毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第377話 修羅場

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 ネグラの屋内プールでひと騒動が起きている頃。
 フリッツはラボのエントランスで、フリードリヒが植物園から戻るのをじっと待っていた。先に立ち寄った個人研究室や製作所にはいなかったのだ、彼が立ち寄りそうな場所は残るは植物園。だが植物園は広大で人探しには向いていない。よって待つ方が賢明である。
 フリッツの読みは当たり、フリードリヒは赤や桃色をした可憐な花が詰まったメイズとうもろこしバスケットを片手にエントランスへやって来た。
 フリッツはすかさず声をかける。

「フリードリヒさん、話を」
「どけ」

 だが聞く耳を持たないフリードリヒは、側に寄ってきたフリッツを突き飛ばしエレベーターの前へ向かってしまう。
 もう幾度、突き放された事だろうか。それでもフリッツは諦めずフリードリヒに駆け寄ると、逃さないよう白衣を掴んだ。

「所長からも通達があったでしょう? 話だけでも聞いてください! 僕は貴方に『冷弾』を作って欲しいんです! ウミヘビの為にも……!」

 バキィッ!
 直後、鈍い音が、エントランスに響く。

「軽々しく、ウミヘビの名を利用するな……!」

 マスク越しでも伝わる、フリードリヒの激昂。
 その感情が乗った拳を右頬に受けてしまったフリッツは床に倒れ込み、衝撃で留め具が外れたマスクを落とす。
 それでも、フリッツは諦めず、自身が立ち上がるよりも話を聞いて貰う事を優先し、フリードリヒの足首を掴んでどうにかこの場に引き留めた。

「……っ、事実です! ステージ5を捕え、治験を繰り返し、珊瑚症の治療が可能になれば、ウミヘビは災害鎮圧という危険な役目から解放される!」
「人間を治せたとして、『珊瑚』は消えん。消えない限り、ウミヘビは使い潰される」
「そんな事はない! 治療法を確立すれば『珊瑚』を減らせる! そうすればいずれ撲滅もできる! それは医学史が証明している! ラボの悲願である『珊瑚』との戦いに終止符を打てます!!」

 フリッツは必死に訴え続ける。
 凍結実験を成功させる鍵は、フリードリヒが握っているのだから。

「これは助けられる人命が増える、大事な話で……っ!」
「そんな微々たる活動で現状が変わるものか。撲滅したいと言うのならば、感染者も菌床もさっさと焼き尽くしてしまえ」
「それではあまりに乱暴すぎますし、根本的な解決になりません! そもそも『珊瑚』は火を覚えると【芽胞】を生成することぐらい、貴方も知っているでしょう!?」
「【芽胞】は火山口にでも放り投げればいいだろう。溶岩には流石に耐えられん。万が一、耐えられたとて【芽胞】を解くことができず身動きは不可能になる」
「そっ、そんな非現実的な方法を言われましても……!」
「これで死ぬんだ、簡単だろうよ。を除けば、だが」
「……発生源?」

 そこで今まで聞いた事のない単語をフリードリヒから出され、フリッツは目を瞬いた。

「《原木》の事ですか?」
「陸の話じゃない。での話だ」

 彼が何の話をしているのか。『珊瑚』に纏わるあらゆる知見を集め、研究をしている筈のフリッツでさえわからなかった。
 だがフリードリヒは説明をする気などないようで、足首を掴んでいたフリッツの手の甲を掴まれていない方の足で踏み付け、力付くで引き剥がす。

。おれはそのは備えで忙しいんだ。お前に構っている暇なんぞ、ない」
「待ってください、フリードリヒさ……!」
「フリードリヒ!!」

 一際大きな怒号が、エントランスに響き渡る。
 フリードリヒが乗ろうとしたエレベーター、その扉が開いた先には……ユストゥスが、立っていた。

「貴様、フリッツに何をしている!!」

 ◇

「酷い目にあった……」
「こっちの台詞だぞ!?」
「先輩が原因の一旦じゃないスか……!」
「星の巡りが悪い日であったな。……少々、愉快ではあったが」

 ネグラの食堂の一席。そこではくたびれた様子のモーズ達が椅子に沈んでいた。
 屋内プールでの騒動はモーズがアイギスを言葉を尽くして宥め、収める事ができた。その後は触手から逃げきれず貧血に追い込まれた何人かのウミヘビを医務室に送り、服を着替え髪を乾かしひと段落した所で場所を食堂へと移したのだが、一連の出来事で蓄積した疲労が出て全員ぐったりしているという訳である。

「そう言えば、クロロメタン。君はプールで映画の話をしていたような……?」
「していたな。人間は遥か遠くの宇宙をも映像作品にしてしまうからな、観賞しがいがあるというもの。時に荒唐無稽な物語もあるが、それもなかなかに愉快よ」

 そう言ってクロロメタンはくつくつと喉を喉を鳴らす。
 先程のアイギスの暴走も、タコを模した空想の火星人が降臨したように見えたと教えてくれた。

「そうか。物理的な物ではなく娯楽を提供するのも選択肢に入る、と」
「その通り。尤も我はおおよその宇宙映画ないし小説は網羅した、と自負している」
「ポイントの全部、宇宙ものに費やしてるもんねぇ。クロロメタン」

 そこでまったりとした口調で話に入ってきたのは、トレイに4人分の皿を乗せたアセトンである。

「はい、ご注文の品~」

 その皿によそられている料理は、白米にカレールーをかけ、大口に切った肉やじゃがいも、人参が乗ったカレーだ。
 宇宙飛行士が『スペースカレー』なるものを食べるという話を聞いたクロロメタンが、アセトンに調理をオーダーしたものになる。

「すまない、アセトン。次は手伝う」
「別にいいよ~。さっき起きたっていう、ドタバタ騒動の話聞かせてくれればそれで」

 4人へのカレーの配膳を終えたアセトンは、一度キッチンに引っ込み、自分の分のカレーも持ってくるとモーズの隣の席にいそいそと着席した。
 そして4人から、つい先ほどプールで巻き起こったアイギス暴走について話を聞き、膝を叩いて笑った。

「まじウケる」
「笑い事じゃないっスよ? 何人かウミヘビ巻き込まれたんですし」
「本当、失敗してしまったな。恥ずかしい限りだ……」

 そんな談笑を交わしながら、スパイスがよく効いた(なおタリウムは追加で激辛スパイスをトッピングしていた)カレーを5人が味わっていると、

「あーっ!」

 悲鳴に近い叫び声が食堂の出入り口の方から聞こえた。

「モーズ先生がまたウミヘビを唆していらっしゃる……!」

 その声の主は、食事休憩で訪れたらしい、セレンであった。
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