の笑みを浮かべながら。しかもよだれに涙まで流して。

(……っあー……召されるぅ……)

 実は、十星じゅうじょう高校の保健室には、出入り口が二か所ある。
 ひとつは約二時間前、可琳たちが入っていった通常口。
 もうひとつは、普段は使用されることのない裏口だ。この裏口から保健室に入るとパーテーションで分断されていて、ベッドや教諭机のあるエリアが見えない。
 裏を返せば、ベッドのあるエリアからは、裏口側が見えないということだ。

 可琳は、ミラの荷物を取りに行くと告げて通常口から退出したあと、すぐさま裏口に回って保健室に再入室していた。ミラが、美影みかげ清十郎せいじゅうろうに襲われると見越して。
 そして、すべてが可琳の予想通りとはいかなかったが、ふたりはベッドの上で砂糖菓子に蜂蜜を垂らしたかのような、甘い甘い情事を繰り広げてくれた。

(くぁぁ……! えっちに積極的なミラちゃんとか、超レアいんだが……!? “気持ち良くなりたい”なんて台詞、初めて聞いたんだが……!?)

 これまでミラは、アクアマリンメダリオンとして数え切れぬほどの戦闘と、数え切れぬほどのエロティックな展開を経験してきた。
 そのいずれもが、敵に襲われて凌辱されるというものだったが、今日は違う。

 ミラは羞恥に頬を染めながらも、自分から男に迫り、子種を注いでくれと必死にねだっていた。
 それが媚薬によって引き出された言動であるとわかっていても、可琳は悶えずにはいられない。

(イイッ……! 無理やりえっちなことされてイヤイヤ言うミラちゃんも可愛いけど、顔真っ赤にして恥ずかしそうにえっちしたいとか言うミラちゃんも超絶カワイイッ……! うへへへへへへぇ……! なんか、新しいトビラ開いちゃったぞ? ああー……幸せぇ……)

 ひとしきりヘブン状態を満喫した可琳は、高揚感を残す身体を起こして、パーテーションの隙間からベッドのあるエリアを覗き見る。
 可琳の視線の先で、ひとりの男子生徒がベッドに腰かけたままぼうっと座り尽くしていた。

(いやー……今日もイイもの見させてもらってすまんねぇ、忍者さん)

 可琳はすでに、美影清十郎が自分と死闘を繰り広げた、黒の帝国ジェバイデッドの精鋭セルジュであることを見抜いていた。それも、セルジュが転校してきた初日から。
 あの美丈夫ぶりだ。どういうわけか少々若返っていたが、見間違うはずもない。むしろ、同じクラスに所属するミラが清十郎の正体に気づかない方がどうかしている。

 いったいなにが目的で学校に潜入しているのかは皆目見当もつかなかったし、さほど興味もなかったため、しばらくはセルジュを泳がせて動向を観察するに留まっていた可琳だったが。
 ある日、セルジュがミラを毒牙にかけようとしていることに気がついた。

 セルジュがそう思い立った動機は、保刈ミラとアクアマリンメダリオンが同一人物だから──ではないということを、可琳はわかっている。
 そもそもセルジュに、ミラ=アクアという事実を認識できるはずがないのだ。

 メダリオンに変身すると、“認識干渉フィルター”という不可視の障壁バリアが作動する。
 例えば。ミラとアクアが、同じ顔、同じ声、同じ体形であるということは認識できても、は、認識干渉フィルターに妨害されてできなくなる。視覚から得られる情報を、相手の脳に到達する前に干渉して認識を書き換える、白の聖王国ル・イエーの科学力が成せる仕様だ。
 地球を守るため、身を粉にしているメダリオンたちへの配慮ともいえる。このフィルターがなければ、とても素顔で正義の味方などしていられないだろう。まず間違いなく、日常生活に支障が出る。

 ゆえに、セルジュがアクアの正体を知ることは有りえない。言うまでもなく、火野爪ひのづめ可琳がルビーメダリオンであることも。

 もちろん、自らが正体を明かしたり、変身もしくは変身を解除する場面を目撃されたりすれば、その限りではないが。
 だが、ミラがメダリオンであることを明かす理由がないし、直近では事件が起きていないため、変身自体していない。

 要するに、セルジュは純粋に“保刈ミラ”という少女に感じるものがあり、襲おうと画策していたことになる。

(変身前と変身後、両方とも目ぇつけられちゃってもー、可愛いんだからミラちゃんたら。まあでも、学校の男子たちも放っとかないぐらいだもんねぇ。気持ちはわかるよぉ、忍者さん)

 親友・保刈ミラの魅力を改めて思い知り、可琳はうんうんと頷く。
 グラビアアイドルも裸足で逃げ出すほどの整ったルックスと、扇情的なプロポーションを持つミラ。そんな少女が、液晶画面や紙媒体を通さず、手を伸ばせば届いてしまう距離にいるのだ。性に盛んだと言われている十代後半の若いオスたちが、これを放っておく道理などあろうはずがない。

 しかし、ミラはセルジュに襲われるまでは確実に処女だった。これは可琳が保証できる。
 その肉感的な見た目からは意外に思われることもあるが、ミラの貞操観念はごく平均的だ。これまで幾人もの男から付き合ってほしい、と告白を受けているのは可琳もよく知るところだが、ミラは一度も首を縦に振ったことはないし、気のある素振りも見せたことがない。ミラ自らが男を誘惑するような、能動的な言動を取ることなどは言うに及ばず。

 誰にでも分け隔てなく接するミラの性分に、なにを勘違いしたのかぐいぐい迫っていく男もいたが、そういった口で言ってもわからぬ輩は、可琳が漏れなく撃退してきた。完膚なきまでに、男であることを後悔させるほど、手酷く。
 だいたい、並大抵の男がミラを自分のものにしようというだけでも烏滸おこがましいのだ。せめてミラの外貌に見合うぐらいの美形でなければ、とても相手をさせる気になれなかった。
 その点だけでいえば、セルジュは完璧だ。
 若返ってもなお衰えないその美貌は、まさに美少年と呼ぶに相応しく、ミラの隣にあってもまったく見劣りしない。
 
 だから、セルジュがミラを犯そうとしていると知ってからの可琳は、早かった。
 美男美女ミラとセルジュが乱れ交わるシーンが見られるならばと、可琳は張り切ってセルジュの助力に乗り出した。

 学校のどのスポットなら気兼ねなく性交に及べるか調査することから始まり、養護教諭が留守にする日時を調べ上げ、ミラとセルジュのふたりを自然な形で保健室に誘導できるよう下準備をし、ベッドを覗き見できるパーテーション裏の陣取りまでこなした。

 さあ、すべての舞台は整えてやったぞ。あとは心行こころゆくまでミラを襲ってくれ。しばらく戦闘もなく、アクアのあられもない姿を拝めず、こっちもフラストレーションが溜まってるんだ。どうせ性交するぐらいしか能がないんだから、はやくミラをぐちゃぐちゃに犯し尽くせ。
 悪態を交えながらセルジュに向かって強く念じ、可琳はパーテーションの隙間からベッドの様子を伺っていたのだが、ここで予測していなかった事態に陥った。

(でもねぇ、またヘンなおクスリ飲ませちゃうとは思わなかったぜ。いや、これはよくやったと褒めるべきかなぁ)

 セルジュが、ミラに妊娠促進剤を飲ませてしまったのだ。ウォーターサーバーから注いだ水になにか入れたな、とは思っていたが、それが妊娠促進剤であると気づいたときにはもう、ミラが紙コップを空にしていた。
 するとどうしたことか、ミラはセルジュにほんの少し触られただけで、びくんっと全身を震わせて達してしまったではないか。
 妊娠促進剤の催淫効果は、そんなに強力なものだったろうか、と可琳が首を傾げていると、事態は更に一転する。

 ミラが、セルジュを押し倒した。
 普段のミラであれば、絶対にこんな行動は取らない。
 もはやなにが起きているのかわからず混乱する可琳を余所に、ミラはどんどん大胆になっていった。
 陰部をセルジュの股間に擦りつけ、腰をゆるゆると動かし、しまいには抱いてくれと遠回しに催促する始末。

 この段階になってようやく、ミラが二回目の薬投入オーバードーズのせいで身体に異常を来したことを察した。
 おそらく催淫効果が異様なまでに増幅して、劣情が限界一杯まで引き出されてしまったのだろう。

 妊娠促進剤に含まれる催淫効果は、男の精液を摂取すれば一時的にではあるが治まる。
 発情を一秒でもはやく抑えるためなのか、薬によって無理やり高められた性欲に駆られたからなのかは神のみぞ知るところだが、とにかくミラはセルジュに性交を迫った。

 家族よりも多くの時間を共に過ごしてきた可琳でさえも、初めて遭遇するミラの新たなる淫らな一面。
 それを発見しただけでも興奮せざるを得ないというのに、極めつけはセルジュだ。

 セルジュは、ミラのイヤらしい懇望おねだりに応えた。それも、これまで遭遇してきた荒々しい獣のようなセルジュからはとても想像しえなかった、気遣いをもってして。
 これには、可琳もいたく感動したものだ。

(忍者さんってば、激しいのだけが取り柄だと思ってたら、らぶらぶえっちも出来んじゃん。あんなにミラちゃんに優しくしちゃってさー、もー!)

 清楚なミラが快楽を与えてくれと必死にねだり、粗暴なセルジュがそれに応じて優しく受け止める。
 普段の姿とは真逆ともいえるふたりの情交は、動物的な交尾に見える一方で、純愛で結びついた恋人同士の神聖な行為にも見えた。
 淫靡と慈愛に溢れた、濃厚で濃密な睦み合い。そんな凄絶な重なり合いは、間近で観賞していただけの可琳をも昇天させんばかりの殺傷力だった。

(うへへへへへぇ……獣みたいなえっちと、恋人みたいなえっちかぁ。一粒で二度おいしいなんて、忍者さん、ホントに逸材だぁ。これからもしっかり楽しませてもらうぜぇ……そのためだったら私、なんだってしちゃうんだからねっ! ぐへへへへへ……!)

 今後は学校生活においても、ふたりを絡ませることに尽力しよう。学業を本業とする一女子高生として、てんで間違った方向に決意を固めた可琳は、ほぅと一息ついて熱くなった身体を冷ます。

(はあー……まだまだこの余韻を楽しんでいたいけど、そろそろミラちゃんを迎えに行かなきゃね)

 セルジュに精液を注がれて正気を取り戻したはずなのに、どういうわけか取り乱して逃げ出したミラの様子が気になる。とはいえ、落花狼藉にあったかのようなあの格好だ。そう遠くへは行っていないだろうし、あちこち駆けずり回って人目につくような馬鹿な真似もしないだろう。ミラの行先は、おおよそ見当がついている。

 可琳は物音を立てぬよう、床を這いだした。保健室に居たことがセルジュに露見しては、後々面倒になる。
 ところが、こっちに気づいてくれるなよ、と可琳がパーテーションの隙間からセルジュを盗み見たとき、強烈な違和感が襲ってきた。

(……ありゃ、忍者さん、元の身体に戻ってないか?)

 視界が狭くて断定はできないが、セルジュの身体が一回り大きくなっているように見えた。ルビーメダリオンとして対峙したときと同じ、あの屈強な身体だ。なんだ、もう男子高校生のフリをするのはやめたのか。

(えー、なんだろ。もしかして、ヤることヤッたから、もう形振なりふり構わずミラちゃんをさらうことにしたとか?)

 そもそも、黒の帝国ジェバイデッドの男が地球人の女性と交わっているのは、その血脈を残すためだったな、と可琳はたったいま思い出した。
 種付けが済んだと仮定として、次にすることといえば、子供が無事に生まれてこられるよう、母体を保護することだろうか。

 それは非常に困る。可琳は、なににおいてもミラの安全は最優先に守られるべきだ、と常々考えているからだ。ミラにエロティックな展開が降りかかるよう暗躍はしていても、そこだけは頑として譲れないラインだ。

 可琳はパーカーのポケットに手を伸ばし、プリズメダルをぎゅっと握りしめた。セルジュが妙な真似をしようものなら、いまここでルビーメダリオンに変身して戦うことも辞さない。
 そう即決して、可琳はパーテーションを射抜かんばかりの鋭い眼光を発した。だが、元の姿に戻ったセルジュは微動だにしない。

(……なんだ、賢者タイムか)

 あれだけ休みなく性行為に及んでいれば、疲労感や憂鬱感もそれ相応だろう。可琳はセルジュがしばらく動かないだろうと判断して、静かに保健室から脱出する。

「おっと、いっけねぇ」

 裏口から廊下に出た瞬間、パーカーのポケットから、真っ黒い昆虫型のおもちゃが零れて落ちた。
 可琳はそれを事も無げに拾うと、鼻歌交じりで保健室をあとにした。
 
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