毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第379話 大乱闘ウミヘビ頂上決戦

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 セレンは燐が身を乗り出すビルへ顔を向け、静かに口を開く。

「漁夫? 違うでしょう。漁夫は狩りやすい方を狙うものです。しかし私を狙ったという事は……」

 そして浮遊していたチャクラムの一つを手に取り、構え、その矛先を燐へ向けた。

「喧嘩、売りましたね?」
「あっははは! よっっくわかっているじゃないかぁっ!」

 臨戦体勢のセレンを見た燐は満面の笑みを浮かべると、5階から何の躊躇もなく飛び出し、その銃口をセレンへ向ける。

「セレンと試合できる機会なんてそうそうないからねぇっ! 楽しませておくれよゥお月様!」
「燐さんを楽しませる為にこの試合を始めたのではありませんよ。……私はただ、皆さんを片端から輪切りにしたいだけです」

 ドンッ! ドンドンッ!
 ガキィンッ!

 セレンの皆殺し宣言と同時に、オフィス街に銃声と甲高い金属音が鳴り響く。

(怖。シンプルに怖)

 セレンの発言に慄きつつも、どうにか巻き込まれずに済んだホルムアルデヒドは、這々の体で激戦区から脱出。
 ひとまず近場のビル内へ飛び込み、上層階に設置されていたカフェ店舗へ身を潜めた。

(燐のお陰でセレンの標的から外れた! 助かった! 仕切り直して他の参加者を)

 カフェ店舗の周りはガラス張りで見通しがいい。
 そこでホルムアルデヒドは、椅子や机を盾として構えつつ、こそこそと偵察をした。
 ビルの下の歩道ではセレンと燐がドンパチやっている以外、異常はなし。他の参加者は、と見回してみるが人影はない。バトルロワイヤル部屋だというのに、やけに人が少ない。

(もっと高い所からじゃないと、見付けられないか?)

 仕方なくホルムアルデヒドは階段を駆け上がり、ビルの屋上を目指す。
 10階建ての天辺であるそこは、風が強いものの見晴らしは抜群で、さほど広くないフィールドを一望できた。
 そしてまず目に付いたのは、他のビルの屋上で白髪を靡かせているウミヘビ、ヒドラジンであった。

(ヒドラジン……!? 試合に参加しているの初めて見たんだが!? というか、たいてい港か天文台にいるのに何で!?)

 飛行機の操縦士としての役割を持つ彼は、テトラミックスと同じくネグラ自体にあまり寄り付かず、日々、飛行機のメンテナンスまたは操縦訓練に勤しんでいる。
 性格も好戦的ではなく、戦闘訓練はノルマ分しかこなさない。そして試合形式でなくとも戦闘訓練は達成できるので、ヒドラジンと戦ったことのあるウミヘビは数えるほどしか存在しないだろう。
 実際、この試合にもやる気が起きていないようで、ヒドラジンは自身の抽射器であるライフルを持ってはいるものの、構えはせず、屋上の端に腰を下ろしのんびり過ごしている。
 まさに無防備、といった状態の彼の元に、人影が近付いてきた。
 茶色い短髪に赤い瞳を持つ小柄なウミヘビ、ニコチンだ。

(ニコチンまでいる~っ!?)

 ホルムアルデヒドは貯水タンクの陰に隠れつつ、ウミヘビの中でもトップクラスの射撃術を持つ彼の登場に慄いた。
 ニコチンはヒドラジンの斜め後ろに立ち、仮想空間内故にタバコがないのが落ち着かないのか、右手を開いたり閉じたりしてどこか苛ついた様子だ。しかし目の前のヒドラジンを撃つことはせず、代わりに愚痴っぽい話を交わし始める。

「あと一時間はいなきゃいけないとか、かったりぃな」
「俺もかったるなぁ。確かにポイント率あげるには第一課を呼ぶのが手っ取り早いけど、俺まで必要? セレンと燐とニコチンがいれば充分だと思うワケ」
「人集めんのになるべく釣り餌をデカくしたいってのと、あと単にあいつ、お前に妬いているんだろ。テルルと仲良くしていたからな」
「えぇ~。会えるのに会わなかったのはセレンなのに? 理不尽が過ぎると思うワケ」
「おう。詰まるところ八つ当たりだな、八つ当たり。全く馬鹿馬鹿しい」

 ウミヘビ同士が戦い合う試合では、戦績が良いウミヘビが参加するほど配当ポイントが増える。
 ただし。実際に試合で活躍しなくとも、元々の毒性が高いウミヘビ……例えば第一課に所属するウミヘビは、それだけで高いポイントが付けられ、バトルロワイヤル部屋に入室しようものなら、部屋自体の配当ポイントが跳ね上がる。
 ホルムアルデヒドはてっきり、大人数のウミヘビが参加しているからポイントが高いのかと思っていたのだが、どうも違う気配がする。

 パァンッ!
 その時、どこからか銃声が鳴り響き、ヒドラジンとニコチンの間、屋上の床に穴が空いた。
 他に人影なんてなかったのに、とホルムアルデヒドが慌てて辺りを見回し、射撃者の姿を探すと、まるで散歩しているかのように軽やかな足取りでビルとビルを飛び移り、ニコチンらのいる屋上へ一人のウミヘビが降り立つ。

「何や何や。楽しそうにお喋りしてますなぁ」

 そのウミヘビはスコープなしで長距離射撃を撃て、サバイバルナイフを使った近接戦闘の技術も群を抜いている他、ラボ古参として戦闘経験が豊富という、ウミヘビ最強格の一人。

「自分もま~ぜ~て?」

 青酸シアン
 下手な第二課のウミヘビでは相手にもならない。よってホルムアルデヒドはシアンの戦闘は試合観戦しか見たことがない。何かの手違いで試合がぶつかったとしても瞬殺され、何が起きたのかわからないまま終わってしまう相手。
 まるで勝ち目がないウミヘビが現れたことに、ホルムアルデヒドは「ひぇっ」と小さく悲鳴をあげた。
 幸か不幸か、ホルムアルデヒドの存在に気付いていない(そもそも眼中にないと思われる)シアンは、サバイバルナイフを片手にニコチンへ斬りかかる。
 それに対し、ニコチンは射程が近過ぎても構わず拳銃を発砲。ホルムアルデヒドからすると目にも止まらぬ速さで動くシアンの肩や足をすくめ、懐に入られないよう距離を保った。
 ヒドラジンはというと、ビルから飛び降りる形で一旦、離脱。
 しかし戦闘から逃避した訳ではなく、空中でライフルを構えたかと思えば、ビルの屋上へ向け迷わず発砲。

 ドォンッ!

 ヒドラジンの銃の威力は凄まじく、ただ一発打ち込んだだけで、爆弾でも仕掛けたかのようにビルの上層階を吹き飛ばし、屋上で戦闘をしていたニコチンとシアンの足場を丸ごと壊しにかかった。
 そのままヒドラジンはライフルを撃った反動で、向いのビルのガラス窓に背中から突入。高所を押さえる為か奥へ引っ込んでいった。
 なおニコチンとシアンは足元が崩壊していっているというのに、瓦礫に飛び移りながら銃撃戦をおっ始めている。このまま地上へ着地するまで戦い抜くつもりらしい。

(無理だ。ついていけない)

 動体視力の限界を感じたホルムアルデヒドは、すごすご引き下がり別の相手を屋上から探した。
 すると他のビルの中、ガラス窓の向こう側でゆったりと歩いている人影が見えた。緊張感のない姿に油断を感じ、奇襲をしかけられるかと思ったホルムアルデヒドであったが、

「ちょっと砒素、引っ張らないで頂戴な」
「試合はもう始まっておるんじゃ! 小童シアンもいるようじゃし、美味しい所を持って行かれる前に急がねばっ!」
「ボクは不戦敗でいいのだけれど」
「最強の称号が泣くぞ水銀っ! やる気が見えんかったら貸し(※第223話参照)の消費もなしじゃ、なしっ!」
「……っ。あぁ、もう。こんな変則試合で使われるとか、想定外もいいところよ」
「いひひひっ! 後生大事に取っておいた甲斐があったわい!」

 その人影がウミヘビ最強と称される水銀と、彼に次ぐ古参かつ全てを破壊し尽くすガトリングをめいんうえぽんとする砒素だと知り、思考を停止した。

「……。第一課による大乱闘ウミヘビ頂上決戦……?」

 そこでホルムアルデヒドはふっと力無く笑い、

「棄権しよ」

 退室ログアウトを決めたのだった。



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