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異世界。

知ってしまった想い②

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「あははは・・、成程ね。」

言葉は聞こえずとも、表情や雰囲気で察したノアは、瞳を遠くに移し
鍛錬場で未だに意気揚々と剣を振り上げる美月を眺めて笑った。

「・・・相変わらず、君は、罪な女だね。」

紅い瞳は、悲しそうに微笑む。

その姿を隣に控えていたエストラは驚きの表情でノアを見つめていた。

「・・ノア様?」

「エストラ・・・。私は決めた。
彼女を、美月を我が妃にしたい。今度こそ、彼女と生きて幸せになってみせる。」

その言葉に、息を飲んだエストラは顔色を変えて主を見上げた。

動き出した互いの想いが、大きく波紋のように広がり、渦中の美月の心を激しく揺らして
いくことになるなど、この時は誰もが考えもしなかった。

自分の胸に微かに生まれた想いや、決意に戸惑う者ばかりだった。







ヤバい・・・。
流石に今週は疲れたわ・・・。

「あーーーっ!!!両腕、筋肉痛で痛ーい!!」

今日も朝から昼までの激しい鍛錬と、午後から夕刻までの魔術と、医魔術の勉強で身体も頭も
クタクタになった私は、宵闇の中、シャワーを浴びて着替えたまま王宮の庭園にある
薔薇園の噴水でボーッと座って花々を見ていた。

魔術は、アルベルトの教えが上手で集中しながら胸に浮かぶ温かい力を思う気持ちが魔術になる。

何処かで聞いたことのある教えのまま、心を凪いで、魔術を唱えると炎が現れたり、氷結の魔法も
使えるようになった。

昨日はイムディーナが、更に風を使役する魔法と、剣戟の最中に剣から繰り出される炎や氷の魔術
を授けてくれた。

医魔術の習得も、思ったよりも数倍以上のスピードで腕を上げていた。
夜中まで医魔術書を読み漁り、本の上で意識を無くして眠っていることも多々あった。

「すごいなぁ・・。魔術の国、シェンブルグ・・・。
私の理想とした医療が叶う国!!
お母さんと、お父さんも今のこの国を見たら驚くだろうな。」

キラキラと輝く瞳で月を見上げた。

漆黒の月は、今日も宵闇に丸い細い光に縁どられた僅かな光を持って輝いていた。
アルベルトが生まれた日に、生まれた月・・・。

不思議と親近感が沸く、その微量の光・・・。
その横に輝く銀の月は、ノアを彷彿させた。

銀色の髪に赤紫の瞳・・・。
私を守ると言ってくれた王子様。

そっと咲き乱れる薔薇の立ち並ぶ生垣の隅に、小さな白い花を見つけた。

金箔のような輝きを散りばめた真っ白い花に、海のような綺麗な青い花弁。

私の世界では咲いていない種類の花に目を止める。

「あれ?この花、何処かで・・・。」

噴水の淵から立ち上がって、その花へと手を伸ばそうとしたその時。

「 ・・・美月。」

優しい声で名が呼ばれた。
ビクッと震えて動きを止めた私は、ゆっくりと振り返る。

その薔薇のかぐわしい芳香が広がる薄暗い庭園で、銀色の髪をサラりと揺らした
ノアが白い騎士服を身に纏い、落ち着いた表情を浮かべていた。

「どうしたのですか・・・?宴がもうすぐ始まる時間ですが・・・。」

美しいガーネットの瞳が宵闇の中、強い光を放っていた。

「君に話しがあるんだ・・。美月。」

「私・・・に、ですか?何でしょうか??」

緊張気味にゴクリと喉を鳴らして、ノアを見上げた私のすぐ側までゆっくりと近づいてくる。

私はその優しいほほ笑みを浮かべたまま、私の瞳から視線を反らさぬノアに不安を感じていた。

「美月=ハツネ=ベルナンド・・・。僕は君を、ずっと前から知っている・・・。」

「えっ??」

ノアの思いがけない言葉に、1歩足を下げて、着ていたグリーンのドレスの裾を掴む。

・・・どういう意味!?

ずっとって!?

私の世界で出会った事がある人ってこと??

ううん!!

でも、こんなに神々しい美形と話したことがあるなら、印象的すぎて忘れる訳がないわ。

それとも・・・。
日本じゃなくて、イギリスの学校時代の知り合い??

「僕たちは、日本で出会った。帝都大学病院の屋上で・・・。」

私は驚きすぎて、咽(むせ)こみそうなくらい口を開いて驚きの表情を浮かべる。

大きな茶色の瞳は、信じられないモノを見るような視線でノアを見つめていた。

「あなた・・・。そんな!?まさか・・・。」

「私の、・・・あの世界での名前は、中月藤吾なかつきとうご・・。」

「・・・嘘!?だって、彼は・・・。」

私は、心臓が逆流してしまいそうな緊張感と不安感に翻弄されて足がガクガクと震えていた。

懐かしい笑顔、優しい眼差し。

「あなたが、ふじ君・・・だと?」

私は、彼をそう呼んでいた。

似ても似つかぬ2人の姿に驚愕の面持ちで見上げていた。

目の前のノアの赤い瞳から目が反らせなかった・・・。

「15歳の若さで、あの世界から去った、少年の転生した姿が私・・。
・・・アルベルディア王国の王子ノアの正体だ。」
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